第1章【導入編】
だが断る
ここで脱いだらお相手してくださる、と。つまりはそういうことなんですね!?
宝石も霞んでしまうようなキラッキラした目を向けてみましたが、ご主人様の顔色的にそういう雰囲気ではなさそうな気がします。
ええ、言いたいことは分かりますとも。
「ブルー。俺はお前が好きだ。できることなら仕事も何もかも放り忘れて楽しんでしまいたい。だけど、今日の予定は前々から決まっている。そしてソイツは残念なことにお前じゃない。分かってくれるな?」
……ホントに、総統は真面目なお人です。
「俺を愛してくれる奴は皆優劣付けず平等に愛すのが俺の主義だ。今晩を楽しみに待ってくれる奴を背いて、今俺がお前と楽しむことは、俺自身の信条が許しちゃくれない」
……むむぅ、残念です。
「勿論、承知しております。ご主人様はズルいお人です。そう言われてしまっては何も言い返せませんから」
「すまんな。こればっかりはどうしても譲れないんだ」
私が順番抜かしをしてしまえば、他の子がそれをしないとも限りません。そうしたら、今後はご主人様にご寵愛をいただける夜の争奪戦が始まり、血で血を洗う戦争が勃発してしまうでしょう。他の方に負ける気はしませんが、領内が殺伐とするのは是ではありませんから。
総統はお忙しい人です。抜け駆けが許されたしまえば、時期時刻問わずひっきりなしにお相手希望が飛び込んでくるようになってしまうでしょう。そうなっては総統のプライベートはおろか、確実に普段の業務にまで支障が出ること間違いなしです。
ここは、呑むしかございません。それにほら、私は我慢が出来る女です。溜めに溜めた我慢の解放はかなり気持ちがよいのです。
……いえ、待ってください。争奪戦を期に他の子を始末してしまえば、その分だけ私の相手をしていただける回数が増えるのでは?
最終的に夜のお相手が私だけになってしまえば、結果的に毎日しっぽりハッピーになり得るのでは?
これは最高の考えですね。今すぐ全世界の女共を絶滅させてしんぜましょう。
「うふふ、まずは手始めに、茜からですかね……」
「おい、何がどういう思考回路でアイツが出てきたのは分からんが、よからぬこと考えてるの見え見えだからやめなさい」
「冗談ですの」
きっと半殺しくらいなら許されるでしょうが。まぁ同期で元相方のよしみもありますしここは水に流して差し上げましょう。
それに茜ならまだしも、全人類を絶滅できるほどの力はさすがの私にもありませんし、実際やろうと思ってもご主人様が止めるでしょうし。
「茜……レッドか。ここ最近はアイツも楽しんでるようで何よりだな。ちと節操が無さすぎるのは問題なんだが。お前も知ってると思うが、ああ見えて心身の調整するの、ホント大変だったんだぞ」
「ええ、そうでしたね。……あの子も、ご主人様のおかげで今は何も苦しまず開放的に生きられているようですし。私も一安心しているのです。あれくらい自制心の無い方が負担が少なくてよいのでしょう」
「そうだと、俺も嬉しいんだがな」
あの子の自由奔放さは、言ってみれば心の脆さと表裏一体なのです。とても純粋な子ですから。人懐っこくて、純真で、正義感があって。
もちろんこれらは長所なのでしょうが、これらは一歩間違えれば必ず短所になり得えてしまうものでございます。
それが良くない方向に向かってしまったあの頃、あの子を止めるにはこうするしかなかったといいますか、これが最善の手だったのか、今も悩んでしまうことはございます。
今はただ、彼女の感情を愛欲で封じ込めているだけに過ぎないのです。あの子の本質は、こんな歪んだ世界にあるものではありませんから。
ある意味、自由奔放さに制限をかけた形であるのです。
まぁ、奔放さで言ったら私も人のことは言えませんので、実際これ以上どうにかするわけでもございません。あの振る舞いも、あの子の性格だから許されているといっても過言ではありませんし。
少し難しい話になってしまいましたね。どちらにせよ欲に忠実なのはいいことです。自分の欲に忠実になることとは、他人の欲もまた理解し、寛容になることと同義なのです。
あれ、でもそれってつまり、他人の欲の為に自分が我慢するということもあるのでは? 我慢は欲に忠実になることの反意では……?
と一時期はぐるぐると思考の袋小路に陥ったこともをございますが、考えれば考えるだけドツボにハマるだけでしたので止めました。
なんにせよ最終的に気持ちよくなれればオールオッケーなのでございます。
「ふぅ。ともかく落ち着きはしました。失礼いたしましたわ。ですが、私の根本の欲求は解決しておりません。退屈なのは間違いないのです。
自由に生きると決めたはずなのに、やっていることは性に自由に生きているだけ。これってどうなのでしょう?」
「うーむ、そう言われるとなぁ。まぁ、お前の言い分も分かった。何か考えておくよ」
「ありがとうございます。今日は私も言いたいことを言えてスッキリしましたし、夜の確約も得られましたし。大満足でございます。
お邪魔しました。私は自室に戻りますね。お仕事頑張ってください」
「ああ。それじゃまたそのうちな」
「ええ、楽しみにしております」
こちらこそ、ご主人様の顔が見られて嬉しかったです。また一週間頑張れそうです。
いえ、一週間と言わずもう数日我慢したらご寵愛いただけるんですよね。今のうちからお部屋を綺麗に掃除しておきませんと。見られて困るものはございませんが、身の周りを整えておくのも乙女の嗜みなのでございますよ。
私は一礼し、入り口の方に足を進めます。
「……なぁ、ブルー」
はい、なんでしょう。
「お前もさ。レッドくらいアホで奔放でイカれられてたら、きっと、楽になれてたのかもしれんな」
「……そうでしょうね。
ですが、あの子も私も本質は同じなのです。
現実から逃げれなくて、甘える先がなくて。どうにも身動きが取れなくなったときに、都合よくあなたに救っていただいた身です。もしかしたら、私もあなたに縋って生きることで、新たな道を見つけたような気がしているだけなのかもしれませんね」
「……お前は、ホントに堕ちてるのか、元からそうだったのか、分からない奴だよな」
「ええ、自分でも思います。実際どうなんでしょうね」
くすり、と苦笑いのような微笑みが溢れてしまいます。
ですが、これだけは言えましょう。私はあの日、あなたに出会って、自由に過ごす生き方を教わって、あなたを敬愛することを誓いました。
そのためならば元いた世界にも平気で背を向けられます。お望みとあれば、己の首にも刃を突き立てましょう。当にその覚悟はできております。
ここが存外温かで優し過ぎる空間なのです。私は今の退屈で代わり映えのしない日々も嫌いではありませんが、もう少しだけ刺激と潤いが欲しいと嘆いている……贅沢で、傲慢で、我儘な女なのでございます。
「それでは失礼いたします。寂しいご様子でしたら、なんなら今すぐ押し倒してくださっても構いませんのよ? 帰ってしまいますがホントよろしいんですの?」
「だが断る」
「うふふ。ご主人様のいけずー」
ニヒルでな笑顔に、思わず私の心も軽くなってしまいます。ちょっと悔しいので、私はわざとご主人様に悪戯めいた微笑みを向けてから踵を返させていただきました。
お慕いしております、ご主人様。
いやぁー、言いたいこと言えたのでスッキリしましたね。あとは自室で適当に過ごして、たまーに掃除なんかでもして、ご主人様の回答をお待ちすることにいたしましょう。
久しぶりにウキウキるんるんでございます。
一一一一一一一一一
一一一一一一
一一一
一
ちなみに、自室に戻ってベッドの上でゴロゴロ寛いでいたところでした。
コン、コン。
私の部屋のドアを叩く音が聞こえてきました。
怪人さんならこんな事前に確認を取るような遠回しは行為はしないですし、むしろズケズケと土足で乗り込んできてそのまま襲いかかってくるようなワイルドさが売りでしょうし。かといってご主人様の夜這いは今日ではございませんし……。
「はい、どなたですの?」
今開けますので少々お待ちくださいな。
ドアに駆け寄り、恐る恐る開けてみます。
「やっほー美麗ちゃん」
開けた先に居たのは元相方の茜さんでした。
今日はまだドロドロのぐちゃぐちゃではないようです。お風呂上がりでしょうか、この位置からでも分かるシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐります。
「あら、あなたでしたか。いかがなさいました?」
珍しいですわね。いつもならこの時間はもうどなたかの部屋でしっぽり楽しんでる頃合いではなくって?
「いやー、実は、さ。今からクモ怪人さんのところ遊びに行くんだけどぉ、よかったら……美麗ちゃんも、どーかなって」
なるほどお誘いでしたか。そういえばあなた、昔からクモだけは本当に苦手でしたわね。どんなに小さなクモでも嫌がって、いつも私が追い払ってあげていましたっけ。
堕ちた今でも抵抗があるとか、ちょっと可愛いところあるじゃありませんの。
とはいえ、まーた昆虫系怪人さんですか……。
いや、でも? 私こう見えて緊縛プレイは5本の指に入るほどのお気に入り内容でして、まして糸と拘束のスペシャリストであるクモ怪人の妙技をこの身に味わえると思えば……じゅるり。一考の価値ありですわね。
「コホン。まぁ別に?幸い今日はこれといったご予約も入っておりませんし、いいでしょう。ぜひご一緒させていただきますわ♡」
夜はまだまだこれからですわよね。
今晩はきっと長くなりそうな予感がいたしますわ♡
いろいろ伏線になるといいなぁ。
過去話とかバトル回とか
日常の中に挟むからこそ活かせるモノだよね。
あ、ご多分に漏れず
クモ怪人との蜜月は書きません。
茜さんとの濃厚な絡みも
手に汗握る緊縛拘束プレイも、
どんなに「いいね」を積まれたとしても
僕は堕ちません。悪しからずや。
次回、お風呂回予定。
気合を入れて執筆中です。