大学に救急車がやって来て、和泉は運ばれて行った。


 かなり苦しんでいたがわずかに意識があった。


 恐らく死ぬことはないだろう。


天野勇二

(問題は警察だ。通報すべきだろうか……)


 天野は少々迷った。


 こっそり回収した和泉の 『紙コップ』を見つめる。


 警察が調べれば、どんな毒物だったのか、誰が盛ったのか、比較的あっさり判明するだろう。


 しかしそもそもの問題として、本当に『毒を盛られた』のか、はっきりしていないのだ。


 現時点ではただの『事故』である可能性が高い。


天野勇二

伊藤よ、警察に通報するか?


 責任者である部長の判断を仰ぐ。

 伊藤はしばらく考えた後、静かに首を振った。


伊藤・監督

……やめておきましょう。
ただの事故かもしれませんし、警察沙汰ざたにはしたくありません……。

天野勇二

そうか。
まぁ、これはお前たちの問題だ。
好きにしろよ。


 天野は紙コップを白衣のポケットに押し込んだ。


天野勇二

だが、もし事故ではなく『事件』であれば、これは大事になるぞ。
部員の中に 『毒を盛った犯人』がいる、ということだ。


 伊藤は辛そうに顔を伏せている。


天野勇二

和泉を恨んでいたヤツはいるのか?


 伊藤は天野の顔を見上げた。

 苦しそうに呟く。


伊藤・監督

……天野さん、今から話すことは、 『ここだけの話』にしてもらえますか?


 天野は黙って頷いた。


伊藤・監督

和泉はあの美貌びぼうですから、ほぼ全ての主演女優を担当してました。
うちには和泉に匹敵する美人がいません。
和泉は色々な男からチヤホヤされてますから、部の女性たちは面白くなかったでしょう。
そう考えれば、恨みがあったといえるかもしれません……。

天野勇二

ならば、男絡みはどうだ。


 伊藤はおどおどしながら天野を見上げた。


伊藤・監督

天野さん、本当に『ここだけの話』にしていただけますか?

天野勇二

くどいな。
早く言え。

伊藤・監督

その、実は……。
僕が和泉の『男』なんです……。


 天野は驚いて伊藤を見つめた。

 伊藤は背も低く、貧相な顔立ちをしている。

 モデル級の美人である和泉と釣り合うようには見えない。


天野勇二

本当なのか?
正直、信じられんな。

伊藤・監督

そう言うのも無理はありません。
僕も信じられないんですから。


 天野は伊藤の瞳を睨みつけた。

 瞳に嘘は浮かんでいない。


天野勇二

まさかとは思うが、和泉のほうから交際を要求したのか?

伊藤・監督

はぁ……。
実は、はい……。


 伊藤は照れながら頭をかいた。 


天野勇二

なるほど。
主演女優と監督の熱愛ってワケか。
和泉の命が狙われるのは今回が初めてか?

伊藤・監督

はい。
これが初めてです。

天野勇二

お前らの関係、部の連中は知っているのか?

伊藤・監督

いや、内緒にしてます。
誰も知らないはずです。

天野勇二

まぁ、そうだろうな。
そのほうが賢明だ。


 天野は悩んだ。

 動機  どうきなんてどの人間にもありそうだ。

 だが、どうやって和泉を狙い撃ちしたのだろう。


 水沢は大量の紙コップをお盆に載せていた。

 あの状態では誰が毒入りのお茶を飲んでもおかしくない。


天野勇二

水沢はいつもあんな風にお茶を配るのか?

伊藤・監督

そうですね……。
水沢は脚本担当ですから、撮影中は裏方に回ります。
今日の行動は前からある自然な行動でした。


 伊藤はそこまで言って気づいた。


伊藤・監督

まさか……。
犯人は和泉を狙ったんじゃない……。
無差別だった、ということですか?

