土井との再会を果たした1週間後。


 天野は大学病院にいた。


 ちょうど実習の空き時間があったので、美緒の見舞いに行ってみることにしたのだ。


 土井の話によると、もう手術を終え、入院しているとのことだ。



 天野は見舞い用の花を持ち、美緒の病室を訪ねた。


天野勇二

やぁ美緒さん。
土井の友人の勇二というものだ。
覚えてるかい?


 美緒は天野の声を聞くと、嬉しそうに純真な微笑みを浮かべた。


森崎美緒

覚えています。
中庭で一緒に大切なものを探してくれた方ですね。

天野勇二

そうだ。
君と一緒に『青く輝く石』を探した男さ。

森崎美緒

その節は本当にありがとうございました。


 美緒の両目には包帯が巻かれている。

 手術は無事に終了したようだ。


 だが、問題はここからだ。

 他人の角膜を拒絶せずに受け入れられるかどうか、しばらく様子をみないとわからない。

 感染、出血、網膜剥離、白内障といった副作用の心配もある。


 そして何より、目が見えるようになるかどうか、現時点では判断できないのだ。


天野勇二

土井とは中学の同級生でな。
君との馴れ初めを聞かせてもらったよ。

森崎美緒

やだ……。
健太さん、恥ずかしいことを言ってませんでしたか?

天野勇二

恥ずかしいことばかり言っていたぜ。
土井は君のことを心から愛しているらしい。
惚気話を聞かせてもらったよ。


 そう言いながら、天野は美緒の側にあるテーブルに花を置いた。

 香りを嗅ぎ、美緒が微笑む。


森崎美緒

この香りはガーベラですね。

天野勇二

ほう?
わかってしまうのか。
豪勢なフラワーアレンジメントにしてもらった。
見てもなかなか美しいものだぜ。

森崎美緒

嬉しいです。
香りも素敵ですし、目が見えるようになった時の楽しみになります。


 天野が椅子を探していると、美緒がクスクスと微笑んだ。


森崎美緒

勇二さん、私に気を使ってますね。
前と違ってタバコの匂いがしません。
消臭剤の香りがいたします。


 天野は苦笑した。


天野勇二

君は香りに敏感だからね。
ちょっと気を使ったのさ。

森崎美緒

ありがとうございます。
お心遣いがとても嬉しいです。


 美緒は相変わらず純真なオーラを放っている。

 瞳に巻かれた包帯が痛々しいが、聖母のような清らかさを消すことはできない。

 これほど純真な女性が土井の内面を見抜いてくれたことを、天野は素直に嬉しく思った。


天野勇二

土井と一緒に酒を飲んでさ、色々な話を聞いたよ。
目が見えるようになったら一緒に住むんだって?

森崎美緒

はい。
同棲するつもりです。
そうすれば健太さんのお手伝いができます。
今はお世話になってばかりですので。

天野勇二

同棲ということは、いつか結婚するつもりなのかい?


 美緒は頬を染めてはにかんだ。


森崎美緒

……はい。
健太さんが許していただけるなら、いつかそうなりたいと考えています。

天野勇二

ならば結婚式には呼んで欲しいな。
君と土井が祝福される姿を見たい。

森崎美緒

勇二さんは私と健太さんのお友達です。
是非とも、ご招待させていただきます。


 美緒は夢でも見るかのように微笑んでいる。

 ウエディングドレスを着ている姿も見たいものだなと、天野は思った。


天野勇二

同棲して結婚か。
君たちの子供も拝めるといいな。

森崎美緒

それも素敵ですね。
私にはもう両親がいないので、家族を築くことに憧れているんです。

天野勇二

君と土井の子供か……。
土井ではなく、美人である君に似ればいいんだけどな。

森崎美緒

イヤですわ。
私は美人なんかではありません。


 美緒は素直に言った。


 確かに美緒の顔は飾り気がなく、美人と呼べる代物ではない。

 だが、顎のライン、鼻筋、唇の黄金比は悪くない。

 目が綺麗に開き化粧をすれば美人になるかもしれないと、天野は予感していた。


天野勇二

目が見えるようになったら、何を一番に見たいんだい?


 美緒は即座に答えた。


森崎美緒

もちろん健太さんのお顔です。
こんな私の面倒を見てくれた、大好きな人の顔を一番に見たいです。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

あっはっは。
美緒さんにとって星の王子様、だもんな。

森崎美緒

はい。
素敵な王子様です。

天野勇二

俺も土井は王子様だと思うよ。
だが、土井はなかなかインパクトのある顔だからなぁ……。
あいつは君が気持ち悪がるんじゃないかって、心配してたぜ。


 美緒は少し怒ったように口唇を尖らせた。


森崎美緒

健太さん、いつもそんなことを言うんです。
何もわかっていません。
健太さんは 『私の目になる』とまで言ってくれたんです。
そんな大切な人の顔を気持ち悪いなんて思うはずがありません。

天野勇二

そうか……。
まぁ、きっと土井も不安なのさ。

森崎美緒

不安になることなんてありません。
私は今、健太さんと過ごす日々のことばかり考えているのに。

健太さんの顔を見て、手をつないで、美しい世界を歩くんです……。

これまでは健太さんが語って教えてくれた世界です。

天野勇二

あの口下手な土井がねぇ。
どもっちまうから、うまく伝わらないんじゃないか?


 美緒はゆっくり首を振った。


森崎美緒

そんなことありません。
健太さん、どもりながらでも一生懸命、私に語ってくれるんです。
その真心が温かいんです。
土井さんが語る世界、きっと素敵な世界なんだと思います。


 美緒は聖母のように微笑んだ。


森崎美緒

闇の世界でも、私はすごく幸せでした。
1人でいるのが当たり前で、いつも部屋で過ごしてばっかり……。

でも、健太さんが目になってくれて、外に出る喜びを教えてくれました。
そして私に光まで与えてくれようとしています。
きっと私は、世界の誰よりも幸せな女です。


 美緒が嬉しそうに語っていると、病室の扉がコンコンとノックされた。

 王子様である土井の登場だ。

 土井は嬉しそうに天野を見つめた。


土井健太

ああ、やっぱでぃ勇二くんだ。
記帳に名前があった。
御見舞いに来てくでたんだね。

天野勇二

ヒマだったからな。
お前のプリンセスの様子を見に来たのさ。


 土井は花瓶に新しい花をさすと、隣に置かれたフラワーアレンジメントを驚いて見つめた。


土井健太

うわぁ、すごくきでいな花だね。
こで、勇二くんかだ?

天野勇二

大したもんじゃないけどな。


 美緒が嬉しそうに尋ねた。


森崎美緒

ねぇ、健太さん。
勇二さんが持ってこられたお花って、どれほど素敵なんですか?


 土井は優しい笑顔を浮かべながら口を開いた。


土井健太

とってもきでぃだよ。
ピンクに、しどに、むださき、おでんじ色。
沢山の花が広がっていて、おでの顔4つぐだいはあでぃそう。

森崎美緒

わぁ、大きくて色々な花があるのね。
どんな色なのかしら。

土井健太

もうすぐ色がわかでゅよ。
こういうのきでぃだよ。


 天野は「やっぱり」と思いながら土井を見つめた。


 土井の表現力では花の美しさを伝えきれていない。

 しかし、目の不自由な人間に花の形や色を告げるのは難しいものだ。

 それに土井の言葉には、真心がこもっているように感じる。

 それが何より重要なことだろう。


 天野は静かに立ち上がった。

 

天野勇二

お邪魔になりそうだな。
俺はこれで失礼するよ。


 土井がすまなそうに言った。


土井健太

何だか勇二くん、いつもごめんね。

天野勇二

いいんだ。
気にするなよ。
美緒さんの包帯はいつ頃取れるんだ?

土井健太

今度の金曜日なんだ。
その日に退院できるって。

天野勇二

そうか。
美緒さん、美しい世界が見えることを願っているよ。


 美緒は嬉しそうに微笑んだ。


森崎美緒

勇二さん、ご迷惑じゃなければいらしてください。
健太さんのご友人にお会いするのは初めてなんです。
ご予定が空いていると嬉しいです。

土井健太

うん、おでも勇二くんがいてくででゅとうでしい。


 天野は金曜のスケジュールを思い浮かべた。

 運の悪いことに、朝から晩まで必須の実習が詰まっている。

 それでも、これより重要な予定なんてこの世に存在しないだろうな、と思った。


天野勇二

それならばお邪魔させてもらおう。
金曜を楽しみにしているよ。


 天野は上機嫌で病院を後にした。










天野勇二

……とまぁ、そんなことがあったんだよ。


 天野はいつもの学生食堂のテラス席でコーヒーを飲みながら、弟子であり国民的アイドルでもある前島悠子まえしまゆうこに、土井と美緒のことを語っていた。


前島悠子

へぇ、師匠の中学時代のお友達ですか。

天野勇二

ああ、爆弾岩と呼ばれた男だったが、実に良い爆弾岩なのさ。

前島悠子

めっちゃ素敵な話ですね。
いつもの事件と違ってすごく平和的です。
そして中学生の師匠が『クソ野郎』じゃないことにビックリです。

天野勇二

そうか?
今と大して変わらないと思うがなぁ。
蹴り飛ばして泣かすなら、強くて性根の腐ったクズのほうが愉快じゃないか。
クックックッ……。

前島悠子

今度の金曜日かぁ。
オフの時間あったかなぁ。


 前島は野蛮な発言を華麗にスルーすると、鞄からスケジュール帳を取り出した。

 仕事の予定を確かめる。


前島悠子

ねぇ師匠、金曜日、夕方までオフの時間が作れます。
私もご一緒して良いですか?

