とある大学のテラス席。


 天野はのんびりコーヒーを飲みながらタバコを吸っていた。


 今日は『プロレスごっこ』を仕掛けるチャラい友人も、スキャンダル記事に頬を膨らます弟子もいない。


 平穏で静寂に満ちた時間だ。


天野勇二

……電話か。


 スマホに着信が入った。


 画面に表示されるひとつの名前。


 天野は頬を緩めながら出た。


天野勇二

天野だ。

柏田麻紀

柏田です。
天野さん、今お電話してもよろしいですか?

天野勇二

ああ、ちょうどヒマしていたところだ。
何かあったのか?

柏田麻紀

はい。
悠子ちゃんと春川さんから、気になるお話を聞いたんです。


 電話の向こうから、たくさんの女の子の声が聴こえる。


 どこかの楽屋から電話しているのだろう。


柏田麻紀

天野さん、私の『処女』を冷凍保存しちゃったんですね。


 嬉しそうに柏田が笑っている。


天野勇二

やはり聞いたか。
恥ずかしい話だ。
俺様らしくないことを言ってしまった。



 天野は少々後悔していた。


 あれは完全に偽善者ぎぜんしゃの発言だった。



 柏田は抱かれることを望んでいる。


 周囲もそれを期待している。


 応えられないのは、天野自身の事情によるもの。


 天野は自分のことを少し情けなく思っていた。



柏田麻紀

恥ずかしがることありません。
天野さん、私たちを守ろうとしてくれたんですよね。


 柏田は照れ臭そうに笑っている。


柏田麻紀

私やみんなが、これまで通りの自分でいられるように。
未来に向かって真っ直ぐ走り出せるように。
『枕営業』をしてしまうことで、大切な何かが変わらないように……。

天野さんは私が『枕営業するかもしれない』って、お見通しだったんですね。


 天野は気障キザったらしく微笑んだ。


天野勇二

そんな事情は知らないね。
君がどんな道を選んでも君の自由だ。
好きにすればいいさ。

柏田麻紀

うふふ……。
『処女』を冷凍保存されたら、枕営業はできませんよ。
天野さんは本当に素敵な方です。

天野勇二

俺様が『素敵である』という前提は否定しない。
だがな、俺は春川のタヌキに一撃食らわせてやりたかっただけさ。
利権をむさぼり肥えた豚狸ブタヌキの脂肪をぎ落としたかったんだよ。


 偉そうに笑っている。


 柏田も嬉しそうに笑った。


柏田麻紀

でも天野さん。
私は『天野さんに抱かれた』と思ってます。

天野勇二

うん?
どういうことだ?

柏田麻紀

私の『処女』は天野さんに冷凍保存されました。
いつかグループを卒業して、本当の恋に出会うまで、天野さんの手の中にあります。
そんな天野さんの優しさが、きっと私を大人にしてくれます。


 柏田は何かの決意に満ちた声を出している。


 天野は笑って答えた。


天野勇二

優しさか……。
ただ、情けないだけだと思うがな。



 柏田の後ろから「まきりーん! 師匠と電話してるでしょ! 師匠電話に出ないし!」と、やかましい声が聴こえる。



柏田麻紀

天野さん……。
私はこのままの自分で頑張ります。
たとえ結果が出なくても、何かにつまずいても、うまくいかない日々が続いても……。

天野さんが信じてくれた、今のままの自分で生きていたい。

やっと、そんな風に思うことができました。


 誇らしげに言葉を続ける。


柏田麻紀

私はもう大人ですから。
今のままでも大人の色気を出してみせます。
そしていつか天野さんを悩殺して、悠子ちゃんに勝ってみせますから。


 天野は小さく笑った。


天野勇二

そうか……。
楽しみにしているよ。

柏田麻紀

はい!
天野さん、大好きです!



