生田庄司の殺人事件が解決してから数日が経っていた。


 飯田源太こと『カイン』が真犯人として逮捕され、天野の指名手配は警察の『捜査ミス』として処理されていた。


 しかし「天野は無実だった」という報道が流れても、学生たちは、





「本当は天野が殺人犯かもしれない」

「罪を着せたのかもしれない」

「あのクソ野郎が無実とかありえない」





 などと考えていた。


 一度でも指名手配されて容疑者になってしまうと、なかなかそのイメージを払拭ふっしょくするのは難しい。


 しかし元々、学園一の問題児で恐怖の象徴でもあった男だ。


 ひとつ『恐怖の伝説エピソード』が増えたに過ぎなかった。



天野勇二

あ、いたいた。



 天野はキャンパスを歩く1人の男に声をかけた。


天野勇二

よう梶谷かじたに
久しぶりだな。

梶谷

あ、天野!?


 医学部の同窓生、梶谷だ。
 梶谷は顔を引きつらせながらも天野に笑いかけた。


梶谷

た、大変だったなぁ。
みんな心配してたよ。
容疑が晴れてよかったなぁ……。

天野勇二

ああ、警察にはかなり絞られたぜ。
真犯人を突き出してやったのに、ヤツらはちっとも感謝しないんだ。

殺人現場からの逃亡。
流出した動画。
真犯人への暴行や脅迫。

そんなことをネチネチ説教しやがるのさ。
他にも余計なことを 詮索せんさくされて逮捕寸前だったが、真犯人を見つけたってことで帳消しチャラにしてもらったよ。


 梶谷は恐怖に震えながらも必死に笑みを作った。


梶谷

あ、あ、天野が殺人なんてなぁ……。
す、す、すすすするワケないもんなぁ……。

天野勇二

まったくだ。
俺たちは医学生。
命を救うことの難しさを知っている。
殺人なんて絶対にやらないさ。


 マジメな顔で告げている。

 梶谷も「うんうん」と頷いた。


梶谷

そ、そうだよな。
天野は命の尊さを知ってる。
立派な人間だよ。

天野勇二

ああ、でも同じ学部のヤツには『学園のダニ』って言われたんだ。


 梶谷の表情が固まった。

 天野は至極、残念そうに告げた。


天野勇二

テレビのニュースなんてくだらないからあまり観ないんだが、うちの学生にインタビューしている特集があってな。
医学部の学生たちが俺様のことを語っていた。
それをたまたま観てしまったんだよ。


 梶谷は「まずい」と感じた。

 そそくさと逃げ出そうとする。

 天野はその腕をガシッと掴んだ。


天野勇二

ほとんどが大学の問題児、恐ろしい野蛮人、アイツならやってもおかしくない、と言っていた。
それは別に構わない。
その通りだからだ。
だが、1人の学生が

『まるで学園に寄生してるダニみたいなヤツでしたよ』

と笑いながら答えていたんだ。
残念ながら顔は映ってなかったが、声がそのままだったんだよ。


 梶谷はすぐさまその場に土下座した。


梶谷

ごめん!
本当にごめん!


ちょっとテレビに映りたかっただけなんだ!

本心じゃない!

そのぐらい言ったほうがインパクトあって目立てると思っただけなんだ!


 天野は極悪の笑みを浮かべた。

 全身から殺気を解き放つ。

 指をポキポキ鳴らしながら吐き捨てた。


天野勇二

この俺様を『ダニ』呼ばわりか……!
エラくなったもんだな梶谷よ……!

教えてやるよ。
ダニもな、噛まれたら、意外と、痛い、ってことをな!

梶谷

ひいいぃぃぃ!
ごめんなさいぃぃぃぃ!




 天野は梶谷を処刑すると、颯爽さっそうとキャンパスを歩いた。


 通り過ぎる学生たちが皆、怯えたように目を伏せる。


 心なしか近づく人間がより減った気がする。


天野勇二

(ふむ、思ったより悪くない気分だ)


 と思いながら、天野はテラスへの階段を登った。


前島悠子

あー! 師匠だ!
お帰りなさい!
おつとめご苦労様でした!


 前島が嬉しそうに声をあげた。

 ちょうど今は昼の時間。

 好物である『たぬきうどん』をすすっている。


天野勇二

なんだ。
お前はまだテラスに来てるのか。

前島悠子

当たり前じゃないですか。
私は師匠の弟子ですよ。

天野勇二

ここにいると評判が悪くなるぞ。
何せ、俺様は『殺人犯』かもしれんのだからな。


 前島は嬉しそうに純真無垢じゅんしんむくな笑顔を浮かべた。


前島悠子

師匠はそんなことしませんよ。
師匠はどんな絶体絶命のピンチでも、相手を殺さずに切り抜けちゃうんです。
師匠が殺すとしたら、よほどの悪人のみか、正当防衛が成立するケースしか考えられません。

天野勇二

そうだな。
よくわかってるじゃないか。
さすが我が弟子だ。

前島悠子

わかってますよ。
どうせ師匠が本気を出したら『完全犯罪』をやるんですから。
そもそも捕まるはずがないんです。


 天野はタバコを取り出しながら不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

クックックッ……。
そうだな。
世の中にはもっと逮捕されにくい『殺し方』が存在する。
俺様ならばあんなやり方はしないな。

前島悠子

カインもおバカさんですよねぇ。
師匠を少しでも知っているなら、罪を着せるなんて絶対考えませんよ。
でも殺人犯ですからねぇ。
そもそも考え方がおかしいんでしょうか。

天野勇二

……いや、それなんだが……。


 タバコに火をつけると、天野は鋭い視線を伏せた。


天野勇二

捕まえた飯田という男は、少々妙なことを言っていてな……。
若干、引っかかることがあるんだよ。

前島悠子

引っかかること?
何ですかそれ?

