天野と土井はひとしきり再会を祝うと、美緒の診察に向かうため、一緒に病院へ入った。


 美緒は診察室で診察を受けている。


 その間、天野は土井にこっそり話しかけた。


天野勇二

まさかこんなところで土井に会うとは。
懐かしいな。

土井健太

うん、おでも勇二くんに会えてうでしいよ。


 天野も嬉しそうに土井を見つめた。

 高校は別々になってしまったので、卒業以来の再会だ。


天野勇二

お前の『おで』ってのを聞くと、やっぱり土井だなって感じるな。

土井健太

でへへ……。
おで、すぐどもっちゃうから。


 土井は恥ずかしそうに坊主頭をかいた。

 この坊主頭も昔と変わっていない。


天野勇二

特徴のある発音。
爆弾岩みたいな顔……。
うん、まさしく土井だ。

土井健太

おで、今でも『爆弾岩』って、呼ばでてでゅよ。

天野勇二

まだ爆弾岩かよ。
まぁ、その通りだもんな。


 土井のあだ名は『爆弾岩』だった。

 昔からニキビや肌荒れが酷く、顔は溶岩が固まった跡のようにボコボコ。

 目は一重で細く、感情を表に出すタイプでもなかったので、まるで岩のような印象を与えたのだ。



 中学時代はこのブサイクな顔と、特徴的などもり症をからかわれ、よくイジメられていた。


 性格は大人しくてシャイ。

 基本的にのんびりしており、動作はスローモー。

 しかもあまり頭が良くなかった。


 図体がデカイだけのノロマなブサイクは、イジメっ子にとって格好のターゲットだったのだ。


天野勇二

お前の発音は味があるよ。
俺は嫌いじゃないな。

土井健太

そんなこと言ってくでぇたのは、勇二くんぐだいだよ。

天野勇二

相変わらず『ラ行』の発音が苦手だな。
『ラ』『ダ』になっちまう。

土井健太

うん。
大人になってもなおだなかった。


 土井は嫉妬深そうな男ではなさそうだ。

 だが念のため、天野は説明しておくことにした。


天野勇二

俺と美緒さんとは中庭で出会ったんだ。
お前から貰った石を落としてしまった、と困っていてな。
それを手伝っていたのさ。


 土井は恥ずかしそうに頬を赤らめた。


土井健太

あでだね。
アスファデュトの破片でしょ。

天野勇二

そうだ。
青く輝く石、なんて言ってたぜ。

土井健太

うん、おでがそう言っちゃったんだ。

天野勇二

クックック……。
顔に似合わずロマンチックなことを言いやがる。


 天野は診察を受けている美緒を眺めながら尋ねた。


天野勇二

彼女は何の病気なんだ?

土井健太

おでにはよくわかだないんだけど、角膜ってのが、昔かだわでゅいんだって。

天野勇二

角膜か。
そいつは難儀だな。


 天野は思わず顔をしかめた。


 美緒の瞳に外傷は見当たらなかった。

 遺伝的な問題かもしれない。

 完治は困難だ。


 しかし、土井は嬉しそうに顔を綻ばせた。


土井健太

でもね、美緒さんは、もうすぐ手術すでゅんだ。
そでで、目が見ででゅようになでゅかもしでないんだ。

天野勇二

なに?
手術を受けるのか。
角膜移植か?

土井健太

おでにはよくわかんないんだけど、順番が回ってきたんだ。
そでで手術だって。

天野勇二

順番ということはアイバンク経由か……。
誰かに角膜を提供してもらうんだな。


 成功率の高い手術ではない。

 長い通院が必要となるだろう。


 天野は土井の肩をぽんと叩き、話を変えた。


天野勇二

せっかくの再会だ。
今晩、飲みにでも行かないか?

土井健太

うん。いいよ。
だけど仕事を抜けてきてでゅんだ。
終わった後でいいかな?

天野勇二

もちろんだ。
お前の予定に合わせるよ。


 天野が約束を取りつけていると、美緒の診察が終わった。

 美緒は嬉しそうに土井のもとへやって来た。


森崎美緒

健太さん、ついに手術です!
来週の月曜から入院ですって!


 土井は純朴そうな笑顔を浮かべた。


土井健太

よかった……。
ついに美しいものが見ででゅね。

森崎美緒

はい!
お花とか、空とか、海とか……。
自分の顔も見ることができます!

健太さん、本当にありがとうございます。
これも全て健太さんのおかげです。


 天野は小首を傾げた。

 なぜ土井のおかげなのだろう。

 天野は人の目を見ることにより、ある程度の心理を読むことができるが、美緒の瞼は閉じており、土井の瞳は純朴すぎて感情が読めなかった。


土井健太

それじゃあ美緒さん、家まで送でゅよ。

森崎美緒

健太さん、いつもありがとうございます。


 このやり取りを見て、これ以上同行するのはお邪魔だな、と天野は判断した。


天野勇二

土井よ、今晩は何時から空いている?

土井健太

仕事が7時に終わでゅ。
そで以降なだ空いてでゅよ。

天野勇二

じゃあ仕事が終わったら連絡をくれ。
楽しみにしてるよ。


 自らの名刺を差し出し、天野は土井と美緒を見送った。








 体格の良い土井が、中肉中背の美緒を支えている。


 誘導の手つきは慣れたものだ。


 2人の会話が盛り上がっているのが遠目でもわかる。


天野勇二

(フッ……。いい光景だ。あの土井に恋人ができるとはな。今晩が楽しみだ)




 そしてその夜。


 天野は池袋いけぶくろにて土井と待ち合わせた。


土井健太

勇二くん、ごめんね。
待たせちゃって。

天野勇二

いや、仕事終わりで疲れているだろう。
悪かったな。

土井健太

ううん。
すごく楽しみだった。
気にしないで。


 天野が「とりあえずなま」と店員に告げる。

 ジョッキが運ばれてくると、天野は楽しそうに言った。


天野勇二

まずは、俺達の再会に乾杯しよう。


 ジョッキがカチンと鳴る。

 再会を祝う音色だ。


天野勇二

土井とは中学の卒業式以来だな。
今は何をしているんだ?

土井健太

高校を卒業してから、ずっと警備員の派遣なんだ。
おで、頭良くないから。
どこにも正社員として採用さでなかった。


 天野は「それも仕方がないか」と感じた。


 土井はお世辞にも頭の良い方ではない。

 むしろ致命的に頭が悪かった。

 テストは常に最下位寸前。

 高校も一番学力を必要としない学校に進学していた。


天野勇二

高校じゃどうしてたんだ。
お前は強かったろ。
番長でもやってたんじゃないのか?


 土井はぶんぶんと首を横に振った。


土井健太

おでは強くなんかないよ。
勇二くんに助けてもだってばっかでぃだった。

天野勇二

お前は本気を出したら強いのに。
今でもいい体格をしているぜ。


 土井は天野と同じくらいの長身。

 しかも肩幅が広く、胸板も厚い。

 おまけに土井はバドミントンが得意だった。

 バドミントンをやる時だけは俊敏な動きでコートを駆けまわり、強力なスマッシュを打ち込んでいた。


土井健太

高校じゃ、よくイジメだでたよ、
高校に勇二くんがいただなぁって、いつも思ってた。

天野勇二

あっはっは。
お前は俺に助けを求めなかったじゃないか。
俺はお前のことを感心していたんだぜ。

土井健太

勇二くんは強かったよね。
みんなもおでも、勇二くんを尊敬してた。

天野勇二

尊敬されるようなことはしてないさ。
ただ俺はイジメが嫌いだったんだ。


 クソ野郎となった今では想像もつかないが、中学時代の天野は「弱い者イジメ」を嫌う正義感の強い少年だった。


 当時から格闘技をたしなんでいたので、どんな不良もフルボッコにされ、誰も頭が上がらなかった。


 イジメられっ子から泣きつかれれば、他校の中学生や高校生が相手であろうとも、正面から立ち向かっていたのだ。


天野勇二

高校でもバドミントンをやっていたのか?

土井健太

うん、高校でもバドをやったよ。


 土井は少し悲しそうに声を落とした。


土井健太

でもイジメが酷くなでぃすぎて、つだくてやめちゃった。
家も貧乏だったし、バイトしてたよ。

天野勇二

そうか……。
やめちまったのか。

勿体ない。
お前、国体レベルだったのに。

土井健太

うん。
もう全然やってない。


 天野はその言葉を聞いて同情した。 


 バドミントンが得意で俊敏に動けるということは、筋肉の瞬発力が強いということだ。

 体格も良いのだから、喧嘩になれば負けるはずがない。


 だが、土井は気弱な性格。

 暴力を振りかざすのは苦手だったのだ。


 天野はジョッキを飲み干すと、話題を変えた。


天野勇二

しかし美緒さんって素敵な女を捕まえるとはな。
やるじゃねぇか。

土井健太

えへへ。あでぃがとう。
美緒さんは本当に素敵な人なんだ。

天野勇二

ああ、俺もあれだけ純真で清純なオーラを放つ女は見たことがない。
馴れ初め話でも聞かせろよ。


 土井もビールを空にして、天野と自分の分のお代わりを頼むと、純朴な笑顔を浮かべて語り始めた。


土井健太

その日は道路工事の警備だったんだ。
だけど、おでドジだかださ、美緒さんの目が見えないって、わかんなかったんだ。
美緒さんが穴に落ちた時はびっくりしちゃった。

おで、そん時はじめて、目が見えない人に会ったんだ。

天野勇二

美緒さんも、王子様が穴から助けてくれたと言っていた。
お前のことだな。

土井健太

うん。
美緒さんをオンブして穴から出たんだ。
目が見えなくて、大変そうだった。
おで、そのまま家まで送ってあげたんだ。

天野勇二

警備員が持ち場を離れちゃダメじゃないか。
怒られたろ。

土井健太

うん。
すんごくおこだでた。


 土井は楽しそうに笑った。


土井健太

でも、なんだかほっておけなかったんだ。
美緒さん、すごく大変そうだったし、工事現場かだアパートまでは、そんなに遠くなかったし……。

そでかだ付き合いが始まったんだ。
おで車の免許は持ってたかだ、おくったでぃしてあげてたんだ

天野勇二

それで仕事を抜けて送り迎えしているのか。
偉いな。
俺様には真似できん。

土井健太

えへへ。
勇二くんがそう言ってくででゅと、うでしいよ。


 本当に純朴そうに笑っている。

 中学時代と同じ笑い方。

 天野はそのことがたまらなく嬉しかった。


天野勇二

(コイツは変わらないな……。そういえばあの時も、こんな風に笑っていやがった……)


 天野は中学時代を懐かしく回想した。




天野勇二(中学生)

なぁ、土井よ。
なぜお前は俺に助けを求めない?




 天野は昔、そう尋ねたことがあった。


 土井は今と同じように、純朴そうに笑って答えた。




ーーー勇二くんに頼むと、イジメっ子が痛い思いしちゃう。そではイヤだよ。





 それ以来、天野は土井を見る目が変わった。


 土井がイジメられそうになれば、その場にさり気なく登場して、土井がイジメられる前にイジメっ子を蹴り飛ばしていた。




ーーー勇二くんは強いね。おでも、勇二くんみたいになでぃたいよ。




 天野は拳をシュッと振り、土井に言った。




天野勇二(中学生)

俺にはわかる。
本当のお前は強い。

こうやってな、インパクトの瞬間に強く拳を握って……こうだ。

バドミントンみたいに奴らの顔面をスマッシュしろよ。
それだけで十分だ。
絶対に勝てる。




 土井は純朴な笑みを浮かべ、首を横に振った。




ーーーでへへ……。おでがスマッシュするのは、シャトデュだけだよ。








 天野は土井も高校生になれば、自らが持つ力に気づき、イジメっ子をスマッシュしてぶちのめすだろう。

 イジメられることもない。

 むしろ「番長」として高校を支配する、と信じていた。


 だが、土井はその予想を完全に裏切り、優しい純朴なままの大人に成長している。

 

 天野はそれがたまらなく嬉しかった。


土井健太

もうすぐ美緒さんの手術だ。
本当にうでしいよ。

天野勇二

美緒さんは、お前のおかげと言っていたな。
何かお前が関係することがあったのか?


