天野はすぐさまポチを操り、歌舞伎町へと向かった。


 目的地はとある病院、


 表向きは父親が経営する産婦人科クリニックのひとつだが、歌舞伎町という危険な土地柄、 表沙汰おもてざたにはできない治療をすることも多い。


 金さえあれば、職業も人種も問わず大抵の治療をしてしまう。


 つまり『裏稼業』に携わる病院なのだ。


天野勇二

堂本どうもとよ。
久しぶりだな。


 院長である堂本に声をかける。

 堂本は驚いて天野を見つめた。


堂本

これはこれは……。
っちゃん』じゃありませんか。
久しぶりですな。


 夜の訪問にもかかわらず、堂本は親しげに天野を出迎えた。


 天野は堂本と幼少時からの付き合いだ。


 当時から堂本は天野のことを『坊っちゃん』と呼んでいた。


堂本

坊っちゃん、粗茶ですが。

天野勇二

わざわざすまんな。


 堂本の部屋に入り、安い緑茶を口にする。

 堂本は嬉しそうに口を開いた。


堂本

しかし坊っちゃん自らが訪ねて来るとは、珍しいこともあるものです。
ここは坊っちゃんの『美学』には、あまりそぐわない場所でしょう?

天野勇二

確かにそうだな。
本音を言えば、この病院はあまり好みじゃない。

堂本

ふっふっふ……。
それでも時々、患者をご紹介いただきますからね。
感謝しておりますよ。

天野勇二

まさしく『 じゃの道はへび』ってやつだ。
このクリニックには、まだまだ働いてもらうさ。


 天野は不敵な笑みを浮かべ、堂本の顔を見つめた。


 もう50を越えているはずだが、体格も良く腕っぷしも強い。


 裏稼業の患者を相手にする以上、ひ弱な医師では務まらないのだ。


堂本

……で、坊っちゃんが足を運んだということは、厄介なトラブルでもございましたか?

天野勇二

ああ、お前は『裏稼業』に詳しかったな。
尋ねたいことがある。
『本田組』という組を知らないか?


 堂本はゆっくり首を振った。


堂本

存じませんね。
揉め事ですか。

天野勇二

そうだ。
この俺様を拉致ろうとしやがった。
しかもこれを持っていた。


 天野は拳銃のハンドサインを作った。

 堂本はさすがに顔をしかめた。


堂本

ハジキ持ちですか……。
それは厄介な相手ですね。
聞いてみましょう。


 堂本は携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


堂本

堂本だ。
少し教えてくれ。
本田組、という組は知ってるか?


 メモを取りながら頷く。


堂本

……なるほど。
ありがとう。


 電話を切り、天野に向き直る。


堂本

かなり小さな組ですね。
中邑なかむら組の枝葉ですよ。

天野勇二

中邑組は三次団体だろう。俺も名前は知っている。
揉めたことはあるのか?

堂本

ないですね。
中邑組の本部は 五反田ごたんだ
うちは関わりを持ったことがありません。
それに海外の品を扱っている連中ではないですね。


 海外の品を扱ってはいない。

 つまり拳銃などを簡単に入手できる組織ではない、ということだ。


天野勇二

となると、俺様を狙う理由がないな。

堂本

ないですね。
そもそも『裏』と関係している病院は、お父様の中でもここだけです。
ここと揉めてなければ、坊っちゃんを狙う理由はないでしょう。


 天野はじっと堂本の瞳を睨みつけた。

 堂本は苦笑した。


堂本

ふふふっ……。
瞳を見て心理を読む癖。
懐かしいですな。
お兄様を思い出します。

天野勇二

……そうか。
俺も兄に似てきたかな。


 堂本の瞳には嘘が浮かんでいない。

 この情報は信用できるだろう。


天野勇二

親父は関係ないか……。
それであれば、ますます俺様が狙われる理由がわからんな。

堂本

ヤクザの枝葉を使う連中ですからね。
裏稼業に関わりがあるのは間違いないでしょう。
坊っちゃん、どこかで 筋者すじもんに喧嘩を売ったんじゃありませんか?


 からかうような堂本の声。

 天野はぼんやりと室内を眺めた。

 沢山の薬品が並んでいる。


 それを見て、天野は思い出した。


天野勇二

堂本よ。
『三谷生命』はどうだ?
裏との取引がありそうか?

堂本

どうですかね。
三谷生命は大手です。
違法薬物ドラッグを扱うには規模が大きすぎますね。

天野勇二

三谷個人としてはありえるか?

