時刻は昼時。


 場所はいつものテラス。


 天野はスマホを見ながらため息を吐いていた。




 キサラギ製薬のパーティから数日が経っている。


 沙織との『友人関係』は順調に継続中。


 天野のスマホには頻繁ひんぱんに沙織からのメールが飛んでくる。


如月沙織(メール)

今、紅茶飲んでるの

如月沙織(メール)

お風呂入るね

如月沙織(メール)

勇二くんの写真見てるんだ

如月沙織(メール)

これから友達とランチにいってきまーす


 他愛もないメールばかりだ。


天野勇二

うざってぇなぁ……。
こんなもの、SNSで勝手に発信してくれよ……。


 どれも細かい報告ばかり。


 恋人同士であれば楽しいのかもしれないが、天野にとっては邪魔でしかない。



 そして、これを返信するのが実に面倒だ。


 即座に返信すれば「気がありそう」と思われてしまう。


 返信しなければ、また大学に乗り込まれるかもしれない。


 どちらも最悪だ。


天野勇二

くそっ、また高そうなランチを食ってやがる。


 沙織は友達とイタリアンを食べに行ったようで、彩り鮮やかなパスタの写真が届いている。


 天野はコッペパンをかじりながらため息を吐いた。


天野勇二

ねえさんは、働いてないんだな……。


 沙織は毎日遊び歩いている。


 出勤している様子は皆無だ。


 遊び以外で出かけるのは華道の稽古、料理教室、茶道、ヨガなど。


 お嬢様は「家事手伝い」で「花嫁修業」に励んでいるのだ。


 つまりはニートだ。


前島悠子

あれ師匠?
まだ沙織さんとやり取りしてるんですか?


 この日はちょうど前島がテラスを訪れていた。


天野勇二

ああ、そうだよ。
こっちはパンだけで羨ましいよ……っと。


 メールを返信すると、スマホをテーブルに投げつけて天を仰いだ。


天野勇二

ああ、もう面倒くさい。
俺様はメールが好きじゃないんだ。
こんなつまらん内容を送ってきやがって……。
何が楽しいってんだ。


 前島はぷりぷり頬を膨らませた。


前島悠子

いいなぁ……。
私も師匠からのメールが欲しいです。
やっぱり迷惑ですかねぇ。


 前島も天野にメールを送っているが、5通に1度、返信があれば良いほうだ。


天野勇二

まぁ、返信しないのは申し訳ないと思うがな、忙しくて返信するのを忘れちまうんだよ。
ただ、お前のメールは面白いから迷惑じゃないぞ。

前島悠子

えっ?
そ、そうなんですか!?
マジですか!?

天野勇二

ああ、お前は工夫を重ねていて面白い。
意外と楽しみにしているんだ。

前島悠子

よしっ!


 前島は小さくガッツポーズを決めた。


 これまで天野が飽きないように業界の現場裏や、芸能人の写真を撮影したり、新曲を踊って動画を撮影したりと、バラエティに富んだメールを送っていたのだ。


 その苦労が無駄ではなかったことを知り、前島は素直に喜んでいた。


天野勇二

だがなぁ。
コイツのメールがなぁ。


 天野のスマホがピコンと鳴り、


如月沙織(メール)

すごく美味しい!


 と、沙織からの返信を表示する。


天野勇二

なぜ、こんなものに付き合わなければならんのだ……。


 嫌で嫌で仕方ない。


 しかし無下むげにすることもできない。


 関係がこじれれば、妹たちが黙っていないだろう。


 天野は心底困りきっていた。


天野勇二

はぁ……。
こんなことなら密室殺人の謎を解いたり、武装集団を叩き潰したり、殺人犯を捕まえたりするほうがよっぽどラクだ。


 天野は隣の前島を見つめた。


 前島は好物のうどんをすすりながら、モバイルPCを開いてブログを更新している。


 天野はわらにもすがる思いで言った。


天野勇二

おい弟子よ。
考えてみればお前と推理を重ねたり、作戦を練ることはなかったな。

ちょうどいい。
お前は女だ。
女の気持ちがわかるだろう。
涼太もよくわかるほうだが、アイツは女に関しては少々間違った方向へ行ってしまう。
俺に協力してくれないか。


 前島はちょっと驚きながらも素直にミニPCを閉じた。


前島悠子

師匠が私と作戦を練りたいなんて……。
よっぽどの内容ですね。
天才クソ野郎でも解答が導き出せない、ということですか。

天野勇二

そうだ。
天才クソ野郎はお手上げだ。


 あっさり降参の意思ジェスチャーを示した。


 前島はニヤニヤ笑いながらメモを取り出した。


前島悠子

まかせてください!
その依頼、この『流星クソ女』が受けましょう!
だけど報酬として

『ほっぺにチュッ♡』

をお願いします!

