天野は一旦自宅に戻り、身支度を整えた。


 一流のスーツ。時計に靴。


 どんなパーティにも対応できるよう準備し、田園調布へ向かった。


天野勇二

やれやれ……。
相変わらずデカい家だ。


 待ち合わせ場所は沙織の邸宅前。


 高級住宅街の中でもひと際目立つ大きな家だ。


如月沙織

勇二くん。
お待ちしておりました。

天野勇二

ごめんね。
ねえさんを待たせて。

如月沙織

気にしないでください。
私が無理にお誘いしたんだから。


 天野は沙織の服装を見て少々不安になった。


 薄ピンクのスカートはラインストーンで輝き、肩を大胆に露出している。


 ピアスもネックレスも宝石だらけ。


 実に豪華なドレス姿だ。


 もしかしたらパーティではなく、アカデミー賞のレッドカーペットでも散歩するつもりなのかもしれない。


如月沙織

今日はリムジンで行くの。

天野勇二

ほう、どこから来るの?

如月沙織

うふふ、そこです。


 沙織が指をさすと、壁にしか見えなかった扉が下に沈んでいき、駐車場が姿を現した。


 高級外車がずらりと並んでいる。


天野勇二

ねえさんの愛車はどれ?

如月沙織

免許は持っていませんの。
お父様が

『一流の淑女とは車を人に運転させるものだ


って言いまして。
車には興味ありません。

天野勇二

へ、へぇ……。
それにしては数が多いね。


 高級車は10台以上ある。

 恐らく父親か母親の趣味、ということだ。


天野勇二

(実に羨ましい。金とはあるところにはあるものだな)


 天野が感心していると中からリムジンが出てきた。

 運転手が素早く飛び出し、うやうやしく頭を下げる。


運転手

お嬢様。
お待たせしました。

如月沙織

ご苦労さま。


 沙織は運転手を紹介もせず、後部座席に乗り込んだ。


 運転手は初老の小柄な男性。


 沙織にとっては紹介するまでもない使用人なのだろうが、天野にとっては目上の人間だ。


天野勇二

天野と申します。
今夜はお世話になります。

運転手

伺っております。
お嬢様を宜しくお願いいたします。


 運転手は自己紹介をしなかった。


 自分は名乗るほどの人間ではない、と理解しているのだ。


 天野は感心しながら沙織の隣に座った。


天野勇二

ねえさん、今日は何のパーティなの?

如月沙織

えっと……。
確かどこかの会社を購入しまして、それを祝うパーティだと伺ってるの。


 天野は不安になってきた。


 キサラギ製薬が他社と合併、もしくは買収したのだろう。


 パーティを開くということは、相手先も大きな会社である可能性が高い。


天野勇二

そうか……。
まいったな。
時事関連を調べておくべきだったな。

如月沙織

うふふ。
今日は私をエスコートしていただくだけで大丈夫。
勇二くんは心配しないで。


 そんな訳にもいかないだろう。

 沙織は『キサラギ製薬』の後継者になりえる人間だ。

 どこの会社を買収したか知らないなんて、経営者として失格だ。


天野勇二

(まずいな……。沙織ねえさんは想像以上の 『箱入り』だ。純粋培養じゅんすいばいようされすぎている。キサラギ製薬は沙織ねえさんの『婚約者』次第で、会社の運命が大きく変わるぞ……)


 不安にかられる天野を乗せてリムジンは軽快に走り、都内にある一流ホテルの前に停まった。


 パーティの会場は一番大きなホール。


 ありがたいことに看板が置かれていた。


 『キサラギ製薬』の下に 『イツバフィルム』という社名が書かれている。


 天野は思わずぎょっとした。


天野勇二

イ、イツバフィルムだって!?
ねえさん、かなりの大手じゃないか!
これはとんでもなく大きなパーティだよ!


 沙織は不思議そうに小首を傾げた。


如月沙織

フィルム?
カメラ屋さんですよね。
製薬会社と何か関係があるのかな?


 天野は青ざめて沙織を見つめた。


天野勇二

い、いいかいねえさん。
イツバフィルムは『X線フィルム』や『カプセル』などを開発しているんだ。
カメラ屋よりもそっちが本業だ。
高い技術力は世界中で評価されていて、ほとんどの病院で使われている。
薬にはカプセルなどが必要なのはわかるでしょ?

如月沙織

そうですね。
カプセルや錠剤のほうが飲みやすいもの。

天野勇二

ま、まぁ、そうなんだ。
イツバフィルムがキサラギの傘下に入るなんて、業界にとって大きなニュースだよ。

如月沙織

そうなんですか。
勇二くんは博識なのね。


 天野はがっくり肩を落とすしかなかった。


天野勇二

ねえさん……。
ちなみに大学では何を学んでたの?

如月沙織

油絵を描いていたんです。

天野勇二

卒業後は何をしてたの?

如月沙織

しばらく数年間、ヨーロッパで絵の勉強をしておりました。
いつか勇二くんにも見てほしいな。


 天野は納得して頷いた。


 この分では経営者としての 『帝王学』なんて、何ひとつ叩き込まれていないだろう。



 沙織は恐らく、目にも入れても痛くないほど大切に育てられたのだ。


 これでは優秀な跡取りの『婿』を選ぶ必要がある。


 間違っても父親には会いたくないなと、天野は思った。


???

おおっ!
沙織!
沙織じゃないか!


 1人の男が嬉しそうに声をかけた。

 白髪の混じったヒゲを生やしている。

 品のある中年男性だ。


如月沙織

お父様、ご機嫌麗しゅうございます。


 天野はげんなりした。

 いきなり父親とのファーストコンタクトだ。


 だが、相手は母親の同業者。

 こちらも医者の息子。

 天野は背筋を伸ばし、ボンボンとしての気品を放ちながら立ち向かった。


天野勇二

はじめまして。
天野勇二と申します。

沙織の父

むっ? 君は誰だい?


 父親はいぶかしげに天野を睨みつけた。

 天野はまだ若い。

 関係者でもない。

 パーティに来るべき人間ではない。


天野勇二

私は天野桃子という『イツキ製薬所』の研究所の所長の息子です。
この度の沙織さんより、パーティのエスコートを承り、参上させていただきました。


 沙織の父親は天野桃子、そして『イツキ製薬所』という名を聞いて顔をほころばせた。


沙織の父

おお、イツキの桃子くん!
君は桃子くんの息子か!

覚えてるかな?
私も君が幼い時、ご自宅に招いていただいたことがある。
立派な青年になったな。

天野勇二

覚えていていただき光栄です。
この度はイツバフィルムとの合併ということで、ますます医療界における発展が期待できそうですね。
おめでとうございます。

沙織の父

ありがとう。
君も研究者としてイツキに勤めているのかね?

天野勇二

いえ、まだ自分は医学生の身分でございます。
学生の身分でこの場にお招きいただき、身分不相応で申し訳なく思っております。

沙織の父

気にすることはない。
桃子くんの息子ならば大歓迎だ。


 沙織の父は満足気に笑うと、懐から名刺を取り出した。


如月正雄

キサラギ製薬の代表である 如月正雄きさらぎまさおだ。
沙織が世話になっているようだね。
君の母親の知人としても、医師としても、そして沙織のパートナーとしても世話になるかもしれない。
宜しく頼むよ。


 天野は丁寧に名刺を受け取った。


天野勇二

ええ、如月さんとは良いお付き合いをしていきたいと願っております。
医療に携わる以上、必ずお世話になりますから。

如月正雄

ふっふっふ……。
なかなか立派な若者だ。
気に入ったよ。


 如月は嬉しそうに天野を見つめ、沙織に声をかけた。


如月正雄

沙織、今日は勇二くんと楽しんでいきなさい。


 如月はそう言うと、別の集団に声をかけに行った。


 何せ買収元の社長だ。


 イツバフィルムの重役や、系列会社の役員など。


 如月との挨拶を望む人間が長い列を作っている。


 全員がこびを売るような笑みを浮かべ、如月にペコペコと挨拶していた。


天野勇二

社会人も大変だな……。

ねえさん、何か飲みたいものはあるかい?

如月沙織

そうですね。
シャンパンで乾杯いたしましょう。


 天野はボーイからシャンパングラスを受け取り、沙織と軽く乾杯した。


 参加者のほとんどは、如月を始めとした幹部と接触することに必死だ。


 沙織や天野は見向きもされていない。


 豪華なドレスを着ているのは沙織ぐらいなもの。


 ほとんどがスーツ姿で「仕事の延長」といった心情の様子だ。


如月正雄

沙織!
ちょっと来てくれ!

如月沙織

あっ、お父様が呼んでおります。
しばしお待ちください。


 如月は沙織をどこかの重役らしき人間に紹介している。


 全員が沙織の美しさを褒め称え、如月に媚を売っていた。


天野勇二

(やはりこれだけのトップにもなると違うな。俺様も挨拶待ちの列を作るような地位に立ちたいものだ)


 天野が感心していると、1人の男が声をかけてきた。


???

なぁ、君ってさ。
如月家の使用人?


 年の頃は20代後半。

 髪を逆立てた短髪のメガネの男だ。


天野勇二

……私は沙織さんの知人ですが。

短髪のメガネ

使用人じゃないのか。
じゃあ、如月沙織とはどこで知り合ったんだ?
よくあんなVIPの娘とお近づきになれたもんだね。
紹介してくんない?


 短髪のメガネは下品な笑みを浮かべている。 


 天野はちょっとイラっとした。


 キサラギ製薬や沙織との関係は良好に保ちたいが、こんな若手の男に気を使う必要もないだろう。


天野勇二

……おい。
お前は馴れ馴れしいな。
なんだその態度は?
俺様がガキだと思ってナメてやがるのか?


 いつもの「クソ野郎」に戻り、いつもの口調を振りかざす。


天野勇二

そもそもお前は誰なんだ?
幼稚園で習わなかったか?
知らない人に会ったら自分から自己紹介をしましょう、とな。
幼稚園の決まり事も守れないクズと話すことはない。
消えろ。


 短髪のメガネは態度の豹変ひょうへんした天野を驚いて見つめた。


短髪のメガネ

な、なんだよ。
僕を知らないのか?

天野勇二

知らねぇよ。誰だ。


 男はメガネを直すと、偉そうに名刺を取り出した。


三谷徹

無知は良くないな。
僕は『三谷生命』の 三谷徹みたにとおるというものだ。
どうだい?
驚いただろう?


 天野は少々驚いて名刺を見つめた。

 三谷生命といえば薬剤の販売業務を請け負う大手だ。

 医療器具なども販売している。


 天野は名刺を受け取ると「ぐしゃり」と握りつぶした。


天野勇二

そうか。
俺様は天野だ。


 名刺をポイっと投げ捨てる。


 医師としても母親の地位と関わりを考えても、関係を良好に保つ必要はない相手だ。


 三谷は血相を変えて怒鳴った。


三谷徹

お、お前!
僕の名刺を投げ捨てやがったな!

どこの誰なんだ!?

天野勇二

大きい声を出すなよ。
取引先のパーティだろう?騒ぎを起こしたらまずいんじゃないか?
俺様はただの学生だ。

三谷徹

学生?
こんなパーティに来る身分じゃない。
出ていけよ。


 天野は苦笑しながら如月の名刺を取り出した。


天野勇二

如月正雄からは名刺を頂いている。
主催元が歓迎しているのに、なぜお前が指図するんだ?


 三谷は青ざめながら名刺を見つめた。

 まだ三谷は如月との挨拶を済ませていない。

 顔を真っ赤にさせながら口を開いた。


三谷徹

う、うるさい!
僕は三谷だ。
三谷生命の御曹司おんぞうしだ。
僕は偉いんだよ。
僕がお前を追い出す。

ちょっと外に出ろ。


 天野は驚いて三谷を見つめた。

 三谷は中肉中背。

 インテリ風味の男だ。

 腕っ節が強いとは思えない。


天野勇二

なんだ?
俺様と喧嘩をするつもりなのか?
今の俺様は機嫌が悪い。
止めたほうが無難だぞ。


 三谷は顎で「外に出ろ」と指示した。


天野勇二

ほう……。
大した自信だ。
楽しみだな。


 三谷はロビーに出ると、廊下に立っていた男に声をかけた。


三谷徹

おいかつら
ゴミ捨て場にコイツを捨ててこい。


 桂と呼ばれた男が頷いた。


 それなりに体格が良い。

 耳はギョーザのように丸く、人を殴り慣れた顔をしている。

 柔道とフルコンタクトの格闘技でも学んでいるのだろう。


天野勇二

なんだよ三谷。
お前がやるんじゃないのか。

三谷徹

お前なんかを殴ったら手が汚れる。
桂で十分だ。

天野勇二

ふん、つまらん男だ。


 天野は呆れながら三谷を挑発した。


天野勇二

三谷よ、俺様なんかに構わず、とっととキサラギ製薬の幹部に営業してこいよ。
こんなところで騒ぎを起こせばどうなるか、バカでも理解できるだろう?

……ああ、そうか。
お前はバカなのか。
あっはっは。
そうだよなぁ。
バカしかこんなことしねぇもんなぁ。

しかも俺様を殴る度胸はない、というワケか。
喧嘩は人任せのチキン野郎とは、情けない御曹司だ。
これじゃ三谷生命が潰れる日は早そうだな。


 この挑発で三谷は完全にキレた。


三谷徹

くそぉ……!
ガキのくせに僕をナメやがって!

桂、裏手の駐車場まで連れて行くぞ。


 三谷と桂は天野の両脇を抱え、ホテルの駐車場まで連れて行った。


 人気のない静かな場所だ。


 天野は周囲を確認して誰もいないことを確かめると、即座に動いた。


三谷徹

……え?


 三谷の腕を絡め取る。

 体重をかけて地面に押し倒す。

 脇固めで完全に捕獲。

 そして小指の骨を掴んだ。

 根本から逆側にねじ曲げる。


三谷徹

うぎゃああああ!


 三谷の悲鳴が駐車場に響く。

 桂が驚いて身構えるが、もう遅かった。

 天野は低い姿勢で突進すると、肘を桂の鳩尾みぞおちに突き刺した。


ぐふっ!


 痛みに呻く声。

 それでも桂は何とか天野の襟元を掴んだ。

 得意の柔道で投げるつもりだ。


 しかし、天野は掴まれた指を即座に2本、へし折った。


ぎゃあああ!


 悲鳴をあげながら手を離す。


天野勇二

てめぇ……!
汚ぇ手で、俺様のスーツを引っ張りやがって……!


 天野が鬼の形相を浮かべた。

 つま先を桂の股間にぶち込む。


うぐおおおおお!!!


 急所にクリーンヒット。

 桂も悶絶して倒れこむ。

 どんな靴にも鉄板を仕込む男、それが天才クソ野郎だ。


天野勇二

おらぁぁ!!!


 股間の次は後頭部。

 サッカーボールキックで蹴り上げる。

 その一撃で桂は沈黙した。


三谷徹

ひい、ひぃぃぃぃ……!


 三谷は腰を抜かしていた。

 折れた小指を泣きながら押さえている。


天野勇二

おい、三谷よ。
バカでも理解できたか?
人様に喧嘩を売るとこうなるんだよ。


 三谷はガタガタ震えて涙目。

 股間はじんわりと濡れている。


天野勇二

哀れな男め。
機嫌の悪い俺様に喧嘩を売りやがって……。

さぁ、どうした三谷よ。
社会人にはこんな時、何か言うべきことがあるんじゃないのか?
早くそれを言えよ。
何を言うべきか、バカでもわかるだろう?


 三谷の口がパクパクと開く。

 しかし、恐怖のあまり言葉が出ない。

 天野は舌打ちしながら叫んだ。


天野勇二

謝罪の言葉だよ!
二度と俺の前に現れるな!
次は殺すぞ!


 三谷の顔面を蹴り上げる。

 その一撃で三谷は沈黙した。


 天野は満足気に息を吐き、ゆうゆうと駐車場を後にした。


天野勇二

ああ……。
やはりクズに暴力を振りかざすのは気持ちいい。
最高の気分だ。
いいストレス解消になったぜ。


 清々しい気分でパーティ会場に戻る。


 沙織が天野を見つけ、不安気な表情でやって来た。


如月沙織

勇二くん!
よかった……。
先ほど誰かに絡まれていたと聞いて心配してました。


 天野はボーイからシャンパンを受け取ると、沙織に差し出しながら微笑んだ。


天野勇二

ちょっとゴミを処分していたのさ。
軽いゴミだったよ。

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つばこ

さてさて、久々にみんなのコメントにお返事を書いてみます!
「もっと沙織ねえさんを許してやろうよ。悪いのは時代じゃないか」などと歌いたいことはありますが、これだけは声を大にして叫びたい!
 
 
『TKB48』は乳首を意識したんじゃありませんッ!!!
(詳しくは「前話の作者コメント」を参照)
 
 
最初は『TKJ48』と書いたんですけど、『A○B48』にパロって合わせるために『TKB48』にしただけなんです!
乳首のチの字も考えてませんでした!
つばこのことを「乳首好きの下ネタ作家」みたいに扱うのはやめて!
でも乳首のほうがネタとして面白いので、これからは
 
「もちろん乳首に引っかけました。こちとら下ネタ大好き作家ですので( ゚д゚)」
 
と、堂々と表明することにします!
美味しいネタや沢山のオススメ、いつも本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚チーク、チクビィー!

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コメント 252件

  • rtkyusgt

    本当に大切なら必要最低限の知識は教えるべきでしょ。そして沙織も自分で調べるべき。

    親が親なら子も子だな。

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  • ピカルディの3度

    このパパン、どんだけ子育て無能なんだよ…

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  • ゆんこ

    天才下ネタクソ作家つばこ様とはこのお方のことよ!!!

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  • 「ふつうになりたい」激推し

    いやぁ、現実世界だったらふつーに訴えられるよな天野さん、、笑笑

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  • すず

    まあでも、野心家が婿になったらこういう夫人のほうが何かとやりやすいだろうね

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