天野勇二

ありえるな。
毒を飲ませる相手なんて、誰でも良かったのかもしれない。

伊藤・監督

そんな、まさか……。


 伊藤は呆然と頭を抱えている。


 天野はその姿に違和感を覚えていた。







 翌日、天野は涼太と一緒に授業の空き時間を利用して、和泉が入院した病院に向かった。


佐伯涼太

やっほー和泉ちゃん!
具合はどう?


 和泉は青白い顔をしていたが、2人に向かって微笑んだ。


和泉亜里沙

何とか大丈夫です。
応急処置が良かったと言われました。
天野さん、本当にありがとうございます。


 天野は見舞いの花を置いて和泉に尋ねた。


天野勇二

お茶を飲んだ時、何か違和感はなかったかい?


 和泉は長い睫毛まつげを伏せながら答えた。


和泉亜里沙

お茶自体には特に変な匂いはありませんでした。
飲み干してから味が変だな、とは思ったんですが、その瞬間、突然苦しくなって……。


 涼太が同情したように言った。


佐伯涼太

こんなにカワイイ和泉ちゃんを苦しめるなんて許せないね。
犯人は僕らが必ず捕まえるからさ。


 天野がすかさず注意する。


天野勇二

涼太よ、犯人なんて物騒なことを言うな。
俺たちは警察じゃない。
それに映画研究部エイケンの連中は和泉の仲間だぞ。


 涼太は失言に気づいた。

 慌てて和泉に向き直る。


佐伯涼太

き、きっと何かの事故だよ!
毒なんて誰かが盛るワケないよね!


 和泉はじっと黙っていたが、意を決したように口を開いた。


和泉亜里沙

天野さん、涼太さん。
これは『ここだけの話』として聞いていただきたいのですが……。


 天野と涼太は身を乗り出した。

 和泉の口調が真剣なものになったからだ。


和泉亜里沙

実は犯人に、心当たりがあるんです。

天野勇二

ほう、誰だと思うんだ。


 和泉は真っ直ぐ天野を見つめた。


和泉亜里沙

水沢さんが、犯人じゃないかと思うんです。

天野勇二

水沢?
脚本家の水沢のことか?


 和泉は黙って頷いた。


天野勇二

なぜだ?
確かに犯人として最も疑わしいのは水沢だ。
だが君がそう思う理由を知りたい。


 和泉は恥ずかしそうに俯いた。


和泉亜里沙

実は……私が、今お付き合いしている人の元彼女モトカノが、水沢さんなんです……。


 天野は冷静にその言葉を受け止めたが、涼太は違った。


佐伯涼太

えぇ!?
和泉ちゃんカレシいるの!?
いないって言ってたのに!

和泉亜里沙

ごめんなさい。
実は……。


 天野はそれを手で制した。


天野勇二

言わなくてもいい。
本人から聞いた。

佐伯涼太

えぇっ!?
ウソ!
誰なのよ!?

天野勇二

別に誰だっていいだろ。

佐伯涼太

いや、気になるじゃん!
教えてよ!


 天野はため息を吐いて和泉を見つめた。

 和泉は黙って頷いた。


天野勇二

……伊藤だよ。

佐伯涼太

い、伊藤さん!?
監督の!?
マジで!?


 和泉は恥ずかしそうに俯いている。

 涼太はがっくりと肩を落とした。


佐伯涼太

そ、そりゃそうだよねぇ……。
和泉ちゃんほどの美人がフリーなワケないよねぇ……。
しかし監督の伊藤さんかぁ……。


 意気消沈いきしょうちんしている涼太を無視して、天野は和泉に尋ねた。


天野勇二

水沢は君と伊藤の関係を知っているのか?

和泉亜里沙

いえ、知らないはずです。
誰にも言ってませんから。
でも水沢さんなら気づいてもおかしくないと思うんです。
実際に、伊藤さんと交際を始めてから、主演を外されることが多くなりました。


 天野は腕組みをして和泉の瞳を睨みつけた。


 瞳に嘘は浮かんでいない。


 だが、どこか不自然なものを感じる。


 天野の心に微妙な違和感が残った。


天野勇二

和泉よ、それは俺たち以外に言うな。
余計な疑心暗鬼ぎしんあんきを招く。
わかったな。

和泉亜里沙

はい、わかりました。

天野勇二

邪魔したな。
ゆっくり休め。


 天野はそう言うと、がっくりと落ち込んでいる涼太の首根っこを掴み上げ、病室を後にした。


佐伯涼太

まさか和泉ちゃんが、伊藤さんと……。

はぁぁぁ……。

天野勇二

おいおい。
お前は『広く浅く』がモットーじゃないのか?
和泉ごときどうだっていいだろ?


 涼太はその言葉ですぐさま立ち直った。


佐伯涼太

それもそうだね。
女の子は星の数。
人間が手を伸ばせば、星にだって届くからね。





 天野と涼太は大学に戻った。


 涼太はゼミがあるため校舎へ。


 天野はちょうど空き時間だったため、映画研究部エイケンの部室へ向かった。



水沢・脚本家

あ、天野さん……。


 部室には水沢が1人で佇んでいた。


天野勇二

水沢しかいないのか。
撮影を行うと聞いていたんだが。

水沢・脚本家

えっと、撮影の場所はここじゃないんです。
裏門に向かってください。
みんなセッティングしているはずです。


 水沢の顔は青白い。

 天野は励ますように声をかけた。


天野勇二

まだ昨日のことを気にしてるのか?
君が毒を盛ったワケじゃないだろう。
和泉の命に別状はない。
忘れてしまえ。


 水沢は何かの責任を感じているのか黙ったままだ。

 

 やがてぽつりと呟いた。


水沢・脚本家

……あの、天野さん。
過去に天野さんは、学内の殺人事件を探偵のように解決した、と伺ってます。
だからお聞きしたいんですが、犯人はやっぱり、映画研究部エイケンの中にいるとお考えですか?

天野勇二

正直、今の段階ではわからないな。

水沢・脚本家

それなら、あの、これ、『ここだけの話』として聞いていただきたいんですが……。
犯人に心当たりがあるんです。


 天野は嫌な予感がしてきた。


天野勇二

また心当たりか……。
誰だと思うんだ?

水沢・脚本家

演出の倉本さんです。

天野勇二

倉本だと?
なぜ倉本が怪しいと思うんだ?


 水沢は俯きながらぽつりぽつりと喋り始めた。


水沢・脚本家

元々、倉本さんはうちの看板女優だったんです。
でも和泉さんが入部して、その序列は一気に変わってしまいました。
和泉さんがあまりに美人なので、倉本さんの出番が減ってしまって……。
それで演出家という裏方に回ったんです。

天野勇二

倉本は元々、女優だったのか。
君の話はわかる。
だが、それだけで和泉を毒殺するものか?


 天野の言葉に水沢は顔を伏せた。


水沢・脚本家

普通はそう思わないですよね……。
でも、倉本さんが前に愚痴っていたことがあったんです。

『和泉さんはズルイ。演技力もないのに主演なんてズルイ。いっそいなくなればいいのに』

……って。


 天野は静かに頷いた。


天野勇二

……なるほど。
よくわかった。
気に留めておこう。

水沢・脚本家

ありがとうございます……。

天野勇二

だが、その話は誰にもしないことだ。
無駄な疑心暗鬼を広げてしまう。
君たちにとって良くないだろう。


 天野はそこまで言うと部室を出て、裏門に向かって歩き出した。




天野勇二

(やれやれ……。面倒な話になってきやがったな……)




 裏門に辿り着いた。


 映画研究部エイケンの部員たちが撮影の準備をしている。


 これから天野が『トラックにかれる場面』を撮影するのだ。


 天野はトラックに轢かれて死んでしまい、目覚めたら見知らぬ異世界に転生していた……という設定になっている。


倉本・演出担当

天野さん。
お忙しい時に申し訳ありません。


 倉本がやって来た。

 こちらの顔色も青白い。


倉本・演出担当

ロケはそんなに長くなりません。
すぐ終わると思います。


 天野は倉本をじっと睨みつけた。

 そばかすの残る地味な顔立ちの女性だ。

 とても毒を盛るようには見えない。


天野勇二

倉本よ、君は昨晩の和泉の事件、誰が犯人だと思う?


