涼太と村松は一旦、玄関先に戻った。


 帰ってきた村松を見て、ロングヘアーのメガネの娘が訴えた。

 

メガネの娘

ねぇ村松さん、お部屋に帰りたい……。


 村松はしばし思案すると、小さく首を横に振った。


村松侑輝

これは殺人事件だ。
どこかに毒を盛った犯人がいる。
散らばるのは危険だ。
もしかしたら、犯人は山根だけを狙っているんじゃないかもしれない。


 村松はワンダーフォーゲル部の部長だ。

 リーダーである村松の発言に、娘たちは素直に従うしかなかった。


短髪の娘

どうして、どうして山根さんが……。


 ショートカットの娘は肩を落として泣きじゃくっている。

 

 涼太はさり気なくスマホを取り出した。


佐伯涼太

おお!
電波が1本立ってる!


 涼太は即座に電話をかけた。

 こんな時、最も頼れる相棒が1人いる。

 天才クソ野郎こと、天野勇二あまのゆうじだ。


天野勇二

ふわぁ……。
なんだよ。


 天野は不機嫌そうに出た。


佐伯涼太

勇二! 大変だよ!
殺人事件に巻き込まれちゃった!
得意の目を見て心理を読むワザで犯人を教えてよ!

天野勇二

はぁ?
何言ってんだお前?
ラリってんのか?

佐伯涼太

違うよ!
マジで殺人事件が起きたんだ!
人が死んでるの!

天野勇二

ふーん。
なぜ俺様に電話するんだ。
警察を呼べよ。

佐伯涼太

ここは山奥にある民宿でさ、警察は道が土砂崩れで潰れちゃって、しばらく来られないんだよぉ!


 天野はゲラゲラと笑い出した。


天野勇二

あっはっは。
なんだそのシチューエーション。
典型的な『クローズド・サークル』じゃないか。
俺様をからかってるのか?

佐伯涼太

ほ、本当なんだってば!
2時間サスペンスみたいな展開になってんの!
嫌だよもう!
どうやったら犯人がわかるのさ!?
天才クソ野郎は目を見れば人を殺したヤツがわかるんでしょ!
そのテクを教えてよ!


 天野はひとしきり笑うと、涼太に告げた。


天野勇二

いいか、『目を見る』といっても色々な意味が含まれているんだ。

元々の性格や仕草、瞬きの回数、網膜もうまくの収縮、眼球の向きと動き方、まぶたや目尻の痙攣けいれん、頬の筋肉の硬直、声色の変化、重心のズレ、筋肉の緊張具合、それらを総合的に見て判断するんだ。

ただ『目を見る』といっても色々あるんだよ。

佐伯涼太

うげぇ……。
そんなのわかんないよ。
どうも毒殺されたみたいなんだけど。

天野勇二

毒殺ねぇ。
毒だって色々あるぜ。

農薬なのか青酸カリなどを使ったのか。
飲ませたのか刺したのか嗅がせたのか。
カプセルのような時限式だったのか。

俺様でも検死しないと確かなことはわからんぞ。


 涼太は困ってしまった。

 毒殺された現場は見ていない。

 詳しい状況はわからないのだ。


 天野は欠伸をしながら言った。


天野勇二

ふわぁ……。
もう眠いから切るぞ。

佐伯涼太

ちょ、おま!!!
待ってよ!
殺人犯と一緒なんだ!
助けてよ!

天野勇二

クックック……。
警察が来るまでに謎を解け、名探偵さんよ。
じゃ、おやすみ。

佐伯涼太

ああ! 待って!
勇二待って!
待ってよぉぉぉ!!!