天野勇二

オフってことは大学の時間だろう?
講義に出なくていいのか?

前島悠子

いいんですよぉ。
師匠だってサボる気じゃないですか。
それと一緒です。

天野勇二

俺様は医者のボンボンだからいいが、お前が留年しないか心配だな。

前島悠子

大丈夫ですよ。
代返を頼める講義ですし。
それに難しいテストの前には、頼もしい師匠が力になってくれます。


 前島の言うこともあながち間違いではない。

 天才である天野は、前島の講義や授業程度は簡単に把握してしまい、要点をピンポイントでわかりやすく教えてくれる。

 退屈な90分間の講義よりも、天野の講義の方が身につくのだ。

 おまけに難しいレポートだろうが小論だろうが、さらっと書いてしまう。

 大学生活において、是非ともキープしておきたい先輩だ。


天野勇二

まぁ、いいだろう。
一緒に星の王子様と、そのプリンセスに会いに行くか。

前島悠子

やったぁ!


 前島はガッツポーズを決めた。

 これは前島にとってデートに等しい。

 星の王子様だろうが、目の不自由なプリンセスだろうが、オマケみたいなものだ。


前島悠子

だけど、師匠のお友達は変わった人が多いですよねぇ。
私は 『チャラ男』『ブタ野郎』しか会ったことありませんよ。
マトモな人だといいんですけど。


 前島が不安そうに呟く。

 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

フッ……。
今度は 『爆弾岩』だぞ。
マトモに決まっているだろう?

前島悠子

あだ名だけ聞くと心配ですねぇ。
今回がマトモじゃないと、師匠の旧友はおかしな人ばかりになっちゃいます。

天野勇二

土井は大丈夫だ。
顔が爆弾岩なだけで、中身がそうなワケじゃない。


 天野は嬉しそう呟き、空を眺めた。


天野勇二

クックックッ……。
あのプリンセスが爆弾岩を見てどんな反応をするのか……。
実に楽しみだ。

前島悠子

なんでそんなに楽しみなんですか?

天野勇二

お前には言ったが、俺様は過去に心を壊してしまい、愛だの恋だのといったものを知らない。
理解できる気もしない。

だがな、今回ばかりは『真実の愛』というものを感じ取れるような気がするのさ。


 天野は満足気に笑みを浮かべている。

 前島はその横顔を見つめ、天野の願いが叶うように祈っていた。




 ……だが、現実は、そんなに甘いものではなかった。









作家さんに聞きました!

「あなたの2015年を漢字一文字で表すと…」

2015年はcomicoノベルにて連載させていただいた上、書籍まで出すことができ、幸運に恵まれた年になりました。

なので「運」です!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

さらに、今年は「仕事中の昼休みにウンチョスを漏らす」という、かつてない屈辱を味わった年でもありました。今でも、トイレで泣きながらパンツを洗った日のことを忘れていません。

なので「運」です(´;ω;`)

来年はウンチョスを漏らさないように頑張りますので、変わらぬご愛顧をお願いいたします(´;ω;`)ウッ…

来年もよろしくお願いいたします!


つばこ

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つばこ

「えっ? つばこってウンチョス漏らしたの? なにそれどういうこと?」
 
と思われた方は、今年5月頃に参加した『「みんなの質問に答えます」企画』をご覧ください(※編集注:年末年始ならアプリ内・曜日別の一番上にある「イベントをプレイバック!」から見られます)ウンチョスイズオーバーなつばこに出会えます。
ただし、かなり汚い話になりますので、お嫌いな方はご注意ください。
 
念のため補足しますが、天野くんたちみたいに大学の授業をサボっちゃダメです!
せっかく進学したんだから勉強しましょう!
講義にも出ましょう!
学費はとっても高いんです!ヽ(`Д´)ノプンプン
 
さてさて、これが今年最後の更新です。来年も天才クソ野郎の活躍にご期待いただければ幸いですヽ(*´∀`*)ノ.+゚
それでは良いお年を!

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コメント 159件

  • まこと

    ハッピーエンドで終わってほしいな(TT)

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  • ティー

    くーこの作品だからそう思ってたよでもつれぇな

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  • えみ

    副作用は薬の作用の代償としてデメリットなことが起こることであって、感染、出血、網膜剥離、白内障は合併症です✧ •̀.̫•́✧
    気になったので書いちゃいましたごめんなさいっ

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  • 癒葵

    最後の作者コメwww

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  • ふわふわ

    え、そんな甘いものではなかったとは

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