全ての作業を終え、天野は1人で病院の裏庭に佇んでいた。


 前島と柏田はすでに病院を後にしている。


 2人とも多忙な芸能人アイドルだ。


 すでに次の仕事へ向かっていた。



小谷野小太郎

…………あまのくん…………



 小谷野が裏庭にやって来た。


天野勇二

よう小谷野。
天才クソ野郎の作戦はどうだった?


 小谷野はコクコクと頷いた。


小谷野小太郎

子供たち……とても嬉しそうだった……。

きっとこれから……前島さんたちを観るのが……楽しみになる……はずだ……。

天野勇二

そうか。
それなら何よりだ。



 静かに頷く。



 天野はひとつ息を吐き、自らの手のひらを見つめた。



 何度か拳を握る。



 辛そうに言葉を吐き出した。




天野勇二

なんて……俺たちは無力なんだろうな。




 天野は小谷野の顔をじっと見つめた。


天野勇二

お前、この道を選んで後悔してないか?
救うことのできない患者を見ていることが辛くないか?

俺たちは未熟な半人前の医師……。
いや、俺様は学生だ。
まだ医師ですらないか……。


 口唇を歪めて笑っている。


 恐らく自嘲じちょうしているのだろう。


 首を振り、また辛そうに言葉を続けた。


天野勇二

何が『天才クソ野郎』だ。
俺は何様のつもりなんだ。

俺がやったことなんて前島のコネクションを頼り、子供たちに『労働』を通じてひとつの価値を感じさせただけ……。

情けねぇ。
俺は無力だ。
イカれた偽善者だ。
こんなことしかできない自分が情けなくて反吐ヘドが出るぜ。


 小谷野は静かに頷いた。


小谷野小太郎


……俺も……無力だと……
……いつも……感じる……




 小谷野はゆっくり口を開いた。



小谷野小太郎

だけど、俺にも救える命はある……。
天野くんにしか救えない命だって、どこかにある……。

君に相談しなければ、俺は手品ぐらいで子供を楽しませることしかできなかった……。

俺は君に教えられた……。



 小谷野は優しく微笑んだ。


 フランケンの微笑みだ。


 天野の肩に手を置き、優しげに言葉を紡いだ。





小谷野小太郎

これからは笑わせるだけでなく、何か『価値』のあることを、人の役にたてることを、子供たちに与えてみようと思う……。

俺は勉強になった……。

どれだけ情けなくても、俺はまだ、ここであがいてみる……。



 天野は小谷野を見つめて笑った。



天野勇二

やはりお前はすげぇな。
目的と夢を持って医師になったお前は、俺にとってある意味、憧れの存在だ。
見てろよ。
俺が大病院の経営者になったら、真っ先にお前を小児科に引き抜いてやる。



 小谷野は嬉しそうに頬を染めた。


 照れているのだ。


 フランケンのくせにすぐ照れるのだ。


 小谷野は照れながら口を開いた。



小谷野小太郎

……なぁ、天野くん……。
君が子供に言っていたことを聞いて、ひとつ、思ったことがあるんだ……。

君もよく知っている通り、俺は臆病な人間だ……。
昔からそうだった……。
引っ込み思案で、口下手で、気が弱い……。

俺は、そんな自分が嫌いだった……。
だから、少しでも強くなりたくて、身体を鍛えた……。



 小谷野は自らの身体を見つめて首を振った。



小谷野小太郎

でも、それでは何も変わらなかった。

俺は臆病なまま……。
とても弱い人間だ……。
生きた証なんか、何も残せない、『99%』の人間……。

だけど、天野くんの言葉で気づいたんだよ……。

99%の俺だけど、俺は、誰かの1%になれる……。
誰もが、誰かの1%なんだ……。
無力な弱い俺でも、誰かの1%になって、生きていける……。



 小谷野は嬉しそうに言葉を続けた。



小谷野小太郎

そう考えると、俺は弱い人間でよかったと思うんだ……。

無力な弱い人間……。
だからこそ見える景色がある。
誰かの悩みや辛さを分かち合うことができる。
友達がくれた優しさを、かけがえのないものだと、思うことができる。

俺は……それでいい……。

無力なままの、俺でよかったんだ……。



 小谷野は優しげに天野の瞳を見つめた。



小谷野小太郎

そして君は『天才クソ野郎』だ。
ただの無力な男じゃない。
きっと君ならもっと沢山の人を救える。
そんな君と友人であること、とても誇りに思うよ。




 天野は黙ってその温かい言葉を受け止めた。


 何度か力強く頷く。


 そして小谷野に素直な気持ちを述べた。




天野勇二

ありがとう。
小谷野。
勉強になったのは俺のほうだ。



 小谷野はまた照れ臭そうに笑った。



小谷野小太郎

ふふふ……。

天野くんの……病院か……。

楽しみだな……。

是非とも、働いて……みたい……。


 天野と小谷野は顔を見合わせ、どこか朗らかな笑みを浮かべた。


 クソ野郎とフランケンの笑い声だけが、病院の裏庭に響いていた。





 とある私立大学。


 学生食堂の2階テラス席。


 天野はいつものようにタバコを吸いながらコーヒーを飲んでいた。



 珍しいことに新聞を手にしている。


 それもスポーツ新聞だ。



佐伯涼太

やっほー勇二!
久しぶりだね!
なんか勇二に会うの1ヶ月ぶりってカンジ!

……あれ?
スポーツ新聞なんて読んでるの?
珍しいねぇ。


 テラスに友人である涼太りょうたがやって来た。


天野勇二

ああ、ちょっと弟子の活躍を見ていてな。

佐伯涼太

弟子?
前島さん?
活躍ってなぁに?


 涼太は興味深そうにスポーツ新聞を覗き込んだ。


佐伯涼太

……へぇ!
前島さん、難病の子供のチャリティーなんてやってるんだ。


 新聞には前島が子供たちのワッペンをつけて踊る姿、そして前島からの応援メッセージが掲載されている。


天野勇二

前島だけじゃない。
お前の好きな柏田もやってるぞ。

佐伯涼太

え?
まきりんも?
マジでマジで?


 前島の隣には柏田の姿。


 可憐かれんな笑顔を浮かべている。


佐伯涼太

うわぁ、まきりんは何を着てもカワイイよねぇ。
一度脱がしてみたいなぁ。
たまんないカラダしてんだろうなぁ。


 涼太が下品な発言をしていると、噂の前島本人がテラスに上がって来た。


前島悠子

師匠!
涼太さん!
おはようございます!


 涼太が嬉しそうに新聞記事を掲げた。


佐伯涼太

前島さん!
すごいじゃん!
『子供たちの希望を背負って踊るアイドル』だってさ!
ホント素晴らしいよ!

前島悠子

ありがとうございます。
何だか照れちゃいますね。


 前島はテラスの椅子に座ると、鞄から大量の手紙を取り出した。


 天野はのんびりそれを眺めた。


天野勇二

なんだ?
その手紙は?


 前島は1枚1枚の手紙や便箋びんせんを愛おしそうに見つめている。


 中をごそごそかきわけ、何かを探しながら言った。


前島悠子

えへへ。
全国の子供たちから沢山のお手紙をもらったんです。

天野勇二

ほう。
流星クソ女の輝きが届いたか。

前島悠子

だと嬉しいですよね!

……えっと。
あったあった。


 前島は1枚の手紙を取り出した。


前島悠子

はい!
師匠にファンレターです!


 天野は驚いて手紙を見つめた。


天野勇二

俺だと?
なぜ俺様なんだ?

前島悠子

見ればわかります。
一緒に行った病院の、中学生の男の子からなんですよ。


 天野は首を捻りながら手紙を受け取った。


 短い文章が書かれている。


 天野は苦笑しながらそれを読んだ。


天野勇二

クックックッ……。
そうか。
あの中学生の少年か……。

自分の言葉を残してくれてありがとうございます。
生きることをもっと頑張ろうと思えました。
天野さんのおかげです。


だとよ……。


 前島は心から嬉しそうに天野を見つめた。


前島悠子

良かったですねぇ。
私たちのコンビで、少しは欠片を届けることができましたかね。
プロデューサーも思ったより喜んでくれて、今度師匠に会ってみたいと言ってました。

天野勇二

まだ始まりにすぎないさ。
お前はもっと輝ける。
この程度で終わらせるな。
欠片をばら撒き続けろ。

前島悠子

はい、わかりました!


 天野はタバコに火をつけた。


 中学生の男の子の顔。


 そして小谷野の顔が浮かぶ。




 大人になる前に死んでしまう運命。




 あらがうことのできない死の定め。




 そんな定めを切り裂くため、これからも小谷野は闘い続けるのだろう。




 どんな過酷な運命であっても、いつか乗り越える時がきてほしいと、天野は願った。





 天野の横顔を見て、涼太が優しげに言った。


佐伯涼太

ねぇ勇二……。
タバコの煙が目に染みたみたいだね。

天野勇二

……フフッ。
そうだな。
煙が目に染みたようだ。



 天野は空を見上げた。



 天高く、雲が流れている。



 天野は1人の少年のことを思っていた。







(おしまい)




この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

16,066

つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
 
この物語を読んでくださった皆さまに、生きていて良かったと、心から思える明日が訪れますように。
 
 
さてさて、次回のエピソードですが、夏にピッタリのちょいと刺激の強い物語をお届けします。
実は去年から「連載させてください」と、担当さんに何度もお願いしていたのですが、
 
「comicoで公開するには刺激が強すぎます(´;ω;`)」
 
とボツにされてきた、いわくつきのエピソードになります。
それを何とか押し通し、やっと連載にこじつけました。これもつばこがどうしてもcomicoで書きたかった物語。ご期待いただければ幸いです。
 
それでは来週土曜日、
『彼と上手に決着をつける方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 162件

  • 田中

    感想を言うのもはばかられる程に難しい話。
    自分は医療従事者でもなければ、重篤な病気にかかったことも無いから、綺麗事すら言う権利は無いんだろう。
    それでも、生きるという事に対して納得のいく何かを見つけ出そうとするその姿勢にこそ、生命の輝きとも言えるような力が宿るのではないかと、そう思いたい。
    自分がどういうふうに死ぬのかは分からないけれど、死ぬまでにそういった何かを見つけられたら、良い人生だったと言える気がする。

    通報

  • rtkyusgt

    涼太最後の気がきいてる・・・ほんといいやつ

    通報

  • らんこ

    泣きすぎて頭がいたい…(´;ω;`)

    通報

  • 「ふつうになりたい」激推し

    フランケン男前じゃないか!!!笑笑
    そしてこのお話すっごい好きです…もっともっといろんな人に読んでほしい…

    通報

  • ひろ

    クソ野郎への手紙を前島へのファンレターとして出すとは、よっぽど心を動かされたんでしょうね。
    わざわざ手紙を書いて、送り先を考え、送り先を調べる。
    無気力に陥っていた子を行動に移らせたエネルギーは想像するのも難しい。

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK