柏田とのデートから数日が経ったある日の昼。


 天野はいつものようにテラスでタバコを吸っていた。



天野勇二

……おや。
涼太じゃないか。



 涼太がやって来た。


 憤怒ふんぬの表情を浮かべ、全身から殺気を放っている。


天野勇二

ブサイクな顔だな。
何かあったのか?


 天野がのんびり尋ねると、涼太は持っていた週刊誌をテラスのテーブルに叩きつけた。


佐伯涼太

……勇二!
今日という今日は決着をつけよう!
まきりんをかけて勝負だ!

天野勇二

はぁ?


 天野は小首を傾げた。


天野勇二

何をそんなに怒っている?
柏田がどうした?

佐伯涼太

これだよ!
これ!


 涼太は週刊誌を指さした。


 開かれたページを見て、天野が驚いたように言った。


天野勇二

おや、俺様じゃないか。

佐伯涼太

そうだよ!
まきりんの『スキャンダル記事』だ!
今回は目線が入ってるけど、一緒にいる男は勇二でしょ!


 週刊誌のページには




『オフを事務所のSPと過ごす柏田麻紀! これが本命のカレシ!?』




 というスキャンダラスな見出しがおどっている。


 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

いや、わからんぞ。
この『事務所のSP』には目線が入っている。
俺様とは限らないな。

佐伯涼太

今、自分で『俺様じゃないか』って言ったじゃん!
それにこの服装は勇二に決まってる!
だって『白衣姿』だもん!
白衣姿でデートする一般人なんて、この世界に勇二しかいないんだよ!
今日こそは手加減しないからね!


 涼太は本気で怒っている。


 今にも蹴り技をばしそうだ。


 天野はヘラヘラ笑いながら立ち上がった。


天野勇二

本気でりあうのか?
俺様が本気を出した時の恐ろしさを知らぬワケではあるまい。
今は白衣を着ている。
つまりメスも薬品も所持している『最強バージョン』だ。
お前の貧相な蹴りが通用するかな?
拳銃でも調達してきたらどうだ?

佐伯涼太

覚悟の上だ!
メスで斬られても硫酸で溶かされても、一発叩き込んでやる!


 そう叫ぶと、涼太はハイキックを放った。


 涼太の蹴りは冗談抜きに鋭い。


 天野は慌てて避けた。


天野勇二

おっと。
危ねぇな。
ホントにやるのか。

佐伯涼太

やるよ!
まきりんを傷者キズモノにして!
僕はまきりんしなのに!
なんで誘ってくれなかったのさ!

天野勇二

だってなぁ。
柏田はお前が好きじゃねぇからよ。


 涼太はさらに長い脚を振り回す。


 仕方なく天野は水面蹴すいめんげりを放ち、涼太の足を払った。


佐伯涼太

うわぁ!


 涼太がテラスの床に倒れる。


 天野は勢い良く拳を振りかざし、不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

ほら、一本。


 拳は涼太の鼻筋ギリギリで寸止すんどめされている。


 涼太は素早く足を伸ばし、天野の首を絡め取った。


天野勇二

うおっ!
お前、いつの間に三角絞さんかくじめなんて、覚えやがった!

佐伯涼太

やられてばっかりだと思うな!
どうだ!


 ガッチリと決まっている。


 外せそうにない。


 天野は「ぽんぽん」と涼太の足を叩いた。


天野勇二

ギブギブ。
やるじゃねぇか。
格闘技の試合でも見たのか。


 涼太は満足気に足を離した。


佐伯涼太

うぷぷ。
一本だ。
僕ちゃんだって日々進化するのさ。
蹴り技ばか……。


 天野は油断した涼太の足首を掴んだ。


 足首を捻り上げ、涼太をうつぶせに移行させる。


佐伯涼太

うわぁ!
卑怯!
なんて卑怯!

天野勇二

クックックッ。
卑怯は俺様への褒め言葉だ。


 そのまま涼太の背中にし掛かかる。


 自らの脚で涼太の足首を固め、さらにフェイスロックを仕掛けた。


天野勇二

どうだ!
STFだ!!!
ギブアップしやがれ!

