天野は激しく困惑したまま、如月家へ訪問することになった。




 完璧な作戦だと思っていた。




 一般人であれば、倒れた人間の身体などをグシャグシャに踏み潰し、男を投げてフルボッコにして高笑いをあげ、下品な発言を連発したあげく、自分の車の上でパワーボムを放ち、愛車を粉々に破壊するバカとは関わりを持ちたくない。




天野勇二

(そうか。考えてみれば、ねえさんは一般人じゃなかった)


 げんなりしながら如月家に足を踏み入れる。



 2階建ての大きな邸宅だ。


 元は古い洋館のようだが、何度もリフォームされているようだ。


 調度品は真新しく、どれも輝きを放っている。


 あちこちに高級感が漂う立派な家だ。


如月正雄

勇二くん!
ありがとう!


 沙織の父親こと、如月正雄が天野を強く抱きしめた。


天野勇二

ど、どうしたんですか?

如月正雄

はっはっは!
見ていたんだよ!
君が娘を救ってくれる一部始終を!

天野勇二

えぇっ!?
み、見ていたんですか?

如月正雄

見ていたとも!
君が華麗な技で相手を車に蹴り上げ、派手なパワーボムで車を潰す姿をね!

天野勇二

なっ!?
門まではかなり距離がありますよ!

如月正雄

近頃は物騒だからね。
門に監視カメラを設置しているのさ。
沙織が狙われたから思わず警察を呼んだが、君が退治してくれたので帰ってもらうように伝えたよ。


 天野は青ざめた。

 確かにそうだ。

 これだけ大きい屋敷ならば、門に監視カメラがあって当然だ。


如月正雄

実に素晴らしい活躍だったが、君の愛車は無残に破壊されてしまったな。
おい渡辺わたなべ


 背後にいた初老の男が「はい」と返事した。


 先日、パーティに天野たちを連れていった運転手だ。


如月正雄

真っ赤なポルシェがあったな。
あれを勇二くんに差し上げよう。
車検証などを準備して、彼に渡せるよう手配してくれ。

渡辺

はい。かしこまりました。


 天野は思わず全力で拒否した。


天野勇二

い、いや!
それには及びません!
さすがに申し訳ないですよ!

如月正雄

ふははは!
気にすることはない。
自慢のコレクションのひとつさ。

とはいえ、元の色が気にいらなかったから、真っ赤に全塗装オールペンしてしまったポルシェなんだ。
それほどの価値はないさ。

天野勇二

価値はないと言っても、ポルシェですよね!?

如月正雄

そうとも。
腐っても鯛だと思ってくれれば幸いだ。
それにあの派手な色ならば、君のほうが似合うだろう。
日本には1台しかない限定車だ。
なぁに、気に入らなければ売ってくれればいいさ。


 天野はさすがに悪い気がしてきた。



 実はパワーボムで潰した車、天野の愛車ではない。


 廃車同然のものを手配している。


 しかもニコイチでつなげた車だ。


 車の前部と後部を接合してあり、元々壊れ易い仕様になっている。


 だからこそ『シットダウン式・ライガー・天野ボム』で真っ二つに折れたのだ。


天野勇二

いやぁ……。
そこまで甘えることはできませんよ……。

如月正雄

いいんだよ!
愛娘の命を救ってもらったんだ。
それぐらいの礼は当然だ。


 如月は豪華に天野の背中を叩いた。


如月正雄

それに君の 啖呵たんかのキレには惚れ惚れしたよ!
『天才クソ野郎』というあだ名なのか!
そんなかしこまった敬語なんて使わなくていいぞ。
外での君のほうが魅力的だったな!


 天野の顔から血の気が引いていく。


天野勇二

ま、まさか……。
お、音声まで聴こえていたんですか……?

如月正雄

そうだよ!
あっはっは!
実に愉快な若者だ!
娘が気に入るのも納得だ!

