翌日、天野の名前は殺人事件の『容疑者』として、全国に報道された。


 過去に天野は補導されたことがあり、指紋を採取されている。


 そこから足がついた。


佐伯涼太

被害者は 生田庄次いくたしょうじ
20歳のフリーターだって。
これ、瑞穂ちゃんの 『元カレ』だよ。


……うわぁ。
全国指名手配かつ公開捜査だって。
勇二の名前と顔写真、バッチリ出てるよ。


 涼太はスマホでニュース動画を観ながらため息を吐いた。


 どのサイトも天野の名前と顔写真や似顔絵だらけ。


 昨晩の殺人事件はもちろんのこと、これまで天野が仕出かした野蛮な行為がどんどん明らかにされている。


 世間は 「凶悪医大生による殺人事件」と、センセーショナルな事件として報じ始めていた。


佐伯涼太

勇二ってば、すっかり有名人になったね……。
被害者の子も可哀相になぁ……。


 殺された生田庄次の顔写真も公開されている。


 確かに昨晩、野中の自宅前で出会った男だ。


 写真を見る限りは気の良さそうな好青年。


 涼太は心の中でお悔やみを述べた。


天野勇二

ちくしょう。
また動画を 投稿アップしてやがる。
カインのクズめが。


 天野もスマホを開いており、嫌そうに画面を覗き込んでいる。


 天野が公開手配された直後に、また動画サイトに『お仕置き』動画が投稿されたのだ。


 ご丁寧にも 「生田庄次を殺した犯人、天野勇二の処刑動画」注釈コメントが加えられている。


佐伯涼太

ど、どうしよう。
これ全部カインの仕業だよね?
初めから勇二を『殺人犯』に仕立てあげるつもりだったのかな?

天野勇二

わからんな。
いくら何でも情報が少なすぎる。
そして俺様はもう自由に動けない。
最悪の展開だ。


 現在、天野と涼太は変装した上で、 上野うえの公園に潜伏している。


 昨晩のうちに 髪型服装を変え、車を郊外に乗り捨て、バスと電車を使って都内まで戻ったのだ。



 何よりも隠すべきだったのは『車』だ。


 車内には天野が収集した数々のお仕置きグッズ、つまりは凶器になり得る 『オモチャ』が大量に詰まっている。


 見つかればその時点で逮捕。


 天野の凶暴性を示す証拠にもなってしまう。



 天野はニュースを眺めながら、昨晩の行為を悔やんでいた。


天野勇二

刃物を抜いたことが最大の過ちだった。
凶器を素手で触ってしまうとは……。
この俺様がなんてザマだ。

佐伯涼太

勇二にしては珍しいミスをしたよね。
でも止血するためだったんでしょ?

天野勇二

いや、きっとそれさえも計算の内だったのさ。
刃物は左肩、動脈を避けるように刺されており、抜いても致命傷にならない箇所だった。
俺は目の前の男を救うことしか考えられなかった。
だからこそ邪魔な刃物を投げ捨ててしまった。
状況判断を怠った俺様のミスだ。


 涼太は同情したように息を吐いた。


佐伯涼太

犯人は生田くんをめった刺しにした後、勇二を誘うように左肩に刃物を刺した。
勇二が刃物に触れたのを確認して、僕が合流した瞬間に逃亡か……。
恐ろしい早業だね。

天野勇二

ああ、かなり計画的な犯行だ。
犯人は逃亡用の原付を用意した上で、俺たちが来る前に『空き地』に潜んでいた。
相当な執念を感じるよ。

佐伯涼太

しかもあの時、警察に 『不審者がいる』って通報があったみたいね。
あんなに都合よく警察官と出くわすワケないもの。
僕らが誰かを『お仕置き』しただけでも、捕まってたかもしれないね。


 天野は力なく頷いた。


 あの空き地に『ストーカー』を連れ込むつもりだった。


 殺害はしなくとも、傷めつける現場を見られれば現行犯で逮捕だ。

 

天野勇二

ここまで完璧にハメられるとは……。
犯人もこれほどまでにハマるとは思ってなかったはずだ。
くそったれが……。

佐伯涼太

済んだことは仕方ないよ。
今からでも警察に行ったほうがいいんじゃない?

