翌日。


 昼のテラスには天野と涼太の姿があった。


 昨晩の「尾行」の結果と、『カイン』からのメールを確認するためだ。


天野勇二

昨日の首尾はどうだ?
穂乃果の家は判明したか?


 涼太はニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。


佐伯涼太

もうバッチリ。
とはいえ穂乃果ちゃん、かなり尾行を警戒してたよ。
駅まで猛ダッシュで走ってたし、しきりに周囲を気にしてた。
だけど僕の 『変装』までは見抜けなかったね。
高円寺のご自宅まで招待してくれたよ。

天野勇二

上出来だ。
実家だったか?

佐伯涼太

いや、ひとり暮らしだね。
単身者向けのアパートだったよ。
男と 同棲どうせいしてる気配は感じなかったけど、調査を続けないと何とも言えないかな。


 涼太が小さく息を吐いた時、正午を告げる鐘がなった。

 それと同時に涼太のスマホが鳴る。

 1通のメールを受信したのだ。


天野勇二

来たか?

佐伯涼太

来たね。
昨日とは違うアドレスだ。

天野勇二

細かいな。
かなりの神経質、もしくは頭の回る慎重派の人間か。


 2人はスマホの画面を覗き込んだ。

 そこには以下のようなメールが表示されていた。






学園の処刑人へ



私はカインです。


私からの依頼、ひとつめです。


下記女子の『ストーカー』を退治してください。


依頼達成後、再度依頼をお送りいたします。



板村美久いたむらみく

M大文学部3年生

21歳






 板村美久という娘のプロフィールの下には、自宅と思われる住所、携帯番号、生年月日といった詳細な情報が記載されている。


 メールには添付ファイルがひとつ。


 板村本人なのか定かではないが、若い女性の顔写真だ。


 それなりの美人。


 大学生ほどの見た目だ。



天野勇二

なんだこれは……?



 この内容には、さすがの天野も唸るしかなかった。


天野勇二

この女の『ストーカー』を退治しろ、だと……?

冗談じゃねぇ!
昼飯をこの女が奢ってくれるのかよ!?


 たまらず怒号をあげる。


 『学園の事件屋』としてストーカーを退治することも多いが、他大学に出張したことなんてない。


 涼太も天野と同じように唸った。


佐伯涼太

これは何だろうね。
個人情報バリバリだよ。
このカインって人、何を考えてんのかな……。


 カインが板村の『了承』を得ているとは思えない。


 見知らぬ男に住所や携帯番号まで流しているのだ。


 もし本当に正しい情報だとすれば、かなり思い切った情報を横流したことになる。



 天野は両手を広げ、投げやりな口調で言った。


天野勇二

こんな依頼、面倒だ。
スルーしちまおうぜ。

佐伯涼太

だ、だけど、カインは動画の『元データ』を持ってるよ。
この依頼を受けないとバラ撒かれちゃう……ってことじゃないかな?

天野勇二

どうせ誰かが 保存ダウンロードしちまったさ。
カインを潰しても流出を根絶できるワケじゃない。
こんな依頼、危険すぎて嫌な予感しかしない。
最悪の展開だって予想できるぞ。

佐伯涼太

な、なに?
最悪の展開って?

天野勇二

いくつもあるぜ。


ストーカーなど存在せず、むしろ俺たちがストーカーとして逮捕される可能性。

この女に危害が及び、その犯人として仕立てあげられる可能性。

仮にストーカーが存在していても、かなり危険な男で返り討ちにあう可能性。


まだまだ想定できる。
危険すぎて乗りたくない。
お前が1人で退治しろ。


 涼太は涙目で懇願した。


佐伯涼太

ぼ、僕ひとりぃ!?
それは不安だよぉ……。
お願いだよぉ。
勇二がいないと心配だよ。

天野勇二

黙れ。
これはお前の失態だ。
稲妻キックで退治しろ。

佐伯涼太

ストーカー退治なら勇二の得意分野じゃん。
勇二の『脅し』がないと決まらないよ。
それに僕たちには、香月さんの情報を守る義務があるじゃないか。


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


天野勇二

チッ……。
確かにそうだ……。

香月には最終的に誰が流出したのか、経緯を報告せねばならない……。

このメールを警察に持ち込んでも、鼻で笑われるだけだろうしな……。


 舌打ちしながら立ち上がる。


天野勇二

……ちくしょう。
M大に行くぞ。
板村という女を探そう。





 M大は都内にある。


 歴史ある私大のひとつ。


 天野も涼太も初めて訪れる未知のキャンパスだ。


天野勇二

闇雲やみくもに動いても怪しまれるだけだ。
まずは涼太、お得意の 『ナンパ術』で板村を引っかけろ。


 天野に命じられ、涼太は単身で聞き込みに走った。


 しかし相手は出会ったこともない女子大生。


 どの学部に在籍しているのか、いつもどこで講義を受けているのか、何ひとつ確かな情報は存在しない。


 涼太は1時間ほど粘って聞きこみを続けたが、負け犬の表情を浮かべて天野のもとへ戻った。


佐伯涼太

勇二……。
困っちゃった。
板村さん、今日はお休みだって。

天野勇二

この俺様を1時間も待たせて、結論がそれかよ。
もういい。
板村に電話しろ。


 板村に電話をかけてみる。

 涼太はすぐに首を振った。


佐伯涼太

……ダメだ。
板村さん、圏外か電源切ってるみたい。


 天野は呆れて天を仰いだ。



 板村の行動パターンは不明。

 ストーカーの存在すら不明。

 板村本人の話も聞けない。

 そもそも板村に接触したところで、



『カインという謎の人物から、君のストーカーを退治するように頼まれたんだ』



 と告げたところで、何も事態は進展しないだろう。




 天野は気乗りしなかったが、板村の自宅まで向かうことにした。


佐伯涼太

ストーカーがいるとしたら、板村さんに何を仕掛けてるのかな?

天野勇二

興味ねぇよ。
ったく……。
面倒くせぇなぁ。


 板村の自宅は2階建てのアパート。

 オンボロの木造建築。

 オートロックなどは設置されていない。


天野勇二

ふむ……。
板村は不在だな。


 周囲に人気のないことを確認。

 天野はまずポストを漁った。

 鍵がかかっているが、何とか郵便物を引っ張り出す。


 中には宛名のない封筒が1通。


 取り出してみると、新聞紙の切り抜きを貼りあわせて、愛のメッセージが作られていた。


天野勇二

クックックッ……。
ビンゴだ。


僕は君とめぐり逢うために生まれた。
一緒になろう。
いつも君のことを見守っているよ。


……だとよ。
気持ち悪いヤツめ。
ようやくひとつ前進だ。
ストーカーの存在証明には成功したぞ。


 郵便物を元に戻している間に、涼太が部屋の様子を見て戻ってきた。


 ベランダまで忍びこみ、部屋の様子を調べてきたのだ。


佐伯涼太

完全に無人だった。
カーテンが空いてたから部屋も見れたよ。
とりあえず死体とかは転がってなかったね。


 天野は涼太の報告を聞きながらアパートを睨みつけた。


天野勇二

涼太よ。
『アレ』はありそうか?

佐伯涼太

あるね。
僕でも仕掛けられるよ。

天野勇二

ならば、あの作戦だ。
『ストーカーほいほい』で捕まえてやろう。

佐伯涼太

いいねぇ。
僕ちゃんその作戦大好き。
いけると思うよ。

天野勇二

まずは車を変えよう。
俺たちの車は目立ちすぎる。
『お仕置き用』の車を持ってくるから、それまで見張ってくれ。

佐伯涼太

オッケー。任せてよ。


 そのまま涼太は張り込みを続けた。


 板村が帰宅したのは深夜23時。


 玄関のポストを開け、宛名の書かれてない封筒を取り出すと、心底嫌そうな表情を浮かべた。


佐伯涼太

(あの顔つきから察するに、何度も同じ手紙を送られてるね。美人ってのは得ばかりじゃないね)


 やがて天野が車を用意して戻ってきた。

 軽の目立たない車だ。

 車内には凶暴な天野が好む『オモチャ』が大量に積まれている。


天野勇二

どうだ。
板村は帰ってきたか?

佐伯涼太

バッチリ。
写真より美人さんだよ。

天野勇二

周囲の状況はどうだ?

佐伯涼太

変わりがないね。
のんびり待ってみようか。



 天野と涼太は車の中で待ち続けた。



 ここはセキュリティの緩いアパート。



 ストーカーは 「いつも見守っている」というメッセージを残している。



 敵の手口を予想し、それを逆手に取るつもりだった。



天野勇二

……来たな。



 アパートの近くに1台のセダンが停まった。


 中から人が出て来る気配はない。


 車内のライトを消して無人を装っている。


天野勇二

あれで間違いない。
よし、行くぞ。

佐伯涼太

うぷぷ、楽しみだね。


 2人は足音をたてずに車を飛び出した。


 天野はアパートの玄関脇で待機。


 涼太はベランダ側へ向かった。


 板村の部屋の真下に立つ。


佐伯涼太

よいしょっと。


 思いきり跳躍。


 ベランダの手すりを掴んだ。


 そのまま懸垂してさらに高い箇所を掴む。


 闇に紛れ、一瞬でベランダに忍び込んだ。


 フェイスマスクを装着して顔を隠すと、涼太はベランダの窓をドンドン叩いた。


板村美久

……え?

えっ?

……キャァァァ!


 窓の鍵は空いていた。


 あっさり侵入してきた涼太の姿を見て、板村は当然ながら悲鳴をあげた。


板村美久

あなた、だ、誰!?
誰なんですか!?
た、助けて!!!

佐伯涼太(変装中)

おっと。
やかましいね。
静かにしてくれるかな。
これを見なよ。


 涼太は懐から刃物を取り出した。

 刃渡りの長いナイフだ。

 蛍光灯に反射してギラギラと輝いている。


板村美久

ひぃっ……!


 板村の顔が絶望に包まれる。

 涼太は「ケタケタ」と狂ったような笑みを浮かべた。


佐伯涼太(変装中)

それでいい。
お利口ちゃんだね。
騒ぐと殺しちゃうよ。
それも簡単には殺さない。内臓を引きずり出してバラバラにしてあげるよ。

エヘッヘッヘッ……。

だけど、ただ殺すだけじゃ面白くないよねぇ。
まずは着てるものを全部脱ぎなよ。
一緒に楽しもうじゃない。
ムダな抵抗は止めてよね。
綺麗な肌をナイフでズタズタにされたくないでしょ?


 涼太が板村を脅している頃、先ほど停車したセダンから1人の男が慌てて飛び出した。


 小太りのジャージ姿の男だ。


 急いでアパートの階段を駆け上がり、板村の部屋のチャイムを押そうとした。


天野勇二

おらぁ!


 潜んでいた天野の飛び蹴りが炸裂した。


 男の身体が廊下を転がる。


小太りの男

ひぎゃ!

……え、えぇ!?


 男はいきなり蹴り飛ばされ、当然ながら困惑の表情を浮かべた。


 天野は全身から殺気を解き放つと、極悪の表情を浮かべながら言った。


天野勇二

おい……。
なぜお前は 『板村が襲われている』と知っている?
ストーカーのクズ野郎め。
ここが貴様の墓場だ。


 男は天野の登場に戸惑っていたが、今はそれどころではない。


 天野を無視して板村の部屋へ走る。


 天野はため息を吐きながら膝蹴りを叩き込んだ。


小太りの男

ぐふぅ!


 男の動きが止まる。

 天野は男の左腕を絡め取り、脇固めで捕獲すると地面に組み伏せた。


小太りの男

い、い、い、いたいッ!
離して!
ミクちゃんが!
ミクちゃんが殺されそうなんだ!


 男が悲鳴をあげる。

 天野は心底楽しそうに尋ねた。


天野勇二

ほう、なぜそんなことがわかる?
そもそもお前は誰だ?

