天野は真っ赤なポルシェを操り、田園調布にある如月の邸宅へ向かった。


 沙織が持っていた鍵を使い、堂々と正門から中に入る。


 玄関の扉を開けると、そこに憤怒ふんぬの表情を浮かべた如月が立っていた。


如月正雄

貴様ァ!!!
よく私の前に姿を現せたな!

天野勇二

おいおい、そんなに興奮すると身体に良くないぞ?
俺が 『担いでいる女』をよく見ろよ。


 天野はそう言って、肩に担いでいた女性を床に降ろした。


 後手に縛られ、口には猿ぐつわ。


 如月は驚いてその姿を見つめた。


如月正雄

さ、沙織!
生きていたのか!
良かった!

天野勇二

良かった、じゃねぇよ。


 天野は素早く拳銃を取り出した。

 銃口が如月の動きを止める。


天野勇二

動くんじゃない。
俺を殺そうとした外道め。
何のために俺様がここに来たのか、理解していないのか?
お前とのケリをつけるために来たんだよ。


 如月は青ざめて天野を見つめた。

 天野の腰には3挺の拳銃。

 弾は十分に残っている。

 邸宅にいる全員を殺害しても余るだろう。


メイド

ご、ご主人様!


 メイドが思わず声をあげた。

 天野はメイドに銃を向け、躊躇なく発砲した。



 パン!



 メイドの遙か頭上。

 壁に銃弾が突き刺さる。


天野勇二

近づくんじゃねぇ。
テメェから死にたいのか。


 背筋が凍るような脅しの言葉。

 メイドは腰を抜かしてしゃがみこんだ。


天野勇二

それでいい。
わかっていると思うが、通報なんかするなよ。
妙な動きをしたヤツから撃ち殺す。
冗談だと思うな。
俺様は本気だ。


 天野は周囲に銃を向けたまま、沙織の拘束を解いた。


如月正雄

さ、沙織……。


 拘束を解かれると、沙織は強い視線で父親を睨み、大声で叫んだ。



如月沙織

お父様!
どうして!?
どうして勇二くんを殺そうとしたの!?
酷いじゃない!
お父様は最低よ!



 沙織の罵声がとどろく。


 如月の身体から力が抜けた。


 がっくりと膝から崩れ落ちる。



如月正雄

……ゆ、勇二くん。

これが……。

これが……君のやり方……なのか……。

天野勇二

そうだ。
これが 『天才クソ野郎』のやり方だ。

俺様は空のドラム缶にコンクリートを詰め、海に投げ捨ててやったというワケさ。
渡辺とヤクザも無事だ。
馴染みの病院に放り込んでやったから安心するんだな。


 吐き捨てるように言葉を続ける。


天野勇二

娘に説明してやれよ。
なぜ、俺様を殺そうとしたのか。


 如月は力なく沙織を見つめた。

 安堵あんどの涙がじわっと溢れる。

 しかし沙織は怒りに燃え、父親を睨みつけている。


如月正雄

すまなかった……。

勇二くんと結婚させることはできなかったんだ……。

キサラギ製薬の後継者となる婚約者が、沙織には必要だった……。

そのために、ずっと大事に育てていたんだ……。

如月沙織

それじゃ私が 『嫁ぐ』って言ったから、勇二くんを殺そうとしたの!?
そんなの酷いわ!


 天野はキツイ目で沙織を睨んだ。


天野勇二

それは違う。
今夜の襲撃は 2度目だ。
ねえさんが「嫁ぐ」とかクソッタレなことを言い出す前に、俺は如月に命を狙われていたんだ。

如月沙織

ど、どうして!?
お父様は、勇二くんを後継者にしようって言ってました!
とても気にいってくれたと思ったのに!?


 如月は力なく床を見つめている。

 天野は心底楽しそうに言った。


天野勇二

ねえさん、このバカ親父は本心じゃそんなこと思ってなかったんだよ。

野蛮で品のない振る舞い。
無礼な対応。
常識外の暴力。
俺様の何もかもが気に入らなかったのさ。
だから殺そうとした。

なぜそんなことをしたのか、ねえさんわかるかい?


 沙織は首を横に振った。


如月沙織

わかりません……。
お父様と勇二くん、とても意気投合しているように見えたのに……。

天野勇二

ダメだなぁ。
ねえさんは本当にダメだ。


 天野はニタニタと如月を見下した。


天野勇二

このバカ親父はな、 娘に好かれたいだけなんだよ。

ねえさんの前では 良き理解者を気取っていただけ。
そして裏では俺を殺すか脅すかして、ねえさんから遠ざけるってワケさ。

まぁ、その気持ちはわからなくもない。
俺様にも好かれたい『家族』がいる。
だがな如月、お前のやり方を見て俺は痛感したよ。
本音を隠した表面上の付き合いなんて無意味だ、ってことをな。


 沙織は涙ぐみながら父親に怒鳴った。


如月沙織

酷いわ!
気に入らないからって、勇二くんをあんな目にあわせるなんて!

天野勇二

ねえさん、言っておくが俺だけじゃないと思うぜ。
これまでボーイフレンドが失踪しっそうしたり、急に離れていくことがあったんじゃないか?


 沙織は何かに気づいたように表情を変えた。


 思い当たるフシがある。


 急に沙織との関係を絶った男友達はかなり多い。


如月沙織

まさか……!

お父様! 酷いです!
私はお父様の『オモチャ』じゃない!
お付き合いする人は私が決めることです!
私の自由はどこにあるんですか!?


 天野は人差し指を「チッチッ」と振り、冷酷に言い放った。


天野勇二

それも違う。
本当に何もわかってないのは、ねえさんのほうだ。

如月沙織

ど、どうしてですか?
私は勇二くんが好き!
勇二くんに嫁ぐ覚悟もできてる!

天野勇二

ほら、わかってない。
俺はねえさんを嫁にする気なんか、これっぽっちもないね。
1ミクロンもない。
なぜかわかるかい?

如月沙織

わ、わかりません。
私に女としての魅力が足らないからですか?


 天野は拳銃を突きつけるのやめて、腰にさした。


 偉そうに腕組みをする。


 堂々と言い放った。



天野勇二

違う。
ねえさんが、 如月の『オモチャ』だからだ。



 沙織も如月も驚いて天野を見上げた。


 天野は指先をパチリと鳴らし、気障ったらしく振り回した。


 お馴染みの大げさなジェスチャーの登場だ。


天野勇二

如月はねえさんを溺愛しすぎて、後継者として育て上げることを怠った。

……いや、コイツの観察眼は悪くない。
ねえさんには資質がないことを、早い段階で見抜いたのかもしれない。

だが、それによってねえさんはひとつの『宿命』を背負わされた。
『キサラギ製薬』の後継者を捕まえる、という厄介な役目さ。
ところが、ねえさんはその役割を何ひとつ理解していない。


 沙織の額を偉そうに指さす。


天野勇二

そんなねえさんは 『オモチャ』という表現がピッタリだよ。

女でもない。
人でもない。
父親の 玩具オモチャなんだ。

何の不自由もなく育てられ、欲しいものは願えば手に入ると信じている。
そんなねえさんの中身は 『空っぽ』だよ。
この俺に嫁ぐことがどれだけ重要で、父親の期待を裏切っているのか、何ひとつ理解していない。


 天野は如月を指さした。


天野勇二

これは全て父親であるお前の責任だ。
娘を溺愛するあまり、自立する意思すら持てない大人にしてしまった。

しかもお前はクズの外道。
玩具オモチャに相応しくない男は殺そうとしやがる。
そんなことを繰り返せばいつか自分に跳ね返ってくるんだ。
だから俺様はドラム缶を海に投げ捨ててやったのさ。
よく理解できただろう?


 如月はぐったりと肩を落とした。

 天野は再び沙織に指を突きつけた。


天野勇二

そしてねえさん、俺は空っぽのオモチャと山あり谷ありの人生を歩む気はない。

父親が破産しても1人で生きていけるのか?
金が尽きたらどうする?
俺が体を壊して働けなくなった場合、自分も仕事をして支えられるのか?

人ってのは弱いんだ。
絶対と信じていた存在さえ、倒れてしまう時があるんだ。

そんな未来を想像もできないオモチャと、俺は人生の苦楽を共にする気はない。


 大げさなジェスチャーを振り回す。

 さらに言葉を叩きつけた。


天野勇二

これまでいくらでも自立のチャンスはあったはずだ。
その道を選ばなかったのはねえさん自身だよ。

父親のせいで殺されそうになったんじゃない。
ねえさんがセレブのニートで社会に飛び出さないオモチャだったから、父親に殺されそうになったんだ。


 沙織も呆然としてしゃがみこんだ。

 天野はまだまだ言葉を叩きつける。


天野勇二

娘に帝王学を学ばせず、自分のオモチャを持つに相応しくない男は消そうと考えるバカな父親。

スネをしゃぶり続けて甘えていたくせに、自分の人生は自分で決められると思っているバカな娘。

お前らはダメだ。
何もかもがダメだ。


 沙織は呆然と天野を見上げた。


如月沙織

ダメなの……?
私は勇二くんに嫁ぐつもりだった。
本気だったのに……。
何がいけなかったの……?


 天野は思わず笑い出してしまった。


天野勇二

あっはっは。
聞いたか如月。
娘はこんなことを言い出すんだぜ。
お前が甘やかして育てた結果がこれだよ。


 天野は沙織に言い放った。


天野勇二

ねえさんは『キサラギ製薬』の後継者を探すための『エサ』だよ。
ねえさんという『オモチャ』で優秀な後継者を釣るのさ。


 沙織は瞳に涙を浮かべながら言った。


如月沙織

わ、私はそんなオモチャでいたくない。
どうすればいいの……?

天野勇二

どうすればいいかだって?
年下の学生である俺様にそんなこと訊いちゃうワケ?

答えはひとつしかない。
自分で考えろ。
それだけさ。


 沙織はしょんぼり肩を落とした。

 天野は心底同情したように沙織を見つめる。


天野勇二

だが、ねえさんは自分で考える……つまりは自立だ。
その機会を与えられなかった。

ねえさんが選ばなかった生き方でもあるが、ねえさんが全て悪いワケでもない。
父親が原因でもある。
特別に講義してやろう。


 天野は懐からタバコを取り出した。


 この家が禁煙なのか、もうそんなことはどうでも良かった。


 タバコに火をつけ偉そうに言い放つ。


天野勇二

ねえさんは 『キサラギ製薬』に勤めて働くのさ。

新入社員と一緒に研修を受け、企業の成り立ちを学び、実際に消費者が会社の薬を購入する光景を見つめるんだ。

キサラギ製薬のターゲットはドラッグストアに立ち寄るような一般消費者、つまりは 『庶民』さ。

その心理がわからないのに、キサラギ製薬の経営なんかできるワケがない。


 タバコの煙を吐き出しながら、もうひとつの方向性を示す。


天野勇二

そんな地味な人生が嫌なら、オモチャとしての人生を全うしろよ。
最高のオモチャになれ。
キサラギ製薬を支えるマトモな後継者を捕まえろ。

あとは油絵でも描いてセレブな余生を満喫すればいい。
それもある意味、庶民が思い描く夢の人生だ。


 天野はニタニタと下品な笑みを浮かべた。


天野勇二

そのどちらもイヤだと言うならば、全てを捨てて逃げ出すんだ。
今からでも遅くはない。
親を裏切り、全ての縁を断ち、自分探しの旅に出ろ。

そして如月は娘を見限り、自分で後継者を育て上げればいい。


 天野は舌打ちしながら如月を睨んだ。


天野勇二

だが、このバカ親父には無理な仕事だろう。
何せちょっとでも気に入らなければヤクザに頼んで殺すような外道だ。
俺が医師になったら患者に

「キサラギ製薬は使うな。都合の悪いことを言うとコンクリ詰めにされるぞ」

と告げなければならんな。
まったく……。
笑えねぇ話だぜ。


 携帯灰皿にタバコを押し込む。

 天野は最後通告を飛ばした。


天野勇二

如月よ。
今ここで改めて謝罪しろ。
そして誓え。
もう俺様には手を出さない、とな。
それができないのであれば、ここで撃ち殺す。


 如月は俯いたまま、力なく頷いた。


如月正雄

……わかった。
誓おう。
君は本当に大した男だ。
まさかここまでの青年だったとは……。
もう、君の命は狙わない。


 天野は非情だった。

 即座に拳銃を取り出し、適当な場所に向ける。




 パン!


 パン!


 パン!




 いきなりの発砲。

 その場にいた全員が震え上がる。

 天野は極悪の表情を浮かべた。


天野勇二

なぜ床を見ている?
そこに俺様の顔があるのか?