 ストレートに質問を投げ込んだ。

 倉本は驚き、怯えながら目を逸らした。


倉本・演出担当

いや、犯人なんて……。
私には……ちょっと、わかんないです……。

天野勇二

ならば質問を変えよう。
和泉を恨んでいたヤツはいるだろうか?

倉本・演出担当

う、恨んでいた人、ですか……。


 倉本は天野とロケ隊を見つめながら、小さな声で告げた。


倉本・演出担当

天野さん、これ、『ここだけの話』にしていただけますか?

天野勇二

ああ、いいだろう。

倉本・演出担当

実はですね、監督の伊藤さん和泉さんが、激しく口論しているのを、見てしまったことがあるんです……。


 天野は嫌な予感が的中したと思った。


天野勇二

どんな口論だ?

倉本・演出担当

いや、細かいところまでは聞こえなかったんですけど……。
配役とか、そんなことに関してだったと思います。

天野勇二

それだけのことで、伊藤が和泉を毒殺すると思うのか?

倉本・演出担当

そ、そうですよね。
普通はそう思わないですよね。
だけど、その時……。


 おどおどしながら言葉を紡ぐ。


倉本・演出担当

伊藤さんがこんな感じのことを言ったんです。

『そんなにワガママを言うやつは知らない。文句があるなら他に行けばいい。君なんていなくてもいいんだ』

って……。
まさか伊藤さん、それで和泉さんを脅すために、毒を盛ったんじゃないかと……。

天野勇二

ほう……。
なるほどね……。


 天野は苦笑しながら頷いた。


天野勇二

わかっていると思うが、それは他言しないことだ。
いいな?

倉本・演出担当

は、はい。
もちろんです。

天野勇二

変な話をして悪かった。
ロケに行こう。
今日も宜しく頼むよ。



 ロケ現場に向かいながら、天野はふぅと息を吐いた。


 犯人フーダニットと、方法ハウダニットと、動機ホワイダニット


 何もかもがわからない。


 天野は白衣のポケットから紙コップを取り出し、不敵な笑みを浮かべた。



天野勇二

(実に面白くなってきやがった。誰が『毒を仕込んだ』のか。この天才クソ野郎が見つけ出してやろうじゃないか)




この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

14,958

つばこ

もしかしたら誤解されているかもしれないので補足しますが、今回のエピソードは「ほのぼの」です( ゚д゚)
何だか探偵物みたいだなぁ、と勘違いしてはいけません。ほのぼのです。天野くんが映画に出演してしまう、という『ほのぼの日常系ドタバタラブコメディ』です。推理モノにするつもりはないので、
 
 
天野くん「犯人はお前だ!お前はあの時、部室内でこっそりドローンを飛ばし、和泉の上空で静止させた!そこから紙コップに毒を落下させたんだ!」
 
 
みたいな展開にはなりません。期待されていたらごめんなさい。
 
次回は前島ちゃんもクランクインし、撮影も終盤に入ります。天野くんはサークル活動を最後までやり遂げられるのか、ご期待いただければ幸いです。
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 181件

  • ひよまる

    全員共犯だったら笑えない

    通報

  • すず

    ドローンの線は考えてなかったwww

    通報

  • 和泉

    こんなにここだけの話って聞いたのは初めてです!笑笑

    通報

  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    爽やか軽やかに次の女へ行く男

    通報

  • バルサ

    ここだけの話し…多いわ(^^;;私には全然思い浮かばなかったが、そうか、これが映画ね!そうだったら面白いな(^^)

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK