※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


 その日、天才クソ野郎は実習のため、大学病院へ出向いていた。

 今は実習の空き時間。

 中庭にある喫煙所にて、のんびりタバコを吸っていた。


天野勇二

……おや?


 中庭に1人の女性がうずくまっている。

 指先を地面に伸ばし、何かを手探りで探しているようだ。

 落としたコンタクトレンズでも探しているかのような仕草。

 服装は普段着。

 入院患者ではなく来院の人間だろう。


天野勇二

(何をしているんだ? 随分と慌てているようだが)


 天野はタバコを灰皿に押し込むと、何気なく近づいた。


天野勇二

どうした? 探し物か?


 女性はビクッと体を震わせ天野を見上げた。

 天野はその『瞳』を見て、彼女の状況を簡単に理解した。

 女性の まぶたはほとんど閉じている。

 傍らには白い杖。

 視覚障害を持つ女性だ。


天野勇二

何か大事なものでも落としたのかい?


 怯えないよう優しく尋ねる。

 女性は小さく頷き、か細い声で答えた。


???

……あの、その……。
石を探しているんです。

天野勇二

石だって?

???

はい。
これくらいの、コンクリートの破片です。


 女性は手で小さな丸を作った。

 握り飯程度の大きさだ。

 天野は周囲を見渡して言った。


天野勇二

石なんて……。
そこら中に落ちてるぜ。


 女性は悲しげな表情を浮かべた。


???

大切な石なんです。
青く輝いているんです。

天野勇二

青く輝く石ねぇ……。
まぁ、暇だし俺も手伝ってやるよ。


 天野は近くの茂みを調べた。

 中庭には芝生と樹木が植えられているのみ。

 コンクリートの破片ならば探すことは簡単だろう。

 しかも青く輝くのであれば尚更だ。


 天野が茂みをいくつか覗き込んでいると、少々異質なものを発見した。


天野勇二

なんだこりゃ?


 アスファルトの破片だ。

 道路工事の際にでも飛び出したような石だ。

 ボロボロで汚い。

 青く輝きなんかしない。

 だが、女性はコンクリートの破片だと言っていた。


天野勇二

まさかとは思うが、これか?


 天野が石を握らせると、女性は嬉しそうに純真な笑顔を浮かべた。


???

これです!
ああ、良かった!


 女性は破片を愛おしそうに抱きしめた。

 まるで大切な宝石かのように扱っている。

 女性は破片をポーチへ仕舞うと、天野に頭を下げた。


森咲美緒

ありがとうございます。
私は 森崎美緒もりさきみおと申します。
大切な石を探していただき、本当に感謝しております。


 天野は感心しながら美緒を見つめた。


 見た目は20歳程度の女性だ。

 だが、物凄く清純で純潔なオーラを放っている。

 汚れなき真っ白なシーツのよう。

 絵画に描かれた聖母のようでもある。

 この世の汚れなんて何ひとつ知らないのではないか、と天野は感じた。

 

天野勇二

俺は 天野勇二あまのゆうじというものだ。
その石はそんなに大切なのかい?

森崎美緒

はい。
これは『星の王子様』からもらったんです。

天野勇二

ほう……。
星の王子様か。


 天野は苦笑した。

 純真な美緒がそう言うと、本当のことのように聞こえる。


天野勇二

そうか。
そいつは大切なものだな。

森崎美緒

宝物なんです。
つい抱きしめたまま歩き、転んでしまいました。


 天野は何となく興味を抱いた。

 これほど純真な女性が慕う王子様。

 かなり素敵な王子様かもしれない。

 是非お目にかかってみたいものだ、と天野は思った。


天野勇二

君はここに通院しているのか?

森崎美緒

はい。
目の治療でお世話になっております。

天野勇二

そうか。
立ち話もなんだ。
ベンチにでも案内しよう。


 天野は隣に立ち、美緒に腕を組ませながらベンチまで誘導した。

 天野が在籍しているのは医学部。

 当然ながら、目の不自由な人間に対する接し方や誘導方法を熟知している。


 美緒は感心したように言った。


森崎美緒

天野さん、身内に視覚障害の方がいらっしゃるんですか?

天野勇二

いや、俺は医学生なんだ。
だから知っているだけさ。

森崎美緒

そうなんですか。
素敵なことをお勉強されているんですね。


 純真そのままの褒め言葉。

 クソ野郎である天野にとって、背中が痒くなる言葉だ。


天野勇二

君に褒められると、なんだか自分が立派な人間のような気がしてくる。
不思議な女性だ。
幼い時から目が見えないのかい?

森崎美緒

はい。
一度も世界を見たことがないんです。

天野勇二

そうか……。
それは大変だな。

森崎美緒

もうすっかり慣れました。
生まれてからずっと闇の世界なので、私にとっては当たり前のことです。
それに目が見えないからこそ、見えるものだってあると思うんです。
目が見えないことを不幸とは思っていません。


 美緒は純真な微笑みを浮かべ、天野のいる方向を眺めた。


森崎美緒

天野さんはとても優しい方ですね。
私の『カレ』と同じような感覚を覚えます。

天野勇二

あっはっは。
そんなことはないさ。
俺のあだ名は 『天才クソ野郎』なんだぜ。


 美緒は首を捻った。


森崎美緒

クソ野郎?
そんなことございません。
もし失礼でなければ、お顔を触ってもよろしいですか?

天野勇二

ああ、構わないさ。


 天野は軽く顔の脂を拭くと、美緒の手を自分の顔に持っていった。

 美緒は天野の顔をぺたぺた触ると、嬉しそうに微笑んだ。


森崎美緒

綺麗な顔立ちなんですね。
羨ましいです。

天野勇二

クックックッ……。
君の顔だって美しいと思うぜ。


 美緒は天野の顔から手を離し、恥ずかしそうに笑った。


森崎美緒

お褒めいただきありがとうございます。
でも自分の顔を見たことがありませんので、失礼な顔になっていないか、心配でございます。


 それも無理はない。

 他人の顔に触れ、自分と感触を比較するしか判別方法はないのだ。

 表情の作り方なんて誰も教えてくれない。


天野勇二

顔なんて大したものじゃない。
医学部で人体の構造を知ってしまうと、見てくれなんて興味がなくなってしまうよ。
大切なのは中身さ。

森崎美緒

うふふ。
天野さん、素敵なことを仰りますね。

天野勇二

素敵でも何でもない。
当たり前のことだよ。


 天野は何気なく尋ねてみた。


天野勇二

君の王子様……。
カレとやらが気になるな。
君と同じくらい優しい男前なのかい?


 美緒は恥ずかしそうに頷いた。


森崎美緒

はい。
すごく優しい方なんです。
一緒にいるととても安心できるんです。
顔の凹凸もすごく好きなんです。

天野勇二

ほう……。
今日は一緒じゃないのかい?

森崎美緒

この中庭で待ち合わせする予定なんです。

天野勇二

迷惑でなければ挨拶したいな。
君の王子様とやらにお会いしたい。

森崎美緒

ええ、とても素敵な方なんです。
是非お会いしてください。

天野勇二

俺が一緒で大丈夫かい?
いたりしないかな?

森崎美緒

そんな心の狭い方ではございません。


 天野は嬉しそうに笑った。


天野勇二

そうだな。
何せ王子様だもんな。

森崎美緒

はい。
星の王子様です。

天野勇二

その王子様とは、どこで出会ったんだい?


 美緒は閉じた瞳で虚空を見上げた。


森崎美緒

とても寒い冬の頃でした。
私、目が見えないために穴に落ちてしまったんです。
その時、助けてくれたのが王子様でした。


 嬉しそうに言葉を続ける。


森崎美緒

私が穴で倒れて困っていたら、オンブして助けてくださったんです。
そのまま優しく私の家まで送っていただきました。
私は光を感じたことがありませんが、その方こそが光のような気がいたしました。

優しい声に優しい空気……。
何もかもが素敵だったんです。

あれほど他人に優しくしていただいたのは初めてでした。


 天野はタバコを取り出しながら、ちょっと迷った。

 恐らく美緒は匂いに敏感だろう。

 だが吸いたいものは吸いたい。


天野勇二

失礼だが、タバコを吸っても構わないかな?

森崎美緒

はい。大丈夫ですよ。

天野勇二

すまないな。
医者が吸うものではないんだが、中毒なのさ。


 美緒は純真な笑みを浮かべたまま、天野をたしなめた。


森崎美緒

あまり吸いすぎると健康に良くないらしいですよ。

天野勇二

返す言葉もないぜ。
いつかは禁煙したいとは思っているのだが。


 天野は出来る限り美緒に届かないよう、煙を吐き出した。

 美緒は陽射しを浴びながら嬉しそうに呟いた。


森崎美緒

もうすぐクリスマスですね。
楽しげな街の声を聴くのが楽しみです。

天野勇二

そうだな。
冬に出会ったということは、カレとの付き合いはまだ短いのかい?


 美緒は照れ臭そうに首を横に振った。


森崎美緒

今年の初め頃にお会いしたんです。
まだ春は遠く、寒い夜のことでした。
あまりに冷え込んだ夜だったので、寒くて帰り道を急いでしまいました。

でも、だからこそ王子様と出会うことができました。


 美緒は純真な笑顔を浮かべた。

 それだけで周囲の空気も、タバコの煙さえも浄化されていくようだ。


天野勇二

そうなると、君が落ちた『穴』にも感謝しなくてはいけないな。

森崎美緒

はい、あの時の穴にも感謝しております。

天野勇二

カレとはどんなデートをしてるんだい?


 美緒は嬉しそうにはにかんだ。

 夢でも語るように口を開く。


森崎美緒

カレは私の瞳になってくれて、色々な場所に連れ出してくれるんです。

春には桜並木を歩き、夏には生まれて初めての海へ行き、秋には一緒にキンモクセイの香りに包まれて……。

どれも素敵な思い出です。
他にも植物園や動物園、演奏会、落語なども一緒に行きました。
これほど幸せで充実した1年は初めてです。


 天野は美緒の話を聞きながら、カレである王子様の気遣いを感じた。

 視覚障害者はなかなか出歩くのが億劫おっくうになってしまう。

 誘導する人間も決して楽という訳ではない。


森崎美緒

年末は除夜の鐘を叩いてみたいって、おねだりしているんです。

天野勇二

それも楽しそうだな。
君に捨て去るべき煩悩ぼんのうがあるようには見えないが。

森崎美緒

そんなことありません。
私は我儘わがままを言って、カレに迷惑ばかりかけていますから。


 美緒は悲しそうに首を振った。

 喜怒哀楽をすぐに表情に出す。

 だからこそ純真なオーラを放つのかもしれない。


森崎美緒

来年はカレに我儘を言わないようにしなければ……。

カレに出会うまで、外を出歩くことが楽しいなんて思いませんでした。

世界の素晴らしさを実感することができたのは、全てカレのおかげです。


 天野は王子様と呼ばれる男の優しさを感じた。

 出歩く楽しみを美緒と共有し、美緒の世界を理解し、美緒のことを大切に扱っているのだろう。


森崎美緒

……あっ。


 美緒が顔をほころばせた。


森崎美緒

カレの香りと足音がします。
カレが来てくれました。


 天野は驚いて周囲を見渡した。

 近くに人物はない。

 やはり嗅覚と聴覚が敏感なのだ。


天野勇二

(さて、どんな男かな)


 天野が期待に胸を膨らませていると、ドスドスと足音を立てて、1人の男がやって来た。


 天野は思わずその顔を見て、あんぐりと口を開けてしまった。


???

よ、よかった……。
美緒さん、ここにいたんだね。
待たせてごめんね。

森崎美緒

いいえ、健太けんたさん。
いつもありがとうございます。


 健太は隣に座っている天野を見て、深く頭を下げた。


健太

ど、どうも……。
こんにちは……。

天野勇二

あ、ああ……。


 天野は思わず立ち上がった。

 健太と呼ばれた美緒のカレを凝視する。


 背が高く、体格の良い男だ。

 警備服を着ている。

 必死に走って来たのか、汗をとてもかいている。

 顔はニキビの跡や肌荒れなどが乾燥しており、肌がボコボコ。

 一重の瞳は陰気で薄暗い。

 唇も鼻も醜く曲がっている。

 とてもブサイクな男だ。


 だが天野にとって、そんなことは重要ではなかった。


森崎美緒

こちらは天野勇二さん。
一緒に落とし物を探してくださったんです。

健太

そうなんですか。
そでぃはあでぃがとうございます。


 どもっており、うまく舌が回ってない。

 『ラ行』の発音がうまく言えない。

 頭の悪そうな印象を与える発音だ。


 天野はその声で確信した。

 大声で叫ぶ。


天野勇二

土井どい
土井じゃないか!


俺だよ! 勇二だ!
中学の時に一緒のクラスだったろ!?
勇二だよ!


 土井はぽかんとして天野の顔を見つめた。


 そして、何かに気づくと、嬉しそうに純朴な笑みを浮かべた。


土井健太

勇二くん!?
あの勇二くん!
本当に!?
ひさしぶでぃだね!

天野勇二

ああ!
お前が美緒の王子様なのか!
あっはっは!
懐かしい!
久しぶりだな!


 天野も嬉しそうに土井の手をとる。

 美緒は不思議そうに2人の会話を聞いていた。



この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

5,880

つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
今回のエピソードも少々長めになると思います。
天野くんの同級生『土井』と、目の不自由な『美緒』が、どのように物語に関わってくるのか……。
ご期待ください!!!
 
あと10日ほどで今年も終わりますねぇ。読者の皆様は良い1年になりましたでしょうか。
「最高の1年だったよ! だって『天クソ』に出逢えたもの!」
なんて、少しだけでも感じていただければつばこはハッピー(´∀`*)ウフフ
年末年始も天才クソ野郎は休むことなく連載しますので、ヒマ潰しにでも使っていただければ幸いです。あと書籍も発売されましたので、併せてお楽しみいただければより幸いです。(唐突の宣伝)
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 163件

  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    初対面で呼び捨てのクソ野郎

    通報

  • 千花音(ちかね)

    私やったらいきなり、顔触ってもいいですか?って聞かれたら、ベトベトやったらどうしよってなるわ…!
    って思ったら、クソ野郎もそこは一緒やった(笑)

    通報

  • アツ

    久しぶりに読んだけど、先の展開を思い出して泣けてきた。

    通報

  • 如月

    一話から謎に泣いてしまった...

    通報

  • 太宰雅

    ちょっと待って・・・ねえ!ちょっと待って!

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK