佐伯涼太

さぁ、今からゴムが真実を解き明かしちゃうよ?

犯人さん、誰なのか知らないけど、心の準備はいいかな?



 涼太は全員の唖然あぜんとした顔を見つめると、すぐさまゴムの袋を破いた。


 ピンク色の「ぶよぶよ」とした本体を取り出す。


村松侑輝

お、おい……。
まさか、そ、それを装着したりはしないよな?


 村松が怯えながら尋ねる。

 涼太は鼻で笑い飛ばした。


佐伯涼太

あはは。
『ジュニア』をここで披露したら、僕が犯罪者になっちゃうじゃん。
そんなことしないよ。
まぁ、レディたちがお望みなら、特別に披露しちゃってもいいけど?


 ニヤけた笑みを浮かべ、遠藤と金本、そして女将までも舐め回すように見つめる。


 女性陣は当然のことながら首を強く横に振った。


 そんなものは見たくない。


佐伯涼太

あれれー?
みんな興味ないの?
僕の自慢のジュニア。

遠藤真奈

あ、ある訳ないでしょ。
あなた、頭おかしいんじゃないんですか。


 遠藤が「軽蔑」という名の眼差しを送っている。

 涼太は肩をすくめると、


佐伯涼太

残念だなぁ。
それじゃ仕方ない。
始めようか。


 何のためらいもなく、スキンを自らの口元へ持っていった。


村松侑輝

うわっ!?
お、お前……?
な、何してるんだ……?


 困惑する村松を横目で見ながら、涼太はスキンに勢い良く息を吹き込んだ。





 ぷくぅ





 スキンが歪な形に膨らむ。


 さらに息を吹き込むと、口元の近くが丸く膨らんできた。


 涼太はスキンから口を放し、息を吐きながら村松に手渡した。


佐伯涼太

はぁ、はぁ……。
これ、意外と息が続かなくて大変なんだよね。
村松くん、君はワンダーフォーゲルの部長だ。
肺活量には自信あるでしょ?

村松侑輝

あ、あぁ……。
高地を登ることもあるからな……。

佐伯涼太

それじゃあパス。
限界まで膨らませてよ。


 村松はスキンを受け取り、当然ながら複雑な表情を浮かべた。


 村松は『涼太が犯人』だとは思っていない。

 だが、スキンに口をつけるのはためらいがある。

 しかもスキンごしの間接キス。

 これはイヤだ。


 涼太は小首を傾げながら尋ねた。


佐伯涼太

何してんの?
自慢の肺活量で膨らませてよ。

村松侑輝

あ、あぁ……。

佐伯涼太

もしかしてゴム、使ったことない?
カノジョがいるのにそんな経験ないの?

村松侑輝

ち、違うよ……。
くそっ、膨らませればいいんだな……。


 村松は小さく頷き、覚悟を決めた。

 スキンを口にし、自慢の肺活量を用いて一気に空気を送り込んだ。


佐伯涼太

おお、村松くんやるね。
ゴムが丸くなっていくよ。


 涼太とは比較にならないスピードで、スキンがどんどん膨らんでいく。


遠藤真奈

こ、これで犯人がわかるんですか……?


 遠藤がスイカ玉のように膨らんでいくスキンを見ながら、呆然と尋ねた。


佐伯涼太

これでわかっちゃうんだな。
犯人は『毒針』を用いて殺した可能性が高いよね。
これはゴムでもあるけど、大きな『ゴム風船』にもなる。
さて、それに毒針が刺さったらどうなるかな?


 女将が納得したように頷いた。


有坂彩

破裂してしまいますね。
それで犯人を あぶり出すんですか……?

佐伯涼太

そんなカンジ。
あ、村松くん。
まだまだ膨らむ。
もうちょっと頑張って。


 村松が全力でスキンを膨らませている間、涼太は全員の挙動を注意深く観察していた。


 案の定、1人の人物の顔色が青くなっている。


 涼太はニヤニヤと笑みを浮かべた。


有坂彩

あ、あの……。
でも、どこに凶器があるんですか?


 女将が不安気に周囲を見つめる。


有坂彩

身体検査をして、現場を調べたのに、針らしきものは見つからなかったじゃありませんか……。

佐伯涼太

そうですね。
針なんか出なかった。

凶器の性能は毒針の威力なんだけど、実際の『凶器』は僕らの目の前にあって、しかも 『ごくありふれたもの』だった。
それが凶器に変身してるなんて誰も考えなかった。

だから身体検査で見落としたんです。


 どんどん膨らんでいくスキンを見ながら、さらに言葉を続ける。


佐伯涼太

僕は文学部なんだ。
当然、それなりに本は読んでいる。
毒針を用いたミステリーといえば、エラリー・クィーンの『Xの悲劇』が有名だ。
みんな知ってる?
超名作だよ?