天野勇二

ああ、構わんぞ。


 前島は仰天して叫んだ。


前島悠子

え、えぇ!?
そんなあっさり!?
いいんですか!?

『ほっぺにチュッ♡』

ですよ!?

天野勇二

別に構わんさ。
欧米じゃ挨拶みたいなもんだ。

前島悠子

うひゃぁ……。
ここ日本なのに……。
何事も言ってみるもんですねぇ……。

天野勇二

ちょっとそのメモを貸せ。


 天野はメモに沙織の名前を書き、自らの名前を書いた。

 2つを一本の線で結ぶ。

 その線を指さしながら言った。


天野勇二

このつながりを破棄したい。

敵は超セレブなお嬢様。
28歳の処女。
世間をまるで知らない女だが、決して悪い人間ではない。
だから俺様としても手を焼いている。

それに……。


 メモに母親と妹たちの名前を追記。

 沙織とそれぞれを線で結んだ。


天野勇二

敵はこの強力な 『ホットライン』を持っている。
この3人から嫌われることも、関係が悪化することも避けたい。


 前島はメモを見ながら「ふんふん」と頷いた。


前島悠子

師匠がきっぱり交際を断るしかないんじゃないですか?

天野勇二

それはできない。
ここに嫌われてしまう。


 天野は妹たちの名前を指さした。


 天野は意識していないが、かなりのシスコン野郎だ。


 特に末妹の胡桃を可愛がっている。


 「胡桃にだけは嫌われたくない」という気持ちが潜在意識の中にあるのだろうと、前島は察した。


前島悠子

そうなると厄介ですね。
相手が師匠にお熱なのはよくわかります。


 前島はふと思い出して尋ねた。


前島悠子

師匠が恋を知らないこと、沙織さんは知っているんですか?


 天野はゆっくり首を振った。


天野勇二

知らないだろう。
それはお前にも話したと思うが、兄の心の喪失が関係している。
それ以来、俺様の心は壊れたままだ。
恋なんか知らない。

だがそのことを相手に伝えると、このホットラインによってここに伝わる。


 天野は沙織から妹たちに続く線をなぞった。


天野勇二

家族にとっても兄の心の喪失は大きなトラウマだ。
それによって俺の心が壊れていることを悟られたくない。

前島悠子

うーん。
なるほど……。


 前島は静かに頷いた。


 妹たちの前では、兄のことを何も気にしていないように振る舞っているのだろう。


 天野の『兄』としての努力があることを、前島は何となく感じ取った。


前島悠子

そうなると難しいですね。
沙織さんが自然に師匠のことを嫌いになって、その理由が妹さんたちにとって不快ではない、ということが必要なんですね。

天野勇二

そうだ。
話が早くて助かるぜ。


 前島とて独学で一流私大に進学したアイドルだ。


 おバカな印象が強いが、決して頭の回転が遅い訳ではない。


前島悠子

師匠……。
作戦、思いつきました。


 天野は驚いて前島を見つめた。


天野勇二

なんだと!?
この天才クソ野郎でもお手上げな難問を解いたのか!


 前島は腕組みをしながら「ふふん」と笑った。


前島悠子

『師匠と私が付き合っている』

……ということにすればいいんです。

芸能人なので交際は秘密。
だから言えなかった。
妹さんたちも私が 『恋人』なら納得するはずです!


 天野は少し思案したが、ゆっくり首を横に振った。


天野勇二

お前は妹たちが『お喋り』だってことを知らない。
ペラペラとスピーカーのように喋るぞ。
お前に男がいることが判明したら大スキャンダルだ。
お前の芸能活動を さまたげたくはないな。

前島悠子

大丈夫ですよ!
妹さんには口止めしておきますから!


 天野はそれでも首を横に振った。


天野勇二

女の口止めほど信用できないものはない。
リスクが高すぎる。
却下だ。


 前島は「ぷくぅ」と頬を膨らませた。


 せっかく自分の都合の良い方向に持ってきたのに、あっさり却下されてしまった。


前島悠子

そうなると困ってしまいますねぇ。
ならば、師匠の

『天才クソ野郎っぷり』

を見せつけて、幻滅してもらう……ってのはどうでしょう?

天野勇二

天才クソ野郎っぷりだと?

前島悠子

そうです。
師匠の『野蛮な一面』を見せつけるんです。
ギャップ萌えならぬ『ギャップ萎え』です。


 天野の動きが止まった。


 何かを閃いたようにブツブツと呟く。


天野勇二

そうか……。
それはいいかもしれんな。

妹たちは俺の野蛮な一面を知っている。
桃香には護身術を叩き込んだから武道に理解もあるし、俺様が悪人をボコボコに倒していた過去を知っている。
だが、一般女性はそんな男と付き合いたくはないだろう……。

よし……。
それでいってみるか。


 前島は腕組みをして唸った。


前島悠子

そうなると、沙織さんの前で誰かに暴力を振るって、凄惨な 『処刑現場』を見せる必要がありますね。

天野勇二

そうだな。
俺様の凶暴性を目の当たりにすれば、普通の女はドン引きするだろう。

前島悠子

しかし、相手は『悪人』でなければいけませんよね。

天野勇二

当然だ。
倒すのは『悪人』である必要がある。

前島悠子

理由なく一般人を痛めつけるなんて、ただのヤクザですもんね。

天野勇二

ああ、ヤクザ以下の人間だ。
ヤクザでも理由なくそんなことしない。

前島悠子

そうなると、どうやって『悪人』を調達すればいいんでしょう……?


 天野と前島が思案を巡らせていると、テラスに1人のチャラ男がやって来た。


佐伯涼太

やっほー!
今日もいい天気ちゃんだね!
2人とも元気してる?


 天野と前島は涼太の姿を見て、にやりと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

いたな。

前島悠子

いましたね。


 涼太はチャラチャラしながら2人の顔を見つめた。


佐伯涼太

なになにー?
どうしちゃったの?
2人して?
なんでそんな悪い顔で僕ちゃんを見るのー?


 天野は前島とメモを見ながら作戦を練りだした。


 涼太は何かをブツブツ呟いている2人を見て、


佐伯涼太

(どうしたのかな? 随分と仲良しちゃんだね。ついにパコったのかな?)


 と、無邪気に微笑んでいた。




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つばこ

逃げてー!!!
涼太くん、逃げてぇーーー!!!!
 
まぁ、さすがにクソ師弟の2人も涼太くんを理由なくフルボッコにはしない……と思います……たぶん……。
仮に理由を言ったとしても「女の子にドン引きしてほしいから殴られてくれ」なんてことは依頼しない……と信じたい……信じたいけれども……(´・ω・`)
 
なお、作中で沙織さんが食べていたパスタは、私の大好きな「スパゲッティ・アッラ・スカルパリエッロ」と呼ばれるシンプルなフレッシュトマトソースのパスタでして、完熟のポモドリーニをふんだんに使ったソースに濃厚なバジルの香りが絡みあい、口の中にナポリの風が吹き荒れるボーノボーノな絶品なのですが、天野くんはそこまでメールを見ないと思ったので割愛しました(´∀`*)
 
ではでは、いつもオススメやコメントありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚グラッチェ!!

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コメント 294件

  • rtkyusgt

    涼太のお墓が近い・・・

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  • ゆんこ

    作者殿がどうか気持ちだけでも「涼太ゴメンよぉ」と思ってますように。。。(-ノ-)/Ωチーン

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  • まこと

    いやいや、壮絶箱入りニートお嬢に世間一般の恐怖は通じないと思うぞ?
    28歳の天然ニート。個人的には最悪だと思う。やっかみ含めて

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  • れぃ。

    涼太かわいそすぎるだろwww

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  • ゆずか@魔法契約

    むしろ格好いいってなったりしませんかね

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