天野勇二

いや、俺様の考えすぎだとは思うのだが……。


 天野は少し迷ったように口唇を閉じた。

 タバコの煙を吸い込み、深く吐き出す。


天野勇二

……飯田は俺様の『クセ』を利用していた。
見抜いていた、といっても過言じゃない。

深夜帯に張り込み、ストーカー犯に接触して即座にお仕置きする……。

アイツはそれを予測し、罠を用意した。
俺が最終的に野中の家を張り込むことさえ計算内だった、というワケだ。

前島悠子

そうなりますね。
そのクセを見極めるために、あえて一度目に板村美久さんの『ストーカー退治』を依頼したんでしょうか?

天野勇二

そうだと思っていた。

だが、果たしてそうなのだろうか……?

もしかしたら、それさえも ブラフだったとしたら……?


 天野はぼんやりと紫煙を見つめた。

 風に吹かれて、微かに揺れるタバコの煙。


天野勇二

嫌な予感がするのさ。

もし飯田を 『裏』で操っていた人間がいるとすれば……。

背後に強大な敵が潜んでいることになる。
それが俺様を狙っている。
ならば、この事件は何かのはじまりに過ぎないのかもしれない……。

 

 そこまで言うと、天野は呆れたように首を振った。


天野勇二

……ありえないな。
俺様はただの学生だ。
俺様を狙ったところで利点なんかないだろう。
考え過ぎか。


 天野は随分と神妙な表情で考え込んでいる。


 前島は不安気にその横顔を見つめた。


 まるで何かを恐れているような表情だ。


 前島は天野の気分を盛り上げるため、急いで話題を変えた。


前島悠子

ところで師匠!
実はですね、もうすぐ私のソロシングルが発売されるんですよ!
師匠にプレゼントとして持ってきました!
貰ってください!


 前島は懐からCDを取り出した。

 直筆サインつきのCDだ。

 前島の可愛らしい顔がプリントされている。


天野勇二

別にいらねぇってのに。
しかしこの写真、かなり加工されてないか?
こんなに肌が綺麗じゃないだろ?


 前島はぷりぷりと頬を膨らませた。


前島悠子

綺麗ですよ!
師匠は私のビキニ姿をグアムで見たじゃないですか!

天野勇二

だからだよ。
ほら、ホクロがない。

前島悠子

ホクロぐらい消してもいいじゃないですか!
気にしてるんですよ!


 天野と前島がやいのやいの言っていると、テラスに涼太が上がってきた。


佐伯涼太

あら……。
勇二、おかえり……。

天野勇二

おっ、来やがった。
今回の事件の発端を作った張本人だ。

前島悠子

涼太さーん!
おはようございます!

佐伯涼太

ああ、前島さん……。
おはよう……。


はぁ……。


はぁぁぁ……。




はぁぁぁぁぁぁ………。


 涼太はがっくりと肩を落としている。

 随分と落ち込んでいるようだ。

 天野は何だか嫌な予感がしてきた。


天野勇二

おい涼太、なぜそんなに落ちている。
まさかとは思うが……。
いや、まさかなぁ。
あっはっは。


 天野はヘラヘラと笑った。

 前島もそれを真似してヘラヘラと笑ってみせる。


前島悠子

まさかですよねぇ。
うっふっふ。
まさかぁ……。
ありえないですよねぇ?

天野勇二

そうだよなぁ。
まさかなぁ。
俺様の容疑が晴れたばっかりなのになぁ。
ないよなぁ。

前島悠子

ないですよねぇ。
師匠にあれだけ迷惑かけて……ないですよねぇ。
あんなことがあったのに、

『また動画が流出しちゃったテヘペロ☆』

とか、ないですよねぇ。


 涼太はぼんやりと前島を見つめ、指をさしながら言った。



佐伯涼太

すごい。
前島さん、大正解。



 テラスの時が止まった。



 もちろん天野が憤怒の表情を浮かべ、猛烈な殺気を放ち出したからだ。



天野勇二

てめぇ! 涼太!
またかよ!?
またか!!!


 右手に力を込めながら立ち上がる。

 涼太は慌てて首を横に振った。


佐伯涼太

あっ! いやっ!
ち、違うよ!
違うの!
違うんだってば!
違うのよ!
マジで違うの!

天野勇二

うるせぇ!
この間抜けが!


 天野の掌底が飛んだ。

 涼太の顎をカチ上げる。

 衝撃が脳髄を貫いた。


佐伯涼太

ぐはぁ!