小太りの男

ぼ、僕はミクちゃんのカレシだ!
ミクちゃんを助けに行く!
キミに構ってる暇はない!
離してくれ!!!

天野勇二

あっはっは。
それは違うな。


 天野は関節をギリギリ絞め上げながら、極悪の声で囁いた。


天野勇二

お前はただの醜い『ストーカー』だ。
板村の室内に『盗聴器』を仕掛けたな?
だからこそ室内で行われている惨劇さんげきを知っている。
そうだろう?

小太りの男

ち、ち、違う!
僕はストーカーじゃない!
僕とミクちゃんは運命で結ばれている!

天野勇二

ならばなぜ、車の中に潜んでいたんだ?
部屋でミクちゃんと愛でも語り合えばいいじゃないか。
隠れている必要性を感じないなぁ。

小太りの男

違うよっ!
隠れていたんじゃない!
僕はミクちゃんを見守っているんだ!
離してくれ!
こうしている間にもミクちゃんが……!


 カチャリ、とドアが開いた。

 板村の部屋だ。

 1人の女性が恐る恐る顔を出す。

 男はそれを見て嬉しそうに叫んだ。


小太りの男

ミ、ミクちゃん!
良かった!
無事だったんだね!


 板村は呆然と男の顔を見つめている。

 その背後には涼太の姿。

 涼太はフェイスガードを外し、爽やかな笑顔で尋ねた。


佐伯涼太

ねぇ板村さん。
そこに倒れてる人って、板村さんのカレシ?

板村美久

ち、違います……!
こんな人知りません!

小太りの男

ミクちゃん!?
僕はミクちゃんを見守っているんだ!
僕とミクちゃんは運命でつながってるんだよぉ!


 天野はストーカーの首に腕を回すと、一気にチョークスリーパーで絞め上げた。


小太りの男

ひぎっ!
はぐっ……!
ぐ、が、あああ……!

天野勇二

うるせぇんだよ。
近所迷惑だ。
深夜なんだから大きな声を出すんじゃねぇ。


 ほんの十数秒で男は気絶した。

 天野は沈黙したストーカーを見つめ、満足気に呟いた。


天野勇二

……よし。
涼太よ、連れて行くぞ。

佐伯涼太

オッケー。
板村さん、怖い思いをさせてゴメンネ。
これが君のストーカー。
2度と君の前に現れないよう、厳しく『お仕置き』しておくから。
あと部屋に盗聴器があると思うから、一度ちゃんとした機械で調べたほうがいいよ。
それからちゃんと窓には鍵をかけよう!

2階だからって安心しちゃダメだよ。
それじゃバイバイ!


 天野と涼太はストーカーを運び、板村のアパートからあっさり去った。


 板村には何が起きているのか、3人はいったい何者だったのか、何ひとつよくわからなかった。





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つばこ

この後、ストーカーは天野くんに「二度とこんな愚かな行為をするな。再犯すれば殺すぞ」なんて散々脅されたあげく、動画を撮影されてフルボッコにされてしまうのでしょう(´・ω・`)
 
天野くんたちの行いは決して褒められたものじゃない(というか、褒める要素なんか皆無だ)のですが、ストーカー行為とは恐ろしい犯罪です。いつか天野くんに見つかって処刑されるかもしれません。ストーキングなんて止めましょう(´;ω;`)
 
 
また昨日、熊本で大きな地震が発生し、未だに強い余震が続いているようですね。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまには心よりお見舞い申し上げます。(つばこは関東在住のため無事でした)
まだまだ大変な状況が続き、問題は山積みかと思います。1日でも早い復旧と、皆様の無事を願っております。

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コメント 134件

  • rtkyusgt

    手慣れてますね(いまさら)

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  • まこと

    板村さんはとばっちりのようでストーカー撃退されたから意外とハッピーエンドだった?
    涼太のゲスっぷり炸裂

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    FBIばりの手際で草

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  • 美月

    チョロいwww

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  • バルサ

    涼太、変装もするんだね。こんなに素早くストーカーが捕まるなら、皆んな困らないよね…(^^;;
    さて、カインは誰なんだろう(*_*)

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