※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。




 とある大学の学生食堂。



 2階テラス席。



 そこは天才クソ野郎こと、天野勇二あまのゆうじ根城ねじろだ。



 その日、天野はいつものように昼食であるみかんを頬張りながら、のんびりタバコを吸っていた。



天野勇二

うん……?



 テラスへの階段を上がる足音。


 誰かがテラスにやって来る。


 現れた顔を見て、天野は驚いたように声をあげた。


天野勇二

なんだ。
柏田かしわだじゃないか。

柏田麻紀

良かった……!
天野さん、会えました!



 柏田麻紀かしわだまき


 紅白にも出場するような国民的アイドルグループの娘だ。


 愛称は『まきりん』


 清楚せいそなルックスと、それに反比例したグラマラスなスタイルが人気だ。


(詳しくは『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』などを参照)


天野勇二

君が大学に来るとは。
珍しいこともあるものだ。

柏田麻紀

だって悠子ゆうこちゃんも川口かわぐちさんも、天野さんの連絡先を教えてくれないんですもの。
直接来るしかなかったんです。


 くすりと可憐かれんな笑顔を浮かべる。


柏田麻紀

2人とも酷いんですよ。
悠子ちゃんは『師匠は私のもの!』ばかりだし、川口さんは『恋愛禁止よ!』ばかりなんです。


 川口とは柏田のマネージャーだ。


 担当のタレントに「男を近づかせたくない」と考えるのは当然だろう。


柏田麻紀

だからあの……。
今日は、天野さんの連絡先を教えてくれませんか?

天野勇二

ああ、別に構わんぞ。

柏田麻紀

やったぁ!


 連絡先を交換し、柏田は嬉しそうに頬を染めている。


 幼い少女のような喜び方だ。


 柏田は20歳。


 清楚せいそ可憐かれんな大人の女性だが、中身にはあどけなさが残っているようだ。


天野勇二

今日は仕事じゃないのか?

柏田麻紀

オフなんです。
4ヶ月ぶりなんですよ。


 人気アイドルの柏田は超多忙だ。


 4ヶ月ぶりのオフに、いるかどうかわからない天野を訪ねたのだ。


 健気けなげさを感じ、天野は少し優しい口調で尋ねた。


天野勇二

午後は予定があるのか?

柏田麻紀

いいえ。
まだ何もありません。

天野勇二

俺様は午後の講義がつまらんからサボりたいと思ってたんだ。
どこか遊びに行くか?


 柏田は「信じられない」といった表情で天野を見つめた。


柏田麻紀

ほ、ほんとですか!?
天野さんと一緒に過ごせたらいいな、とは思ってましたけど、悠子ちゃんは『師匠は忙しくて遊んでくれない』って、ぼやいてましたから……。

天野勇二

アイツはいつも外せない実習の時ばかり誘うんだ。
君はラッキーだったな。


 柏田は嬉しそうに飛び跳ねた。


柏田麻紀

是非お願いします!
どこに行きますか!?

天野勇二

今日は単車バイクで来ている。
比較的どこでも行けるぞ。
むしろどこに行きたい?

柏田麻紀

じゃあ……。
横浜よこはまに行きたいです!

天野勇二

いいじゃないか。
横浜、行ったことがあるのか?


 柏田はふるふると首を振った。


柏田麻紀

行ったことないんです。
でも、初めてのデートは横浜がいいなぁと思ってたんです。


 天野は驚いて尋ねた。


天野勇二

君はデートもしたことがないのか?


 柏田は照れたように笑った。


柏田麻紀

そうなんです。
おかしいですよね。

天野勇二

クックックッ……。
ならば、俺様が思い出に残る初デートにしてやろう。

柏田麻紀

うわぁ!
楽しみです!


 柏田を連れて駐輪場へ向かう。


 タイミング良く、1人の男が前方からやって来る。


 その顔を見て天野は舌打ちした。


天野勇二

柏田よ。
メットを被って顔を隠せ。

柏田麻紀

はい。


 柏田が素直にフルフェイスヘルメットを被ると、前方の男が天野に気づき手を振った。


佐伯涼太

やっほー!
勇二じゃん!


 天野の幼馴染おさななじみかつ貴重な友人、佐伯涼太さえきりょうただ。


 涼太は天野が連れている女性を目ざとく見つめた。


佐伯涼太

あれ?
お出かけ?
デートでも行くの?

天野勇二

ちょっとそこまでな。

佐伯涼太

その娘、前島さんじゃないね。
紹介してよ。
どんな可愛い子ちゃん?
僕は涼太っていう勇二の友達だよ。


 天野も柏田も、涼太を無視して単車にまたがる。


佐伯涼太

いや、あれ?
紹介してってば。
何で紹介してくれないの。


 涼太は「じぃーー」と柏田を見つめた。


佐伯涼太

(……このカラダ、どこかで見たね。こんなダイナマイトバディの持ち主忘れるワケないよ。どこで見たんだっけなぁ……?)

天野勇二

じゃあ、またな。

佐伯涼太

……あっ!!!


 涼太が気づいた。


天野勇二

(くそ、女に関しては恐ろしくカンのいい男だ)


 天野が舌打ちしながら単車を発進させる。


 涼太は慌てて叫んだ。


佐伯涼太

まきりん!
まきりんでしょ!
まきりんとどこ行くの!?
僕も誘ってよ!
なんで!
なんでまきりんしの僕を誘ってくれないの!
待ってよぉ!


 涼太の悲鳴を残し、単車は軽やかに走り去った。





 単車は都内の渋滞を軽やかに走り抜け、小1時間ほどで横浜に到着した。


天野勇二

ここが『港の見える丘公園』だ。
初デートの横浜なら、ここは押さえておかなければな。


 柏田は嬉しそうに景色を見つめた。


 横浜の港からベイブリッジ、みなとみらいまで一望できる。


 天野は一般人に見つからないよう、あまり人気のないところを歩いた。


柏田麻紀

すごく綺麗ですね……。

天野勇二

そうだな。


 柏田が頬を染めながら天野を見上げた。


柏田麻紀

あの、天野さん。

天野勇二

どうした。

柏田麻紀

は、初デートなので……。
て、て、手を……。
つないでも、いいですか……?


 随分と可愛らしいお願いだ。


 天野は苦笑した。


天野勇二

ああ、構わんぞ。


 手をつないで公園を歩く。


 平日の午後ということもあり人気は少ない。


 景色を眺めしばらく黙って歩いていたが、柏田がぽつりと尋ねた。


柏田麻紀

……天野さんは、芸能界にお詳しいですか?

天野勇二

いや、よく知らんな。

柏田麻紀

そうですか……。
私、もう芸能界に入って15年になるんです。


 天野は感心して柏田を見つめた。


天野勇二

それは長いな。
君は子役こやくだったのか。

柏田麻紀

はい。
でも、売れっ子にはなれなかったんです。
どうしてだと思いますか?

天野勇二

わからんな。
芸能界には興味ないんでね。


 柏田は潮風に吹かれながら言った。


柏田麻紀

枕営業まくらえいぎょうができなかったんです。


 天野は黙って柏田の横顔を見つめた。


柏田麻紀

スポンサーさんとの接待とか、パーティとか、会合とか……。
私みたいなタレントはそんな場所で愛想を振りまいて営業する……。
それでも売れなければ、枕営業してでも仕事をいただくのが普通なんです。


 柏田は天野の顔を見つめて笑った。


柏田麻紀

そんなの当たり前ですよね。
スポンサーさんも気に入った女の子を使いたい、って思いますから。
でも、それができなかったんです。


 天野は頷き、励ますように言った。


天野勇二

別にいいじゃないか。
君は実力で勝ちあがった。
誇りに思うべきだ。


 柏田は悲しそうに首を振った。


柏田麻紀

そんなことありません。
私が売れっ子になるために、枕営業している女の子がたくさんいます。
事務所にはそれを専門にするタレントだっているんです。


 天野はありそうな話だなと思った。




「柏田を抱かせろ」 

「柏田は無理なんです。代わりにこの娘ならどうですか?」 




 そんな会話が浮かぶようだ。


 それもプロモーション戦略のひとつだろう。


天野勇二

君はもはや人気アイドルグループのセンターだ。
君に手を出せると考える人間はいないだろう。
むしろよくそのままで過酷な世界を生き残ったな。


 柏田は照れ臭そうに頬を染めた。


 天野の指に、自らの指を絡ませる。


柏田麻紀

グループのおかげです。
悠子ちゃんたちのおかげで売れていっただけです。

でも、もう悠子ちゃんはいません……。
私も、いつまでも子供のままじゃいられない……。

天野さん、お願いがあります。


 柏田は真正面から天野を見つめた。



柏田麻紀

天野さん……。
私の『初めての人』になってくれませんか?



 柏田から純真で清純なオーラが放たれる。


 さすがアイドルの売れっ子だ。


 天野がたじろぐほどのオーラを放っている。


 天野は苦笑した。


天野勇二

それは惚れた男のために取っておくといい。


 柏田は天野に詰め寄った。


柏田麻紀

私が惚れたのは天野さんです。
天野さんが好きなんです。


 真摯しんしな告白だ。


 天野は柏田から視線を外し、どこか情けなく笑った。


天野勇二

すまないな。
俺にはその資格がない。

柏田麻紀

どうしてですか?
私じゃ、ダメですか?

天野勇二

いや、そうではない……。



 天野は悲しげに顔を伏せた。



 言わなければならないだろう。



 自分をさらけ出した柏田に、言わなければならかった。



天野勇二

……俺は、その行為に執着しないんだ。


 それだけでは納得できないだろう。


 天野は言葉を続けた。


天野勇二

中学の時だ。
俺が最もしたっていた兄が心を 喪失そうしつした。
その時、俺の中の何かが同時に壊れたのさ。

あれ以来、媚びを売りつきまとってくる女が醜いものに感じるようになった。
俺自身も女に本性ほんしょうをさらけ出すのが嫌になったんだ。


 自嘲じちょうして潮風に吹かれる。


天野勇二

それから女を抱いても、誰かと肌を重ねても、僅かな興奮とむなしさしか感じなくなってしまった。
恋や愛といった感情も理解できない。

君の初めてはそんな虚しさを感じる男ではダメだ。
君を愛おしく思い、大切に扱う男のために取っておくんだ。


 柏田は静かに天野の頬に触れた。


柏田麻紀

……天野さん。
ごめんなさい。

天野勇二

なぜ君が謝る。

柏田麻紀

天野さん、とても悲しそうな顔をしています。
そんな悲しいことを言わせてしまってごめんなさい……。



 天野は小さく笑った。




天野勇二

(そうか。俺は今、そんな顔をしていたのか)




 こんな本音は誰にも言ったことがない。


 これまで、この感情の置き場所がわからなかった。




天野勇二

(俺はこのことを、悲しく思っていたのか)




 天野はこの複雑な感情の置き場所が、初めて理解できたような気がした。






comico3週年!


comicoが3歳の誕生日を迎えました!


つばこはこれからもcomicoにて、何かひとつでも心に残る物語がお届けできるよう、全力で頑張っていきます!


どうか来年も再来年もいつまでも、comico(&天クソ)が皆さまの傍らにありますように!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
天野くんはまきりんを気に入っているのか、意外なほど優しげですね。恐らくまきりんの何か(本質ってやつかなぁ)を認めており、一目置いているのでしょう。
そして涼太くんは可哀想ですね。前々からそんな予感はしてましたが『涼太くん×まきりん』というカップリングは成立しないんですね。残念ですね。仕方ないですね。
でも私はちょっと哀れな汚れ役の涼太くんが好きなので、「今週もアイツ良い仕事してるなぁ」とホクホクしてます(*´ω`*)
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます(*‘ω‘ *)ホクホク

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コメント 149件

  • 焼きましゅまろ

    勇二くんは、いつだって、「二」番手だったから、次女の胡桃ちゃんやナンバーツーの麻紀ちゃんに優しくしちゃうのかなって思ったら、心の何処かで認めてあげたいって思ってるのかもしれないって勝手に思っちゃいました!(伝われ)

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  • もたけ

    うーん芸能界ゴミすぎ

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  • みーやん

    あれ、弟子にも兄の話しませんでしたっけ?
    次回ガチギレされそうだなぁ
    涼太かわいそ笑

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  • まこと

    天野、前島ちゃんと扱い違くない?

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  • 綾夏

    まきりんにそんなに優しくしちゃって……
    天野〜〜。弟子が可哀想だぞ!

    そういえば異国のプリンセスにも同じくらい優しかったなこの男……

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