俺様の目を見ろよ。
俺様の目を見て、心から謝罪するんだ。


お前を許すより、殺すほうが容易いことを忘れるな。


 如月は頷き、天野の瞳を見上げた。


 そして心からの言葉を告げた。



如月正雄

勇二くん、すまなかった。

私が悪い。
君に殺されても文句は言えない。
全て君の言う通りだ。

私には驕りがあった。
娘を育てることをわかっていながらも怠っていた。
そして君の言う通り道を踏み外した……。

私は……。
私は……最低の‥…。
父親だ……。



 そこまで言うと顔を伏せた。


 唸るような嗚咽が漏れている。


 沙織は思わず駆け寄った。 


如月沙織

そ、そんなことありません。
お父様にはいつも優しくしていただきました。
わかっていなかったのは私のほうです。
お父様、今ままで甘えてばかりで、本当にごめんなさい……。


 如月は涙を浮かべながら沙織を見つめた。


如月正雄

沙織……。
すまなかった……。
本当に、すまない……。
こんな私を許してくれるのか……?

如月沙織

もちろんです。
間違っていたのは私です。
ごめんなさい……。


 2人の父娘は固く抱き合った。


 天野がもう1本タバコを吸おうと取り出すと、メイドが灰皿をさり気なく差し出した。


天野勇二

(ほう、気の利く使用人だな)


 メイドをチラリと見る。

 その視線の先に雪子の姿があった。

 如月の後妻。

 沙織の継母だ。

 メイドの影に隠れながら天野たちを見ている。


天野勇二

やれやれ……。
旦那が殺されそうだってのに、遠くから見物かよ。
ねえさんもあれくらいの図太さを学べばいいのに。

なぁ、メイドよ。
あの雪子って女、性格悪いだろ?


 メイドに語りかける。


 メイドは「あはは……」と、乾いた笑みを浮かべるだけだ。



 天野がゆったりタバコを吸っていると、沙織が泣きながら立ち上がった。


如月沙織

……勇二くん。
本当にごめんなさい。
私のせいで、迷惑をかけてしまいましたね……。

天野勇二

ねえさん、今のままじゃ父親に殺される男が増えるだけだ。
まず自分の役割を理解し、それから歩むべき人生を決めろ。

そして俺との交際はもうこれっきりにしてくれ。
殺されるのは御免だよ。


 沙織は悲しそうに俯いた。

 コクンと静かに頷く。


如月沙織

はい……。
わかりました……。


 天野は灰皿にタバコを投げ捨てると、何事もなかったかのように言った。


天野勇二

じゃあ、俺様は帰る。
如月よ、次はないぞ。
次に俺様を狙えば、貴様の全てを殺してやる。


 如月も立ち上がって頷いた。


如月正雄

ああ、勇二くん……。
もう君に手出しはしない。
約束する。
心から反省した。
娘との付き合い方をしっかりと考える父親になろう。


 その瞳にウソがないこと確認すると、天野はにやりと笑みを浮かべた。


天野勇二

いいだろう。
お詫びとしてポルシェは頂くぜ。
真っ赤なポルシェを見かけても、発作的に発砲するなよ。


 そう言って如月の家を後にした。


 正門に停めていた真っ赤なポルシェこと『ポチ』に飛び乗る。


天野勇二

クックックッ……。

殺されそうになったのに、骨を1本も折らずに許してやるとは、天才クソ野郎も甘くなったものだ。

まぁ、色々とオモチャを貰ったし、良しとするか。


 助手席に4挺の拳銃を投げながら、天野は楽しげに呟いた。




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つばこ

天野くんはお兄さんを見ているからこそ、人は弱い生き物であることを知っています。
いつか兄のように心を失うのではないか……。そんな不安を今でも抱いているのかもしれません。
そんな天野くんとお付き合いするのであれば、彼を支えるほどの『本質』が必要なのだ、ってことになるのかなぁ……。
 
さてさて、長かった『お付き合い編』も次回の「後日談」で完結!
しかも次回は記念すべき100話目!
何とか100話まで続けられました!
これも全て、応援していただいた皆様のおかげです!
本当にありがとうございます!
せっかくの100話目ですので、思い出に残る回になればいいなぁ、と願っております(`ω´)グフフ
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´ω`)ノ

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コメント 264件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    色々とオモチャをもらった?
    ポチ以外に何か…

    拳銃4挺www

    デキル使用人の乾いた笑いは、(無言の肯定)だと思った!

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  • まこと

    銃は貰っちまうんかい!

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    最初は継母がやったのかなあとか、今回も地味に存在感あったし、何か噛んでるんじゃないかなぁと疑ってしまうw

    まぁ何はともあれ
    天才甘々野郎で良かったね

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  • メイドさん、灰皿持ってくるが質問には乾いた笑いだから一流半な
    気も

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  • ガッキー

    前島さんの心も撃ち抜いてあげてーー

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