堂本

三谷個人ですか……。
まぁ、資金力を考えればないこともないでしょう。
坊っちゃんは三谷生命と揉めているんですか?

天野勇二

実はとあるパーティで三谷生命の御曹司に喧嘩を売られてな。
指をへし折ったんだ。


 堂本は呆れたように笑った。


堂本

坊っちゃん、それは狙われますよ。
本物の御曹司であれば、父親がキレて坊っちゃんを狙うように指示しても不思議じゃありませんね。

天野勇二

ならば直近の心当たりはそれしかないな……。

チッ、あのクソ御曹司め。
もっと傷めつけて、ここに運んでやればよかった。


 堂本は嬉しそうに親指を突き上げた。


堂本

お任せください。
坊っちゃんのおっしゃるように治療いたしますよ。

天野勇二

全治半生ぐらいがいいな。

堂本

いいですねぇ。
金になりそうです。


 堂本は悪い笑みを浮かべている。


 金のためであれば手を汚し、倫理観なんか持たない打算的な医師だ。


 それでいて腕は一流。


 その点を見込まれて、このクリニックを任されているのだ。


天野勇二

用件はそれだけだ。
邪魔したな。


 堂本は笑みを浮かべたまま平然と言った。


堂本

坊っちゃん、『殺し』だけは勘弁してくださいよ。
さすがに私も殺しの面倒を見たくはありません。
いつか坊っちゃんが

死亡診断書を書いてくれ

と頼むんじゃないか、少々心配なんですよ。

天野勇二

いざって時は頼りにすると思うが、俺はそんなヘマを踏まないさ。
だが、拳銃で撃った患者を連れ込むかもしれないぜ。

堂本

それなら歓迎です。
弾の摘出ぐらいは任せてください。
よくあることです。

天野勇二

クックックッ……。
相変わらずヤバイ医者だ。


 天野はそう言って堂本のクリニックを後にした。


 あまり関わりたくない医師でもあるが、よくワケありの患者を紹介している。


 学園の事件屋には欠かせない病院だ。


天野勇二

(アイツも金のある内は良い味方になるんだがな。金がなくなったら嫌な敵に回りそうだ)


 苦笑しながら駐車場へ向かう。


 真っ赤なポルシェのキーを取り出した時、数人のスーツ姿の男が現れた。


天野勇二

……おいおい。
またかよ。
俺様を尾行していたのか?


 スーツ姿の男は4人。

 また全員、サングラスをかけている。


???

おいガキ。
痛い目みてもらうぜ。


 一番背の高い男が拳を握った。

 拳にタコができている。

 空手の有段者なのだろう。


 天野は不思議そうにそれを眺めた。


天野勇二

なんだ?
素手でやるのか?
己の拳のほうが銃弾より強いというのか?
随分と自信があるんだな。

空手自慢の男

あぁ?
ワケのわからねぇことを抜かすな。
お前には泣いてもらう。
生意気なガキはシメられるんだよ。

天野勇二

うん……?


 天野は少々違和感を覚えた。


 4人の男を注視する。


 それぞれが何かの腕自慢のようだが、一番後方にいる男だけが華奢だ。


 しかも怪我をしている。


 右の小指を中心に包帯が巻かれている。


天野勇二

あっ! お前は!


 サングラスで顔を隠しているが、髪型とその怪我の特徴を見て、天野は正体を見破った。


天野勇二

三谷!
三谷じゃねぇか!
三谷生命の御曹司!
確か 三谷徹といったな!


 三谷は思わずサングラスを外し、慌てて怒鳴った。


三谷徹

う、うるせぇよ!
僕の名前を大声で叫ぶんじゃねぇ!


 天野は思わず笑ってしまった。

 右目が大きく腫れている。

 最後に蹴り飛ばした跡だろう。


天野勇二

おやどうした?
右目が腫れてるぜ?
男前が台無しじゃないか。

三谷徹

う、うるせぇよ!
お前がやったんだろうが!

天野勇二

そう言えばそうだったな。
あっはっは!
さっきの襲撃じゃモノ足りねぇってか?
あれだけやられて懲りないとはな。
根性だけは認めてやるよ。

三谷徹

うるせぇうるせぇ!
この三谷様をコケにしやがって!
歌舞伎町のゴミ捨て場に捨ててやるよ!

天野勇二

またゴミ捨て場か。
お前はゴミ捨て場が好きだなぁ。
キャベツ畑じゃなくてゴミ箱から生まれてきたのか?