さぁ、夕食にしよう。
渡辺、勇二くんのスーツが汚れてしまっている。
綺麗にしてさしあげなさい。

渡辺

はい、かしこまりました。


 天野はもう観念して、如月の言葉に従うことにした。


 相手は10台以上の高級外車を持つ超VIP。


 こちらはただの学生だ。


 遠慮も無礼だろうと感じ、お言葉に甘えることにした。


 それに少々、真っ赤なポルシェとやらに興味があった。


渡辺

それではスーツを御預かりします。

天野勇二

あ、ああ……。
すまない。

渡辺

天野様のお車も、私のほうで処分しておきますので。

天野勇二

そ、そこまでしてくれるのか。
ありがたい。


 天野は上着を渡辺に渡して、夕食の席に向かった。


 10人は座れそうな広いテーブルが置かれている。


 そこに1人の女性が立っていた。


 年の頃は30代半ば。


 使用人のメイドには見えなかったので、一応名乗っておくことにした。


天野勇二

どうも。
天野と申します。

雪子

はじめまして。
如月の妻の 雪子ゆきこと申します。
この度はようこそおいでくださいました。


 天野は顔のパーツと年齢を考えて、如月の『後妻ごさい』だろうと踏んだ。


 年の頃は30代。


 沙織とは年が近すぎる。


 幼いころに会った記憶もない。


如月沙織

さぁ、勇二くん。
こちらにお座りになってください。


 天野は沙織の隣に座った。


 皿には何も乗っていないが、ナイフとフォークの数が多い。


 コース料理を提供してくれるようだ。


天野勇二

(おいおい……。なんだここはレストランか……? まさか専属のシェフでも雇ってるんじゃねぇだろうな……)


 メイドがそれぞれのグラスにシャンパンを注ぐ。


 如月が嬉しそうにグラスを持ち上げた。



如月正雄

まずは乾杯しよう。
娘を救っていただいた『天才クソ野郎』との出会いに。

如月沙織

はい、勇二くん。
乾杯です。

天野勇二

あ、ああ……。


 シャンパンを飲むと前菜が運ばれてくる。


 4人はフランス料理のフルコースを食べ始めた。


 沙織が嬉しそうに父親に語る。


如月沙織

本当に素敵でした。
勇二くん、私を救うために体を張って 暴漢ぼうかんを追い払ってくださったんです。
あの姿、お伽話に登場する王子様のようでした。


 天野は肩をすくめて言った。


天野勇二

なに、よくあることさ。
大したことじゃない。
あんな悪党を退治することぐらい、この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくのさ。


 天野はもう 『いつものスタンス』でいくことにした。


 『沙織に暴力を見せつけてドン引きさせる』という作戦は失敗してしまった。


 失敗を なげいても仕方がない。


 次の作戦を考え実行するまでだ。


 即座に天野は 『父親に嫌われる』という作戦を選択した。


天野勇二

まったく雑魚もいいところだったよ。
俺様にかかれば秒殺さ。
逃げられないように足の骨でも折ってしまえばよかった。
鉄パイプか角材でも落ちていれば、全身の骨を破壊してやったんだけどね。


 もう『キサラギ製薬』と母親の関係なんか無視だ。


 桃子に迷惑をかけたくなかったが、こうなっては仕方ない。


 椅子にふんぞり返り、ガラの悪い発言を連発する。


天野勇二

まぁでも、上半身の骨はかなりへし折ってやったけどね。
骨の折れる甘美な音色が何度も聴こえたよ。
あんな悪党どもの骨をバラバラにすることぐらい、俺にかかればワケないってことさ。


 如月がフォークを操りながら、興味深そうに尋ねた。


如月正雄

勇二くんは随分と強いんだね。
格闘技でもやっていたのかい?

天野勇二

幼いころから少々。
それに俺は荒事を好む 性質タチがありまして。
今も大学では生徒から悩みを請け負う『事件屋』のようなことをしているんです。

どこかに潜む悪人を見つけては暴力を振りかざす。
善人を殴れば良心の 呵責かしゃくにさいなまれるものですが、相手がゲスな悪党ならばいいストレス解消になりますよ。
良かったら如月さんもご一緒にどうです?

