日曜日の午前中。


 天野は前島を連れて、小谷野が研修医として勤務する大学病院へ向かった。





 前島はかなりの上機嫌だ。


 鼻歌をかなで、軽やかにスキップし、隙あらば天野の腕に抱きついている。


 ちょっとしたデート気分のようだ。


 天野はさすがに注意した。


天野勇二

おい……。
いい加減にしろ。
最近ベタベタと触りすぎだぞ。

前島悠子

いいじゃないですか。
ボディタッチはコミュニケーションの基本ですよ。

天野勇二

これから行くのはいつものテラスじゃないんだ。
お前の顔を見れば、

『前島が病院に来た』

とSNSに書き込むバカが山ほど存在するだろう。
今の姿を見られてみろ。
すぐさま炎上だ。
俺はもうスキャンダルなんて御免だな。


 前島はしぶしぶ天野から離れた。


前島悠子

むむぅ……。
わかりました。
自重します。


 大学病院に入る。


 目指すのは小児科棟。


 ナースセンターで小谷野の名を告げると、しばらく待つように言われた。


前島悠子

へぇ、ここが小児科棟なんですね。
子供が沢山入院しているんでしょうか。

天野勇二

数はそれほど多くない。
そもそも、小児の重症患者ってのは少ないほうなんだ。
ほとんどは軽症。
完治するのが基本だ。

だが、大学病院となれば話は別さ。
ここに入院しているのは難病の子供ばかり。
意外と気を使うぞ。


 天野が前島に説明していると、小谷野がやって来た。



小谷野小太郎


………ぁ…………
……ま……の……
…………ん………




 前島はぎょっとした。


 筋肉隆々マッチョの大男。


 背丈は190cmを軽く越えている。


 フランケンと聞いてはいたが本当にフランケンそっくりだ。


天野勇二

小谷野!
久しぶりだな!

小谷野小太郎


……あ……ぃ………
………………う……



 ボソボソと何かを喋っているが聞き取れない。


 天野は苦笑しながら指先を振り回した。


天野勇二

久しぶり。
元気だったか?

小谷野小太郎

…………!


 小谷野は嬉しそうに天野の『手話』を見つめた。


 自身も手話で語りかける。


小谷野小太郎(手話)

うん!
元気だよ!
来てくれてありがとう。
天野くんに会えて嬉しいよ!


 小谷野は難聴の子供ともコミュニケーションが取れるよう、手話の勉強をしていたのだ。


 天野は前島を親指でさした。


天野勇二

今日はゲストがいる。
アイドルの前島悠子だ。
今は色々な事情があり、俺様の弟子になっている。


 小谷野は驚いて前島を見つめた。


 顔を真っ赤にさせながら頭を下げる。


小谷野小太郎


………こ、ここ…………
………こ…や…の………
………で………す………


 前島は純真無垢じゅんしんむくな笑顔を浮かべ、小谷野を見上げた。


前島悠子

初めまして!
前島悠子です!
宜しくお願いします!


 小谷野は嬉しそうに指先を振った。


 天野に手話で語りかける。


小谷野小太郎(手話)

きっと子供たちも喜ぶ。
前島さんを紹介しても良いかな?

天野勇二

いいだろう。
前島よ、慰問いもんしてやってくれないか?
辛い気分になるかもしれないが、子供たちに声をかけてほしいんだ。

前島悠子

了解です!
任せてください!


 天野たちは入院病棟へ向かった。


 まだ幼稚園に通うほどの子供から、中学生くらいの子供まで。


 様々な年代の子供たちがいる。


子供A

あっ!
小谷野先生だ!


 子供たちは小谷野の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。


子供B

小谷野先生!
抱っこして!

子供C

小谷野先生の手品が見たい!

子供D

見て!
小谷野先生の絵を描いたの!


 子供たちが群がる。


 小谷野は嬉しそうに全員の相手をしている。


 天野は眩しげにその光景を見つめた。



天野勇二

(フランケンみたいな外見のくせに、『幼い命をひとつでも救いたい』という夢を持っていた男だ。まさに夢を体現している、というワケか)



 先にトップアイドル前島悠子の存在に気づいたのは、看護師のほうだった。


 前島を見て困惑した表情を浮かべている。


 天野は堂々と近づき声をかけた。


天野勇二

TKプロダクションの天野というものだ。
プライベートになるが前島悠子が来ている。
事前の許可は取ってないが、慰問しても構わないだろうか?


 看護師は慌てて上長の許可を取った。


看護師

大丈夫です!
お願いします!

前島悠子

迷惑じゃなければサインぐらい書きます。
子供たちにプレゼントさせて頂けませんか?

看護師

あ、ありがとうございます!

天野勇二

俺たちは小谷野の友人だ。
礼はアイツに言ってくれ。


 前島は病室を回り、子供たちに声をかけることにした。


 前島は軽い気持ちで慰問しようとしていたが、それが甘い考えだったことを少しずつ痛感した。


前島悠子

こんにちは!
前島悠子だよ!

子供E

うわぁ!
テレビに出てる人だ!

前島悠子

君はどこが悪いのかなぁ?

子供E

心臓が悪くてずっと入院してるの。
お外にも出れないんだよ。

前島悠子

そっかぁ……。
早く良くなるといいね!

子供E

うん!


 入院しているのは難病の子供ばかり。


 前島のことをほぼ全員が知っている。


 テレビぐらいしか楽しみがないのかもしれない。




 前島は純真無垢な笑顔をばら撒き、サインを配り続けた。


 そして、子供たちの病状を聞くたび、悲しい気分になった。


 笑顔を浮かべながらぽつりと呟く。


前島悠子

……師匠。
みんな可哀相ですね……。

天野勇二

こんなものは序の口さ。
中学生以上の患者に会うと、小児科が抱える本当の悲しみを見ることになるぞ。


 天野は前島の背中を優しく撫でた。


天野勇二

だが、お前という有名人スターに会えたことは、ひとつの思い出になるはずだ。
これはお前にしかできない仕事さ。
辛いとは思うが、もうちょっとだけ頑張ってくれ。


 前島は静かに頷いた。



小谷野小太郎

…………こっち…………



 小谷野の案内で次の病室へ向かう。


 中学生の男の子が1人、ベッドに座り本を読んでいた。


前島悠子

こんにちは!
前島悠子です!


 男の子は驚いて前島を見つめた。


中学生の男の子

ま、前島さん……?

えっ?

小谷野先生、本物?


 小谷野がコクコクと頷く。


 男の子の頬は一気に赤くなった。


前島悠子

初めまして。
君はどこが悪いの?


 握手をしながら尋ねる。


 男の子は照れ臭そうに答えた。


中学生の男の子

血液の病気です。
生まれてから入院ばっかりしてます。

前島悠子

そうなんだ。
早く良くなるといいね。


 無垢むくな励ましの言葉。


 男の子は苦しそうに顔を歪めた。


中学生の男の子

あはは……。

良くはならないんですよ……。

いつかわかんないけど、大人になる前に、ここで死にます。

前島悠子

そうなの……?
で、でも希望を捨てないで!
お姉さんが元気になれるよう、サインでも書いてあげるよ!

中学生の男の子

ありがとうございます。

でも元気にはならないんです。

希望なんか、何もないんですよ……。


 男の子は辛そうに顔を伏せた。


 さすがの前島も笑顔を作れず、苦しそうに男の子を見つめた。



中学生の男の子

……でも、会えて嬉しかったです。
ありがとうございました。



 男の子はぺこりと頭を下げた。


 天野たちはまた別の病室へ向かう。


 次は中学生の女の子2人だ。


前島悠子

こんにちは!
前島悠子です!


 1人の女の子は驚いて前島を見つめたが、すぐに力なく目線を落とした。


 長い闘病生活を続けているためなのだろうか。


 感情まで死にかけている。


 前島は無理やり声のトーンを上げ、ひとりずつ声をかけた。


前島悠子

私はね、小谷野先生の友達なんだよ!
今日はお見舞に来たの!

中学生の女の子

……そう、ですか……


 口を開くのも辛そうだ。


 手を握ってみるが、反応は返ってこない。


前島悠子

……早く良くなるといいね。


 女の子は小さく頷いた。


 返ってくる言葉はなかった。


 前島はもう1人の女の子に声をかけた。


前島悠子

こんにちは。
前島悠子だよ。

白い肌の女の子

こんにちは。
いつもテレビで観てます。


 女の子は力なく笑った。


 肌が恐ろしいほど白く細い。


 前島は握手をしながら尋ねた。


前島悠子

もう入院は長いの?

白い肌の女の子

はい。
5歳からずっと。

前島悠子

そうなんだ……。
早く良くなるといいね。

白い肌の女の子

はい……。

前島悠子

何かにサインしてもいいかな?

白い肌の女の子

ううん……。

別にいいです。

どうせ、長くはないから……。


 前島は切なげにその顔を見つめた。


 白い女の子ははかなげに微笑んだ。


白い肌の女の子

声をかけてくれて嬉しかったです。
応援してます。
頑張ってください。

前島悠子

うん……。
ありがとう……。



 天野たちは病室を後にした。


 前島が震える口を開いた。



前島悠子

師匠……。
私って、無力ですね……。

自分が情けないです……。

慰問して励まそうなんて、どこか偉そうなこと考えてました……。

天野勇二

辛い思いをさせたな。
お前はよく頑張ったさ。
あの子たちも、お前に会えたことが自慢になるだろう。
お前は無力じゃない。
大丈夫だ。

前島悠子

はい……。
ありがとうございます……。


 天野は小谷野に向き直った。


天野勇二

小谷野よ、それでお前の『依頼』とはなんだ?


 小谷野は手話で語りかけた。


 天野は顔を歪め、その手話を睨みつけた。




天野勇二

……難しいな。




 ため息を吐きながら病棟を見回す。


 かなり険しい表情だ。


 小谷野はたまらず口を開いた。




小谷野小太郎

…………天野くん。

……俺は、子供たちを、元気づけたいんだ……。




 重い口をこじ開ける。


 小谷野は精一杯の言葉を吐いた。




小谷野小太郎

あの子たちが、大人になるまで、生きていくための『希望』を与えたい……。


どうして、重い病気にかかりながらも、必死に生きなければ、ならないのか……。
何のために生きていくのか……。
病気に負けない勇気を、生きていく喜びを、教えてあげたいんだ……。

何か、良い知恵を授けてくれないか……?




 天野は辛そうに顔を伏せた。




天野勇二

難しい……。
これまでの依頼の何よりも難しいぞ。







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つばこ

【告知】
 
お気づきの方もいましたが、7月20日(水)からつばこの新連載『つばたび。』が始まります!
新作は旅エッセイ!なんとエッセイ!つばこの生写真が出ちゃうかも!?(ポロリもあるぞ)
 
念のため書いておきますが、『天クソ』は終わりません。
まだ続きます!!!
ダブル連載することになりますが、これまで通り『天クソ』には全力で取り組んでいきます。
だけども、
 
「エッセイより天クソいっぱい読みたい( ゚д゚)」
 
なんて思われないよう(いや、思っていただけるのは幸せなんですけど)頑張ります!
理想は読者の皆さまに
 
「つばこの作品がいっぱい読める!どれもこれも面白い!つばこやるじゃん!」
 
と感じていただけること!そこを目指して頑張ります!
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 116件

  • ハヤ

    小谷野の最後のセリフ。
    普段とは違って、はっきり聞き取れるところに切実な願いが感じられる...

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  • みぃ

    まぁ、正直、早く良くなるといいね…としか言えないよね。
    でも、そう言われたくない気持ちもわかるかも。
    「今の医療じゃ絶対に治らない」のに、「良くなるといいね」って言われると、相手に悪意がないとわかっていても、「良くならないんだよ」と思ってしまうだろうなぁ。

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  • kaght

    でも、つばたび終わっちゃったw

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  • まこと

    早く良くなるといいねは嫌かなー、どんどん悪くなる一方なのに(TT)
    しかも、まだ治ってないの?何て言われた日には心底呆れた。
    知ったようなこと言われるのも嫌だけど☆あまりに無知な親とか、最悪だよ!
    好きな人が出来たら世界が一変した!その人のために、少しで多くのことがしたいと思うようになった!未来が描ければ…頑張れる

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  • らんこ

    この間までコンクリート詰めやら拳銃やらだったから油断してた…超泣いた( ;∀;)

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