 全員は首を捻っている。

 涼太は残念そうに言葉を続けた。


佐伯涼太

知らないのかぁ。
犯人は知ってると思ったのに。

とにかく僕はそれを思い出した。
毒針ってのは扱いにくく、素手で触るのはかなり危険だ。
だからこそ、針の土台』が必要なんだよ。
この物語では 『コルク玉』を使って、毒針の『土台』にしたんだ。


 涼太はゴルフボールくらいの『丸』を指で作り、全員に見せた。


佐伯涼太

これぐらいの大きさじゃないかな。
これに針を無数に突き刺して毒を塗ったんだ。
毒針を凶器にするんだったら、こういった 『土台』が必要なのさ。

でもさ、僕はあれを読んで思ったんだよ。
針ってのは目立たない凶器の代表格。
コルク玉に刺して目立たせてしまうのはもったいないなぁ、ってね。
きっと犯人はそれに近いことを考えた。


 1人の人物の顔から血の気が引いていく。


 もう涼太は全てを見通している。


 そのことを理解したのだ。


村松侑輝

はぁ、はぁ……。
どうだ。
かなり膨らんだぞ。


 村松が巨大なスイカ玉になったスキンを見せつけた。


佐伯涼太

村松くん、その3倍は膨らむ。
どうせなら限界まで頼むよ。

村松侑輝

ま、まだ膨らむのかよ!
ゴムって、じょ、丈夫なんだな……。

佐伯涼太

そりゃそうさ。
たった薄さ0.02ミリでほとんどのビョーキを防げるんだよ。
メイドインジャパンのゴムをナメちゃいけないよ。
もちろん、本当に舐めてもあんまり美味しくないよ。

村松侑輝

わかってるよ!
誰がこれを舐めるか!

……あ、いや、わかった。
もっと膨らますんだな。


 さらに顔を赤くして、村松がスキンに息を吹き込む。


 スキンはさらに膨らんでいく。


 直径1メートルを越えるほどの大きさになってきた。


 とても巨大な風船玉だ。


 いつ破裂してもおかしくない。


 さすがに一同は破裂の恐怖を覚え始めた。


佐伯涼太

いいねぇ。
村松くん、そこまでにしようか。

村松侑輝

はぁ、はぁ、確かに、これは大変だ……。
ゴムってのは、スゲェな。

佐伯涼太

うんうん。
皆使わないとダメだよ。


 涼太は村松から巨大なゴム風船を受け取ると、入口をキュッと結んだ。


 楽しそうにバンバンと風船を叩く。


 一同は声にならない悲鳴をあげた。


佐伯涼太

あはは。凄いでしょ。
こんなに膨らんでも叩いたぐらいじゃ割れない。
でも、針がプスっと刺さったらどうかな?
パァンと破裂しちゃうね。
さぁ、試してみようか。



 涼太は巨大なピンクのゴム風船を掲げながら、1人の人物を真正面から見つめた。


 その人物はもう顔面蒼白。


 全身がガタガタ震えている。


 涼太はゆっくり歩きながら、どこかおどけたように尋ねた。



佐伯涼太

あれ? どうしたの?
そんなに怯えることないじゃん。
君の身体に『針』がなければ、コイツは割れないはずだよ?


 涼太はあくまで優しげな笑みを浮かべたまま、その人物の名を呼んだ。






佐伯涼太

ねぇ、金本さん。
そうだよね?






金本玲子

……っ!!


 遠藤と女将が思わず金本を凝視した。


 金本の身体検査をしたのはこの2人だ。


 すぐに遠藤が進言した。


遠藤真奈

ちょ、ちょっと待ってください!
私が金本さんの身体検査をしました。
金本さんは針なんて持ってませんでしたよ。
服にもどこにも、そんなのありませんでした。

佐伯涼太

そりゃそうさ。
君は針を 『見落とした』んだもの。


しかし今思えば悪いことを頼んだもんだよ。
針を見つけてうっかり刺さったら、君も女将さんもあの世行きだ。
身体検査なんてやらせてホントごめんね。
僕の失態だった。


 涼太はそう言って、金本にゴム風船を近づけた。


 金本は逃げるように首を振る。


金本玲子

や、やめてください!

佐伯涼太

なぜさ?
君が針を持ってなければ割れないんだよ。
なぜそんなに怖がるのさ?

金本玲子

違います!
割れそうなのが怖いの!
近づけないで!
私は針なんか持ってない!


