そして、長い静寂が訪れた。
しばらくして新宿西口公園にパトカーや救急車が到着した。
公園は完全にキープアウト。
この後はまた長い事情聴取が待っているだろう。
面倒くせぇなぁと、天野はため息を吐いた。
橋田在昌
……勇二くん。
現場を調べていた橋田がやって来た。
橋田在昌
電話の際、何か手がかりになるようなことはあったかね?
天野勇二
特にありませんね。
雨宮の行方は掴めましたか?
橋田は苦しそうに顔を歪めた。
橋田在昌
すまない……。
捜査の進展状況を君に話すことはできないんだ……。
天野は橋田の瞳をじっと見つめた。
恐ろしいことに、この男は人の目を見てある程度の心理を読むことができる。
天野勇二
……なるほど。
俺も『容疑者の1人』として考えてますね。
この事件に関係している可能性があると。
橋田は何も言わなかった。
その沈黙は肯定に等しい。
天野勇二
このままじゃ俺は殺されますよ。
警察は俺を守るつもりもない、ということですか?
橋田はその問いにも答えない。
天野は吐き捨てるように言った。
天野勇二
……クソ生意気な組織め。
これまで何人の犯罪者を貴様らに突き出してやったと思ってるんだ。
面倒くせぇ。
早く署に連行して事情聴取しろよ。
橋田在昌
いや、ここで構わない。
パトカーの中で頼むよ。
天野勇二
そういう時だけ反応を返してくれるんだな。
くそったれが。
橋田はパトカーの後部座席に天野を導き、長い時間をかけて事情聴取を行った。
天野が解放されたのは深夜になった頃だった。
天野は自宅に戻るのは危険と判断した。
今この瞬間も尾行されている可能性がある。
地下街と裏路地を走り、尾行がないことを確認した上でタクシーに乗る。
そのまま近隣のホテルで夜を明かした。
翌朝。
あらゆるメディアが新宿西口公園の事件を報道していた。
『生首』が放置された連続殺人事件。
爆破に巻き込まれた2人の警察官は意識不明の重体。
警察はすでに『生首』の胴体を発見しており、雨宮の名前と似顔絵を公開している。
全国指名手配だ。
天野の知らないところで、捜査は着実に進展していた。
天野勇二
チッ……。
苛つきながら橋田の息子へ電話した。
橋田翔馬
勇二か。
すごい事件になってるな。
天野勇二
そんなことよりお前の親父はなんだ。
かなり情報を渡しているのに、何ひとつ見返りがないぞ。
俺様が持つ情報は新聞に書いてあることだけだ。
橋田翔馬
それが警察ってもんさ。
民間人と手を組む警察なんてドラマの中にしか存在しない。
それにな……。
橋田は声を詰まらせた。
天野勇二
何だよ。
急に黙って。
橋田翔馬
……勇二のことを『共犯』として疑っている。
親父はそう思ってないが、捜査本部の方針はそうみたいなんだ。
天野は呆れたように息を吐いた。
天野勇二
無能の極みだな。
珍しく俺様が協力的だというのに共犯扱いか。
何が警察だ。
もう絶対通報しねぇぞ。
橋田翔馬
そう言うな。
勇二は色々な事件に巻き込まれすぎなんだ。
疑うのも無理はない。
理解してやってくれ。
天野勇二
理解できるはずがないさ。
お前、
ふざけた警察官はすぐクビにしろよ。
天野はそう言って電話を切った。
何度も舌打ちをする。
改めて新聞記事を確認した。
上野駅の『胴体』は被害者の自宅で発見。
新宿西口公園の『胴体』は公園内に放置されていたのが発見、と記載されている。
目新しい情報はそれしかない。
被害者の名前、住処、雨宮との関係、死亡推定時刻、死因、目撃者。
そんなものは一切見当たらない。
天野勇二
手がかりが少なすぎる……。
話にならねぇぜ……。
全ての情報は警察が管理しており、天野に送られるものは皆無。
雨宮を追うことはおろか、逃げることも難しい。
天野勇二
雨宮……。
次はどう出るつもりだ?
口唇を噛み締めながら思案する。
天野勇二
恐らくアイツが『本命』として考えていたのは、新宿西口公園の『爆破トラップ』だろう……。
何を用いたのか不明だが、かなり強力な爆破トラップだった。
扉をこじ開けた瞬間に起爆する仕組みだったのだろう。
自らが扉を蹴破っていれば間違いなく死んでいた。
数々の『生首作品』は、あの場面に誘導するための『ブラフ』だった。
天野勇二
思えば、アイツは再会した当初から挑発を繰り返していたな。
俺様を
『プレゼント』はこれで終わりなのか。
まだ次の手が用意されているのか。
何もわからない。
天野勇二
……ここは動かないほうが無難だ。
アイツからの連絡を待つべきだな。
天野はホテルの部屋で、雨宮からの連絡を待つことにした。
雨宮も天野の姿を見失っているはずだ。
必ず
天野はスマホを睨みつけながら不敵な笑みを浮かべた。
天野勇二
さぁ、我慢比べといこうじゃねぇか。
シリアルキラーさんよ。
同時刻。
大学の学生食堂2階テラス席。
ふいに前島が現れた。
前島悠子
うーん……。
師匠、いませんね。
テラスは完全なる無人だ。
前島悠子
やっぱりどこかに隠れてるんでしょうねぇ……。
無事だといいんですけど……。
前島が
雨宮誠司
やぁ。
こんなところで会うとは。
奇遇だね。
前島は「ぎょっ」として雨宮を見つめた。
数日前に会った天野の旧友。
前島は素早く鞄の中に手を入れた。
前島悠子
あ、雨宮さん……でしたよね……。
し、師匠は、ご不在みたいですよ……。
雨宮誠司
そのようだね。
アテが外れたよ。
ここにいれば会えると思ったんだが。
雨宮はテラスを見て肩を落としている。
前島はその横顔を震えながら凝視した。
前島悠子
(こ、この人が、指名手配中の、
ごくりと生唾を飲み込む。
膝が恐怖に震えている。
背中に冷たいものが流れている。
前島悠子
(逃げなきゃ…‥! 警察に、いや、師匠に連絡しなきゃ……!)
さりげなく立ち去ろうとする前島の腕を、雨宮が静かに掴んだ。
前島悠子
ひゃっ!?
な、なんですか!?
慌てて振り払う。
雨宮はニタリと口唇を歪めた。
雨宮誠司
クククッ……。
男に腕を掴まれたぐらいで怯えた顔するなよ。
前島の頭にかぁっと血が上る。
鞄の中で握っていた物を取り出した。
前島悠子
怯えてるんじゃありません。
あなたの行動と顔が気持ち悪いんです。
誰だって、子供の首を切る
雨宮は前島が握っているものを見て、「へぇ」と呟いた。
雨宮誠司
物騒なものを持っているな。
それを僕に向けるということは、やはり報道を目にしたのか。
護身用のスタンガン。
かなり強力なものだ。
前島悠子
近づかないでください!
さり気なく手を伸ばそうとした雨宮を、前島の怒号が制止した。
前島悠子
私の武器はこれだけじゃありません。
催涙スプレーや防犯ベルだって持ってます!
私に手を出せば後悔しますよ!
大人しく逮捕されなさい!
雨宮は一瞬ぽかんと口を開けた。
驚いたように前島を見つめる。
そして、どこか嬉しそうに口元を歪ませた。
雨宮誠司
クククッ……!
勝ち気な娘だ…‥!
さすが勇二の女だよ。
今の僕を脅してくるとはね……!
呆れたように首を振り、前島を睨みつける。
雨宮誠司
なぁ、ひとつ教えてくれないか。
勇二はどこにいる?
居場所を知らないか?
前島悠子
……知りません。
知っていても、あなたなんかに教えません!
雨宮誠司
ならば呼んでくれ。
『女』からの呼び出しであれば、勇二も顔を出すかもしれない。
前島悠子
呆れた依頼ですね。
却下です。
絶対に却下です
スタンガンを突きつけながら、前島はこの場から逃げる隙を探している。
雨宮もそれは理解しているのだろう。
さり気なくテラスの出入口に立ち、前島の退路を塞いでいる。
雨宮誠司
あんな男をかばうのか。
イカれてるな。
ひとつ忠告してやろう。
雨宮は人差し指を突きつけた。
雨宮誠司
勇二は『
アイツの中には、君が知らない凶暴性が潜んでいる。
勇二は人間じゃない。
獣だよ。
血に飢えた野獣だ。
君はいつか、あの
前島は真正面から雨宮を睨みつけた。
前島悠子
それがどうしたんですか?
顔を真っ赤にして言った。
前島悠子
師匠は確かに純正の『クソ野郎』ですよ。
何のまがい物だって言いたいのか知りませんが、それの何が悪いんですか。
イミテーションで何が悪いんですか。
師匠だって、私だって、イミテーションであることを誇りに思ってます!
イミテーションだって、誰かを照らすことができるんです!
それを理解できないあなたに、偉そうなことを言われたくありません!
はぁ、はぁ、と荒い息を吐く。
雨宮は目を丸くして前島を見つめている。
雨宮誠司
……面白い小娘だ。
誰にすべきか迷っていたが、君が適任のようだ。
雨宮は冷たい笑みを浮かべた。
ゆっくり懐に手を伸ばす。
そこから出てきた物を見て、前島の瞳が恐怖に染まった。
前島悠子
え、えっ……?
そ、それは何ですか……?
雨宮誠司
僕から勇二に贈る、『最後の
君に届けてもらいたいんだ。
雨宮は瞳を歪ませ、狂った笑みを浮かべた。
雨宮誠司
クックックッ……。
勇二……。
これを見たら驚くだろうね……。
その顔を見ることができないのが、実に残念だよ……!
テラスに「ざくっ」と何かを切り裂く音が響いた。
15,761
そして、長い静寂が訪れた。
しゃーろん。
今回に関しては天野くんのツメが甘い。
猫の生首を見付けた時点でアパートに突入する前に通報するべきだったし、警察が怪しむのも当然。
それに、弟子にも警告してボディガードを付けさせるべきだった。
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