 土井は当たり前のように答えた。


土井健太

おで、手術のお金を出したんだ。
美緒さんも身寄でぃがなくて貧しいから。


 天野は思わず唸った。


天野勇二

マ、マジかよ……。
そこまでやるのか。

土井健太

高校卒業してかだ、ずっと貯金してたのがあったかだ。


 天野は慌てて角膜手術にかかる費用を頭の中で計算した。


 健康保険の加入や障害の程度を加味しても、相当な大金が必要となる。

 しかも入院期間が必須。

 通院も考えればかなりの金額だ。


 天野たちの年齢で捻出することは難しい。


天野勇二

あの病院は高いぞ。
全部屋個室だ。
特別料金が上乗せされるぞ。

土井健太

美緒さんのためだよ。
一番良い病院で、一番手術の実績があでゅ病院にしたんだ。

天野勇二

確かに腕の良い医者は揃っている……。
術後も安心して任せられるだろう……。

だが、角膜移植の成功率は高くないぜ。
むしろ手術した後が問題なんだ。

今だけじゃなく、これから長く通院することになるぞ。


 美緒は他人の角膜を移植する。

 角膜の損傷によっては、そもそも手術が成功しない。

 強い拒絶反応を起こすことも多い。

 目が見えるようになり、術後も問題なく暮らせるケースはまれだ。


土井健太

いいんだ。
おでが、そうしたかったんだ。


 天野はちょっと迷ったが、土井のために言った。


天野勇二

なぁ土井よ。
俺は口の悪いクソ野郎だから勘弁して欲しいんだが、お前の中学時代のあだ名は 『爆弾岩』だ。
ブサイクな男なんだ。

美緒さんはお前を 『王子様』だと信じているが、目が見えるようになったら、幻滅げんめつするかもしれないぞ。


 土井は静かに頷いた。


土井健太

美緒さんの目がみえでゅなら、そででいいんだ。
ブサイクだかだ、嫌いになっちゃうかもしでない。

でも、美緒さんはどんな顔でも、おでと付き合ってくででゅって言ってくでた。

おで、その言葉がうでしかった。
その言葉だけでいいんだ。


 天野は土井の優しさに感心した。


 土井は容姿の醜さと、それによるデメリットを理解している。


 嫌われることさえ覚悟している。


 美緒が離れてしまう可能性が高いことを理解した上で、手術代を出したのだ。


 目が見えるようになってもこれまで通りやっていけると、盲信している訳ではない。


天野勇二

お前は大したもんだよ。
なぜ、そこまでしてやるんだ?

土井健太

えへへ……。
おで、美緒さんにすごくうでしいこと、言ってもだったんだ。


 土井は心底嬉しそうに純朴な笑みを浮かべた。


土井健太

おで、顔がブサイクだ。
美緒さんが、おでの顔にさわでぃたいって言ったんだけど、顔にさわだででゅのが怖かったんだ。
美緒さん、気持ち悪がでゅんじゃないかと思って。

でも美緒さんは、おでの顔をさわでぃたいって。
おで、勇気出して、うん、って言ったんだ。

天野勇二

美緒さん、お前の顔を触って、何と言ったんだ?

土井健太

おでの顔を触って、優しそうに笑ってくでた。

そんで、言ってくでたんだ。


 その時のことを思い出しているのだろう。


 土井は頬を赤くさせながら言葉を続けた。


土井健太

までゅで、星の王子様みたいですね、って。


 よほど嬉しい言葉だったのだろう。

 

 土井の瞳には涙がにじんでいる。


土井健太

あんなにうでしいこと言ってもだったの、生までて初めてだった。
おで、そのとき、美緒さんのことが、すごく好きになったんだ。


 天野は思わず「パン!」と土井の肩を叩いた。


天野勇二

やるじゃねぇか!
この顔が星の王子様か!
最高のネーミングセンスだ!

そうかぁ、土井が星の王子様か……。

美緒さん見る目あるな。
あっ、ねぇのか。
あっはっは!

まぁいい。
最高の気分だ。
今夜は俺に奢らせてくれ。

土井健太

そではいいよ。
勇二くんは学生なのに。

天野勇二

いいんだ!
俺様は医者のボンボンだ!
何でも好きなものを頼みやがれ!


 天野と土井は遅くまで盛り上がっていた。



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つばこ

土井は『爆弾岩』というあだ名でしたが、これは別にドラ○エのモンスターに似ていて、時々メガ○テを唱えて自爆する……というワケではありません。
なので天野くんの中学校にて、
 
どい「メ、メガ……」
あまの「うわー! 土井が自爆呪文を唱えるぞ! 逃げろー!」
どい「メガ……痒い」
あまの「なんだよビックリさせやがって。目薬でもさしとけ」
どい「メ、メガ……」
あまの「うわー! やっぱり自爆呪文だ! 逃げろー!」
どい「メガ……シン」
あまの「rebellionAの作者を呼び捨てにするな。『先生』か『様』をつけろ。この荒くれ者が」
 
こんなやり取りがあったワケでもありません。
あのモンスターとは違ったイメージを持っていただければ幸いです(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、今週もオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 211件

  • ИДЙ

    「俺様は医者のボンボンだ」
    こんなセリフ、クソ野郎だから違和感無く聞こえるんだ(笑)

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  • ねここ

    探偵が早すぎるみたいな中学時代の天野くんの思いやりが素敵。

    そして土井さんが優しすぎて辛い。

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  • rtkyusgt

    上から4番目の吹き出しでは
    ちゃんと "ら" って言えてるよ!

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  • 宙舞

    涙腺が崩壊した

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  • ゆんこ

    ( ´・ω・)ノ“(・ω・` )

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