 涼太は呆気なくテラスの床へ倒れこんだ。


 前島は「当然の報いだ」とばかりに涼太を白い目で見ている。


 涼太は涙目で弁解した。


佐伯涼太

ち、違うんだよぉ。
僕らの動画じゃなくて、僕の 『プライベート動画』が流出しちゃったんだよぉ。
僕が女の子を口説いてる動画なんだ。
勇二との動画じゃないんだよぉ。


 天野はその声を聞いて殺気を引っ込めた。


天野勇二

なんだよ。
それを早く言え。
本気で殴ってしまったじゃないか。

ほら、大丈夫か。
何をそんなにフラフラしているんだ?

佐伯涼太

い、い、い、今!
自分が!
掌底で殴ったからでしょ!


 涼太はふらつきながらテラスの椅子に座った。

 前島が同情するように言った。


前島悠子

涼太さんダメですよ。
師匠を誤解させちゃいけません。
涼太さんの言い方が悪いんです。

佐伯涼太

あはは……。
前島さんは何があっても、勇二の味方ってカンジだよね……。

前島悠子

当たり前です。
私は天才クソ野郎、唯一の弟子です。
そしていつか弟子以上の存在になる女です。

佐伯涼太

そんな日がくるといいね……。
応援してるよ……。


 天野はタバコの煙を吐き出しながら、のんびり尋ねた。


天野勇二

どんな動画が流出したんだ。
観たいな。

前島悠子

うんうん。
私も観たいです。

佐伯涼太

うん……。
これなんだ……。


 涼太はスマホを取り出し、問題の動画を再生した。


 タイトルは 『チャラクズパコ野郎パンティスパゲッティ』


 補足には涼太の名前と大学名まで書かれている。





佐伯涼太

きっと思うんだ。
神様が君とめぐり逢わせるために、あの時、あの場所に、僕は立っていたんだって。

佐伯涼太

君を見つけたのは偶然だと思ってた。

でも違う。
これは運命だよ。

僕は君と出会うために生まれたんだ。

佐伯涼太

君のことを知って、恋という予感は確信に変わり運命に辿り着いた。
君というシンデレラに出会えなかった人生なんて、これっぽっちも想像できないんだ。





 動画は真正面から隠し撮りされたもの。


 涼太は爽やかな笑みを浮かべ、誠実そのものといった様子で喋っている。


 必殺の『流し目』だって飛ばしまくり。



 天野と前島は同時に吹き出した。


天野勇二

あっはっはっ!
なに言ってんだコイツ!?
バカじゃねぇの!

前島悠子

やだぁ!
超チャラいです!
うげー!
鳥肌たっちゃいました!


 涼太は涙目になりながら懇願した。


佐伯涼太

勇二! 助けて!
これは僕ちゃんの個人情報漏洩だよ!
たぶんナンパした時に撮られたんだ!
誠実さの足りない犯人を見つけ出してお仕置きして!
お昼だって奢るから!


 前島はニヤニヤしながら尋ねた。


前島悠子

あら師匠、依頼ですよ。
報酬もあるみたいです。
どうしましょう?

天野勇二

当然、却下だ。
ちょうどいい。
これシリーズで投稿しろ。
面白そうだ。

前島悠子

それいいですね!
天才チャラ男の口説き方を世界に発信しましょう!


 涼太は涙目で叫んだ。


佐伯涼太

やめてよ!
そんなユーチューバーなりたくない!


いつも 同じ文句で口説いてるってバレちゃうじゃん!
ワンパターンってバレちゃう!

お願い!
協力してよ!
僕の依頼を受けて!
犯人を見つけよう!

天才クソ野郎にかかれば何だかんだうまくいくんでしょぉぉぉ!?


 涼太が泣き叫べば叫ぶほど、天野と前島の笑いは止まらない。


 テラスにはどこまでも平和な笑い声が響いていた。






(おしまい)


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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
いやぁ、怖いですね。
流出コワイ(´;ω;`)
私がウンチョスを漏らしたこととか流出しませんように(´;ω;`)ウッ…
 
 
さてさて、最近はちょっと過激なエピソードが多かったので、次はほのぼのとしたエピソードを紹介します。
たまには天野くんも大学生らしく、サークル活動に参加してもらおうかな、と思ってます。
次回、テラスを訪れるのは大学の『映画研究部』の面々。
いったいどんな依頼をクソ野郎に持ちかけるのでしょうか。
 
それでは次週火曜日、
『彼が上手に映画スターになる方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 190件

  • ぬかづけ

    こんな早い段階から伏線張ってたなんて…

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  • ハヤ

    ウンチョス漏らしたんか!漏らしたんだな!

    通報

  • rtkyusgt

    何をそんなにフラフラしているんだ?

    って笑ってしまったww
    さすが天才クソ野郎

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  • まこと

    ほのかはどうなるんだろ?

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  • なゆ

    あれ?シンデレラどうこう言うやつは
    野中さんを口説いた時の言葉では?
    真正面からの隠し撮りってことは、口説かれた本人が撮ってたってことでしょ?
    ……なんか怖いよ。

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