 柏田の後方から「やっぱり師匠と電話してる! 大好きってどういうことー!?」という絶叫が聴こえる。



天野勇二

じゃあ、またな。
仕事頑張れよ。

柏田麻紀

はい。
ありがとうございます。



 天野は電話を切った。



 すぐさま着信が入る。



 天野は冷静に画面に表示された名前を見て、電話を切った。



 また、すぐさま着信が入る。



 天野はまた切った。



 それでも着信は入る。



 しかたなく天野は電話に出た。



天野勇二

なんだよ。

前島悠子

ちょっと師匠!
まきりんの電話には出たくせに、弟子の電話は即切りとはどういうことですかッ!?

天野勇二

気分だよ、気分。

前島悠子

弟子の電話を即切りってどんな気分ですか!?

まさかまきりんに惚れたワケじゃないですよね!
恋しちゃったワケじゃないですよね!?
逃げるは恥ですし役にも立ちませんよ!

まきりんの『処女』を奪ったりもしませんよね!?


 天野はニタリと口唇を歪めた。


天野勇二

さぁ?
どうしようかな。

前島悠子

むきぃーーーー!


 前島が地団駄じたんだを踏んでいる姿が浮かぶようだ。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

弟子よ。
俺様は恋を知らない。
それは今も昔も変わらないさ。

前島悠子

ホントですか!?
それホントにホントですか!?

天野勇二

ああ、本当マジだよ。


 前島が「いやったぁー!」と叫んでいる。


前島悠子

じゃあ、ちゃんと弟子のことも見てくださいね!
私の『トリセツ』を読んでください!
だって私は師匠のことを世界で一番あ……

天野勇二

はいはい。
わかったよ。
じゃあな。


 やかましい弟子が何かを言っていたが、天野は構わず電話を切った。


 新しいタバコを取り出して火をつける。


 そこに涼太がやって来た。


佐伯涼太

むっふっふ……♪
うぷ♪
うぷぷぷぷっ……♪


 かなりご機嫌な様子だ。


 頬が緩みきっている。


天野勇二

なんだ涼太。
ニヤニヤしやがって。
気持ち悪い顔だな。

佐伯涼太

ふっふっふ……。
勇二ってば聞いてよ。
僕ちゃんついに『研究生ちゃんの連絡先』をゲットしたんだよ。
今度、お忍びでデートもしちゃうんだ。


 いやらしい笑みが全開。


 果てしなくデレデレしている。


 どうやら涼太は人知れず、何かのユニット選抜に励んでいたようだ。


 天野は心底軽蔑したように言った。


天野勇二

ゲスな男め。
相手はアイドルの卵。
バレたらクビだぞ。

佐伯涼太

うぷぷ♪
この僕はそんなヘマ踏まないよ。
僕ちゃんの辞書にセンテンススプリングという文字はないんだよね。


 天野は呆れながら涼太の顔を睨みつけた。



天野勇二

(まったく……。こんな大衆バカがいるから、春川のようなタヌキがつけ上がり、空虚な神ができ上がるんだ)



 天野は宗教家もその信者もどうでも良かったが、念のため言った。


天野勇二

『アイドル』なんて肩書きは可変なんだ。
いつかは消えてなくなる空虚な存在だぜ。
そんなものにプレミアを感じるなよ。


 涼太はヘラヘラと笑った。


佐伯涼太

勇二は心が冷酷すぎるんだよ。
手の届かなかった女の子への恋心や、女の子がくれる温もりの優しさを感じられないから、そんなこと言うのさ。


 ニヤリと笑みを浮かべる。


佐伯涼太

僕ちゃんに言わせればさ、消えちゃうものなんかないんだよね。
みんな忘れてしまうだけなんだ。
僕は知ってる。
憧れという『恋心』と、好きな子がくれた『温もり』は、いつまでも消えないんだよ。



 天野は思わず真顔で涼太を見つめた。


 確かに天野は、その2つを過去に忘れてしまった。



天野勇二

なに……?



 言葉にならない感情が湧き上がる。


 涼太は真顔の天野を見て、「どったの? 生理?」とヘラヘラ笑っている。



天野勇二

チッ……。



 何だか気に入らない。


 涼太に図星を突かれたようで、気に入らない。


 一瞬だけでも、それは正しいと、そう感じてしまった自分が気に入らない。


 天野はタバコを捨てると立ち上がった。



天野勇二

涼太よ。
組み合え。



 挑発的に両手を広げる。


 ロックアップで組み合えと、『プロレスごっこ』を挑んでいるのだ。


 涼太はにんまりしながら両手を広げた。


佐伯涼太

いいよぉー♪

だけど本気でるの?
今の僕ちゃんは研究生アイドルの連絡先』を手に入れた最強バージョンだよ。

天才的チャラ男はスーパー絶好調。
歩くゴム屋さんは仕入れに大忙し。
しかも僕は研究生ちゃんの技を受けてパワーアップしてる。
勇二が今の僕に勝てるのかなぁ?

ビレバンで火炎放射器でも買ってきたほうがいいんじゃなぁい?


 チャラチャラしながら挑発している。


 なかなかの役者だ。


天野勇二

上等だ。
いくぞ!

佐伯涼太

あいよ!


 2人はテラスの中央で組み合った。


 ……と見せかけて、天野はすぐさま涼太の股間を蹴り上げた。


佐伯涼太

ぐほっ!


 涼太が股間を押さえて前かがみになる。


 天野はくるりと反転し、涼太の顎先を自らの肩口に乗せた。


 首に手を回しロック。


 その場で軽く跳躍。


 勢い良く尻から着地した。


天野勇二

おらぁ!

佐伯涼太

ぐええっ!


 着地の衝撃が涼太の顎先に集中する。


 『スタナー』という名の、チンを破壊するプロレス技だ。


 見た目は地味だがかなり痛い。


佐伯涼太

ひ、酷いよ!
勇二はいつもそうだ!


 顎と股間を押さえながら叫ぶ。


佐伯涼太

いつもそう!
いつも股間を蹴る!
躊躇ちゅうちょなく股間を蹴る!
僕の股間に恨みでもあるのォッ!?

天野勇二

おいおい。
お前、俺様が『クソ野郎』だと忘れてないか?
俺様は急所から潰してやるのが好きなんだ。

佐伯涼太

うるさい!
偉そうに言うなこの卑怯者!

天野勇二

クックックッ……!
卑怯は俺様への褒め言葉だ!


 不敵な笑みを浮かべながら、天野が『メス』を取り出す。


 涼太は震え上がった。


佐伯涼太

ひぃぃッ!?!!

やめて!
これは『プロレスごっこ』でしょ!?
なんでメスを出すのさ!
しまって!
その医療器具凶器をしまって!
振り回さないで!
ライターで炙るのもやめて!
どこをオペするつもり!?
やめてッ!

お願いだから僕の股間ジュニアを切り落とすのはやめてぇーーー!!!



 天野と涼太のはしゃぐ声が、いつものテラスに響いていた。






(おしまい)



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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
天野くんは『処女』を冷凍保存することで、まきりんを守り、そしてまきりんの人生を肯定してあげたかったんですね。
まったくアイツはキザな野郎ですよ(´∀`*)ウフフ
 
 
さてさて、皆さまは『彼女に上手にさよならを告げる方法』というエピソードを覚えてますでしょうか。
むしろ読んでいただけましたでしょうか。
第27話~30話でお届けした涼太くんの初恋にまつわる物語です。
次回のエピソードはあの話が大きく絡みます。
もしお時間があれば、来週までに『さよなら編』を読み返していただけら嬉しいです(*´ω`*)
 
それでは来週土曜日、
『彼を上手にチャラ男にする方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 128件

  • まこと

    涼太の股間は日々鍛えられている

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  • ゆんこ

    天野くん安全日ねー…

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  • なゆ

    回を追うごとに天野くんがどんどん人間らしくなっていく

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    天野くん生理なんですね

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  • バルサ

    いや〜今回も楽しめました(^^)
    涼太が幸せそうだと思ったら、最後のオチ…(^^;;前島さんと柏田さんの、天野くんの争奪戦が始まるのかな!

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