小谷野小太郎


………ここが…………
…………最後…………






 小谷野は無菌室病室クリーンルームへ天野たちを連れて行った。



 透明なプラスチックの壁の向こうに、10歳ほどの少女が佇んでいる。



 室内には特別な空気清浄機が稼働している。



 抵抗力の落ちている少女を、様々な感染から守るための病室だ。



 部屋に入ることはもちろん、少女に触れることもできない。



 話しかけるには専用の電話機を使う必要があった。



天野勇二

前島よ、最後の1人だ。
声をかけてやってくれ。

前島悠子

はい、師匠。



 前島はプラスチックの壁をトントンと叩いた。



 室内の少女がこちらを向く。



 前島が笑顔で手を振ると、少女は驚いて目を丸くした。



 嬉しそうに破顔する。



 前島は受話器を取り、少女に話しかけた。



前島悠子

こんにちは。
前島悠子だよ。

無菌室の少女

ほ、本物ですか?
本当に悠子ちゃんなんですか?

前島悠子

そうだよ。
私のこと知ってるの?

無菌室の少女

知ってます!
わたし、悠子ちゃんの大ファンなんです!

前島悠子

ありがとう!
今日はみんなのお見舞に来たんだよ。
ちょっとだけお喋りしてもいいかなぁ?

無菌室の少女

はい!
わぁ……!
嬉しいです!


 前島は病室の扉をちらりと見た。


 『もりやま かなこ』という名札がかかっている。


前島悠子

かなこちゃんに私のサインをプレゼントしてもいいかな?

かなこちゃん

えっ!?
悠子ちゃんのサインをもらえるんですか!?
はい!
すごく欲しいです!


 嬉しそうにはしゃいでいる。


 無菌室病室の中ならば、彼女は元気だ。


 だが、一歩でも外に出れば様々な感染症に襲われてしまう。


 抵抗する術はない。


かなこちゃん

もうすぐ手術を受けるんです。
うまくいくかどうか、よくわからないんですけど……。

だから、手術を受ける前に悠子ちゃんに会えて、本当に嬉しいです。
一生の思い出にします。


 少女は本当に嬉しそうだ。


 前島は笑顔を作りながらも、その姿に涙が零れそうになっていた。




 まだ幼いのに大きな手術を受けること。


 無菌室病室で過ごさなければならないこと。




 前島には少女の持つ苦しみなんて、何ひとつ実感することができない。


 どんな言葉をかければいいのか。


 自分はどうやって少女と向きあえばいいのか。


 正解を見つけることはできなかった。



前島悠子

そうなんだ……。
かなこちゃんの手術がうまくいくよう願ってるね。


 精一杯の笑顔を浮かべて告げる。


 少女は儚げに頷いた。


前島悠子

じゃあ、またね。

また、かなこちゃんに会えたら、嬉しいな……。

かなこちゃん

はい、悠子ちゃん。
ありがとう……。


 前島は電話を切った。


 少女に手を振り、無菌室病室を後にする。


 天野が小谷野に尋ねた。


天野勇二

骨髄移植か。


 小谷野は小さく頷いた。


天野勇二

そうか……。



 天野はため息を吐きながら病棟を見回した。



 様々な難病の子供だらけ。



 どれも重症の小児患者だ。



 ほとんどの子供が、大人になる前に死んでしまうだろう。



天野勇二

小谷野よ、前島を休ませたい。
せっかくだから昼飯でも奢ってくれ。



 天野たちは病院内のレストランに移動し、昼食をとることにした。



天野勇二

どうだ前島。
あまり美味くないだろ?


 軽い口調で声をかけている。


 天野なりに励まそうとしているのだろう。


天野勇二

なぜ病院のレストランの飯ってのは不味く感じるのか……。
これは興味深いテーマだ。
せっかくだから最高の美味にしてくれればいいのによ。
俺様がオーナーだったらミシュランのひとつ星でも狙ってやるぜ。


 前島は悲しげな顔で俯いている。


 食欲なんてないようだ。


 さすがに悪いことをしたなと、天野は反省した。



天野勇二

……小谷野。
さっきも聞いたが、依頼内容をもう一度教えてくれ。



 小谷野はコクコクと頷き、重い口を開いた。



小谷野小太郎

……子供たちに、生きる希望を与えたい……。

病気に負けない勇気を……教えてあげたい……。

なぜ……どれだけ苦しんでも……生きなければならないのか……。

人は何のために……生きるのか……教えてあげたいんだ……。


 小谷野は辛そうに言葉を紡いだ。


小谷野小太郎

俺には……わからない……。

何を伝えればいいのか……。
あの子たちを……どうやって喜ばせれば……いいのか……。
医師として向き合うだけでなく……1人の大人として……何をすればいいのか……わからなくなってしまったんだ……。

天野くん……。
君は誰よりも強い男だ……。
君なら……わかるんじゃないかと……思って……。



 天野は苦しげに呟いた。



天野勇二

あの子たちが何のために生きるのか……。



 静かに首を横に振る。



天野勇二

小谷野よ、それは永遠に解答の出ないテーマだ。
教科書通りに言えば『笑うこと』だろう。
人間だけが『笑う』ということができる。

笑うことは人間だけに与えられた特権。
笑うために人は生きている……。

そんなことを言うヤツもいる。


 嫌そうに舌打ちする。


天野勇二

だが、俺様に言わせれば『くだらねぇ』の一言だ。
何が笑いだ。
何が笑うために生きるだ。
笑えなくなるほどの絶望に出会った時、人はどうやって立ち上がればいいというんだ。


 天野はどこか遠くを見つめた。


天野勇二

人生における本質なんて、それこそ世界に生きる人間全てに存在するだろう。
正解はない。
だからこそ、好きなように決める自由がある。

誰かを愛し愛されるのか。
歴史に名を刻むのか。
高い目標を定めて飛び越えるのか。

道程はどれも果てしなく険しい。
その辛さから一時でも逃げるために『笑い』がある。
それに気づかないヤツは現実逃避したピエロみたいなものだ。
そして、ここにいる子供たちは、ピエロにすらなれない。


 天野は小谷野を睨みつけた。


天野勇二

いいか小谷野。
人に生きる理由を説き、希望を与えようなんておこがましい考えさ。

医者が考えることじゃない。

それは自らが見出してこそ意味があるものだ。


 小谷野は肩を落として頷いた。



小谷野小太郎

……天野くんが言うこと……それも……ひとつの事実だと……思う……。


医師が考えることでは……ないのかもしれない……。


だけど、せめて……子供たちが気づく『きっかけ』だけでも……与えたいんだ……。



 すがるような小谷野の表情。


 その視線から逃げるように、天野は顔を歪めた。


天野勇二

小谷野、正直に言うよ。
それは俺にもわからないんだ。

自分が何のために生きているのか。
自分の希望とは何か。

明確な答えは見つかっていない。
俺はお前ほど自立してないんだぜ。

前島悠子

……!!


 前島は驚いた。


 天野とは思えないほど弱気な発言だ。


 天野は前島の視線に気づき、小さく苦笑した。


天野勇二

お前のほうが立派だ。
お前は声をかけるだけで励ますことができる。
子供にひとつの『価値』を与えることができる。
その点でいえば、お前はすでに俺を超えているのさ。


 天野は小谷野に向き直った。


天野勇二

奥田おくだの結婚式でも見たが、お前は『手品』を練習していたな。

子供を笑わせ喜ばせるために、様々なネタを考えているのだろう。
教科書通りに笑顔を届け、笑うことの大切さを教えているんだな。


 小谷野はコクコクと頷いた。


天野勇二

それでも『何か』が足りない……。
そんな壁にぶち当たっている。
だが普通の医者はそんなこと考えない。
それで俺様の知恵を借りたい、ということか。


 小谷野はコクンと頷いた。




天野勇二

さて……。
実に難しいな……。




 天野は黙って虚空を見つめた。



 前島は悲しげに俯いている。



 小谷野は不安気な表情だ。



 天野はぽつりと呟いた。




天野勇二

俺は、自分の生きる意味なんて、わからない……。

子供に何かを教えることはできない……。

喜ばせることもできない……。

閃く作戦なんかあるはずがない……。




 虚空に問いかける。







天野勇二

だが……。

『天才クソ野郎』だったら……。

どう考える……?