佐伯涼太

うぎぎッ!
くそっ!
はむっ!!!


 涼太は天野の腕に噛みついた。


天野勇二

いでで!
ならば、スリーパーで落とす!


 涼太は必死に裸絞めチョークスリーパーから逃げると、両手を天野の脇腹に伸ばし、思い切り皮膚をつねった。


天野勇二

いづづづ!
つねるな!
つねるのは卑怯だぞ!

佐伯涼太

卑怯は僕ちゃんへの褒め言葉だ!
力士りきしだってつねられると痛いんだぞ!

天野勇二

こ、この野郎……!


 天野も鬼ではない。


 さすがに友人相手には掌底しょうていを後頭部に叩き込んだりはしない。


 なので片手を取り、ダブルバーハンマーロックで締め上げた。


佐伯涼太

あいだだだ!
ギブ!
ギブゥ!

天野勇二

チッ……。
俺様につけ焼き刃の関節技が通用すると思うな。


 満足気に涼太から離れる。


 その時、のんびりした声がテラスに響いた。




前島悠子

……師匠?
いつまで遊んでるんですか?




 天野と涼太が我に返る。


 いつの間にか、テラスに前島悠子まえしまゆうこが訪れていた。


天野勇二

おお、弟子か。
なに、よくあることさ。
涼太よ、見直したぜ。
あの三角絞め、実戦でも使えそうじゃないか。


 健闘けんとうを称えている。


 前島は冷たい目でそれを睨みつけた。


前島悠子

いい歳してプロレスごっこですか。
これだから男子はイヤなんです。
野蛮です。
ケダモノですよ。


 随分とツンツンしている。


 涼太が苦笑しながら言った。


佐伯涼太

さては前島さん、いてるんでしょ。
勇二とまきりんがデートしてたから。


 前島はぷんぷんして週刊誌を叩きつけた。


前島悠子

そうですよ!
どういうことですか!
私とはあんまり遊んでくれないのに!
まきりんとデートなんて弟子は許しませんよ!


 天野は改めて週刊誌を見つめた。


 横浜でデートした後、柏田が贔屓ひいきにしている店で夕食を食べた後の写真だ。


 店を出たところを隠し撮りされている。


天野勇二

なるほど……。
記者とは芸能人が通う店を張り込むものなのか。
油断したな。

佐伯涼太

これ、バイクで出かけた時のやつでしょ。
なんで僕を無視したのさ。

天野勇二

柏田は俺と『デートしたい』と言ったんだ。
しかも記念すべき初デートだと言うじゃないか。
お前がいたらデートにならないだろう?

佐伯涼太

ズルいよ!
なんで勇二ばっかり!
勇二には前島さんがいるじゃん!
前島さんでいいじゃんか!

天野勇二

コイツは弟子だ。
ワケのわからないことを言うな。

佐伯涼太

あーもう!
なんで前島さんになるとそんなニブイのよ!


 涼太が悲鳴をあげた時、天野のスマホに着信が入った。


 着信画面を見て顔をしかめる。


天野勇二

チッ……。
こいつも俺に説教をれるつもりだ。


 ため息をきながら電話に出る。


川口由紀恵

お久しぶりです。
TKプロの川口かわぐちです。

天野勇二

久しいな。
週刊誌を見た。
柏田の件か。

川口由紀恵

それもございます。
天野様、スキャンダルはアイドルにとって致命傷となります。
そのことを聡明そうめいな天野様はご理解されているはずです。
本当に宜しくお願いします。


 やはり説教された。


天野勇二

ただ食事をしただけなんだがなぁ。

川口由紀恵

その点は感謝しております。
夕食をとり、そのまま別れておりましたので、大きな騒ぎにはなっておりません。
それに私は天野様が間違っても柏田に手を出すことがないと確信してます。
間違っても柏田に手を出すことがないと。


 重要なことだから2回言ったのだろう。


天野勇二

手を出すつもりはないさ。
安心しろ。

川口由紀恵

助かります。
そしてもう一点、お願いがございます。


 川口は声の調子を改めた。


 よほど厄介な『依頼』のようだ。



川口由紀恵

天野様……。
うちのグループの『プロデューサー』に、お会いしていただけませんでしょうか……?



