その日、天野はふらりと和泉の病室を訪れた。


天野勇二

よう和泉。
その後の具合はどうだ。


 和泉は天野を見上げにっこりと微笑んだ。


和泉亜里沙

すっかり良くなりました。
明日には退院できます。
撮影はどうですか?

天野勇二

クランクアップしたよ。
編集作業を残すのみだ。

和泉亜里沙

そうですか……。
天野さん、お疲れ様でした。


 天野は苦笑しながら肩を回した。


天野勇二

撮影ってのは大変だな。
映画なんて何気なく観ていたものだが、これからは見方が変わりそうだよ。


 和泉は嬉しそうに笑った。


和泉亜里沙

これで天野さんも立派な俳優ですね。
また出演してくださいね。

天野勇二

俺はもう御免だよ。
引退させてもらうさ。

和泉亜里沙

残念です。
私がこんなことにならなければ、もっと天野さんと絡めたのに。


 天野は気障キザったらしい笑みを浮かべた。


天野勇二

そうだな。
まさか 毒殺騒ぎが起きるとは思わなかった。

色々と話を聞いてみたが、 映画研究部エイケンの内部は本当にドロドロしているよ。
君たちの人間関係はもはや 『末期』に等しい。
あやういバランスで成り立ってるな。


 和泉はため息を吐きながら頷いた。


和泉亜里沙

天野さんの言う通りです……。
お恥ずかしい限りです。

天野勇二

気にすることはない。
男女が揃えば、どんなサークルもドロドロするものさ。


 天野は指先をパチリと鳴らした。

 偉そうな指揮者のように、指先を軽やかに振り回す。


天野勇二

色々とおかしな点があった。
だが、何よりも違和感を覚えたのは初日の夜だ。
君が救急車で搬送された時、恋人である伊藤はなぜか君に付き添わなかった。
そのことが不可解でたまらなかった。


 和泉はきょとんと天野を見つめた。


和泉亜里沙

そ、それがどうしたんですか?


 天野は白衣のポケットから『紙コップ』を取り出した。

 和泉に放り投げる。


天野勇二

これは君が飲んでいた紙コップだ。
ツテのある民間科捜研に調べてもらったが、毒性のあるものは一切検出されなかった。
予想通りの結果だったよ。




 和泉の瞳が細くなった。



 紙コップを握りしめる。



 その手は小刻みに震えている。



天野勇二

伊藤は初めから全てわかっていたんだな。
監督であり君の恋人。
だからこそ君の 『演技』を見抜いてしまった。



 和泉は俯いている。


 長い髪が顔を隠している。


 天野からはどんな表情を浮かべているのか見えない。


 天野は構わず言葉を続けた。



天野勇二

毒なんか盛られていなかった。
あれは君の 狂言きょうげんだったんだ。



 和泉は慌てて顔を上げた。

 微かに涙が滲んでいる。


和泉亜里沙

狂言ウソじゃありません!
私はあの時、本当に何かを飲んで……!


 天野は人差し指を立てた。

 横に振りながら「チッチッ」と舌打ちする。


天野勇二

安い演技は見たくないね。
舞台の幕は下りた。
お遊戯の時間は終わりだ。
全てはクランクアップしたんだよ。


 気障ったらしく、偉そうで、いやみったらしい言動。

 それで和泉の演技を叩き落とした。


天野勇二

君は『前島悠子を使いたい』という伊藤の方針に納得していなかった。
伊藤は看板女優である君ではなく、トップアイドル様を選んだ。
恋人としても、女優としても、プライドを傷つけられたはずだ。


 和泉はまた顔を伏せた。

 長い髪が表情を覆い隠す。


天野勇二

当初の予定では、君は『敵役の魔術師』になるはずだった。
前島と絡むことができ、役としても美味しい。
ところが水沢があっさり配役を変えてしまった。
君はあの決断が何よりも悔しかったのだろう。


 天野は嫌らしい笑みを浮かべ、吐き捨てるように言った。


天野勇二

確かに君は美人だ。
演技力もある。
だがな、前島悠子と比べれば鼻クソみたいなものさ。
前島に嫉妬している君の姿、愚かで滑稽なピエロにしか見えないね。


 和泉は静かに顔を上げた。


 瞳は暗い輝きを放っている。



和泉亜里沙

……偉そうに、言わないでくださいよ……。



 綺麗な顔が悔しそうに歪む。


和泉亜里沙

天野さんみたいな素人に何がわかるんですか?
私はあんな アイドルに負けてない……。
顔だって、スタイルだって、女優としての演技力だって、何ひとつ劣ってなんかない……!