 天野は無情にも電話を切った。


 涼太は天野の性格上、もう今夜は電話に出ないだろうと察した。

 時刻は深夜を過ぎている。

 意外にも天才クソ野郎は早寝早起きなのだ。


佐伯涼太

うわぁ、どうしよう……。


 困惑しながら周囲を眺める。


 村松、割烹着姿の女将、部員の娘2人も、困惑して涼太を見つめている。


 この中に毒殺した犯人がいるかもしれない。


佐伯涼太

(はぁ……。ここは僕のターンにするしかないよねぇ。ヤダなぁ)


 涼太はそう思いながら、4人それぞれに語りかけた。


佐伯涼太

えっと、まず自己紹介しましょうか。

僕は佐伯涼太という大学生です。
道に迷ってたまたまここに来ました。

まず僕はどう考えても『殺人』には無関係。
もし本当に殺人事件となれば、皆さんの誰かが『犯人』ということになります。


 ロングヘアーのメガネの娘が声をあげた。


メガネの娘

殺してない!
私は殺してないわよ!


 すぐさま短髪の娘も声をあげる。


短髪の娘

私だって殺してない!
犯人のワケない!


 村松も困ったように告げた。


村松侑輝

俺だって殺してない。
お茶を入れてくれたのは女将さんだ。


 全員が女将を見ると、女将も慌てて叫んだ。


割烹着姿の女性

わ、私が殺すはずありません!
お客様をそんな目に合わせるものですか!

短髪の娘

でも、あなたが入れたお茶で、山根さんが死んだのよ!

割烹着姿の女性

わかりませんよ!
皆様のどなたが殺したのではないんですか!?

メガネの娘

どうして私たちが部員を殺すんですか!
お茶を出してくれたのはあなたですよ!

割烹着姿の女性

知りませんよ!
そんなことをする理由がありません!


 女性陣がギャーギャー言い争っている。

 涼太はちょっと大きい声を出した。


佐伯涼太

待ってください。
そんな言い争いしても無駄なだけです。
まずは自己紹介を始めてください。
僕からすれば、

『あなた方全員が
山根くんを殺害した』

とも考えられます。
それは最悪の展開です。


 涼太にとって最悪のシナリオは、
『この場にいる全員が犯人』
 という可能性だ。

 その場合、涼太は最大の邪魔者。
 不用意な発言をすれば殺されてしまうだろう。

 涼太はまるで脅すかのように告げた。


佐伯涼太

こう見えても僕は、空手と骨法の有段者です。
殺人事件の解決に協力したこともあり、実際に犯人と対峙したこともあるんです。

僕は自分が狙われる危険を排除したい。
全員が犯人ならば殴り、蹴り飛ばす必要があります。
できればそんな荒事はしたくない。
皆さんのお名前を教えてください。
まず、君から。


 涼太はロングヘアーのメガネの娘を指さした。

 地味で大人しそうな女性だ。

 とても殺人に及ぶようには見えない。


メガネの娘

わ、私は金本玲子かねもとりょうこといいます……。

佐伯涼太

なるほど。
はい、じゃあ次は君。


 涼太はショートカットの娘を指さした。

 活発そうな細身の女性だ。

 こちらも殺人に及ぶように見えない。


短髪の娘

私は遠藤真奈えんどうまなです……。

佐伯涼太

はい、女将さんは?


 涼太は割烹着姿の女性を指さした。

 物腰の柔らかい品のある中年女性だ。

 やはり殺人者には見えない。


 女将は姿勢を正しながら答えた。


割烹着姿の女性

有坂彩ありさかあやと申します。
この民宿を1人で経営しております。


 涼太は村松を見つめた。


佐伯涼太

君は村松くんだったよね。
彼女たちも同じ部活ってことかな。

村松侑輝

ああ、そうだ。
俺が部長、山根は副部長だった。
俺たちは登山の帰り道だったんだ。
雨が酷いんでここに泊まるつもりだった。


 女性3人はともかく、村松という男は体格が良い。

 マトモな人間にしか見えず、殺人を企むような男とは思えない。



 ため息を吐きながら、全員に告げる。


佐伯涼太

僕は名探偵でもないただの一般人です。
警察が来るまで大人しく、このまま待ったほうが無難でしょう。
ただ土砂崩れの影響を見ると、すぐには警察も来ないと思います。
死体が腐り始めるかもしれませんね。