……あ、いや、立場がある人にこんな『遊び』の誘いを持ちかけるものじゃありませんね。

あっはっはっは!


 指先を何度も振り回す。


 人の不快感をあおるようなお馴染みのジェスチャー。


 その場にいる人間の不快感をぐちゃぐちゃにかき回すつもりだ。


如月正雄

実に変わった趣味だ。
君はキャンパスの学生たちの悩み事をよく聞いてあげているのだね。

天野勇二

ええ。
若者には悩みがつきものです。
中には刃傷沙汰にんじょうざたに発展することもある。
しかし警察はアテにならない。

如月正雄

まったく同感だ。
警察はアテにならない。

天野勇二

そうでしょう?
俺はもう殺人事件を2件解決し、数組の犯罪集団を壊滅させてやりましたよ。
そのほとんどを警察に突き出した。
でも警察は報酬なんかくれやしない。
それなら学生から依頼を受けて、報酬として昼飯でも奢ってもらったほうが生産的じゃありませんか。


 如月は驚いたように尋ねた。


如月正雄

君は『昼飯』だけで依頼を受けるのかね?

天野勇二

そりゃそうですよ。
高い学費を払って勉学に勤しむ学生から、金銭を奪い取るやり方は好みじゃないんです。
金をるなら多いところからのほうがいいでしょう?

如月正雄

ほう、例えばどこかね?

天野勇二

フッフッフッ……。
そうですね。
今、パッと思いつくのは……ココですよね。


 天野が指を1本立てると、如月は「がっはっはっは!」と豪快に笑った。


 天野は大胆不敵にも「金を盗るなら如月家だ」と示したのだ。


如月正雄

君は変わった青年だ。
それでいて素直。
頭も切れる。
さすがは桃子くんのご子息だ。

天才クソ野郎か……。
なるほど、君にピッタリのあだ名だな。

天野勇二

そうでしょう?
俺も気に入ってるんですよ。
あっはっはっは!


 天野と如月は意気投合しているように笑いあっているが、後妻である雪子は不快そうに天野を睨みつけている。


 汚物でも見るかのような視線だ。


天野勇二

(クックックッ……。それでいいんだ。もっと俺様を嫌え。このバカ親父も今は笑っているが、娘の相手にクソ野郎は相応しくないと判断するだろう)


 と、天野は踏んでいた。


如月沙織

勇二くん、お料理美味しい?

天野勇二

ああ、とても美味しいね。
三ツ星のレストランのようだよ。
ねえさんはいいものを食べているんだね。

如月沙織

勇二くんの口にあって良かった。

天野勇二

今夜は招待してくれて本当にありがとう。

如月沙織

うふふ……。
勇二くんならいつでも歓迎です。


 如月はじっと2人の会話を見つめると、にやりと笑みを浮かべた。


如月正雄

勇二くん……。
君はかなりの『偽悪者』だね。


 指をパチンと鳴らした。

 メイドを呼び、上等そうなワインを運ばせる。




天野勇二

(ほう、ロマネか……)


 天野の喉が「ゴクリ」と鳴る。

 かなり上質のワインだ。

 酒好きの天野としては是非飲みたい。

 「ポルシェと一緒にくれねぇかなぁ」と思いながら尋ねた。


天野勇二

俺が偽悪者とは、どういった意味でしょう?