 天野は薄ら笑いを浮かべた。

 懐からスマートフォンを取り出す。


天野勇二

ならば観るがいい。
まだ編集途中だが、伊藤から前島のシーンを貰ってきた。


 和泉は顔を歪めながら前島の演技を見つめた。


 和泉の拳に力が入る。




和泉亜里沙

こんな、こんな……。
三文芝居……!





 瞳から涙がぽつぽつと溢れた。


 悔しさという涙の色。


 それを見て天野は手を軽く叩いた。


 病室の扉が静かに開く。


伊藤・監督

亜里沙……。


 監督である伊藤だ。

 和泉は驚き、涙目のまま伊藤を見上げた。


伊藤・監督

亜里沙……。
君の演技は素晴らしいよ。

でも気づいて欲しい。
前島さんと今の君には、埋められないほどの差がある。
僕はそれを感じて欲しくて、前島さんに出演してほしいと思ったんだ。


 和泉はスマホを伊藤に投げつけた。

 スマホは伊藤の身体に当たり、乾いた音をたてて病室の床に落ちた。


和泉亜里沙

なによ!
私はずっと主演でやってきたのに!
前島との違い?
そんなもの知らない!
わかりたくもない!


 天野が鼻で笑った。


天野勇二

おいおい、本当に気がつかないのか?
経験と努力と才能……。
何もかも君には足りない。
君の『天狗の鼻』をへし折るために、伊藤は前島にオファーを出したんだ。


 伊藤は和泉に近づき語りかけた。


伊藤・監督

これからも亜里沙には看板女優でいてほしい。
ひとつのステップアップとして考えてくれないか?


 和泉は涙目で伊藤を睨みつけた。


和泉亜里沙

取ってつけたようなこと言わないで!
あなたは前島悠子を使いたかっただけじゃない!

伊藤・監督

そ、そんなことない。
僕が考えていたのは、それだけじゃないんだ。

和泉亜里沙

嘘よ!
文句があるなら他に行けって、私なんていなくても映画は撮れるって言ってたじゃない!
それがあなたの本心なのよ!

伊藤・監督

そ、それは……。
すまない。
僕も、ついカッとなって……。


 和泉の瞳からは大粒の涙。

 伊藤はかける言葉を失い、青ざめながら俯いた。




天野勇二

……くだらねぇな。


 天野は肩をすくめながら吐き捨てた。


天野勇二

残念だ。
どうやら俺は君を高く見積もり過ぎたようだ。
本物の女優ではないかと期待してしまった。
所詮しょせんは目立ちたいだけの『空っぽ』な女か……。


 和泉の頬が赤くなる。

 涙目で睨みつけた。


和泉亜里沙

天野さんに何がわかるんですか!?
本物の女優とか、そうじゃないとか!
あなたは『素人』じゃないですか!

