第1章【導入編】
こういうのでいいんですよ、こういうので
唐突に始まる食レポ回
だがそれがいい
社員寮スペースにはまだまだ部屋が連なっており、変わり映えのしない殺風景な廊下など見ているだけではつまらないものでして、どなたかのお部屋に「突撃!隣の松茸濃厚チーズ和えご飯!」でもしない限り進むだけ無駄な気もいたします。
ここは一つ、目的を持って進むことにいたしましょう。小腹が空いたとは思いましたが、飢えを満たすには松茸胞子をいただく以外には食堂に出るほかありません。
きっと今頃は外回り夜勤組の方が遅い夕食を召し上がっている頃でしょうし、私もそれにあやからせていただきましょう。
欲望に忠実な私の腹の虫がまだまだかと唸りをあげてしまいます。……正直な話、今日は夕食は勿論のことその後の夜食もしっかりと頂いております。今日はこれで数えて3度目の夕餉ですけど気に致しません。
この身体、ありがたいことに滅多なことをしない限り体型が変わらないのです。
暴飲暴食に昼夜逆転生活をかけて睡眠不足で割ったとしても、相も変わらず健康体でいられるのは普通にありがたいですし、ちょっと食べ過ぎたとしても毎日の運動でエネルギーを消費しているのですから無問題です。うふふふふふ。
急ぎ足で廊下を駆け抜けると、薄いレース生地のネグリジェでは風をダイレクトに感じてしまいます。少し肌寒いですね。温かいものをいただきましょう。
曲がり角を抜け、開けたスペースに出ました。向かいにある、今の時代にはやけに古風な暖簾戸をくぐると、ここが食堂です。
社員食堂では、社員は誰であっても皆無料で食事することができます。ご主人様の粋な計らいでございます。
聞いたところによると、娑婆の企業は自社の社食であっても等価かせいぜい割引が効くくらいのサービスのところが多いらしいですね。貧乏人どもめザマァみろですわ。
部屋に入った途端、感じたのは鼻いっぱいに広がる香ばしい香りでした。そこに混ざって一日中働いたオスくさい汗の匂いもあります。
誰一人として口を開かない静かな空間がより感覚を研ぎ澄ませて、もう耐えられそうにありません。
ダブルの匂いが私の脳と鼻腔を適度に刺激いたします。さきほど嗅いだ栗の花効果も相成って一瞬ムラりと心が揺れましたが、この食堂まで来てしまってはまださすがに食欲の方が優っています。
今日の献立はですね……なるほど。
デンと真ん中に鎮座されたハンバーグに、付け添えは目玉焼きとポテトフライ、そしてこれは……カレー風味のスパゲティですか。更にご飯と汁物も付いています。
ほー、いいじゃないですか。こういうのでいい
んですよ、こういうので。
なんとも食欲を唆る庶民的なセットで夜食にピッタリです。
配膳の列に並び、受付のムカデ怪人さんから配膳を受けとります。手元にまでくるとより一層美味しい香りが際立ちます。早く食べたいです。近くの席に付いて早速いただくことにしましょう。
「お隣よろしいですか?」
「……ん、ああ、構わないよ」
「ありがとうございます」
私は既に食事をしていらしたカマキリ怪人さんの横に腰掛けます。
指に該当するものがない彼ですが、その鎌で器用にナイフとフォークを駆使して食べていらっしゃいました。あまり喋りたい気分でもないのでしょうか、一言お返事をいただいただけで、また黙々と食事にお戻りになられました。
そうですよね。目の前のモノに集中したいですものね。
「……いただきます」
私も一人手を合わせたのち、彼に習ってメインディッシュのハンバーグにナイフを入れてみます。ほんのりと湯気を立てるその身は、実にふっくらとしていて少しもパサついた感じがなく、切れ目を入れた瞬間に肉汁がどっと溢れ出ます。
舌に乗せた瞬間、感じたは旨味と、ちょっぴりかつ絶妙な塩気具合。ケチャップソースの焦げ目の香ばしさが相なって絶妙なハーモニーを奏でています。
