新宿駅東口。



 タイムズスクエアとサザンテラスをつなぐ陸橋イーストデッキ



 JRの線路をまたぎ、2つの複合施設をつなぐ大型の歩道橋だ。




 天野はその中央に立ち、みかん色の夕暮れ空を眺めていた。



 階下には山手線などの電車が走っている。








 18時になった。








 タイムズスクエアに飾られた時計が、イルミネーションと共に軽快な音楽を奏でる。



 それを待っていたかのように雨宮が姿を現した。



天野勇二

ふん、悪くない変装だ。



 雨宮はドレッドヘアーのカツラとサングラスを外し、天野と向きあった。


 狂気に満ちた瞳だ。


 顔には死相が浮かんでいる。



雨宮誠司

勇二……。
決着をつけようか。



 天野は呆れたように両手を広げた。



天野勇二

本当にやるのか?
お前に勝ち目はないぜ。

雨宮誠司

それは理解している。
だから『技』を用意したんだ。


 雨宮は懐から1丁の小型拳銃を取り出した。


 銃口を天野に向ける。


雨宮誠司

本当は生きたまま、君のを切り落としたかったけどね。



 天野はヘラヘラ笑いながら指先を振り回した。



天野勇二

随分とチャチな玩具オモチャだ。
それじゃ簡単に人は殺せないぜ。


 自らの左胸を親指でさす。


天野勇二

ここだ。
ここを狙えよ。
ここを至近距離で撃てば、さすがの俺様も一撃さ。
だがな……。


 軽くステップを踏み、両足に力を溜める。


天野勇二

俺様のテリトリーに入れば、そんな拳銃、一瞬で蹴り飛ばしてやるよ。



 歩道橋イーストデッキが鈍く揺れ始めた。


 新宿駅は18時過ぎになると、様々な路線の電車が一斉に走り始める。


 電車の轟音に包まれながら、雨宮は呟いた。



雨宮誠司

別に近づいてから撃つ必要はないんだよ。
勇二、残念だね。



 遠距離から一発。


 雨宮が天野の胸目掛けて発砲した。


 乾いた発砲音は、電車の轟音にかき消された。






天野勇二

うぐっ……!


 左胸を苦しそうに押さえる。


 あかく濡れた白衣を見て、雨宮はニタリと爬虫類のような笑みを浮かべた。



雨宮誠司

勇二!
ここがお前の墓場だ!
死ねぇェ!



 雨宮の咆哮ほうこうがこだまする。


 何人かの通行人が驚いて足を止める。


 それを無視して雨宮が駆ける。


 至近距離から天野を撃ち抜き、トドメを刺すつもりだ。



天野勇二

雨宮……!



 天野も駆けた。


 雨宮に向かって高く跳躍ちょうやくする。



雨宮誠司

なっ!?



 天野の長い脚がを描き、拳銃を高く蹴り飛ばした。


 ほんの一瞬の早業はやわざ


 雨宮の瞳からは、天野の脚が消えたように見えた。



天野勇二

はぁ、はぁ……。
どうだ。
切り札が消えたぜ。



 左胸を押さえながら睨みつける。



雨宮誠司

残念だね。



 雨宮はニタリと口唇を歪めた。



雨宮誠司

切り札は1枚じゃないんだよ。



 懐からもう1挺の小型拳銃


 再度、天野に向かって駆ける。


 今度は反応できない。


 天野の胸元で乾いた発砲音が鳴った。





 パン!





天野勇二

がはっ……!



 激しい衝撃が走る。


 天野は苦悶くもんの表情を浮かべ、仰向けに倒れこんだ。



雨宮誠司

ハハハッ……!
勇二……!
これで、お別れだ!



 銃口を天野の顔に向ける。



 天野は苦しげにまぶたを閉じている。



 周囲では通行人たちの悲鳴。



 橋の下からは電車の轟音。





 雨宮が拳銃を構えた時、天野の両目がカッと開いた。




天野勇二

ほらよ!




 突然身体を起こした。


 素早く雨宮の左手首を掴む。


 銃口を自分かららす。


 そのまま手首を支点として、自らの身体をくるりと回転させた。


 雨宮の左腕を捻じ曲げる。



雨宮誠司

ぐああッ!

