天野は日を改めて、再度小谷野が働く大学病院に訪れた。



 入院している子供のために、病院内には『院内学級』が設けられている。



 天野はその教室と時間を拝借することにした。



天野勇二

特別講師の天野だ。
今日もアイドルの前島悠子に来てもらった。


 院内学級に参加できるのは10名ほど。


 小学生から中学生まで。


 さすがにベッドから起き上がれない子供は参加できない。


天野勇二

それだけじゃない。
今日は同じグループのアイドル、柏田麻紀かしわだまきさんにも来てもらった。

柏田麻紀

皆さん、こんにちは。
宜しくお願いします。


 前島と柏田が頭を下げる。


 子供たちは嬉しそうに拍手した。



 天野は芸能事務所を説得し、時には脅し、最終的には怒鳴りつけ、前島と柏田を無理やり引っ張り出したのだ。


 芸能事務所は天野にとある事件を解決してもらった恩がある。


 脅しに近い説得でも、首を縦に振るしかなかったのだ。


(詳しくは『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』にて)



天野勇二

今日はみんなにお願いしたいことがある。
君たちにしか頼めないことだ。

これは俺たち……。
前島さんと柏田さんからの『依頼』というワケだ。


 天野は前島の『衣装』を取り出した。


 アイドルグループの新曲衣装だ。


 プロダクションを無理やり説得し、衣装を用意させたのだ。


天野勇二

これは次の新曲で前島さんたちが着る衣装だ。
そして……。


 天野はカラフルな『無地のワッペン』を取り出した。


天野勇二

ワッペンを用意した。
これにみんなの『言葉』を書いてほしい。
そしてワッペンを衣装に縫いつけて欲しいんだ。


 子供たちは突然の『依頼』に目を白黒させている。


天野勇二

みんなのワッペンがないと、前島さんと柏田さんの衣装は完成しない。


 天野は前島と柏田を指さした。


 子供たちの視線が前島たちに集まる。


 前島は純真無垢な笑顔を浮かべ、柏田は子供たちに手を振った。


天野勇二

前島さんたちは『君たちのワッペン』をつけた衣装を着て踊る。

色々なテレビにも出る。
ステージの上で、君たちの『言葉』を背負って踊るんだ。

それは世界中に放送されて、君たちと同じような病気に苦しむ子供たちに、勇気や希望を与えるだろう。


 天野はワッペンを持ち、気障キザったらしく振り回した。


天野勇二

君たちと同じ境遇にある子供たちに、君たちの言葉で『希望』を届けたい。
そのために協力してほしいんだ。
どうか、頼まれてやってくれないかな。


 子供たちの間に動揺が走る。



 希望を与える言葉。



 いったい、どんな言葉を選べばいいのだろう。


天野勇二

難しい『依頼』だが、難しく考える必要はない。

君たちの好きなこと。
将来の夢。
大好きな歌詞の一部。
愛読している漫画の台詞。
かけられて嬉しかった友達の言葉……。

そんなことを思い出してみるといい。
一緒に考えてみよう。


 天野はワッペンを配り始めた。


 小谷野や看護師、院内学級の教師、前島と柏田もペンとワッペンを配る。


 それぞれが子供たちに寄り添う。


 子供たちと一緒にワッペンに記す言葉を考えているのだ。


子供B

うーん……。
なにを書けばいいのかな。

小谷野小太郎

………ぅ………?

子供B

そっか!
それにする!


 幼い子供たちは嬉しそうにワッペンに文字を書いている。


 天野は中学生の男の子を見つめた。


 男の子は手にしたワッペンを複雑な表情で睨みつけている。


天野勇二

君の病気は知っている。
完治は難しいことも知っている。


 男の子は力なく天野を見上げた。


 ワッペンを机の上に放り投げる。


 気だるげに口を開いた。


中学生の男の子

……だったら、こんなの書いても意味ないじゃないですか……。

僕は大人になる前に死ぬんです。

そんなやつの言葉なんていらないですよね。


 天野は軽く笑った。


 膝をついてしゃがみこむ。


 逆に男の子の顔を見上げた。


天野勇二

そうかな。
君はラッキーだ。
そのことに気づかないか?

中学生の男の子

はぁ?
何がラッキーなんですか?

天野勇二

君と同じ病気で苦しむ子供は全国に何百人といる。
その中で君は選ばれた。
君にはその価値がある、ということなのだろう。


 天野はワッペンを差し出した。


天野勇二

君の命の輝きが消えたとしてもこのワッペンは残る。
前島悠子と柏田麻紀がそれをつけて踊り続けるんだ。

誰のものでもない。
君の『言葉』が書かれたワッペンだ。

それは全国の子供から大人まで、君の『想い』を届けるためにきらめき続ける。
君の『言葉』はそうやって後世に残るんだ。


 天野は優しく男の子に語りかけた。


天野勇二

君にとってはふざけた話だと思うが、健康で大人になるまで生き続けても、ほとんどの人間は歴史に残るような証なんか残せない。

それがこの世界に生ける99%の人間だ。

いくら健康な身体を持っていても、99%の人間は何の証も残すことができない。


 天野は強い瞳で男の子を見上げた。


 熱をこめて言葉を吐き出す。


天野勇二

君はたった1%の『くじ』を引いた。
2人のアイドルは君の『言葉』を必要としている。
わかるかい?
君だけの言葉だ。

どこかの偉い学者の言葉じゃない。
金持ちの成功者でもない。
歴史に名を残す英雄なんかでもない。
そんなヤツらの言葉なんか欲しくもない。


君の『言葉』が欲しい。
君だけの『言葉』が必要なんだ。



どうか、書いてくれないか。


 天野はペンとワッペンを差し出した。



 男の子は黙ってワッペンを、そして天野の瞳を見つめた。





 じっと天野の瞳を見つめている。



 何かを試すように。



 何かを訴えかけるように。



 男の子は黙って天野の瞳を見つめている。








 男の子はペンを手に取った。


中学生の男の子

……これに何を書いてもいいんですか?

天野勇二

そうだな。
君と同じ病気に苦しむ子供たちの心に、何かひとつでも残る言葉を書いてほしい。
君はどんな言葉を選ぶ?


 男の子は迷いなくひとつの言葉を書いた。


 天野はそれを見て微笑んだ。


天野勇二

良い言葉だ。
ラミネートして簡単に消えないようにしよう。


 全ての子供たちがワッペンに文字を書いた。


 ラミネートして長期保存できるように加工する。


川口由紀恵

あの、天野様……。
ちょっといいですか?


 前島と柏田のマネージャーである川口かわぐちが呼んだ。


川口由紀恵

今回の件は無理やり上を通しましたけど……。
いったい何の目的があるんですか?


 天野は川口にだけ聞こえるように囁いた。


天野勇二

『労働』よ。
子供たちに労働させることで、社会と芸能界にひとつの価値を残し、人の役に立ったという証を作るのさ。


 思わぬ言葉が飛び出し、川口は生唾を飲み込んだ。

 天野はニタリと悪い笑みを浮かべる。


天野勇二

おいおい。
逆手にとって考えろ。
これをうまく使えば強力な『チャリティー』になるぞ。

前島たちは病気に苦しむ子供たちの『希望』を背負って踊るんだ。
これを慈善活動として盛り上げてタレントの好感度を上げていく……。
それがお前の仕事だ。


 川口は静かに頷いた。


川口由紀恵

……なるほど。
天野様らしいやり方です。
プロデューサーの説得に苦労すると思いますが、慈善活動という形であれば押し通せると思います。

天野勇二

それでいい。
俺たちは汚い大人だ。
だからこそ出来ることがある。
立派な活動に参加し、良い仕事をしたと、子供たちが誇れるような結果を目指してくれ。

川口由紀恵

はい、努力します。


 天野はワッペンを手にしている子供たちを見つめた。


 裁縫道具やアイロンを用いて、衣装にワッペンに縫いつけている。


 看護師や医師が付き添い、子供たちに怪我をさせないよう苦労しているようだ。




 天野は「縫いつける」という『労働』の作業を子供に経験させたかった。


 その面倒な行為が「人の役に立っている」のだと感じて欲しかった。






 長い時間をかけて衣装は完成した。


 カラフルなワッペンだらけだ。


天野勇二

せっかくだ。
これを着て2人に踊ってもらおうか。


 天野の提案に子供たちは歓声をあげた。


 病院とはすでに打ち合わせ済み。


 小児科棟のロビーに簡易的なステージを設置した。



前島悠子

はーい!
こんにちは!
前島悠子です!


 ワッペンを貼り付けた衣装に身を包み、2人がステージに現れる。


 子供たちの歓声と拍手に呼ばれて、外来患者から他病棟の入院患者まで大勢集まって来た。


 好きなだけSNSで発信しやがれと、天野は不敵に笑った。


柏田麻紀

どうも!
柏田麻紀です!
それじゃ、いきまーす!






 軽快な音楽が流れる。


 ステップにあわせてワッペンが踊る。


 前島と柏田はトップアイドルのパフォーマンスを十二分に披露してみせた。






前島悠子

ありがとうございましたぁー!


 何曲か踊り終えると、前島が天野のもとにやって来た。


前島悠子

師匠!
このまま、かなこちゃんのところに行ってもいいですか?

天野勇二

無菌室病室クリーンルームの娘か。

前島悠子

はい!



 前島は力強く頷いた。



 その瞳に浮かぶひとつの決意を、天野は見た。



 前島は何か、やり残したことがあるのだろう。



天野勇二

……まぁ、いいだろう。
病院には話を通しておく。
ただし騒ぐなよ。
入院病棟で踊り始めたら、俺様がつまみ出してやるからな。

前島悠子

ありがとうございます!
ねぇまきりん、一緒に来て!
まきりんにも『お友達』になってほしいの!


 いくつかのワッペンと柏田の手を握り、前島が入院病棟へ向かう。


 天野は苦笑しながらその背中を眺めていた。



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つばこ

天クソの読者さんはほとんど10代なので、天野くんが言う『労働』の意味がピンとこないかもしれません。
誰かの役に立つ『労働』を通じて、時に自らの価値を見出すことができる……。天野くんはそんなことを考えたのでしょう。それが彼の用意した『欠片』だったようです。
もしかしたら、彼はそんなことを想って、今も『学園の事件屋』という労働を続けているのかなぁ……。
 
『医師編』は次回の「後日談」がラストになります。
もう一度フランケンこと小谷野が登場します。(次回の小谷野はカッチョイイぞ)
 
しかし今回のエピソードを描くのは難しかったですね。
こんな難しいテーマにチャレンジするぐらいなら、不倫バレした芸能人や公的資金を使い込んだお偉いさんを天野くんがファンキーにお仕置きしちゃうエピソードを書けばよかったです(´∀`*)ウフフ
 
では、いつもオススメやコメント本当にありがとうございます(`・ω・´)ゞ

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コメント 145件

  • ピカルディの3度

    え?作者コメ…
    いや、統合後だからなのかもしれないけど…
    年齢層別グラフ見ても、10代読者が多い作品は少ない方だと思います、統合前の時点から

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  • まこと

    めちゃめちゃいい話でした(TT)

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  • らんこ

    しまった…自分アラフォー…(*´-`)

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  • mew@マジデ楽しい

    ワッペン…?どんなのになるんだ…?って思ってたらめっちゃ可愛かったな衣装笑

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  • バルサ

    40代です(^^;;
    ファンキーなお仕置き…それも、見てみたいかな(^^)5月から読み始めて、やっとココまできました\(^o^)/

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