 涼太はニヤリと口唇を歪めた。


佐伯涼太

そうだね。

確かに君は『凶器の毒針』なんか持っていない。

だって君は……。


 涼太は金本の『足元』を指さした。


佐伯涼太

凶器を『履いてる』んだもんね。


 その声に涼太を除く、全員の視線が金本の足元に集中した。


 そこにあるものは、ただひとつ。


 村松が代表して言った。


村松侑輝

あ、足元って……。
『スリッパ』があるだけだぞ。
俺たちのものと同じだ。
この民宿のスリッパじゃないか。

佐伯涼太

そうだね。
でも金本さんのスリッパはちょっと違うかもよ。


 全員が履いているスリッパは民宿のもの。


 どこの旅館にもありそうな、ありふれた室内用のスリッパだ。


金本玲子

や、やめてください!


 スリッパの先端にゴム風船が近づくと、金本は悲鳴をあげながら後退した。


金本玲子

怖い! いやだ!
誰か止めてよ!
こっち来ないで!!!

佐伯涼太

なぜそんなに怖がるのさ。
何度も念を押すけど、針がなければ割れることはないんだよ。
もうそろそろ観念する時じゃない?


 涼太はそう言って、無理やりゴム風船を金本のスリッパに押し付けた。


 その瞬間、それは起きた。








 バァァァァァン!








金本玲子

きゃああああ!



 大きな音をたててゴムが弾け飛んだ。



 遠藤と女将は思わず悲鳴をあげ、ゴム風船から目を逸らす。



 村松は仰天のあまり声が出ない。



 金本は驚愕の表情を浮かべ、自らの足元を見つめながら、わなわなと小刻みに震えていた。



佐伯涼太

金本さん!



 涼太が怒鳴った。


佐伯涼太

ゴムが今、真実を解き明かした!


君が山根くんを殺した『真犯人』だ!


 金本の顔に指を突きつける。


佐伯涼太

君は 『スリッパの先端』に針を装着し、そこに『謎の強力な毒』を塗った。

スリッパをただの履物から、恐るべき『毒針がついた凶器』に変貌させたんだ!

それをこのゴムが暴いた!


 金本は必死にブンブンと首を振って、長い髪の毛をかき回した。


金本玲子

そんなことない!
そんなゴムで何がわかるって言うの!?
ただ、偶然ゴムが破裂しただけじゃない!

佐伯涼太

ゴムは偶然じゃ破裂しないんだよ!
君のスリッパの先端にある、毒針に突き刺されたから破裂したのさ!
そうじゃなければ割れるはずがないんだよ!
自販機にもトラップを仕掛け、山根くんが変死するように仕組んだのも、全て君の仕業だ!


 ゆっくり金本との間合いを詰める。


佐伯涼太

そもそも山根くんの刺し傷はどこにあった?
『左スネの外側』にあったんだよ。
そんな場所を 『スリッパ』で刺せるのは、場所的に1人しかいないんだ。
山根くんの正面に座っていた、君だ!

何の毒物を使ったのか知らないけど、それは僕が解明することじゃない。
2階にある君の荷物の中には、毒物や針がいくつか残っているはずだ。
それを警察に証拠として突き出すだけ。
それだけで十分なんだ。


 涼太は満足気な笑みを浮かべ、ゴムの残骸ざんがいを投げ捨てた。


佐伯涼太

つまりこれで君はゲームオーバー。

君の仕掛けたトリックも『Q.E.D.』ってワケさ。

金本さん、もう逃げることは出来ないんだよ。



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つばこ

ああ、よかった……。
思ったより涼太くんがマトモだった……。
ゴムを取り出した時はどうなるか心配でしたが、謎解きの瞬間までは「パコパコ」言わない涼太くんでよかった(´;ω;`)
 
念のため補足しますが、ゴムは空気を入れて膨らませて遊んだり、殺人事件の謎解きに用いるものではありません。涼太くんの真似はしないようにしてください。
 
今回は沢山の推理をいただきありがとうございます!
ラストの「後日談」では、ゴムを使った真の理由も明らかとなりますので、色々お楽しみいただければ幸いです!
いつもオススメやコメント、本当に感謝しております!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 198件

  • rtkyusgt

    1メートルってすごいなー。

    そーいや学生時代に
    コンド○ムに水入れて膨らませて
    木の枝に結びつけて先生に怒られた
    って親がお酒飲みながら言ってたな。
    結構膨らむよーって。(どうでもいい)

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  • ピカルディの3度

    コミコ統合前なら、間違いなく漫画で差し替え不可避な描写だよね

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  • すず

    これは、推理ものに見せかけた巧妙なゴムのステマ小説……!

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  • 綾夏

    ゴムで解決なんて……。
    涼太くん、呆れるほど素晴らしい。ブラボー

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  • バルサ

    ゴムって、そんな〜に伸びるんだ…(^^;;知らなかった。

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