天野勇二

おいおい……。
愚問だな。
俺様は天才医学生。
唯一無二の天才クソ野郎。
この俺様にかかれば、毒物を飲んだかどうかなんて見ればすぐにわかる。

……ところが。
君はあの時、この俺様を見事に騙してみせた。


 「クックックッ」と満足気な笑みを浮かべる。


天野勇二

『ありもしない毒』を飲んだ君の姿……。
素晴らしい演技だったよ。
その才能を埋もれさせるのは惜しい。
君にも何か、女優を目指したいだけの理由があったはずだ。


 天野は静かに立ち上がった。


 床に落ちていたスマホを拾う。


 画面に映っているのは天野と前島のキスシーン。


 それを苦笑して見つめながら、天野は言葉を紡いだ。


天野勇二

過去に前島は言っていた。
アイツは 誰かに輝きを届けたい、という信念があるんだとよ。


どんなに落ち込んでしまった夜でも、それさえあれば明日を待てるような希望の輝き……。


誰かにそんな『ありもしない輝き』を届けたいと願っている。
それがトップアイドル前島悠子の持つ『本質』だ。


 指先をパチリと鳴らす。


 和泉の胸に人差し指を突きつけた。


天野勇二

君には何がある?
なぜ女優を目指した?
目立ちたいからか?
看板女優としてチヤホヤされたいからか?

……違うな。
俺の見立てが確かならば君には強い信念がある。
何かの本質を感じる。


 偉そうで、どこまでも気障ったらしい言葉。


 それは不思議な輝きを放ち、和泉の何かを照らした。


天野勇二

……だが、今の君ではそれを直視することはできないだろう。
君の理解者である伊藤と話し合うことだ。
つまらない負の感情に振り回され、この俺様を騙した才能を捨てるんじゃない。


 それだけ告げると、天野は和泉に背を向けた。

 スマホを伊藤に手渡す。


天野勇二

伊藤よ、お前は和泉のことばかりでなく、部内のドロドロした内情に気を配れ。
映画ってのは1人で作るもんじゃない。
映画研究部チームで作るものだ。
そうだろう?


 いやみったらしく微笑む。


 伊藤は苦しそうに頷き、天野に深く頭を下げた。


 そして和泉に向き直った。


伊藤・監督

亜里沙……。
僕も努力する。
君を誰よりも輝かせるために、努力するよ。
一緒に頑張っていこう。


 和泉は嗚咽おえつをあげて泣き出した。


 その声を背中で聴きながら、天野は病室を後にした。





 しばらくたったある日。


 天野たちは伊藤から呼び出された。


 映画が完成したので観てほしい、との連絡だ。


伊藤・監督

天野さん!
お待ちしておりました!


 『試写会』の場所は映画研究部エイケンの部室。


 前島は天野に寄り添いながら声をあげた。


前島悠子

ようやくこの日がきましたね。
師匠とのキスシーン……。
楽しみですねぇ。

天野勇二

腕を組むんじゃねぇよ。
なんかお前、最近ベタベタ触ってくるな。

前島悠子

いいじゃないですかぁ。
照れないでくださいよ。

佐伯涼太

もう、2人ともイチャコラしないで。
ほら、始まるよ。


 涼太の呆れた声と共に、映画の上映が始まった。



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つばこ

何度か作コメで書いたとおり、今回のエピソードは「ほのぼの(つまり事件や事故なんて発生していないパターンの物語)」でございました。(エイケンの人間関係は全然ほのぼのしてないけど)
 
小説や映画に女優とアイドル。
それらはどれも作られたものであり、天野くん風にいえば『ありもしない』何かです。
所詮はイミテーションの物語や存在。直接命を救ってくれることはありません。つばこが描くこの物語だって、三文芝居と呼べる価値さえないだろうと思っています。
 
でも、いつかこの物語を思い出して、ちょっとだけフフッと笑ってもらえたら……。
天野くんたちの言葉が、困難に立ち向かう武器になれば……。
そんな贅沢なことを願ってやみません。
 
さて『映画編』も残り2話!
次回はいよいよ映画が上映されます!
いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます!。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。

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コメント 111件

  • ぷよぷよ

    大事なのは本質であって、肩書きや職業ではないってことなんだな…

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  • まこと

    クソ野郎を騙す演技!
    前島ちゃんはもう、既成事実を作ってしまえ!

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    久々こういう説教系の話好き!

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  • バルサ

    演技だったんか…。試写会、楽しみだな。キスシーンカットと言ってる人達が居るけど、どうなるかな(^^)

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  • phenyl

    毒なかったのか
    確かにほのぼのだ(感覚麻痺)

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