天野勇二

今更警察に頭を下げたところで、事態は何も変わらないさ。
俺たちは『カイン』の正体どころか、物陰に潜んでいた『真犯人』の見当さえつかないんだ。
警察が公開捜査で俺を探している限り、 『凶悪医大生』を逮捕して終わりさ。


 涼太は涙目で天野を見つめた。


佐伯涼太

じゃあどうしよう?
もうマジでやばいじゃん。
何か作戦ないの?
天才クソ野郎様の頭脳は何て言ってるのさ?


 天野は即座に言った。


天野勇二

ひとつしかない。

生田庄司を殺した『真犯人』を捕まえる。

それ以外に俺様が生き残る道はない。


 涼太はげんなりして肩を落とした。


佐伯涼太

そ、それは難しいね……。
僕たちは生田くんが何者なのか、よく知らないってのに……。

天野勇二

ああ、しかも自由に動けやしない。
情報を集めることが困難だ……。


 天野はあまりの手詰まりな状況に息が苦しくなってきた。


 真犯人を探す前に、まず警察から逃げる必要がある。


天野勇二

指名手配犯ってのは、こんな気分なのか……。
嫌な感じだぜ……。


 天野はタバコを吸いながらぼやき、公園内を睨みつけた。




 穏やかな春の上野公園。


 のどかに佇む公園利用者。


 その全てがこちらを監視しているように感じる。


 どんな人物も警察関係者に見える。


 世界の全てが自分を追っているようだ。


 経験したことのないプレッシャーがのしかかり、天野はさすがに嫌気がさしてきた。


天野勇二

もうお前しか頼れる人間はいない。
涼太よ、アテにしてるぜ。


 涼太の顔は青白い。

 こちらも妙なプレッシャーを感じているようだ。


佐伯涼太

僕は勇二と一番親しい。
警察官に顔も見られてる。
だけど今のところ、僕の名前は報道されてない。
たぶん僕の正体まではわからなかった、ってことだよね。
警察にはマークされると思うけど、変装を駆使して何とか動いてみるよ。

天野勇二

ああ、一度事件を整理してみよう。


 天野はスマホを懐にしまうと、1枚のメモを取り出した。


天野勇二

今回は多くの人間が関わっている。
この中から『カイン』の正体を炙り出すしかない。

佐伯涼太

うん。
いつものように推理するんだね。

天野勇二

まず事件は動画の 『流出』から始まった。
これに 穂乃果ほのかが関係していること。
これはまず間違いないだろう。

佐伯涼太

僕は生田くんを殺した『真犯人』を見てない。
あれが穂乃果ちゃんだったのかな?


 天野は残念そうに首を振った。


天野勇二

俺も横顔を一瞬見ただけ。
マスクをしていたので顔はわからない。
後は逃げて行く後ろ姿しか見ていない。

だが女ではなかった。
確実に 『男』だ。


 天野はメモに『穂乃果』の名前を書き、隣に『カイン』の名前を書いた。


天野勇二

『カイン=真犯人』だと仮定した場合、必然的にカインは男性であり、穂乃果との関係者ということになる。


 天野は穂乃果とカインを1本の線で結んだ。


佐伯涼太

そうなるね。
カインが実行犯じゃないとしても、殺人に関わってることは間違いないよね。

天野勇二

そしてカインが依頼した、1人目の 『ストーカー被害者』だ。


 天野はメモに 板村美久いたむらみくの名前を書き、カインと1本の線で結んだ。


天野勇二

板村はカインの関係者だろう。
無関係者があそこまで正確な情報を持っているとは考えにくい。

佐伯涼太

ストーカーによる被害を知っていて、住所や番号に生年月日に写真だもんね。
一晩で用意できたとは思えない。


 天野は涼太の声を聞きながら、 野中瑞穂のなかみずほの名前と、殺された生田庄司いくたしょうじの名前を書いた。


天野勇二

そして野中だ。
カインが依頼した 『ストーカー被害者』の2人目。
板村の法則を考えると、これもカインの関係者である可能性が高い。


 野中とカイン、野中と生田を1本の線で結ぶ。


天野勇二

わかっているのはここまでだ。
穂乃果、板村、野中の関係性が不明だ。
この3人の女に共通する事柄が存在するのか……。
それを探ってほしい。


 涼太はメモを見ながら力強く頷いた。


佐伯涼太

まかせてよ。
瑞穂ちゃんと穂乃果ちゃんからは直接話を聞ける。
板村さんはツテを使って何とか調べてみるよ。

天野勇二

ああ、野中も元カレが殺されてショックだろう。
慰めてやれよ。

そしてもうひとつ、気になることがある。
生田の 殺害動機ホワイダニットだ。
真犯人は迷いなく生田を殺害している。
何としても生田を殺さなければならない、という強い執念を感じるんだ。
野中は生田のことを殺したいほど憎んでいる様子だったか?

佐伯涼太

そんなことないね。
前も言ったけど、生田くんは瑞穂ちゃんに『復縁』を迫っていた。
瑞穂ちゃんは『それもアリかな』って考えてる最中だったよ。

だけど言い寄ってきてる男もいるし、僕もナンパしちゃったし、モテ期が訪れて『もう元カレはどうでもいいかな』って考えてる様子だったね。


 天野の動きが止まった。


天野勇二

……そうか。
そうなると、そうか。
そうかもしれんな……。


 天野はメモを見ながらブツブツ呟き始めた。


 推理や作戦を閃いたりした時の癖だ。


 天野の様子を涼太はじっと見守っていたが、ふと公園内を見て厳しい声をあげた。


佐伯涼太

やばい。
勇二、警察だよ。


 制服姿の警官が2名。


 巡回しながら、公園にいる男の顔をじっくり観察している。


天野勇二

まずいな。撤退だ。
ここで別行動を取ろう。

佐伯涼太

そ、そうなると、僕はどうやって勇二とコンタクトを取ればいい?


 天野は少し思案してから言った。


天野勇二

本日の17時。
お前に電話する。
それまでに 『3人の女』の関係性を調べてくれ。

もし可能であれば、野中と生田がどのように交際を始めたのか。
それも知りたい。


 涼太は腕時計を見つめた。

 まだ午前中だ。

 17時までなら十分な時間がある。


佐伯涼太

勇二はどうやって僕に電話するの?
携帯スマホは危険だよ?
位置情報を特定されちゃう。


 天野は不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

IP電話を使うさ。
適当なWi-Fiの電波を掴んで電話する。
スマホを押収されるんじゃないぞ。

佐伯涼太

わかった。
気をつけるよ。

天野勇二

頼むぞ。
お前だけが頼りなんだ。
期待してるぜ。

佐伯涼太

まかせてよ相棒。
勇二も気をつけてね。


 天野は静かに頷くと、不忍池方面へ走り出した。


 

 




 約束の17時。


 涼太はテラスで天野からの電話を待っていた。


 もう野中や穂乃果と連絡を取り、頼れる友人のコネクションを用いて、『3人の女』を結ぶ1本の線を見つけ出していた。



佐伯涼太

はぁ……。
何とか線はつながったけど、これで勇二、満足するかなぁ……。


 涼太は激しく不安だった。


 それほど『3人の女』を結ぶ線は弱いのだ。


 涼太が不安気に息を吐いていると、ようやくスマホが鳴った。


佐伯涼太

はいよ。涼太だよ。

天野勇二

勇二だ。
どうだ?
見つかったか?


 声の奥から物音が多く聴こえる。

 どこかの飲食店から電話しているようだ。


佐伯涼太

うん。なんとかね。
1本の線は見つかったよ。


 天野は嬉しそうに言った。


天野勇二

そうか!
よくやった!


 涼太は声のトーンを落とした。


佐伯涼太

そうはいってもさ……。
実はちっとも大したことじゃないんだ……。
警察にかなり厳しくマークされちゃって、満足に動けなかったんだよ。

天野勇二

まぁ、仕方ないさ。
どんな線だ?

佐伯涼太

3人の女の子たちはね、みんな 『居酒屋』でアルバイトしてるんだ。
場所は違うんだけど、全国展開しているチェーン店の居酒屋だよ。
つまり3人とも 同じ系列の居酒屋でバイトしてるってこと。

……これだけ。

なんと、これだけ……。

これだけしかわからなかったんだ……。


 涼太は天野から『怒号』や『グチ』が飛んでくることを覚悟していたが、天野は予想外の声をあげた。


天野勇二

……そうか。
やはりな。
俺様の読み通りだ。


 天野は満足したように答えた。

 涼太は驚いて尋ねる。


佐伯涼太

えぇ? マジで?
これだけでいいの?
同じ系列だけど、店の場所はバラバラだよ?

天野勇二

それで構わない。
ちなみに場所はどこだ?


 涼太はメモを見ながら天野に告げた。


佐伯涼太

穂乃果ちゃんは『歌舞伎町』でしょ。
板村さんは『大久保おおくぼ』。
瑞穂ちゃんは『四谷よつや』なんだけど……。


 天野は「クックックッ」と笑い出した。


天野勇二

マーベラス。完璧だ。
よくやった涼太。
野中と生田もどうせバイト先で出会ったのだろう?


 涼太は驚きながらも頷いた。


佐伯涼太

う、うん……。
その通り。
よくわかったね。

天野勇二

フッフッフッ……。
何もかもが完璧だ。
やはり俺様にかかれば全てうまくいくんだ。
もう作戦は練ってある。
これで 『カインの正体』が明らかとなるだろう。


 涼太は驚きを隠しきれなかった。


 天野はもうこの展開を読んでいて、作戦まで練っていた、というのだ。


天野勇二

涼太よ、お前にもうひとつ頼みたいことがある。
至急、速やかに実行しろ。
作戦を成功させ、俺様が生き延びるためには必要不可欠の要素だ。


 涼太は生唾なみつばを飲み込みながら尋ねた。


佐伯涼太

な、な、な、何を?
僕は何をすればいいの?

天野勇二

いいか。
よく聞けよ。


 天野はニヤニヤ笑いながら言った。


天野勇二

女を、落とせ。

佐伯涼太

お、女?

天野勇二

そうだ。
至急、速やかに女を落とせ。


 涼太はもう天野が何を考えているのか、さっぱり理解できなくなった。


 この状況で『女を落とせ』


 意味がわからない。


佐伯涼太

女って、誰を落とすの?
やっぱり穂乃果ちゃん?

天野勇二

違う。

佐伯涼太

えっ?

ち、違うの!?

じゃ、じゃあ……誰?


 天野は悪い声で1人の女性の名前を告げた。



天野勇二

野中瑞穂のなかみずほだ。
確実に落とせ。
お前の女にするんだ。





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つばこ

基本的に『天才クソ野郎の事件簿』の物語とは、つばこの脳内にいる天野くんが勝手に動き、暴れたり事件を起こしたり解決したりして作られています。
そのため私としては『物語を考える』というより、脳内の天野くんが起こす行動を『記す』といったイメージが強いんです。作者コメントがイチ読者目線になるのは、そういった理由があるのかも。
なので、今回天野くんが「女を落とせ」と言い出した時、
 
「コイツ何言ってんだろう( ゚д゚)」
 
と、少々心配になりました。
地の文に『意味がわからない』とありますが、あれはつばこの感情そのままです。
全国指名手配されたから、しばらく逃亡劇でも見せてくれるのかと思ったら、たったの1日で作戦を閃いてリカバリーとはなぁ……。たまげましたねぇ(´∀`*)ウフフ
 
さてさて『流出編』もクライマックス!
オススメやコメント、いつもありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ

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コメント 201件

  • rtkyusgt

    天才クソ野郎の頭のキレ具合ハンパないな(いまさら)

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  • 焼きましゅまろ

    今更だけど、天野くん凄すぎやわ!ww

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  • まこと

    指令が無茶振りだー(TT)(一般人)

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  • まっきー

    1回目のストーカー退治依頼は、天野が本当に依頼を遂行するかどうか見るため、カインもしくは真犯人の本当の目的は2回目の依頼にあったかな。だとすれば、野中と交際したいけど邪魔者がいてそれを消したい人物。真犯人は元カレか上司の2択。元カレは殺害されたので、上司が真犯人として最も怪しい。ほのかは上司に弱みを握られているか等で協力者というところだろうか。

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    天野くんは災害レベル神くらいじゃないと余裕だよ

    というか、天野くんが災害レベル神だよ

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