確かにここは歌舞伎町だ。
スーツ姿の男にフルボッコにされて、ゴミ捨て場に捨てられても不思議な土地じゃない。
なかなか悪くない場所を選んだじゃないか。


 三谷は偉そうに3人の男に命じた。


三谷徹

いちいちうるさいガキだ。
ここでいい。
黙らせろ!


 三谷の子分たちの全身に力がこもる。

 今にも飛びかかりそうだ。

 天野はその動きを制するように、懐から拳銃を取り出した。


天野勇二

学習が足りねぇな。
俺様は忠告したはずだぞ。
次は殺す、とな。


 三谷も子分たちも、思わず拳銃を見て動きが止まった。

 三谷が震えながら叫ぶ。


三谷徹

な、何ビビッてんだよ!
本物のはずがねぇだろ!
やっちまえ!

天野勇二

はぁ?
何を言ってるんだ?




 パン! パン!




 天野は迷うことなく、一番背の高い男の両太股を撃ち抜いた。


 空手自慢の男は、自慢の拳を振るう暇も与えられず、地面に崩れ落ちた。


空手自慢の男

ひぃぎゃああ!


 残りの2人にも銃口を向ける。

 太股を撃ち抜こうとしたが、そこで弾が尽きてしまった。


天野勇二

なんだよ弾切れか。
使えないな。


 三谷と子分たちが安堵したように息を吐く。


天野勇二

まぁ……。
もう1挺あるんだけどな。


 懐からもう1挺の拳銃を取り出す。

 三谷たちの顔が絶望に染まった。




 パン!

 

 パン!




 天野は子分2人の太股を片方ずつ撃ち抜いた。

 子分は悲鳴をあげながら倒れる。


 残りは三谷だけだ。

 拳銃を突きつけられ、三谷は恐怖のあまり叫んだ。


三谷徹

な、なんでだよぉ!
何者なんだよお前!
何がただの学生なんだ!
なんでこんな酷いことができるんだ!
拳銃で撃つなんて信じられねぇ!
お前一般人じゃないだろ!
もはや人間じゃねぇ!


 天野は拳銃を懐にしまうと、激しい殺気を放ちながら三谷に近寄った。


天野勇二

それは俺様のセリフだよ。
何度もしつこく襲ってきやがって。
4人がかりで殺そうとしやがったのはお前だろ?

三谷徹

こ、こ、殺す?
殺すまでは、さすがに考えてねぇよ!

天野勇二

よく言うぜ。
俺が持っている銃は、お前がヤクザに持たせた銃だ。

拳銃だの子分だの、くだらないオモチャに頼るんじゃない。
喧嘩ぐらい1人でやれ。
クソ生意気なクズめが。

ほら、こいよ。
俺様を殴りたいんじゃないのか?
ゴミ捨て場に捨てたいんじゃないのか?


 天野が「かかってこい」と挑発する。

 三谷は恐怖のあまり逃げ出した。


天野勇二

逃げてんじゃねぇ!


 三谷の背中を掴み、勢いよく壁に叩きつける。

 さらに前蹴りを連発。

 首筋には肘。

 お芝居で見せる派手な技ではない。

 人体を破壊する本物の攻撃だ。

 

三谷徹

や、やめ、ぐぇぇぇっ!


 天野はもう完全にキレていた。

 三谷の頸動脈を絞め上げながら、鬼のような声で囁く。


天野勇二

おい三谷よ。
もう俺様に干渉するな。
民間人の大学生相手に拳銃なんか使いやがって。
そんなに地獄へと旅立ちたいのか?


 三谷の眉間に銃口を突きつける。

 三谷は涙目で首を振った。


三谷徹

だ、だ、だから‥…。

そ、それは知らねぇ……!

拳銃って……えぇ……?

なんのことだよぉ……!?

天野勇二

まだとぼけやがるのか。
生意気だな。


 天野は三谷の右手を掴んだ。

 自らがへし折った小指を強く握りしめる。


三谷徹

ひぎゃやああああ!


 哀れな三谷の悲鳴が轟く。

 天野はその口を手で塞いだ。


天野勇二

うるせぇんだよ。
黙れ。
殺すぞ。

三谷徹

ひっ、ひぃ、ひぃっ…………。

天野勇二

極道の下っ端に拳銃を持たせて、俺様を拉致ろうとしただろうが?
お前が命じたことだろう?

三谷徹

し、し、し、知らないよぉ……。

それは、僕じゃない……。

僕はそんなこと命じてない……。

本当に僕じゃないんだ……!

