綾瀬あやせ清美きよみ


 天野にとって忘れられない名のひとつだ。




 出会ったのは小学生の頃。


 転校してきたその少女は、EPPという重い難病をわずらっていた。


 涼太はその少女にひとめ惚れし、いつも綾瀬のそばに寄り添っていた。


 天野はかげながら二人の仲をサポートし、毎日を楽しそうに過ごす涼太を微笑ましく見守っていたものだ。




 あの少女が今どこにいるのか。



 どんな感情を抱いていたのか。



 高校生の天野は知らなかった。





葛城沙也加

ねぇ、勇二くん。
ちょっといいかな。


 ある日の放課後。


 帰ろうとしていた天野を、1人のクラスメイトが呼び止めた。


葛城沙也加

日直にっちょくの仕事でね、プリントを運ばなくちゃいけないんだ。
勇二くん、手伝ってくれないかなぁ?


 天野は驚いて葛城を見た。


天野勇二

……俺に言っているのか?

葛城沙也加

うん。
勇二くんに手伝って欲しいの。

天野勇二

なぜ俺なんだ?

葛城沙也加

だって勇二くん、部活や委員会に入ってないでしょ?
ヒマかなぁと思って。


 天野はいぶかしげに葛城の全身を眺めた。


 これまで一度も言葉を交わしたことがない相手だ。


天野勇二

まぁ、別に構わないが……。


 了承すると、葛城は嬉しそうに太陽のような笑顔を浮かべた。


葛城沙也加

よかった!
じゃあ、こっち来て。
職員室にあるんだ。


 天野はチラリと後方の席を見つめた。


天野勇二

(まったく……。情けないヤツだ)



 涼太が青ざめて絶句している。



 「僕はまだ話したこともないのに! どうして勇二なのさ! 僕もヒマだよ!」と、瞳が訴えている。



 天野は「アイツも誘ってやるかな」と思ったが、



天野勇二

それじゃ、行こうか。



 涼太の絶望に満ちた顔が面白かったので、無視した。


 葛城と一緒に職員室へ向かう。


 葛城は親しげに口を開いた。


葛城沙也加

勇二くんって頭いいんでしょ?
入学試験が全教科満点だった、っていう噂は本当なの?

天野勇二

さぁね。
点数なんて知らないさ。
学年首席ってだけだよ。

葛城沙也加

ズルいよねぇ。
イケメンなのに頭が良いなんてさ。
ねぇ今度、勉強教えてよ。


 随分とフレンドリーに話しかけてくる。


 天野は少し嫌そうに葛城を睨みつけた。


葛城沙也加

うふふ。
勇二くん、目つきが怖いよ。


 葛城は明るい笑顔を浮かべた。


葛城沙也加

実はね、ずっと話しかけるきっかけを探してたの。
勇二くんは女子の中でも人気あるんだから。
中学生の時はすごくモテたんでしょ?

天野勇二

そんなこと忘れたよ。
今は誰も近づいて来ないさ。

葛城沙也加

もったいないなぁ。
イケメンで頭もいいのに。
喧嘩ばかりするからだよ。

天野勇二

仕方ないだろ?
生まれつきそんな性格なんだ。

葛城沙也加

クールだねぇ。
そこが人気なのかな?

ねぇねぇ。
勇二くんはお医者さんの御曹司おんぞうしなんでしょ?
お父さんは産婦人科の先生って本当なの?



 天野はかなり嫌そうに顔を歪めた。


 当時の天野には触れられたくない話題がいくつかあった。


 そのひとつが父親に関するものだ。



葛城沙也加

あっ……。
いちゃダメだった?



 表情の変化を読み取り、葛城が気まずそうに尋ねる。


 天野は小さく微笑み、何事もないように言った。


天野勇二

いや、問題ない。
親父は産婦人科を手広く経営している。
かなりデカい病院の経営も始めてな。
医者より商売人みたいなヤツだよ。


 少し話題を変えることにした。


天野勇二

葛城さんには妹や姉はいるのか?

葛城沙也加

妹がいるよ。
今は中学生。

天野勇二

それ以外には、いないのか?
例えば……。
君と同い年の従姉妹いとことか。

葛城沙也加

いないよ。
勇二くんはどうなの?

天野勇二

上に兄が1人。
下に妹が2人いるんだ。


 そう答えながら、天野は内心苦笑していた。



 葛城は綾瀬に似ている。


 しかし、間近で見れば骨格が違う。


 親族という訳ではないだろう。



葛城沙也加

勇二くんはお兄ちゃんなんだ。
いいなぁ。
お兄ちゃん羨ましい。

天野勇二

そうか?
妹ってのはやかましいぜ。
幼い頃からよく面倒をみたよ。


 天野がそう言うと、葛城は嬉しそうに微笑んだ。


葛城沙也加

見つけた。
勇二くんが優しい時の顔。
妹さんのことを大切にしてるんだね。


 天野は苦笑した。


 そんな意識はまるでなかった。


天野勇二

気のせいだろう。
それに今は色々あって別に暮らしているんだ。

葛城沙也加

いいなぁ。
いつも妹がうるさいから、そっちの方が羨ましい。

天野勇二

あっはっは。
その気持ち、よくわかるぜ。



 予想していたよりも、葛城との会話は円滑に進んだ。


 日直の仕事もあっさり終わった。



葛城沙也加

勇二くんは放課後に何してるの?

天野勇二

勉強だよ。
そっちは?

葛城沙也加

アルバイトしてるんだ。
駅前のファミレスでバイトしてるの。

天野勇二

接客業フロアスタッフか。
君は社交的だからピッタリだな。

葛城沙也加

ありがと。
良かったら遊びに来て。
ご馳走できないと思うけど、お水だけはサービスするから。

天野勇二

機会があればな。


 天野が告げると、葛城は小さく息を吐いた。


葛城沙也加

それでさぁ……。
ちょっと困ったことがあるの。




 きたな、と天野は思った。



 日直の仕事を頼むことも、フレンドリーに会話することも、全て布石ふせきだったのだろう。


 何かのたくらみを持って天野に近づいている。


天野勇二

なんだ?
日直の仕事か?

葛城沙也加

違うの。
勇二くんの『お友達』のことなの。

天野勇二

お友達?
……ほう。
さては涼太のことか。

葛城沙也加

そう、佐伯さえきりょうくんのことなんだ。


 葛城は周囲を見渡しながら天野の手を掴んだ。


 廊下の隅まで誘導する。


 人気のないことを確認すると、葛城は困ったように呟いた。


葛城沙也加

毎日ね、校門の前に立って、私を待っているみたいなの。
ちょっと怖いんだ……。




 見事なものだ、と天野は感心した。



 共同作業により仲間意識を発生させ、親しげな会話で友情関係を構築し、プライベートな情報をさらすことで信頼関係を演出した。


 その上で相談を持ちかけている。


 しかも『手を掴む』というボディタッチ。


 びて甘えるような上目使い。


 身体を揺らせて色気を振りまく仕草、というオマケつきだ。



天野勇二

(大した女だ。計算していれば腹黒だが、恐らく無意識にやっているな。余計にタチが悪いぜ)



 次は泣いてくるかもしれねぇぞ、と天野は思った。


葛城沙也加

なんでかなぁ……。
なにか嫌われることしたのかなぁ?


 葛城の瞳が微かに潤んでいる。


葛城沙也加

どうしてなのか、勇二くんは知らない?
中学からの友達なんでしょ?
私が嫌いなら、それでもいいからさ……。





 とんでもねぇ女だ、と天野は思った。



 つまり葛城は「涼太が校門で待ちぶせしているのが迷惑だ。お前から言ってやめさせろ」と言いたいのだ。



 かといって、直接そう言えば角が立つ。



 だから「嫌われてるのかな?」と不安げな姿を演じることで、間接的に天野を動かそうとしている。



 ほとんどの男は「葛城の助けになれるのは自分しかいない」と錯覚してしまうだろう。



天野勇二

涼太は、君を嫌っているんじゃない。


 天野は穏やかに言った。


天野勇二

話しかけるタイミングを伺っているだけだ。
君と友達になりたいのさ。

葛城沙也加

そうなんだ……。
良かった。
嫌われてないんだね。


 葛城の表情は晴れない。


 天野は「この顔を見る限り『みゃく』はないな。涼太め、哀れなヤツだ」と思いながらも、少しフォローしてやることにした。


天野勇二

君は知らないようだが、涼太はなかなかの男だぜ。
中学の時は俺よりも優秀で人気者だった。

葛城沙也加

えっ?
そうなの?


 葛城の中にいる『涼太という男の印象』を変えるため、天野は言葉を続けた。


天野勇二

アイツはブサイクのくせに 面食めんくいでな。
葛城さんが美人だから仲良くなりたいのだろう。
しかもアイツは奥手おくてなんだ。
言い寄る女は多いってのに、なぜ本気の時だけ奥手になっちまうんだか。


 ピクリ、と葛城が反応した。


 今の言葉の中に、葛城がかれるポイントがあったようだ。


 すかさずそこを攻める。


天野勇二

涼太はとにかくモテるんだよ。
今は校則を守るためにバカ正直に髪を黒く染めているが、元々はあざやかな茶髪の美青年。
バレンタインのチョコやラブレターを山のように貰っていたし、逆ナンされることも日常にちじょう茶飯事さはんじ
アイツほどモテる男を俺は知らない。
漫画の主人公みたいにモテるんだ。


 ピクピクと葛城のポニーテールが揺れている。


 どうやら葛城は周囲からの『評判』を気にするタイプのようだ。


 女子からの注目を集める男子こそ魅力的、と考えているのだろう。


天野勇二

君が迷惑なら言っておこう。
どうせアイツは女に不自由してないんだ。
もう校門には立たせない。
葛城さんに近づかせない。
むしろ永遠に話しかけないよう俺からキツく……

葛城沙也加

ちょっと待って!


 葛城が慌てて天野の言葉をさえぎった。


葛城沙也加

そ、そこまでしなくてもいいよ。
嫌われてないならいいの。
私の勘違いみたいだから。

天野勇二

いいのか?
遠慮するなよ。

葛城沙也加

うん、いいの。
そこまでしなくていいよ。


 葛城は話題を変えるようにスマホを取り出した。


葛城沙也加

ねぇ、連絡先を教えて。
お友達になってよ。

天野勇二

別に構わないぜ。


 連絡先を交換すると、葛城はすっきりしたような笑顔を浮かべた。


葛城沙也加

それじゃバイトに行ってくるね。
手伝ってくれてありがと。

天野勇二

涼太のことはいいのか?

葛城沙也加

うん。
そのことはもう忘れて。
じゃあね!


 葛城は軽やかに走り去った。


 天野は葛城を見送ると、大きな声でわざとらしく呟いた。


天野勇二

ふぅ……。
何だか涼太の顔が見たいな。
どこかに涼太、いないかなぁ。

佐伯涼太

いるよ。
僕はここにいるよ。


 廊下の隅から涼太が顔を出した。


 天野は新しい玩具オモチャを手にした子供のように、どこか楽しげな笑みを浮かべた。




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つばこ

イェーーーイ!!!!
メリークリスマス!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚
 
本日はクリスマスイブだというのにcomicoノベルを開き、天クソを読んでいるあなた!!!
世の中のカップルが1年で一番キャッキャウフフして忙しい日にこれを読んでいるあなた!!!!
つばこは今ごろドンペリシャンパンをポンポン開けてモデル級の美女をはべらかして楽しいクリスマスパーティを「ウェーーイw」していることはまったくなく、たぶん寂しくファミチキをむちゃむちゃ食べてます(´・ω・`)
 
(´;ω;`)ウッ…
 
なにがクリスマスだよこんなリア充イベント早くなくなっちまえばいいのに(´;ω;`)ブワッ
いつもオススメやコメント本当にありがとうございクリスマス!!!!!!

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コメント 130件

  • だいたろう

    この頃涼太君は天野君に振り回されてたんだね(笑)

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  • るー

    将来の歩くゴム屋さん…

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    あ、あれから一年なのか…
    いやこれからか一年か…

    作者コメ見てびっっくりした 笑

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  • 「ふつうになりたい」激推し

    水くらいサービスするから、って、ファミレスで水無料は普通じゃないのか、、、?笑

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  • バルサ

    天野くん、凄いね(^^;;
    続き気になる(≧∇≦)

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