 天野は驚いて尋ねた。


天野勇二

プロデューサー?
前島や柏田のボスということか?

川口由紀恵

それに近いかと。
アイドルグループの全楽曲の作詞を務め、あらゆるプロモーションの責任者となります。

天野勇二

ほう……。
大層なヤツだな。

川口由紀恵

ええ、かなりの大物です。
芸能界においては絶大な権力を持っております。
ただの中学生だった悠子ちゃんを見出し、国民的アイドルに成長させた立役者……。
ある意味、天野様に匹敵する『天才』かと。


 天野はニヤリと口唇を歪めた。


 川口はプライドの高い天野を『その気』にさせるために、あえてプロデューサーを持ち上げている。


天野勇二

なぜ俺のような学生と会いたがる?

川口由紀恵

理由はお伺いできてないんです。
ただ、お話をしてみたいと仰っておりまして……。
お会いしていただけませんでしょうか?

天野勇二

ふむ……。



 天野は思案した。



 前島たちを国民的アイドルに育て上げた名プロデューサー。



 いったい天野の何に興味を持ったのだろう。



天野勇二

……面白い。
会ってやろう。
いつなんだ。

川口由紀恵

今夜などいかかがでしょうか。
秋葉原あきはばらの劇場までお越しいただければ幸いです。

天野勇二

構わない。
行ってやるぞ。



 電話を切ると、会話を聴いていた前島が尋ねた。


前島悠子

師匠、プロデューサーとお会いするんですか?

天野勇二

ああ、俺様と話したいんだとよ。

前島悠子

確かに以前、師匠ってどんな人なのか訊かれましたね……。
それで興味を持ったんでしょうか。

天野勇二

お前、変なことを言ってないだろうな。

前島悠子

言ってませんよ。
天才クソ野郎だと伝えただけです。

天野勇二

うむ。
それは変なことじゃないな。


 前島は「そんなことどうでもいい」と思ったのだろう。


 じたばたと抗議した。


前島悠子

それより師匠!
私ともデートしてくださいよぉ!
今日はどうですか!?


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

お前はいつも俺が多忙の時に誘ってくるんだ。
夜しか空いてないし、夜は予定が埋まった。

前島悠子

じゃあ私も夜を空けます!
師匠の弟子として同行させてください!

天野勇二

ああ、それは別に構わないぞ。

前島悠子

やった!


 前島はすぐさま立ち上がった。


前島悠子

それでは仕事を早く切り上げてきますので、失礼します!


 ダッシュでテラスから走り去る。


 天野は呆れながらその後ろ姿を見送った。


天野勇二

あいつ……。
あれで卒業できるのかねぇ……。
卒論まで書いてやる気はないぞ。


 天野はタバコを取り出しながらため息を吐いた。





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つばこ

天野くん「あれで卒業できるのかねぇ」
つばこ「それはこっちのセリフだよ。キミは自分の心配をしておくれよ( ゚д゚)」
 
前島ちゃんがいたグループとは、総勢100名を超える大所帯の国民的アイドルグループです。それらを率いるプロデューサーとはどんな人物なのでしょうか。
私はアイドルに疎いのでよくわかりませんが、現実世界にも似たような人がいるのかなぁ。いたら面白いのになぁ。メガネをかけてたりするのかなぁ(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 98件

  • rtkyusgt

    涼太は仕掛けに行ってるんだけど、
    2人がイチャついているようにしか見えない♡笑

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  • バルサ

    天野くんと涼太のじゃれあい、いいね〜(^^) さあ、プロデューサーの名前は何だろう?

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  • 天才クソ野郎ラブ

    涼太くんとのジャレ合い、可愛いですねぇ、ほっこりしますねぇ( ☆∀☆)

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  • 平行

    週刊誌「解せぬ」

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  • せっけん

    まきりんとデートなんて許しませんよ!の時の前島の画像がナイフ持ってるやつで笑った

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