 天野は前島を見つめた。


 前島はもう泣きそうな表情だ。


天野勇二

……やはり前島。
お前の力を借りるべきだな。

前島悠子

わ、私の力ですか……?


 天野は力強く頷いた。


天野勇二

俺は『クソ野郎』の医学生。
子供に何かを説くなんて、そんなお偉い人間じゃない。

だが俺は同時に『天才クソ野郎』でもある。

俺の作戦と、俺が持つコネクションを駆使して、子供たちに『希望の欠片カケラを与えてみよう。


 小谷野は天野をじっと見つめた。



小谷野小太郎

……何か、作戦が、あるのかい……?



 天野は不敵な笑みを浮かべた。



天野勇二

ひとつだけある。
だがここの子供たちにとって、病気が治る以外のことは大したことじゃない。
ほんの小さな欠片しか用意できないだろう。
それでも構わないか?

小谷野小太郎

……うん……。

それだけでも……十分だ……。


 天野は頷き、前島を見つめた。


天野勇二

前島よ、お前という存在が必要不可欠だ。
『天才クソ野郎』と『流星クソ女』のタッグだ。
子供たちに『希望の欠片』をばら撒くため、ひとつカマしてやろうぜ。


 前島は力強く拳を握った。


前島悠子

わかりました師匠!

私たち『クソ師弟』の底力、子供たちに見せてやりましょう!


 天野は満足気に頷いた。





この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

15,097

つばこ

念のため補足しますが、つばこ個人の考えと、天野くんの考えはちょっと違います。
きっと読者の皆さまの考えも、それぞれ異なっているはずです。
 
自分だったら何ができるのかなぁと、何が正しいことなのかなぁと、このエピソードを書きながら考えていますが、答えは見つからないままです(´・ω・`)
 
次回、天野くんたちの作戦がお披露目されます。
天野くんは何を仕掛け、何を思うのか……。
後日談までお付き合い頂ければ幸いです。
 
では、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますm(_ _)m

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 102件

  • 自分とは違う考えの天野くんを書けるつばこさんってすごいな

    通報

  • まっきー

    若くしてその生涯を閉じたジャンヌダルク、アンネフランク、イエスキリスト…様々な歴史の偉人聖人の名が浮んできた。確かに彼らは重病を患ってはないし少なくとも健康な四肢五体があった。けれどその最期は壮絶なものだった。それでも気の遠くなる年月を経て尚その名が輝くのは何故だろう。直近で言えば小林真央さん。きっと自分の魂に誇りを持てる生き方をしていたのでは…それは命の灯火が早く閉じようが、いかなる死を迎えようが、永遠に消える事がない、時を超えて人を励ます力さえ持つ何よりも勝るものの気がします。例え病が命を奪っても奪えない輝き。どんな風に生きる事が自分の魂が喜ぶ誇りとなるのか…それは人それぞれ異なるだろうけど、理論理屈を抜きに子供達に笑顔で居て欲しいと心底望むのは、誇りこそ生を、その人自身を輝かせるものだと知っているからかも知れない。

    通報

  • lucia

    何故ノベルにはポイント使っての応援が無いのか
    読み返しても応援押せないと若干不安になる
    好きな作品をトコトン推せるそんな運営方式はさすがに難しいのだろうか
    好きな作品がここ数ヶ月でバタバタ打ち切りっぽく終了していくので不安になりコメントしました

    天クソ含めつばこさんの作品、作風とても入り込みやすく読んでて爽快感あるので大好きです
    今後のメディアミックスに期待膨らましこれからも応援してます

    通報

  • 最後の“クソ師弟”まではめちゃ感動してたのに…最後でおとすつばこさんw

    通報

  • バルサ

    すごいテーマだな。
    アンパンマン?の歌詞、凄いよね…。
    結末、気になる‼︎

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK