天野はその日、大学での実習を終え、自宅に帰ろうとしていた。


 赤信号の交差点で立ち止まる。


 突如、女性の悲鳴が響いた。


???

キャー!


 目の前に赤いボールが転がった。


 それを追いかけて子供が飛び出す。


 母親の悲鳴が響く。


 子供は気づいていない。


 視界の片隅には大型トラック。





 このままでは子供が轢かれる。





 天野は交差点へ飛び出し、必死に手を伸ばした。





 ドン!





 何とか子供を突き飛ばす。


 しかし、代わりに天野の身体がトラックに跳ね飛ばされた。


天野勇二

がはっ……!


 受身をとる暇もなかった。

 全身に激痛が走る。


天野勇二

くそっ……。
このまま死ぬのか……。


 薄れゆく視界の片隅に、母親に抱かれている子供の姿があった。


天野勇二

そうか……。

子供は無事か……。

それなら、まだ、よかった……。


 そこで意識を失った。




『天才クソ野郎の異世界転生ファンタジー』




 天野は妙な違和感を覚え、静かに目を覚ました。


天野勇二

……うぅ……?

ここは、どこだ……?

俺はトラックに轢かれて、死んだはずでは……?


 そこは深い森林の中。

 草むらの上に天野は倒れていた。


 身体には何の痛みもない。

 トラックに轢かれたはずなのに。


天野勇二

どうなってんだ……。
夢でも見ているのか……?


 頬をぺちりと叩く。

 痛覚を感じる。


天野勇二

現実だ……。
こんな森、大学の側に存在しないぞ……。


 スマホを開くが圏外。

 GPSも反応しない。

 見渡す限り木立が続いている。


天野勇二

俺は都内にいたはずなのに……。

ここはどこだ?

まさか異世界にでもワープしちまったのか……?


 途方に暮れていると、前方の草陰からガサガサと音がした。

 そこから異質の生物が飛び出した。



モンスター

キィィィッィアアア!


 二足歩行の怪物モンスターだ。

 右手に重そうな棍棒を持っている。

 人間のように見えるが、肌の色は真っ青。

 瞳は黄色い。

 鼻はブタ鼻。

 額には角まで生えている。


天野勇二

お、お前らはなんだ?
人間なのか?

モンスター

キシシシシ!


 怪物モンスターの数は3体。

 棍棒を振り回し威嚇いかくしている。


天野勇二

言葉が通じないのか。
困ったな。


 どうしたものか困惑していると、怪物モンスターの1体が棍棒を振りかざした。


天野勇二

うおっ!?


 バク転しながら避ける。

 恐ろしい怪力だ。

 命中すれば頭蓋骨が粉砕していただろう。


天野勇二

ふん、やる気か。
上等だ。


 天野は懐から『護身用のメス』を取り出した。

 敵は人外。

 明らかな殺意を放っている。

 ならば容赦はしない。


天野勇二

俺様のメスの切れ味、お前らに教えてやるよ!


 天野は素早く飛びかかった。


天野勇二

くらいやがれ!


 怪物の懐に飛び込む。

 迫る棍棒を紙一重で避け、怪物モンスターたちの喉元を一閃した。


モンスター

……キッ、シャァ……!


 青い鮮血が噴き出る。

 怪物モンスターは断末魔をあげながら地面に崩れ落ちた。



天野勇二

俺様のメスに切れないものはないッ!



 メスを構えたまま叫ぶと、背後から悲鳴が聞こえた。


???

ひ、ひぃぃ!


 白髪の老人が腰を抜かしている。

 見た目は日本人に近い。


白髪の老人

あ、あなた……。
オークを倒したんですか?


 老人が日本語で尋ねた。

 天野は驚いた。

 ここは日本語が通じる国なのだろうか。


天野勇二

オーク?
それはなんだ?

白髪の老人

オークとは、あなた様が倒された怪物モンスターです。

天野勇二

なるほど。
あれがオークか……。

まぁいい。
俺は天野勇二という日本人だ。
あなたの名前を教えてくれ。

白髪の老人

わ、私はモルグと申します。
マチルダ村の長でございます……。


 モルグ? マチルダ?

 天野は異質な名前に顔をしかめた。


天野勇二

異国の人間か。
なぜ日本語が話せる?

村長

ニ、ニホンゴ?
そ、それはどこの国の言葉ですか?

天野勇二

日本ジャパンだよ。
東洋の島国だ。
日本語を話すくせに日本を知らないのか?

村長

す、すみません。
存じ上げません。


 天野は呆れたように息を吐いた。

 頭のイカれた老人なのだろうか。


村長

……もしやあなた様、東の国から旅をされている『冒険者』なのですか?


 老人がおずおずと尋ねた。


天野勇二

まさか『冒険者』などという単語が出るとは……。
俺はただの医学生だ。

村長

学生!?
そ、それなのにオークを秒殺とは、相当な腕前ですなぁ……。

天野勇二

まぁ、少し格闘技をたしなんでいてな。


 老人は感心したように天野を見つめ、深く頭を下げた。


村長

旅の御方、どうかお願いします。
村を救っていただけませんか?

天野勇二

なんだ?
病人でもいるのか?

村長

いえ、違います。
実は最近、村に『闇の魔術師』が現れ、恐ろしい魔法で我々を襲うのです。
退治していただけませんでしょうか……?


 天野はますます呆れてしまった。

 まさか『魔法』とは。


天野勇二

(科学の発達した現代社会に魔法なんて存在するワケがないだろうが……。だが、少し気になるな……)


 天野はオークの亡骸を見つめた。

 地球上には存在しない生物。

 ここが異世界というならば、魔法だって存在するのかもしれない。


天野勇二

……いいだろう。
魔術師に魔法か。
興味はある。
村まで案内してくれ。





 村長に連れられ30分ほど歩くと、小さな村に辿り着いた。


 天野はその牧歌的ぼっかてきな風景にため息を吐いた。


 石造りの小さな建物。

 大きな風車が2つ。

 電線などは見当たらない。

 村人の衣服は質素なもの。

 かなり文明レベルの低い田舎村だ。


 村長は1軒の大きな家に天野を招いた。

 天野はもう諦めかけていたが、念のため尋ねた。


天野勇二

村長よ、ここは地球のどこにある国なんだ。

村長

チ、チキュウ?
そ、それは何ですか?

天野勇二

ふむ……。
ならば世界地図を見せてくれ。


 村長は本棚から世界地図を取り出し、天野の前に広げた。

 大陸の配置が地球とはまるで異なる。

 もう確信するしかなかった。


天野勇二

(地球じゃない。過去でも未来でもない。やはりここは異世界だ。なぜ俺様は異世界に来てしまったんだ……)


 落ち込んでいる天野に、村長が本題を切り出した。


村長

アマノ様、私共の村はここにあります。


 大陸の一部を指さす。


村長

小一時間ほどの場所に古い塔があり、闇の魔術師はそこを根城としております。
村から数少ない作物を奪い、女子供を誘拐しているのです。

天野勇二

とんでもないゲス野郎だ。
村人全員で立ち向かわないのか。

村長

敵の魔法は強力なのです。
何度か抵抗したのですが、その度に村人は命を落としました……。

天野勇二

それは災難だったな。
同情するよ。


 天野がそこまで言った時、家の外から悲鳴が聴こえた。

 同時に何かの爆発音。

 激しい振動も響く。

 村長が青ざめて叫んだ。


村長

ま、魔術師です!
奴が襲ってきました!

天野勇二

ほう、魔法のお出ましか。


 天野は素早く外に飛び出した。

 村の一部が破壊され燃えている。

 奇妙な笑い声が頭上から響いた。


闇の魔術師

ククク……。

貴様、変わった恰好をしているな。


 魔術師は宙に浮かんでいた。

 同じ年くらいの若い男。

 黒いローブを着ており、杖を手にしている。


天野勇二

(う、浮いてやがる。これも魔法だというのか?)


 呆然と見上げていると、魔術師が杖を掲げた。


闇の魔術師

紅蓮の火球よ!

男を焼き殺せ!


 杖の先端が赤く光る。

 バレーボールほどの火球が勢い良く飛び出した。


天野勇二

くそっ!
これが魔法か!


 かなりの速度だ。

 時速100kmを越えている。

 命中すれば命を落としかねない。

 地面を転がりながら避ける。


闇の魔術師

まだまだ行くぞ!


 魔術師は次から次へと火球を飛ばし始めた。

 手の届かない空中からの一斉掃射。

 無様に逃げまわることしかできなかった。


闇の魔術師

フゥーーハハハ!


脆弱ぜいじゃくな人間どもめ。


今日も娘を頂くぞ!


 魔術師は左手を掲げた。

 その手に『黒い霧』が集まる。

 村娘の1人の身体がふわりと浮かんだ。

 黒い霧に引き込まれていく。


村娘

い、いやぁ!
やめて!

村長

アイシャ!
私の大事な娘が!


 娘と村長が悲鳴をあげた。


天野勇二

このゲス野郎!


 天野はたまらずメスの一本を取り出し、魔術師目掛けて投げつけた。




 キン!




 黒い霧がメスに弾かれて四散した。


闇の魔術師

な、なに!?

私の魔法が!?


 アイシャの体が浮力を失い、地面に落ちようとしている。

 天野は滑り込みながらその体を抱きしめた。


天野勇二

大丈夫か!?

アイシャ

は、はい……。


 アイシャが怯えながら頷く。

 天野は驚いてその顔を見つめた。





天野勇二

(……なんと、美しい女だ……)





 胸がどくんと高鳴る。



 生まれて初めての感情。



 娘をただ見つめることしかできない。



 天野は時が止まったかのような感覚を味わった。



闇の魔術師

ぐぅぅ!

生意気な人間め!



 魔術師は再び『黒い霧』を集め始めた。

 またアイシャの身体が宙に浮く。


天野勇二

ちっ!


 天野が再びメスを投げる。


闇の魔術師

おっと!


 今度は魔術師のほうが上手だった。

 メスを軽やかに避け、アイシャをその手に抱きしめた。


闇の魔術師

ククク……!!!

そんなにこの娘が気に入ったのか?

いいだろう。

返してほしければ塔に来るがいい。

貴様にそんな勇気があればの話だがな!

フゥーーーーッハッハハハ!


 高笑いだけを残し、魔術師とアイシャは霧のようにかき消えた。


天野勇二

くそっ……。
物理法則を無視しやがって……!



 魔法の威力は絶大。


 手も足も出なかった。


 屈辱が全身を震わせている。




 天野は虚空を睨みつけながら言った。


天野勇二

……おい村長よ。
俺様に塔の場所を教えろ。


 村長は驚いて顔を上げた。


村長

ま、まさか……!
あの魔法を見ても、魔術師に挑んでいただけるんですか!?

天野勇二

ふん、愚問だな。


 天野は偉そうに指先を振り回した。


天野勇二

この俺様にかかれば全てうまくいくんだ。
生意気なゲス魔術師め。
俺様がお仕置きしてやる。

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つばこ

なんか不思議なもので、天野くんの異世界ファンタジー……書いているとこっ恥ずかしいものがありました(*ノェノ)キャー
不思議です。別に内容が荒唐無稽であることは変わらないのに。
いつもと違う天クソの世界観、読者の皆様にどう感じていただけるのか楽しみです。
 
このエピソードを書いた当時、本当に『天才クソ野郎の異世界冒険ファンタジー』という番外編が書きたくなり、最終的には文庫本3冊分ほどの大作になりました。
笑いあり涙ありアクションあり胸ときめくラブロマンスてんこ盛りの冒険活劇。comicoでお届けできないのが残念です。
もしも「読みたい!」という方がいらっしゃればcomicoまでリクエストくださぁーい(´∀`*)ウフフ
 
さてさて『映画編』も次回がラスト!
いつもオススメやコメント、ありがとうございます!+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

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コメント 218件

  • rtkyusgt

    子供役は誰がやったんだろうという素朴な疑問(*゚-゚)

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  • なーー

    番外編読みたいです!!

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  • まこと

    一瞬何かと思いました

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  • 凡才クズ野郎

    恋に落ちた村娘を奪い去られて一言

    『物理法則を無視しやがって…!』

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  • おまろ

    これ、アニメで見てみたいわぁ(*´ω`*)

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