第1章【導入編】
そこにシビれます憧れますゥわ!
うふふ。カマキリ怪人さんの話は
そのうち書きますね。後日談として。
時は流れて、別日の寝起きからスタートです。
「ふわぁあぁ……あふ」
足元に肌寒さに感じてでしょうか、私は目が覚めました。どうやら体に掛けていたブランケットがベッドからこぼれ落ちていたようです。昨夜の寝苦しさを何となく覚えておりますが、自分の寝相の悪さにはちょっとビックリしてしまいますね。
起きたばかりで開き具合の甘い目を擦りながら、ベッド脇の子机に置かれた目覚まし時計に目を向けました。青色ハートデザインのこの時計は私がここでお世話になるようになったその前からずっと愛用しているものです。とはいえ、もう長らく時刻をセットしてはおりません。
盤面を見てみると、短い針は真東、長い針は真北を指しておりました。なるほど、やけに眠ったとは思いましたが完全に寝過ごしたようです。もうおやつ時なんですね。
「……ご飯にするにしても中途半端な時間ですねぇ。かといって二度寝するには遅すぎますし、どなたかのお部屋に遊びに行くにしても早すぎるような気もしますし……ふわぁ……はふ、まぁ、いつも通り、暇ですの」
暇、というのは昼過ぎまでぐっすり眠りこけた人の言うセリフではないのでしょうが。寝坊は私の特権なのです。昨日だってそれなりに忙しかったんですから仕方がないじゃないですか。
いつもの夜の共有ストレッチで汗だく汁だくになった身体を洗おうと大浴場まで赴いたら、そこでもなんやかんやで大運動会が始まってしまったんですもの。
洗っては汚してを繰り返して、みんなして熱に浮かされのぼせにのぼせて、そしてそのままフラフラになりながら移動した自室で倒れ込むように眠りこけて。お気に入りのネグリジェにも袖がしっかりと通っていないくらいです。
実に正当な理由と言えましょう。今更言い訳並べたところで攻める人などおりません。
話はそこが問題ではありません。問題なのはこの後なのでございます。昨日の忙しさが今日にまで続くかと言われたら、それは全く関係ないことなのです。
暇は暇のままですし、退屈なのは退屈なのです。毎日生きるのも大変なんですよ。
なにより運動のソレ以外に大した娯楽がないことが問題なのです。そうです、絶対そう。
私の場合、別に定期的に訪問営業さえしていれば誰も文句は言わないのでしょうが、困ったことに私はどうしたって常時頭を空っぽにしてピンク一色に染まることはできないのでございます。
更には元々運動も私単体の娯楽ではなく、この寮にいる者に与えられた立派なお務め事項なのですよ。お互いに癒しを提供し合って成り立つサービスビジネスなのでございます。
私だって人間なのですから進んで致したい気分のときもあれば、そうで無い気分のときもありましょう。今がそのときで、その度に思いに耽っているだけですの。
「……なるほど、暇つぶし、ですか」
早速いいこと思いつきました。
プランはこうです。暇つぶしがないなら作ればいい、ということで退屈打破のためご主人へ直談判に参りましょう。今日は外出オフの日だったはずです。
オフの日は侵略業はお休みで、特別な用事さえなければ、司令室にて事務作業をされていらっしゃるはず。
善は急げといざ向かおうとしましたが、さすがにこの時間帯で寝巻きのまま行動していたら、見かけた方からだらしがない女に思われてしまいますわね。
だらはだらでもよいのは淫ら。まったく何を言ってるんでしょうか。
こんな私でも少しはいい女に思われていたいですからね。身なりを整えてからお伺いすることにいたしましょう。
一一一一一一一
一一一一一
一一一
一
自室にて露出度やや控えめの服装に着替えました。
ジェンダーレスの戦闘員スーツに比べたら少しは女性的なのですが、このアジトの服装の割にはシックで落ち着いた様子なので気に入っています。
この服装のときは周りの怪人の皆様も空気を読んでくださるのか、不躾なお声がけは控えてくださいます。それはそれで少々寂しい気もしますが、何かと都合が良いのです。さぁ、司令室へと向かいましょう。
司令室はこのアジトの最深部にございます。上級社員寮よりもずっと地下深く、施設内に点在するエレベーターをいくつか乗り継いで向かうことができます。
エレベーターを降りた先は一本道です。伸びる通路のその先には大きな観音扉が待ち受けております。扉上部には律儀に「司令室」との表札もございます。
この荘厳さを目の当たりにしては、潜入した敵さんならごくりと息呑み身構えてしまうことでしょう。
私はただの内部スタッフですので至極自然に振る舞います。無難にノックでよろしいでしょう。いらっしゃるなら返事が返ってくるはずです。
コン、コン。
小気味良い音が通路に響き渡ります。
「はーい」
いらっしゃるようです。なかなかにラッキーですね。
「私です。今、よろしいでしょうか」
「ブルーか。ああ、入ってきていいぞ」
「失礼いたします」
お赦しもいただけました。ご主人様のお声に反応して、自動で扉が開きます。
中はよくある社長室、みたいな配置でしょうか。部屋の中央奥に大きな机があり、その上には所狭しと書類がタワーになって積み重なっています。これ、全て目通しされているんでしょうか。私が日々暇暇言ってるのがさすがに申し訳なく感じてしまいますね。代わって差し上げようとは思いませんが。
「ごきげん麗しゅう、ご主人様」
「ああ、そっちも元気そうでなによりだな。
立ったままっつーのもアレだろ、そこ、座っていいぞ」
「ご気遣いありがとうございます」
部屋の壁際にはちょっとした休憩スペースのような場所が用意されています。対なるソファの片側に腰掛けさせていただきました。ご主人様も手作業を止められて、向かいのソファに腰を下されました。
正面にて向き合います。足を組み、頬杖こそ突いていらっしゃいますが、少しも傲慢さは感じさせず、かえって偉大な雰囲気を漂わせていらっしゃいます。
あ、ついでに今からご主人様の説明をいたしますね。
大したことを言うつもりはないので、飛ばしていただいてもさほど影響ないと思います。
真っ白のコートとスーツとマントで身を包んでいる。何処にでもいそうなのに、オンリーワンのオーラを放つ異質な存在。このお人こそ、
このアジトのトップであり、裏世界の首領であり、数ある秘密結社の王たる総統閣下にございます。
有力な国々から指名手配されているはずなのに、肉体戦においても情報戦においても、一度たりとて表舞台で敗れたことのない謎大き存在。
極度の女好きで、なのに紳士的で、茶目っ気があって、優しくて、けれど少し意地悪で、どう考えても女の敵なのに彼には逆らえない不思議な魅力があって、何故か友人も多くて、部下に慕われていて、悪の秘密結社のはずなのに、世間では彼を慕う声も多い、稀有な存在。
他方面では、数多の怪人を有して軍事力を誇示し、地方から中枢に至るまで数多くの権力者を脅し、その権威で世界中を恐怖に染め上げている存在。
また一方では女を沢山侍らせている全世界共通の男の敵でただの変態。
顔は男らしく、けれどどこか女性的な面もある優男風で、とにかく悪点の見当たらないご様子です。とにかく整っていらっしゃいます。今日もお美しすぎて逆に腹が立ってきてしまいます。なんでしょうねコレ。
更に特出すべきはこの肉体。細身ながら筋肉質で引き締まった体は、見るたびに抱かれたい欲を掻き立ててきますので本当にズルいの極みです。
戦闘センスもさすがのもので、麗若き無知で無能な魔法少女時代に幾度となくその拳と拳をまみえたことがございますが、ジャブ程度ならまだしも、本命パンチは一度たりとて当てられたことはございませんでした。
私なんかはまだいい方で、大抵は返り討ちにあって、そのままお持ち帰りされて、記憶がぶっ飛ぶまでお仕置きお楽しみの刑に処されるらしいのです。
もし今私の前に敵が現れたとして、私はそこまで非情になりきれるでしょうか。相手が魔法少女なら可能かもしれませんが、もしステキな猛々しい怪人さんだった場合、たとえ下級戦闘員であっても敗北強制ナントヤラを想像して無意識に手加減してしまいそうです。
知略においても戦闘スキルにおいても
並び立つ者のいないプロ中のプロ。
あ、あと大事なことを忘れていました。それは絶倫だということです。これが一番大事です。必須項目なんですの。
朝までビンビンのまま女をヒンヒン言わせられるような、そんな絶対的な力こそ、金より顔より力より、悪の総統に何よりも必要とされる力なのでございます。
天まで反り立つ大きくて逞しいブツ。おまけにイケメンとくればもう文句なし。見てよし抱かれてよし。
さすが総統! 私たちにできないことを平然とやってのける。そこにシビれます憧れますゥわ!
とにもかくにも、こんな完璧超人のお方が、私のご主人様なのでございます。はい、説明終わり。簡単だったでしょう?
話したいことはまだまだ山ほどありますが、今回はこれくらいに収めて会話に戻りましょう。
「わざわざ尋ねてきてくれたんだ。ここまで来るのも結構大変だったろう? 上で何かあったのか? あ、ゆっくりでいいぞ」
イケメンなだけでなく、細かな気配りもできるというなんとも隙がない様子に、もはや惚れを通り越して蕩れが出てきてしまいますね。
「いえ、そこまで大したことではないのですが、ご主人様へちょっとした雑談と、ご相談が一つ」
「おう」
それではご主人様。無礼を承知で色々愚痴らせていただきます。心して聞いてくださいまし。