とある大学。

 

 学生食堂2階テラス席。


 そこは天才クソ野郎こと天野勇二の特等席だ。


 昼食時になれば、タバコをのんびり吸っている天野の姿を見つけることができる。


 隣には弟子である前島悠子まえしまゆうこの姿もあり、のんびりとスマホでテレビを観ている。



佐伯涼太

ねぇ!!!
勇二ってば!
聞いてるの!?



 テラスに響き渡る怒号。


 天野の友人、佐伯涼太さえきりょうただ。


天野勇二

聞いている。
あまり大きな声を出すな。
身体に良くないぞ。

佐伯涼太

だったらちゃんと答えてよ!
僕の愛車が爆発したってどういうことなのさ!!!

天野勇二

だから何度も言っているじゃないか。
もう5回は説明したぞ。


 天野はため息を吐き、幼子に言って聞かせるように説明した。


天野勇二

まず ライフルを持った6人の武装集団に囲まれ、四方八方から乱れ撃ち
ガソリンタンクには直撃しなかったが、後部座席は哀れ 蜂の巣だ。


 涼太の顔がどんどん青くなる。


天野勇二

そして 手榴弾がな、車の下にぽいっと投げ込まれたんだよ。
上手い具合に転がったもんだ。
ピンを外された状態で車の真下にスタンバイ。

それでドカン。
派手に爆発してドカン
ガソリンにも引火して 大爆発

すげぇ勢いで燃えてたぜ。
お前の車。


 涼太は頭をかきむしった。


佐伯涼太

なんだそりゃ!
なにをすればそんなことになるのさ!
なんで!?

ホワァァイ!?
ホワァイジャパニィーズピーポォーーー!!!


いい加減にウソを吐くのはやめてよ!
僕の愛車はどこにあるの!?
あれまだローンが残ってるんだよ!!!

天野勇二

どこに行ったのかは知らねぇよ。
外務省のやり手エージェントが『俺に任せておけ』とか言うから、処分してくれるよう頼んだ。
今ごろ、スクラップ工場で鉄クズになってるんじゃねぇのか。

佐伯涼太

なにそれ!?
なんで『やり手エージェント』なんて単語が出てくるの!?
それ誰!?


 涼太は涙目だ。


 楽観的なチャラ男にしては珍しく、本気で怒っている。


 それも当然だろう。


佐伯涼太

勇二が深夜にやって来て、 どうしても僕の車がないと困るって言うから快く貸したんだよ!

爆破されてもうナニも残ってないのだ。

とか言われても納得できるワケないでしょ!

返して!
僕の愛車を返してよ!

天野勇二

そうだな。
俺様としても爆破したくはなかった。
現実とは残酷だな。

佐伯涼太

残酷なのは勇二だよ!
勇二!!!

天野勇二

さすがに敵は6人。
完全武装。
しかもライフルを持たれてしまってはなぁ……。
形勢逆転するには爆破が最適だったんだ。

佐伯涼太

なんでライフルを持った6人相手と喧嘩してんのさ!?
それどこの アクション 映画シネマの話!?
いつから勇二は 『トランスポーター』の主人公になったのよ!


 涼太は烈火の如く怒っている。


 天野がなだめようとした時、懐のスマートフォンが鳴った。


天野勇二

ちょっと待て。
電話だ。

佐伯涼太

電話なんてどうでもいい!
早く僕の愛車を返して!

天野勇二

わかったわかった。
とにかく黙ってろ。


 涼太を制して電話に出る。


天野勇二

天野だ。

黒崎

黒崎だ。
約束通り車を手配したぞ。

天野勇二

ほう、仕事が早いな。
友人をなだめるのに苦労していたところだ。

黒崎

当たり前だ。
このクソ野郎め。


 黒崎は軽く笑った。


黒崎

お前の大学の駐車場に停めておいた。
燃え残ったナンバープレートから、持ち主のものになるよう手続き済みだ。
鍵は後部座席に置いてある。

天野勇二

すまんな、黒崎よ。

黒崎

フフフ……。
天才クソ野郎、機会があればまた会おう。


 天野は電話を切ると、得意気に言い放った。


天野勇二

涼太よ、新車が来たぞ。
お前の新しい車だ。

佐伯涼太

えぇっ?
ほ、ほんとに?

天野勇二

ああ、見に行こうぜ。


 駐車場は大学の裏手にある。


 天野と涼太はテラスを降りて車を確かめに行った。


 車はすぐに見つかった。


天野勇二

ああ、これだ。
これがお前の新しい車だ。

佐伯涼太

こ、これぇ!?


 天野はピカピカに磨かれた黒塗りのセンチュリーを指さした。


 圧倒的な高級車。


 大学の駐車場に停めるような車ではない。


天野勇二

どうだ、ナンバーもお前のだろう?

佐伯涼太

ほ、ほんとだ……。
すごい……。


 涼太は黒塗りのセンチュリーを四方八方から眺め、深くため息を吐いた。


天野勇二

なんだ、不満なのか?

座席の座り心地は最高。
窓ガラスはスモークで見えない。
ハレンチな行為が大好きなお前に最適だぞ。

……ほう、黒崎め。
気が利いてるじゃないか。


 天野は車の先端を指さした。


 小さな国旗が風に揺れている。


天野勇二

ほら見ろ。
旗もすごくオシャレ。


 涼太はがっくりと肩を落とした。


佐伯涼太

うーん……。

僕の愛車はオンボロのミニバンだったから、ここまでの高級車に変えてくれるなら悪い話じゃないけど……。

ちょっとナンパとかで使える車じゃないなぁ……。

天野勇二

いや、しばらくこれでいこう。
きっと防弾使用になっていて頑丈だ。

佐伯涼太

でもなぁ……。
女の子は絶対怖がるじゃん……。
センチュリーでナンパする大学生なんて、聞いたことがないよ。

天野勇二

グダグダ言うなよ。
せっかく高級車を用意してくれたんだ。
間違っても売るようなマネはするなよ。

佐伯涼太

売っちゃダメなのか……。

はぁ……。

保険の手続き、どうすればいいんだろう……。


 肩を落とした涼太を連れてテラスに戻る。


 テレビを観ていた前島が嬉しそうに声をかけた。


前島悠子

ねぇ師匠。
この間日本に来た、サリス国のサクラ王女のニュースやってますよ。
うちの大学が映ってるんです。

天野勇二

ほう、それは観たいな。


 天野と涼太は前島のスマホを覗きこんだ。


 『サクラ王女の日本での休日』というニュースだ。


 サクラが首相と会談したり、博物館を見学したり、工芸品を手に取ったりしている様子が映し出されている。


前島悠子

……あれ?


 映像を観ながら前島が間抜けな声を出した。


前島悠子

今、王女様の隣に、師匠が立ってませんでしたか?

佐伯涼太

うん。
僕も見えたね。


 涼太も同調した。


 天野は2人の反応を無視して、サクラの顔を見つめた。


 褐色の肌に琥珀色の瞳。


 美しいお姫様だ。


 スマホの小さな画面でも気品を放つものだなと、天野は感心した。



 やがて画面は帰国後のサクラに対して、日本での印象を尋ねているインタビュー場面に切り替わった。


 日本のあちこちが楽しく、どれも素敵な思い出になったと、サクラは満面の笑みで答えている。


 記者が何気なくひとつの質問を飛ばした。



記者

日本で一番、印象に残った思い出は何ですか?



 サクラの返答が詰まった。


 何かを考えるように琥珀色の目を伏せる。


 やがてサクラは顔を上げ、気品溢れる優雅な微笑みを浮かべた。







サクラ

……トウキョーで過ごした、ステキな夜デス……。







 天野は思わず笑みをこぼした。


天野勇二

……クックック……。

サクラめ。
そうか……。
まさに『ローマの休日』だったワケか……。


 タバコを取り出し火をつける。


 煙を吸い込む天野の横顔を見て、前島が不思議そうに尋ねた。


前島悠子

なんで師匠、そんなに嬉しそうなんですか?


 問いかけを無視して、天野は深く煙を吐き出した。




 美しい異国のお姫様。


 彼女が自分と過ごした夜を想っていることが、天野は素直に嬉しかった。




前島悠子

師匠ってば聞いてます?
なんでさっきからニヤニヤしてるんですか?


 前島が白衣を掴んで揺さぶる。


 それをチラリと見つめ、天野は気障ったらしく言い放った。




天野勇二

まさしく映画シネマのようだと、思ったのさ。




 前島も涼太も 「はぁ?」といった表情で天野を見つめる。


 2人の反応を無視して、天野は空を見上げた。



 澄み渡る青空に一筋の飛行機雲。



 天野はそれを見つめながら、異国のお姫様が浮かべていた、桜のように美しい笑顔を思い起こしていた。








(おしまい)


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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
いくら高級車を用意したとはいえ、フツー車を爆破されたらもっと怒りますよね( ゚д゚)
涼太くんいいヤツ!
やっぱり涼太くんはいいヤツだ!(∩´∀`)∩
 
 
さてさて、今回のエピソードは激しいアクションが多くてハラハラしたので、次は落ち着いたエピソードを紹介したいと思います。
天野くんの前に現れるのは『盲目の女性』。
そんな彼女を支えるひとりの男。
2人と出会ったクソ野郎は、いったい何を思うのか……。
年末年始はこちらのエピソードをお楽しみください!
 
それでは来週火曜日、
『彼を上手に星の王子様にする方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 227件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    やめて、

    ほら見ろ。
    旗もすごくオシャレ。

    ほんと笑うwww

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  • ねここ

    前島ちゃん…知らぬが仏です。
    涼太くん…もうクソ野郎の被害者の会に入ってもいい頃です。でも、もちろんそんな事しないよね。
    いい人なんだなぁ。

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  • らんぽー

    今回の件で強く思ったのは、黒崎さん金城さんそんなボスの職場辞めちゃいましょう。

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  • まこと

    防弾使用の車で喜ぶ一般日本人はいるのか?

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  • 綾夏

    確かに、ローン終わってない自分の車を完膚なきまでに破壊されんだからもっとひどく怒ってもいいところだよね。涼太さん優しいよね。
    ていうか、天野がどれだけ無茶苦茶な男かってことが良く分かっててそれでもつるんでるだけあるね。
    「どーしてくれんのおれの車!!」って一所懸命言ってる涼太さんが、なんだか可愛く見えます。
    しかし黒塗りセンチュリーに変えられたのもまた不幸か…「防弾仕様だぞ」
    言ってる方がいるけど、きっとまたどっかで天野に当てにされ、使われちゃうだろう。うん私もそう思うよ。

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