これですわ。求めていた欲求は。
今なら静まり返った食堂の理由が分かります。
騒がしいのもよいのですが、集中したいときはいつだって黙りこくってしまうものです。
モノを食べる時はですね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんですよ。独りで、静かで、豊かで……。
私も隣のカマキリ怪人さんのように、ただ静かに食を進めさせていただきました。思っていたよりもペースは早く、いつの間にかプレートの上は綺麗さっぱり胃に収まってしまっておりました。
「はぁ〜、ごちそうさまでした」
勿論のこと、大満足です。
ネグリジェの内側でぷっくりと膨れたお腹がそれを具に物語っています。あらやだ、このお腹、中にたくさん出していただいたときみたいでちょっとやらしい。
さきほどの茜さんが脳裏に横切ります。
たった今独りやら静かやらがイイとは言いましたが、こんな男だらけのオスくさい空間の中で呼吸をしていて、それを意識しないわけもなく、そっちは満足できるわけないですよね。
目の前の食事というタスクから意識が離れ、思考に余裕ができればできるほど、周囲に目と意識がいってしまうわけでございます。
「嬢ちゃん、いい食べっぷりだったな」
「あら、見ていらしたんですか?」
膨れたお腹を撫でていると、横にいたカマキリ怪人さんが声をかけてくださいました。
「ああ、俺たちの目は左右もよく見えるからな。それより、この後は暇か?」
あら、この質問は……。
私は怪人さんに流し目を向けました。
「ええ、何も無ければ自室に戻るつもりでしたが。用ができれば、そちらにと」
食欲が満たされた今、次の欲求に身を任せるだけなのです。
「嬢ちゃんさえ嫌じゃなかったらなんだが、この後……どうだ?」
いやぁ、さっきまであんなにクールだったカマキリ怪人さん。食べ終わった直後にまったく、コレですか。
「うふふ、そうですねぇ……♡」
とはいえ、正直な話、私も彼と似たような者なのです。
冷静になって考えてみれば、怪人だらけの男くさい空間に、こんな薄着の美少女が独り出歩いている状況の方が不自然なのです。
そして、それを怪人の皆様が見過ごすわけもなく、私が見越していなかったわけもなく、むしろこう話が進む方が自然なのです。
人間、食欲満たせば何とやら、とは聞いたことがありますが、ご主人様にご調整いただいたこの身体には常識など当てはまりませんので。
上の食欲が満たされたとなると、今度は下の食欲の番なのですよ。期待していなかったかと言われたらもちろん嘘になります。
ですので、結論してはただ一つ。お腹いっぱい食べた後では、私がデザートになってしまうわけで。
さすがにこの孤独の空間では致せないでしょうから、行為に及ぶならカマキリ怪人さんのお部屋でしょうか。
持ち帰り! そういうのもあるんです。
自由に生きる、〝元〟魔法少女の私の
勝手気ままで自堕落な生活。
己の欲望に素直に生きるため。
つまらない人生にはサヨナラを告げました。
いいんです。
もう堕ちるとこまで堕ちてますから。
うふふ、今晩はいい夢見れそうですね。多分朝まで寝かせてはくれないでしょうけど。
ちなみに
カマキリ怪人さんのお部屋での様子は
一切書きませんのであしからず。
どんなプレイするんだろう…
少しでも動いたらその身に傷が入るぞと
ギラりと光る鎌で脅されているのに
ダメ、そんなっ、じっとしてなんかいられない、
と必死に身を捩り、
やがて淡い感覚では満足できず、
結局は恐怖よりも快楽を優先してしまい、
挙げ句の果てには痛みも忘れ
血と涙を流しながら涎を垂れ流してしまうような…
そんな内容なんでしょうかね、
ご想像におまかせします笑
次ページは全く別の日の朝から
始まります。
というよりやっと本筋がスタートなのかな?