如月正雄

君の高校時代もいただろう。
悪ぶって周囲の関心を引くような不良が。
しかし君はそうではない。
まさしく本当のワルだ。


 如月はにやりと笑みを浮かべながら、上質のワインを口に運んだ。


如月正雄

……ところが沙織に向ける視線。
これが驚いたことに『偽りの優しさ』が込められていない。
実に良い瞳をしている。
不思議な青年だ。
君の『ワル』は本性にしか見えないのに、そうではないとその瞳が教えてくれるのだ。


 天野は不敵に笑った。


天野勇二

俺の瞳が優しいとはねぇ……。
そんなことを言うのは、この世界で如月さんだけですよ。

如月沙織

そんなことありません。
勇二くんはとっても優しいよ。

天野勇二

クックックッ……。
ねえさん、どれだけ言えばわかってくれるのかな?
俺の本性はクソ野郎さ。
大学じゃ教授や学生からも『天才クソ野郎』と呼ばれているんだ。

如月沙織

すごいですよね。
『天才』なんてなかなか言われません。

天野勇二

ち、違うよねえさん。
クソ野郎、というところが問題なんだ。

如月沙織

私、勇二くんこそが真の天才だと思うな。
私の彼氏は天才の王子様なんだよって、世界中に自慢したいくらい。

天野勇二

いやいや……。
彼氏って言われても……。
お、俺の話、聞いてる?


 如月は嬉しそうに豪快に笑った。


如月正雄

がっはっはっは!
勇二くん、やはり君は医師を志望しているのかね?

天野勇二

医学生ですからね。
もちろん医師を目指していますよ。

如月正雄

他の進路を考えてはいないのかい?

天野勇二

特に考えてませんね。
ただ果たして、人命を救う価値がこのクソ野郎にあるのか疑問ですけどね。
訴訟リスクなどを背負うのも好みじゃない。
でもまぁ、医療ってのは金になりますからねぇ。
クックックッ……。

如月正雄

金も好むのであれば、製薬会社というのはどうだい?

天野勇二

研究員ですか。
その道も歩めなくはないですが、野蛮と暴力を好む俺に似合いますかね?

如月正雄

ふっふっふっ……。
そうだな。
君には研究員なんて似合わない。

例えば…………


 如月はワイングラスを空にすると楽しそうに言った。


如月正雄

『キサラギ製薬』の後継者なんて、どうだい?


 天野はぎょっとして如月を見つめた。


天野勇二

は、はぁ?
お、俺が? 俺ですよ?
あっはっは……。
帝王学なんて学んでいない俺が後継者なんて無理でしょう?

如月正雄

いや、君ほどの頭脳と度胸があれば、学ぶのは容易いことだろう。


 如月はもう一度、天野の瞳を見つめた。


如月正雄

勇二くん、君は名前からして次男なのだろう?

天野勇二

え、ええ……。
そうですが……。

如月正雄

ならばどうだろう。

沙織の婿となり、キサラギ製薬を継いでみないかい?

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つばこ

天野くん「完璧な作戦だと思っていた」
つばこ「お、おぅ…( ゚д゚)」
 
今回のエピソードのテーマは複数ありますが、そのひとつは『天才クソ野郎、史上最大の危機』となります。
かつて、ここまで天野くんが追いつめられることがあったでしょうか(反語)
敵は下劣な犯罪者ではなく、ただの世間知らずのお嬢様とその父親。おまけに「天才クソ野郎」を気に入っており、困ったことに根っからの悪人ではないのです。
だって日本に1台しかないポルシェをプレゼントしてくれたんですよ。ポルシェですよポルシェ。ポルシェを快く恵んでくれる人が根っからの悪人なのでしょうか(反語)
 
さて、この状況を天野くんはどうやって打破するのか!? むしろ打破できるのか!?
怒涛の後半戦をご期待ください!
いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 236件

  • ピカルディの3度

    パパン、そこまで人を見る目があるのに、何故娘の教育は絶望的なの?

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  • まこと

    天野くん、俺は28歳のニートなんて考えられないよと言ってくれ!
    もしくは前島ちゃんを連れてきて婚約者だと紹介しろ

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  • なゆ

    あまのくーん!
    彼氏になっちゃったね!
    お義父さまにも気に入られちゃったね!

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  • mew@マジデ楽しい

    なんかもー「こわいよー」って言いながら読んでた笑笑

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  • 麗沙

    お父様、何故偽悪者と見抜いてその先が見抜けないの……笑

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