※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


 その日、天才クソ野郎はいつものテラスではなく、高台に建つ1軒の家の前に立っていた。


天野勇二

ここに来るのも久しぶりだな……。


 都内の一等地。

 閑静な住宅街のひとつ。

 2階建ての広い家。

 ここは 『天野の実家』だ。


 天野は何となく襟元を正し、呼び鈴を押した。


???

……あら、勇二じゃない。
やっと来てくれたのね。


 玄関から1人の女性が顔を出した。

 天野の母親、天野桃子あまのももこだ。


天野桃子

他人行儀にチャイムなんか押して……。
ここはあなたの家でもあるのよ。

天野勇二

まぁ、そう言うなよ。
久しぶりだったからな。

天野桃子

もっと顔を出しなさいよ。
全然こっちには来てくれないんだから。


 桃子は苦笑しながら天野を迎え入れた。


 天野の母親、桃子は大手製薬会社の研究所の所長を務めている。

 かなり高額な給料を貰っている。

 この家も桃子自身の蓄えで建てたものだ。


天野桃子

……だけど、今回は勉強になったわ。


 桃子が嬉しそうに呟く。


天野桃子

あなたも 胡桃くるみ『夕飯を作る』と言うなら、この家に帰ってくるってね。


 天野は呆れたように苦笑した。


天野勇二

別に胡桃の頼みだから来たワケじゃない。
たまたまヒマだったのさ。

天野桃子

どうだかね。
……ほら、来たわよ。


 リビングから駆けてくる足音。

 黒髪の少女が嬉しそうに顔を出した。


 天野の末妹、 天野胡桃あまのくるみ

 中学3年生だ。


天野胡桃

あー!!!
ちい兄ちゃん!


 胡桃は満面の笑みを浮かべると、天野に勢い良く飛びついた。


天野勇二

おいおい胡桃よ。
甘えん坊は変わらずか。

天野胡桃

だってちい兄ちゃん、全然帰ってきてくれないんだもん。
胡桃寂しかったんだよ。

天野勇二

あっはっは。
そうかそうか。
それは悪いことをしたな。


 天野は優しげに胡桃の頭を撫でた。


天野勇二

まったく胡桃は会う度に美しくなるな……。

シャープな顎。
目鼻の黄金比率は完璧。
瞳は宝石のように美しい。
髪のツヤもハリも極上。
黒髪のロングヘアーも胡桃の純粋さを表現している。

何もかもが彫刻のように美しい美人だ。

天野胡桃

えへへ……。
褒めすぎだよ。

天野勇二

いやいや、胡桃の美しさを表現するには、日本語だけでは足りないな。

天野胡桃

もうオーバーなんだから。
座って待っててね。


 胡桃は嬉しそうに微笑むと、キッチンに戻っていった。

 母親の桃子と一緒に料理を作っているようだ。

 桃子と楽しげに会話をしながら、何かをかき混ぜている。


 胡桃の後ろ姿をぼんやり眺めていると、1人の少女が天野に声をかけた。


???

ちい兄、やっほー。

天野勇二

うん?
なんだ 桃香ももかか。
いたのか。


 天野の妹、天野桃香あまのももか

 高校2年生であり、天野家の長女だ。


 末っ子の胡桃は長い黒髪が特徴的だが、桃香はショートカットを明るく染めている。

 天野に似た端正な顔立ちの美少女だ。


 桃香は頬を「ぷくぅ」と膨らませて抗議した。


天野桃香

胡桃と一緒にちい兄を出迎えたじゃん!
ずっと隣にいたよ!

天野勇二

そうだったか?

天野桃香

そうだよ!
ちい兄ちゃんは胡桃しか見てないんだから!
贔屓ひいきしすぎだよ!

天野勇二

あっはっは。
贔屓なんかしてないさ。
お前も胡桃と同じ、俺にとって大切な妹さ。


 桃香はじろっと天野を睨んだ。


天野桃香

どうだか。
私がちい兄に『料理を作る』って言っても来てくれなかったのに、胡桃が作るって言ったら即座に了承したじゃん!
贔屓だ!