天野勇二

クックックッ……。
雨宮よ。
前は右腕を折ったな。
今度は左腕なんてどうだ。


 手首を限界まで絞り上げる。


 拳銃が雨宮の手からこぼれ落ちた。


雨宮誠司

ぎゃあああ!


 雨宮の悲鳴と観衆の悲鳴。


 歩道橋イーストデッキにこだまする。


 全てを無視して、天野は肘を決めにかかった。


雨宮誠司

やめろ!
やめてくれ!


 パキパキと軽い音が鳴り、雨宮の肘が破壊された。


雨宮誠司

うぎゃあああ!



 天野はそこで雨宮を放り投げた。


 ポケットからスマホを取り出す。


 雨宮は愕然がくぜんとして天野を見上げた。



雨宮誠司

……な、なぜだ?
2発も当てたのに……。
なぜ、動けるんだ……?

天野勇二

余計なことを喋るからだ。
アメリカから持ってきた『技』だと?
貧弱なお前がそう言うなら『拳銃』を持っているとしか考えられない。


 得意げに服をめくる。


 『防弾ベスト』が顔を出した。


雨宮誠司

そんな……。
そんなもの……こんな短時間で、入手できるはずがない……。

天野勇二

とある事件で知り合った外務省の男から、こいつを借りたままになっていてな。
さすがスパイ御用達だ。
血糊ちのり』まで出るとはね。
だが、想定より衝撃を受けるな。
肋骨の1本は確実にいったよ。


 雨宮は悔しそうに顔を歪めた。


雨宮誠司

そうか……。
だから、わざと遠くから撃たせるように挑発したのか……。
相変わらず、卑怯な、男だ……。


 雨宮の呟きを満足気に聞きながら、天野は電話をかけた。



橋田在昌

はい、橋田だ。

天野勇二

橋田のおっさんか。
雨宮を確保したぜ。

橋田在昌

な、なんだと!?
本当か勇二くん!

天野勇二

新宿の歩道橋イーストデッキにいる。
手柄が欲しけりゃ早く来い。


 橋田が何か叫んでいたが、天野は構わず電話を切った。


 足元を見下ろす。


 雨宮は左腕を押さえ、激痛のあまり涙を流していた。


雨宮誠司

……本当に、警察を呼ばなかったのか……。
なぜだ……?

天野勇二

いくつか理由がある。


 天野はタバコを取り出した。


 火をつけながら言葉を続ける。


天野勇二

ひとつ。
俺様は今回の件で警察が嫌いになった。

ふたつ。
拳銃を所持しているお前がパニックを起こせば、無関係な人間を撃ちかねない。
防弾ベストを隠し持ち、単独で確保するのがベターと判断した。

みっつ……。


 タバコの煙を吐き出しながら、極悪の笑みを浮かべた。


天野勇二

俺様を何度もコケにしてくれたシリアルキラーを、この手で処刑してやりたいからさ。

女子供を容赦なく殺しやがって……。
そんな卑劣な行いを見過ごせるほど、俺様は人間ができちゃいねぇ。
全身の骨をバラバラにした上で警察に突き出してやる。
全治一生だ。


 天野の瞳は怒りと狂気に満ちている。


 雨宮はそれを呆然と見つめ、小さく口唇を歪めた。


雨宮誠司

クククッ……。


 笑っている。


 涙を流しながら、雨宮は笑っている。


雨宮誠司

勇二……。
お前はいつもそうだ。

人の皮を被ったケダモノのくせに、それを飼い慣らし、完全に支配している。

そういうところが、嫌いだったんだ……。


 泣き笑う雨宮を見下しながら、天野は紫煙しえんを吐き出した。


天野勇二

……そしてもうひとつ。
尋ねたいことがある。


 天野はしゃがみこみ、雨宮の顔を覗き込んだ。













天野勇二

真犯人シリアルキラーは誰なんだ?












 雨宮の笑みが止まった。





天野勇二

お前を操り、身代わりスケープゴートに仕立てあげ、今回の計画を練り上げた『共犯』……。
や、恐らく『主犯』のはずだ。


 天野は周囲を見回した。


 観衆は天野たちに声をかけることもなく、ただ遠巻きに眺めているだけ。


 悲鳴やざわめきの声よりも、カメラのシャッター音のほうが大きい。


天野勇二

どうせこの場イーストデッキにはいないだろう。
ここはあちこちに監視カメラが設置されている。
ずっと正体を隠し続けているのに、こんな目立つ場所に現れるとは思えない。



 ゆっくり煙を吸い込み、雨宮の顔に吐きかける。



天野勇二

どうした?
俺の声が聴こえないのか?
真犯人は誰なんだ。
この計画、お前もそこまで乗り気じゃなかったはずだ。

……いや。
むしろお前、本当は誰も殺してないんじゃないか?