天野勇二

はぁ?
お前じゃなければ誰が仕掛けたって言うんだ?


 三谷はもう涙目だった。


 そんなことを訊かれても困ります、といった表情を浮かべている。


 天野の優秀な瞳は、そこに嘘がないことを見破ってしまった。


天野勇二

……なに?
お前の差し金じゃないのか?

ならば、まさか……。

ほう……。
そういうことか……!


 天野は極悪の笑みを浮かべた。

 悪い顔がさらに悪くなる。

 これを間近で見るのは怖すぎる。

 三谷の股間はもうびしょ濡れだった。


天野勇二

まぁいい。
お前が4人で報復を仕掛けたことは確かだ。

おい三谷よ。
もう一度だけ言ってやる。

二度と俺様に近づくな。
俺様のことを忘れろ。
忘れたくないと言うならば、ここで死んでもらう。

三谷徹

わ、わ、わかった。
も、も、もう……。

天野勇二

声が小せぇんだよ!

三谷徹

ヒィッ!
もう近づかない!
近づきません!
殺さないでください!
許してくださぁい!

天野勇二

良い返事だ。
ご褒美をくれてやろう。


 天野の長い脚が弧を描く。

 三谷の側頭部にクリーンヒット。

 三谷はその一撃で沈黙した。


 天野は脱力した三谷を肩に担ぐと、子分たちに拳銃を突きつけた。


天野勇二

おい子分ども。
この御曹司が殺されたくなければ、その空手自慢を担いでついて来い。
ダッシュだ。


 天野は三谷を担いだまま駐車場を飛び出した。


 堂本のクリニックはすぐ側だ。


 警官に見つからないよう注意し、全員を連れ込んだ。


天野勇二

堂本よ。
また再会してしまったな。


 ふてぶてしく笑う天野。

 気絶した三谷。

 太腿を痛そうに押さえるスーツ姿の男3人。


 堂本はさすがに仰天した。


堂本

ぼ、坊っちゃん……?
えらく早い再会ですね。
そいつらはなんです?

天野勇二

三谷生命の御曹司。
その子分たちだ。
3人の太腿を撃ち、負傷させてしまった。
治療してやってくれ。


 堂本は腹を抱えて破顔はがんした。


堂本

あっはっはっは!
さすがは坊っちゃん。
噂には聞いてましたが本当にやりますなぁ。

いいでしょう。
後は私にお任せください。
口止めもしておきますよ。

天野勇二

上出来だ。
宜しく頼むぜ。


 堂本のクリニックを後にする。

 天野は不敵な笑みを浮かべて呟いた。


天野勇二

クックックッ……。

俺様好みのシチュエーションになってきやがった。
今度こそ 『完璧な作戦』を閃いたぜ。

さすがは俺様だ。
俺様に不可能はない。

天才クソ野郎にかかれば全てうまくいく。

そのことを教えてやる時がきたようだ。

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つばこ

【同日同時刻・歌舞伎町のホストクラブ店頭にて】
 
(パン!パン!)
翔「うわっ、銃声だ。様子見てくるか……って、あれは!?」
翔(『龍さん』だ!龍さんが歌舞伎町に帰ってきた!やっぱり龍さん超絶イケメン!……あれ、でも、なんか揉めてるみたいだぞ……)
天野「ついて来い。ダッシュだ」
翔(龍さんが男たちを連れていく!……って、あれは!?)
警官「なんか銃声が聴こえたなぁ」
翔(警官がくる!このままじゃ龍さんが捕まる!どうしよう!)
 
翔「……う、う、うおおおおおお!」
 
警官「痛っ!なんだお前!?」
翔「うがぁ!(龍さん!この隙に行ってください!)」
警官「待てぇ!公務執行妨害で逮捕だぁ!」
 
警官に連行されながら、翔は思った。
 
翔(龍さん、どうかご無事で!俺は待ってます!あなたが歌舞伎町で天下を獲る日を!俺はずっと、ずっと待ってますからぁぁぁぁッ!!!)
 
(おしまい)

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コメント 248件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    モブホストだったのに、翔が好きになりかけてるww

    クソ野郎を守ってくれてありがとう…

    MVPは君だよ。

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  • rtkyusgt

    キサラギが関わってるな

    通報

  • ゆんこ

    お前のことは忘れないよ、、、

    翔ォォォォ!!(爆笑)

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  • まこと

    翔くんは天野大好きだな
    全治半生…ちゃんと治るところが医学生らしいですな

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  • みと@第3艦橋OLD


    翔、金髪でないのによく気づいたな

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