天野勇二

誤解するな。
桃香の時はたまたま重要な用事があったんだ。

天野桃香

ウソだね。
ちい兄は胡桃のためなら、どんな用事があってもキャンセルしそうだよ。

天野勇二

フッフッフッ……。
それこそ誤解というものさ。


 その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


 桃香は「ビクッ」と反応して、玄関を見つめた。


天野桃香

あ、あれれぇー?
お客さんかなぁ?
ちょっと見てくるねぇ。


 桃香がいそいそと玄関に向かう。


 母親の桃子と胡桃は料理を作りながらも、チラチラと玄関の様子を気にしている。



 この光景を見て、天才クソ野郎の灰色の脳細胞が回転し始めた。



天野勇二

(……うん? 嫌な予感がするな。コイツら何か企んでやがるぞ)



 玄関から桃香の声が響いた。


天野桃香

あれー!
沙織さおりさんだぁ!
お久しぶりですねぇ!

天野勇二

(……沙織だと?)


 天野には聞き覚えのない名前だ。


 桃香は沙織と玄関で少し談笑すると、リビングに沙織を連れて戻ってきた。


天野桃香

ちい兄、久しぶりでしょ。
沙織さんだよ。


 桃香はニタニタと笑みを浮かべながら、1人の美人を紹介した。


 年の頃は20代後半。

 長いサラサラとしたストレートの黒髪美人だ。

 スレンダーでスタイルも良い。

 整った顔立ち。

 「プルン」とした口唇が上品な色気を演出している。


 沙織は嬉しそうに天野の顔を見つめた。


沙織さん

勇二くん!
こんなに大きくなって!
私のこと覚えてますか?


 天野は灰色の脳細胞に指令を出して、記憶のデータベースからこの女性の姿を検索し始めた。


 記憶は高校時代から中学、小学生、幼少時までさかのぼり、ようやくその姿を見つけた。


天野勇二

ま、まさか、昔遊んでくれた、沙織ねえさん?

沙織ねえさん

そうです!
わぁ、覚えていてくれたんですね。
まだ幼い時に会っただけなのに!


 天野は呆然と沙織を見つめた。

 3歳か4歳くらいだろうか。

 二度ほど会って遊んでもらった記憶がある。


 相手もまだ子供だった。

 天野の記憶には 『おかっぱ頭の年上の女の子』としか残っていない。

 すっかり美しいレディに 変貌へんぼうしていた。


天野勇二

微かに覚えてるよ。
幼い時に遊んでくれたね。

沙織ねえさん

もう20年近く前のことですね。
覚えてるなんて、やっぱり勇二くんは噂通り天才だったんですね。


 桃子がキッチンから料理を運びながら、天野たちに声をかけた。


天野桃子

あら沙織ちゃん、お久しぶりじゃない。
ちょうど夕飯の時間なの。
良かったら一緒に食べていかない?


 桃香が沙織の腕に抱きつき嬉しそうに言った。


天野桃香

うん! そうしようよ!
一緒に食べよう!


 天野は思わず顔をしかめた。


 今日は末妹の胡桃の手料理を食べに来たのだ。

 いわば貴重な一家団欒いっかだんらんの時。

 天野家では珍しい光景だ。


 天野は桃香に注意した。


天野勇二

桃香よ、沙織ねえさんにも事情があるだろうから、無理を言ってはいけないぞ。


 沙織は嬉しそうに首を横に振った。


沙織ねえさん

いいえ、まだご飯食べてなかったんです。
ご招待していただけるなんて嬉しいです。

天野勇二

え? そうなのか?
いや、迷惑じゃないか?

沙織ねえさん

迷惑だなんてとんでもございません。
是非、ご一緒したいです。


 沙織は優雅に微笑んで招待を受けた。


天野勇二

(くそ、空気を読めよ。俺様は滅多にこの家に来ないんだ。帰れ、このビッチが。邪魔なんだよ。消えろ)


 と、天野が内心毒を吐いていると、胡桃が嬉しそうに叫んだ。


天野胡桃

私も沙織さんとご飯食べたい!
ねぇ、ちい兄ちゃん!
一緒でもいいでしょ?


 天野は爽やかに微笑んだ。
 沙織に手を差し出す。

天野勇二

沙織ねえさん、是非ともご一緒して欲しい。
ゲストは多ければ多いほど大歓迎だ。


 沙織は嬉しそうに頷いた。


沙織ねえさん

じゃあお邪魔させていただきます。
ありがとうございます。


 天野は沙織と共にテーブルについた。

 食卓のテーブルは4人用。

 母親の桃子は上座に沙織を誘導した。


天野桃香

ちい兄は沙織さんの隣ね。

天野勇二

なぜだ?
俺は胡桃の隣に座るぞ。

天野胡桃

ちい兄ちゃん、ゲストをもてなすんだから沙織さんの隣に座って。

天野勇二

胡桃がそう言うなら仕方ないな。
さぁ、沙織ねえさん。
俺の隣に座りなよ。


 天野が食卓につくと、桃子がどんどん料理を運んでくる。

 楽しい夕餉ゆうげの時間が始まった。


天野勇二

……随分と量が多いな。
まるで5人分はありそうだ。
いつもこんなに量を作るのか?


 天野が食卓を見て首を捻る。

 胡桃が慌ててひとつの皿を指さした。


天野胡桃

ち、ちい兄ちゃん!
このロールキャベツ!
胡桃が作ったんだよ!

天野勇二

ほう、いただこう。


 天野はすぐさまロールキャベツ口に入れると、恍惚こうこつの笑みを浮かべた。


天野勇二

……実に美味だ。
まさに極上じゃないか。

野菜の柔らかさ。
煮汁の奥深い味わい。
全てが口の中で極上のハーモニーを奏でている。

胡桃のロールキャベツは一流のオーケストラのようだな。
作り手の気持ちが現れた一品だ。
三ツ星レストランに出しても 遜色そんしょくないな。


 胡桃は可憐かれんに微笑んだ。


天野胡桃

よかったぁ!
ちい兄ちゃんに褒められた!


 天野は笑みを浮かべながら何度もロールキャベツを 咀嚼そしゃくした。


 実際のところ、それほどの美味ではない。

 キャベツは固い。

 火が通りきっていない。

 ほとんど味がしない。

 具も不揃いで食感も悪い。


 レストランで出されたらシェフを怒鳴りつけて店を潰してやるぜ、と天野は思った。



 そんな天野を見て、桃香が別の皿を差し出した。


天野桃香

ちい兄、このキンピラは私が作ったんだよ。
食べて食べて。


 天野は桃香が差し出したキンピラも口に運び、もぐもぐ咀嚼すると感想を述べた。


天野勇二

……うん、美味いな。


 もう一度箸を伸ばしてキンピラを頬張る。

 桃香が頬を膨らませて抗議した。


天野桃香

ちょっとちい兄!
胡桃と褒め方がまるで違うじゃん!

天野勇二

うん? そうか?
美味いぞこのキンピラ。


 実際にキンピラはかなりの美味だった。

 食感、味わい、彩り。

 全てが申し分ない。

 これだけの家庭料理を作れるなら桃香は良い嫁になるなと、天野は安堵していた。


 だが桃香は気に入らない。


天野桃香

褒め方だよ!
胡桃の料理と褒め方が全然違う!
ちい兄はいつも胡桃ばっかり贔屓して!

天野勇二

そうか?
キンピラ美味いけどなぁ。
俺はゴボウも好きだし。

天野桃香

キンピラとかゴボウの問題じゃないよ!

天野勇二

じゃあ何の問題なんだよ?

天野桃香

何のって……。
もう!!!
ちい兄のバカ!!!


 桃香はじたばた地団駄を踏んだ。

 その光景を母親である桃子は楽しそうに見つめていた。



 昔からよくある光景だ。


 桃香は何だかんだいっても天野という兄を慕っており、天野も桃香のことを大切に思っている。


 天野は胡桃を溺愛できあいしすぎる傾向があるのだが、姉である桃香はグレずに育ってくれた。


 桃子はそんな子供たちを嬉しく見つめた。


沙織ねえさん

とても楽しい食卓ですね。
勇二くんは妹さん思いなのね。


 沙織が楽しそうに呟く。

 それを待っていたとばかりに、母親の桃子が口火を切った。


天野桃子

ねぇ勇二、沙織さんはお仕事でお付き合いがある会社さんの娘さんなの。
『キサラギ製薬』のご令嬢なのよ。


 天野は少し驚いて沙織を見つめた。


天野勇二

沙織ねえさんは、 如月きさらぎって名字だったんだ。

如月沙織

そうなんです。
それで昔一緒に遊んだことがあるんですよ。


 天野は納得した。


 母親の桃子が勤めているのは、業界最大手の製薬会社。


 そして、キサラギ薬品といえばそれに並ぶほどの製薬会社だ。



 母親である桃子は専門的な薬品を研究しているが、キサラギ薬品は個人向けの薬品を主に生産している。


 業界最大手の両社だが、ターゲットがうまく み分けされている。


 シェアや売り上げを競うような関係ではない。


 そのため、昔から友好的な関係を築いているのだ。


天野桃子

沙織さんも素敵な美人になったわねぇ。

如月沙織

いやですわおば様。
私なんて全然です。
もう28になってしまいました。


 沙織は恥ずかしそうに言った。

 まだ左手の薬指に指輪をしていない。


天野勇二

(独身なのか。婚期を逃しかけている年齢だぞ。大丈夫なのか)


 と天野は思い、念のため尋ねた。


天野勇二

沙織ねえさんはまだ、結婚してないの?


 年齢を暴露しているのだから、そんなに失礼な質問ではないだろう。


如月沙織

まだなんです。
恥ずかしいですよね。
そろそろ婚期を逃してしまいます。


 沙織の発言を聞くと、胡桃がにこにこと純粋な笑みを浮かべて天野に尋ねた。


天野胡桃

ねぇねぇ。
ちい兄ちゃん、今、恋人はいるの?


 天野は軽く笑った。


天野勇二

俺は医学生だ。
医学部ってのは忙しい。
恋人を作る暇はないさ。


 その言葉に胡桃は素早く反応した。


天野胡桃

じゃあ沙織さんとお付き合いしてみたら?
同じ医療系だから理解あるんじゃない?

天野勇二

あっはっは……。

胡桃よ、沙織ねえさんほどの美人なら恋人がいて当然だろう?
そんな失礼なことを言ってはいけないぞ。


 桃香もにこにこ微笑みながら沙織に尋ねた。


天野桃香

沙織さん、恋人はいるの?

天野勇二

おい桃香。
そんな当たり前のことを訊くなよ。

如月沙織

いいえ。いいんです。


 沙織は軽く笑うと残念そうに告げた。


如月沙織

今は恋人がいないんです。
良い縁に巡り会えなくて。

天野胡桃

うわぁー!
やったね!


 胡桃が嬉しそうに両手をあげた。

 無邪気に言い放つ。


天野胡桃

ちい兄ちゃん、沙織さんとお付き合いできるよ!


 桃香が素早く参戦する。


天野桃香

沙織さんは素敵じゃん!
お付き合いなんていいんじゃない?
2人はお似合いだよ!


 驚いたことに桃子まで口を挟んだ。


天野桃子

それいいわねぇ。
沙織さん、ご迷惑じゃない?
うちの愚息ぐそくの恋人なんて。

如月沙織

いいえそんな……。
迷惑ではありません。

天野桃子

なら決まりね。
勇二、あのキサラギ製薬のご令嬢よ。
一度お付き合いしてみるのもいいんじゃないかしら?





 天野はあくまでも爽やかな微笑みを浮かべたまま、家族一同の顔を眺めた。



 全員、期待に満ちた表情を浮かべている。



 ニタニタと微笑んでいる。



 灰色の脳細胞は光の速さでフル回転し、ひとつの結論を導いた。



天野勇二

(クソッ! コイツらこれが目的だったな! 夕飯なんてブラフだ! 俺様を女と見合いさせるつもりだったのか!)





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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
いきなり天野家の構成が明らかとなりました。簡単に登場人物をおさらいしてみましょう。
 
*登場人物紹介*
 
■天野桃子(ももこ)
天野くんのお母さん。キツめの目元は天野くんそっくり。
 
■天野桃香(ももか)
天野くんの妹。高校2年生。勝ち気でボーイッシュな女の子。
 
■天野胡桃(くるみ)
天野くんの妹。末っ子。中学3年生。天野くんからとんでもなく溺愛されている。料理のスキルは皆無。
 
■如月沙織(さおり)
キサラギ製薬という会社のご令嬢。28歳独身。一人娘。口唇がプルンとしている。モデルは石原さ○みさん。
 
 
さて、不意打ちのお見合いを仕掛けられた天野くんはどうするのか!?
次回をお楽しみに!
そしていつもオススメやコメント、ありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 273件

  • ゆう

    久々に見ると溺愛ぶりwww

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  • 飛鳥

    妹贔屓は何か事情があってのことだと思ってしまうのは私だけですか
    いつもの天野くんからは想像できないんだもの、、

    通報

  • ゆんこ

    天野くん胡桃ちゃんへのリアクションがいちいち長いなwww

    通報

  • まこと

    胡桃ちゃんにデレデレの天野にウケる

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    モデルがっつり書いててわろた

    おれは唇のほうがいいな!

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