 雨宮の全身が震え始めた。



天野勇二

このままだと全ての罪を被せられるぞ。
それも覚悟の上か?
どうなんだ。
何か言えよ。




 雨宮は呆然と天野を見つめている。


 ぽつりと呟いた。




雨宮誠司

……驚いたな。

僕の完敗だ……。

君は僕からの『プレゼント』に気づいていたのか。

天野勇二

まぁな。
あれだけ余計な言葉ヒントを漏らせばさすがに気づくさ。


 天野は改めて雨宮の顔を覗き込んだ。


天野勇二

警察が来る前に吐け。
真犯人シリアルキラーは誰だ?
俺様に恨みを持つヤツか?
ただの快楽殺人鬼サイコキラーか?
なぜ、お前はそいつに従ったんだ?



 雨宮は目元をぬぐった。


 ゆっくり懐に手を伸ばす。



雨宮誠司

……勇二。
残念だが、その答えを僕は持っていない。



 雨宮は小さく笑った。



雨宮誠司

仮に持っていたとしても喋らないさ。
僕にもプライドがある。
わずかだが恩義もあるんだ。
僕はかつて失った自分自身を取り戻した。
君と『決着』をつけるべきだと、奮起ふんきすることができた……。



 雨宮は笑っている。


 爬虫類のような笑顔ではない。


 どこか爽やかな、人間ヒトとしての笑顔だ。



雨宮誠司

僕は敗れた。

君を超えることはできなかった。

でも、きっと、これで良かったんだ……。

なぁ、勇二……。



 雨宮は天野を見上げ、最後の言葉を吐いた。



雨宮誠司

まがい物イミテーション天才ジーニアス……。

それが最後のプレゼント』キーだ。

いつか、君の道を照らす、言葉にもなるだろう……。







 パァン!







 乾いた発砲音が鳴った。


 雨宮の全身から力が抜ける。


 ぐにゃりと地面に倒れこんだ。



天野勇二

しまった……!



 慌てて雨宮の身体を抱える。


 雨宮の手から小型拳銃がこぼれ落ちた。


 左胸には赤黒いシミ


 銃弾がひとつの穴を開けている。


 隠し持っていた拳銃で自らを撃ったのだ。



天野勇二

くそっ……!
3挺も銃を所持してやがったのか。



 脈を取り、瞳孔どうこうを確かめる。


 もう間に合わない。


 雨宮は完全に絶命していた。



天野勇二

雨宮……。
バカな男だ……。



 天野はそっと雨宮のまぶたを閉ざした。



天野勇二

お前、初めから死ぬつもりだったのか……。



 新宿の歩道橋イーストデッキ



 轟音に揺れる橋の上。



 みかん色の夕焼けが雨宮の最期を照らしていた。





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つばこ

外務省の男「雨宮がやられたようだな……」
ブタ野郎「ククク……奴は『天クソ脇役メンズ四天王』の中でも最弱……」
涼太くん「脇役の分際で天野に勝負を挑むとは、物語を陰で支えるシブい男たちの面汚しよ……」
 
 
いやぁ、たまげましたなぁ…( ゚д゚)
雨宮はスケープゴート……。全てを操る真犯人がいるんですね……。
これを書いてるつばこ本人が驚いてますので、読者の皆さまもおったまげてくれたら嬉しいです(´∀`*)ウフフ
 
来週は『雨宮編』の「後日談」になります。
オススメやコメント、いつもいっぱいありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 175件

  • みんみ

    真犯人(?)は324話にて明かされました( °-° )

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  • Tsuyopon

    ドレッドヘアーのカツラとサングラスは挿し絵ではないですけど?

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  • すず

    シブい男……?

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  • 鉢根

    そういえば101〜110話の上手に流出させる話でも真犯人がいる事を仄めかしてたよね…

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    結局雨宮は人間は殺してないのか?

    もっと分かり合うことができてたら、もっと道徳と愛情を知ることができてたら、雨宮にも別の人生があったろうにな

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