 その場にいる全員が顔を歪めた。

 季節は真冬。

 それでも室内である限り、腐るものは腐るだろう。


佐伯涼太

僕には色々な展開が予想できて、正直怖いです。
犯人はこの中にいるのか、もしくは第三者が潜んでいるのか、それとも全員が犯人なのか……。

村松侑輝

いや、ちょっと待ってくれ……。


 村松が挙手し、口を開いた。


村松侑輝

まだ殺人と断定するのは早いかもしれない。
山根は自殺』したのかもしれないぞ。

佐伯涼太

それはおかしいね。


 涼太は即座に反論した。

 もう敬語を使うことなんてやめて、真正面から村松を睨みつける。


佐伯涼太

それだったら、君たちが山根くんを心臓マッサージで救命してもおかしくない。
僕はそのことが不思議でしょうがない。
ワンフォルだったら救急の知識はあるはずでしょう?

君たちは山根くんの 最後の言葉ダイイングメッセージだけで殺人だと決めつけた。
ここから導かれる解は『3つ』だ。


 涼太はできるだけ『天才クソ野郎』の真似をしながら、指先を振り回した。


佐伯涼太

ひとつ、君たちはワンフォルなんかじゃない。

ふたつ、全員が山根くんを殺すつもりだった。

みっつ、山根くんが殺されてもおかしくない理由があった。


 女将の有坂が慌てて口を開いた。


有坂彩

このお客様たちには、何度もご利用いただいております。
確かにT海洋大のワンダーフォーゲル部の方々です。


 涼太は黙って村松を睨みつけた。

 村松は大きく頷いた。


村松侑輝

俺たちは女将さんとも知り合いだ。
何度か利用している。
女将さんの正体も本物だ。


 涼太は頷くと、指を2本立てた。


佐伯涼太

だったら可能性は2つかな。

全員が山根くんを殺したのか。
この中の誰かが、山根くんへの殺害動機を持っていたのか……。

村松侑輝

おいおい……。
待ってくれよ。
俺たちの中に犯人がいると決まったワケじゃないだろ?


 困惑した村松の言葉を、涼太は鼻で笑い飛ばした。


佐伯涼太

この狭い民宿のどこかに、ジェイソンみたいな殺人鬼が潜んでるってこと?
もしくは民宿の外で暴風雨にさらされながら、チェーンソーに油をさしてるとでも思うワケ?

ありえないね。
その殺人鬼がどうやって君たちの前で山根くんを毒殺できたのさ?

君たちだって民宿には誰も潜んでないと理解している。
そうでしょ?

村松侑輝

ああ……。
そうだな。
ここは広くない。
人が隠れているとは思えないよ……。


 村松は頷くと、ロングヘアーのメガネである金本を見つめた。


村松侑輝

金本、お前は一時期山根と付き合っていただろ?
何かなかったのか?


 金本はぎょっとして叫んだ。


金本玲子

わ、私を犯人にするんですか!?
今のカノジョは遠藤さんですよ!


 遠藤もぎょっとして金本を見つめた。


遠藤真奈

私は付き合ってないわ!
だって私は……。


 村松が少々怒ったような口調で告げた。


村松侑輝

遠藤は俺のカノジョだ。
山根がお前と付き合っていた、とはどういうことだ。

遠藤真奈

私は村松さんとだけしかお付き合いしてない!
金本さん、変なこと言わないで!


 金本はギロリと遠藤を睨みつけた。


金本玲子

山根さんは遠藤さんに惚れたから、私を捨てたのよ!
あなたに山根さんが言い寄っていたことは皆知ってる!
隠し事は止めなさいよ!

遠藤真奈

し、知らないわ!
山根さんとは何もない!
誤解させるようなこと言わないで!


 村松はキツイ口調で遠藤に尋ねた。


村松侑輝

おい、それは本当なんだろうな。
山根と俺を二股してたのか?


 遠藤はさらに激しく首を振った。


遠藤真奈

違うわよ!
そんなことない!
信じて!


 涼太は発言を聞きながら、冷静にそれぞれの顔を観察していた。


 だが、天野のように誰が嘘を吐いているのか、ましてや誰が犯人なのか、さっぱりわからない。


 恐らく天野ならば、この時点で犯人を見抜いただろう。


佐伯涼太

(はぁ。本当に天才クソ野郎ってのは凄いね)


 涼太はため息を吐きながら周囲を見渡した。


 下駄箱の隣に自動販売機がある。


 そこに向かうと、女将が厳しい声をあげた。


有坂彩

だ、大丈夫ですか!?
毒殺されてるんですよ!
飲み物は危険では!?

佐伯涼太

あはは、自販機の飲料に毒は仕込めないでしょう。
少し喉が渇いたんです。


 涼太はお茶を購入し、取り出し口に手を伸ばした。






 そこで小さな違和感に気づいた。






 涼太は決して天才ではない。


 だが、コミュニケーション能力の高い社交派であるため、その場の空気を読むことに関しては才覚がある。


 取り出し口に手を伸ばした時、微妙にその場の空気が変化した。


 そのことに気づいた。



佐伯涼太

……うん?



 嫌な予感がする。


 涼太は注意深く取り出し口を見つめて、思わずぎょっとした。


佐伯涼太

な、なんだこりゃ……。


 自販機の取り出し口。


 その裏側。


 何か小さいものが貼りついている。


 小さい剣山のようなものだ。


 取り出し口に手を入れると、針が指を引っ掻きそうな位置に貼られている。


佐伯涼太

……女将さん、ゴム手袋はありますか。

有坂彩

は、はい。
そこの下駄箱の隅に……。

佐伯涼太

オッケー。
皆、その場を動かないで。


 涼太は下駄箱の隅にあるバケツを見つめた。
 清掃道具が詰まっている。
 その中に分厚いゴム手袋があった。


 村松が怯えながら尋ねる。


村松侑輝

ど、どうしたんだ……?
何かあったのか?

佐伯涼太

あったね。
これは、怪しいね。


 ゴム手袋に異常がないことを確認すると、ゴム手袋を装着し、剣山のようなものを取り出した。


佐伯涼太

こんなものがあった。
気づかなかったら、手をブスリとやられたね。


 涼太は小さな剣山を全員に見せつけた。


 剣山の裏には両面テープ。


 それで取り出し口の裏側に貼りつけられていたのだ。



 村松が真っ青な顔で尋ねた。


村松侑輝

こ、こりゃなんだ?

佐伯涼太

わかんないよ。
こっちが聞きたい。


 剣山の先はドス黒く汚れている。

 何かの液体がたっぷり塗られているようだ。


 涼太は静かに告げた。


佐伯涼太

本物かどうかわからないけど、これは『殺人トラップ』だね。
僕らはこの中にいる殺人鬼に、皆殺しにされるかもしれないよ。




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つばこ

……おや!?
チャラ男 のようすが……!
 
(ピカピカーン)
 
おめでとう! チャラ男は
ちょっとマジなチャラ男に しんかした!
 
涼太くんは珍しくマジになってます。それも仕方ないですね。涼太くんはとにかく「全員が犯人かもしれない」という可能性を恐れているんです。
こんな状況に陥った時、真っ先に考えるべきことは、
「全員が犯人だったら僕ちゃん殺されちゃうじゃんやだー」
ということのようです。
そのために、さり気なく全員を牽制していますね。
 
頼みの綱である天野くんは寝てしまったようなので、いったい涼太くんは今後どうするのでしょうか。
現時点では犯人どころか、何もかもがわかりません。
ごゆるりと謎を追っていただければ幸いです。
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 170件

  • まこと

    ちょっとマジなチャラ男…
    ちょっと真面目なチャラ男とも
    ちょっと真性のチャラ男とも取れる…

    まぁ…格好いいよ!涼太くん!

    通報

  • 太宰雅

    涼太が・・・美女に色目を使わない。

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  • 綾夏

    すごいね。涼太くん、なかなかやるね。見直したよ。

    殺害理由は恋愛関係のもつれか……?

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  • バルサ

    何か、涼太が珍しく真面目だ…。

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  • 目を頼りにするなら、スカイ○とか画面を使った通話にすべきだったんじゃ…

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