天野は実家周辺の路地裏にタクシーを停めた。


 後方には不審な車が1台。


 やはり尾行されていたようだ。


 天野はタクシーを降りると、後方を確かめながら、目の前の壁をよじ登った。


天野勇二

さぁ、サクラおいで。

サクラ

ハイ……。


 サクラの手を引っ張り、実家の庭に忍び込む。


 これで一瞬、尾行している連中の目をまくことができるはずだ。



 天野は庭を走り抜け、ガレージへ向かった。


天野勇二

久しぶりだな。
我が愛車よ。


 埃の積もったバイクカバーを取り払う。


 愛用の単車が現れた。


 ヘルメットを2個取り出し、ひとつをサクラに被せる。


サクラ

天野サン、ココは……?

天野勇二

ここは俺の実家さ。
あまり帰らないけどな。


 天野はガレージの扉を開け、キーを取り出すと、単車の後部座席にサクラを乗せた。


天野勇二

しっかり掴まってるんだよ。

サクラ

ハイ。


 腰にしがみつくサクラを確認し、天野は単車を発進させた。


 一気に加速。


 慣れた路地を走り抜ける。


 ミラーで後方を確認するが、尾行の姿は見当たらない。


天野勇二

よし、このまま夜の東京に行くぞ!

サクラ

ハイ!


 単車は軽快なエンジン音をたてて走り出した。


 念のため裏路地などを走ってみたが、やはりついて来る車は見当たらない。


 完全に尾行をまいたと判断した天野は、東京の夜をサクラに紹介してやることにした。



 天野はまず歌舞伎町へ向かった。


天野勇二

サクラよ、ここが新宿、歌舞伎町だ。
深夜でも眠らない繁華街のひとつさ。


 サクラは「ぽかん」と口を開け、きらびやかなネオン街を見つめた。


サクラ

スゴイ……!
まるで昼のように明るいんデスネ。

天野勇二

ああ、電力の無駄使いもいいところさ。

しかし……。
君の格好は目立つな……。


 サクラの民族衣装は夜の歌舞伎町でも激しく目立つ。


 そもそもサクラは美しいお姫様。


 衣服は最高級品。


 気品を隠すことができない。


天野勇二

まず服を買おう。
それでは目立ちすぎる。


 天野は単車を停め、ドンキにでも行こうと歩き出した。


 しかしサクラは路地の途中で足を止めた。


サクラ

天野サン。
あのドレス……。
ステキデスネ……。


 サクラは物欲しそうにショーウィンドウに飾られたドレスを見つめている。


天野勇二

あれか……。


 水商売の娘が着るドレスだ。


 異国のお姫様が着る代物ではない。


 だが、夜の時間に開いている服屋なんて、水商売向けの店か、ドンキぐらいしかない。


天野勇二

あれはキャバクラ嬢が着るドレスだぜ。

サクラ

キャバクラジョウ?
それは何デスカ?

天野勇二

うーん……。
何と言えばいいのか……。


いや、まてよ……。
逆にこっちのほうが目くらましになるかもしれんな……。

よし、サクラよ。
好きなものを買ってやろう。

サクラ

本当デスカ?
天野サン、ありがとうございマス。

天野勇二

ただ、このドレスは女性が男性を接待するためのドレスだ。

サクラ

そうなんデスカ。

天野勇二

あまり普段は着ないほうがいいぜ。

サクラ

わかりマシタ。


 サクラは沢山のドレスを見てはしゃいでいる。


 ここだけ見れば、ただの18歳の娘だ。



 しばし試着を繰り返したところ、紫のドレスが気に入ったようなので、その場でドレスを着せてもらった。


 元々着ていた衣服は残念だが処分だ。


サクラ

ステキなドレスデス。
宝物にシマス。


 サクラはキャバクラ嬢のドレスをえらく気にいったようだ。


 褐色の肌に紫色の衣装が映える。


 外国人パブの娘にも見えるが、サクラの持っている気品と調和しているようにも感じた。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

まぁ、気に入ってくれれば良かったよ。


 衣装を変えたサクラの手をとり、天野は歌舞伎町の街を歩き出した。


天野勇二

手を離すなよ。
この街ではぐれちまったら探すのは面倒だ。

サクラ

ハイ。
天野サン、あれは何デスカ?
大きなロボットデスネ。

天野勇二

あれか。
あれはな……。


 サクラは飲み屋や劇場、カラオケ屋などの店前で足を止める。


 視界に入る全てのものが珍しいのだろう。


 天野はそれがどんな施設で、どのように日本人が楽しむのか教えてやった。


 サクラは天野の説明を楽しそうに聞いている。


 東京の街に相当な興味を持っていたのだろう。



 やがて、天野たちはゲームセンターの前にたどり着いた。


サクラ

天野サン、ここは?

天野勇二

ここはゲーセンだ。
ちょうどいい。
ここには国にないものが大量にあるぞ。


 天野は小銭を用意して、サクラが興味を持った筐体に100円玉をつぎこんだ。


サクラ

ワァ!
ジャパニーズの太鼓デス!

天野勇二

ほら、サクラよ。
画面の動きに合わせて叩くんだ。

サクラ

スゴイ!
面白いデスネ!


 色々なゲームを遊んで回る。



 サクラはクレーンゲームの前で足を止めた。


サクラ

これは何デスカ?
カワイイマスコットデス。

天野勇二

これは欲しい景品を、あのロボットみたいなアームで捕まえて取るゲームだ。
何か欲しいものでもあったかい?


 サクラは猫のキャラクターのぬいぐるみを指さした。


サクラ

あれ、私の国でも人気デス。
すごく欲しいデス。

天野勇二

よし、やってみるか。


 天野はクレーンゲームなどあまりしたことがない。


 23回目のチャレンジで、ようやくぬいぐるみをゲットした。


天野勇二

ふう……。
やっと取れた。

ほれ、プレゼントだ。

サクラ

ありがとうございマス!


 嬉しそうにぬいぐるみを抱いて喜んでいる。


 次にサクラはプリントシール機の前で足を止めた。


サクラ

天野サン、女の子たちが集まっているアレは何デスカ?

天野勇二

あれか。
その場で写真を撮って印刷して、シールにする機械さ。

サクラ

シール!


 サクラは興奮して言った。


サクラ

天野サンと一緒に、撮ってみたいデス!

天野勇二

えぇ?
そ、そうか……。


 天野はあまり乗り気じゃなかったが、年頃の娘なんてこんなものだろう。


 一緒に付き合ってやった。


天野勇二

ほら、あれがカメラだ。
カウントダウンが始まるからポーズを決めるんだ。

サクラ

ハイ!

……エイ!

天野勇二

はっ!!!


 写真を撮れば、次はラクガキの時間だ。


天野勇二

このペンで文字を描く。
ほれ、こうだ。

サクラ

す、すごいデスネ!

天野勇二

ほれほれ。
こんなハートも出るんだ。

サクラ

カワイイ!!!

天野勇二

ぽんぽん、と。
スタンプも押せるぞ。

サクラ

ウワァァ……!
日本ってすごいデスネェ!


 サクラは印刷された写真を見て、大はしゃぎしている。


サクラ

天野サン、これも宝物にシマス!
大事に飾っておきマス!

天野勇二

日本じゃ友達といっぱい撮ったりするんだ。
皆で色々な写真を撮ったり交換したりすると楽しそうだろう。

サクラ

日本ってホントに楽しくてステキな国デス。


 ゲームセンターを後にした天野は、他に日本らしい遊び場がないか考えた。


 まだサクラは未成年だ。


 酒などは飲ませられない。


 クラブに連れて行くのは危険で、おまけに変な倫理感を与えかねない。


天野勇二

サクラよ、何か日本で見たいものは他にないか?


 サクラは首を横に振った。


天野勇二

ならば、レインボーブリッジでも見せてやるか。
お台場から実に日本らしい夜景が観れるぞ。

サクラ

ありがとうございマス!
天野サン!


 サクラは銃撃戦のショックからは立ち直ったようだ。


 天野は再び単車の後部座席にサクラを乗せると、首都高に乗り、レインボーブリッジを目指した。



 単車は 汐留しおどめを過ぎると、ゆっくり螺旋らせん状の道路を通ってレインボーブリッジを目指す。


 螺旋を上りきると、サクラは歓声をあげた。


サクラ

ウワァァァ!!!
すごくステキデス!!!


 レインボーブリッジには美しいイルミネーションが灯されていた。


 橋に立ち並ぶ柱が七色に輝いている。


 夜空に浮かぶ虹の中心を走っているかのようだ。


 天野は単車の速度を落とし、ゆっくり橋を渡っていく。


天野勇二

サクラ!
これがレインボーブリッジだ!

サクラ

すっごくキレイデス!
まるで、夢のようデス!


 七色の柱の向こうには、東京の夜景が広がっている。


 サクラは幻想的な光景に歓声をあげ続けた。


天野勇二

じゃあ、一気に飛ばすぞ!

サクラ

うっひゃァァァ!!!


 単車はレインボーブリッジを渡り、台場を通って海浜公園まで走った。


 駐車場に単車を停める。


 天野はサクラのために、自動販売機で温かい紅茶を買った。


天野勇二

そのドレスじゃ寒かっただろう。
飲むといい。


 白衣をサクラに着せながら、紅茶の缶を手渡す。


サクラ

ありがとうございマス。
いただきマス。


 サクラは紅茶を飲みながら、海岸沿いに建ち並ぶビルや工場の夜景に見惚れている。


 天野はそれらを指さして言った。


天野勇二

実に日本らしい光景だ。
日本を代表する会社や工場が並び、その明かりがイルミネーションのように輝いている。
これが日本経済を支える光なんだ。
あの光の下では、まだ誰かが働いているのさ。


 サクラは驚いて天野を見上げた。


サクラ

あの明かりの下で、まだ働いている人たちがいるんデスカ?

天野勇二

そうだ。
日本を支えているのは、ビルの明かりの下で必死に働く人間さ。
それに今は暗くて見えないが、すぐ隣には日本を代表する市場もある。
築地つきじってところさ。


 サクラは小さく頷いた。


サクラ

ツキジ、何となく聞いたことがありマス。

天野勇二

伝統工芸や寺院などの文化も大切だが、実際に国を支えるのはこの明かりの下にいる人間たちさ。

街にはクリスマスのイルミネーションが輝いているが、俺にはこの明かりのほうがよっぽど美しく、そして温かく感じるよ。

君もいつか国を統治するのならば、そのことを忘れてはいけない。

サクラ

天野サン、先生みたいデス。
さすが天才デスネ。

天野勇二

ただ大学じゃ、『クソ野郎』とも呼ばれているんだぜ。
性格の悪い最低なヤツだってな。

サクラ

信じられないデス。
私は天野サンにお会いできて良かったデス。
命を救ってもらい、たくさんのことを教えてもらいマシタ……。


 そう言うと、サクラは隣に座る天野に寄り添った。


天野勇二

どうした。寒いのか?

サクラ

……ハイ。
ちょっとだけ。


 天野はサクラの背後に回った。


 両肩を抱いてやる。


 サクラは嬉しそうに微笑んだ。


サクラ

なんだか、ロマンチックな気分デス……。

天野勇二

そうか。

サクラ

天野サン……。
あったかいデス……。

天野勇二

身体を冷やしてしまった。
すまないな。


 サクラは俯き、ぽつりと呟いた。


サクラ

……天野サン、私の国、サリスは小さな島国デスけど、とってもキレイなところなんデス。
海も森もキレイなんデス。

天野勇二

それは是非とも、一度訪れてみたいな。

サクラ

あ、あの……。

天野サンは、もう結婚されてマスカ?


 サクラは耳まで真っ赤にしている。


 天野には暗くて見えなかった。


天野勇二

いや、してないな。

サクラ

天野サンさえよかったら……。

えっと……。

その、私と一緒に……。

サリスで暮らしまセンカ……?

天野勇二

そうだな。
いつか旅行する時間があればな。


 サクラが小さく首を横に振った。


サクラ

いえ、あの……。

私と一緒に……。

サリスでずっと……。

暮らしてほしいんデス。

天野勇二

ずっと?
それはまさか……。

サクラ

ハイ……。


 サクラがコクンと頷く。


 天野はようやく発言の意図を理解した。


 苦笑しながら言い聞かせる。


天野勇二

君と俺では身分が違うさ。
君はまだ若い。
これから色々な世界を知る必要もあるだろう。


 サクラはブンブンと首を横に振った。


サクラ

もう父は年なんデス。
王位を継承する日も遠くありマセン。
天野サンだったら、きっとサリスを、もっとステキな国にしてくれマス……。

天野勇二

俺は王様になるような男ではない。
それにきっと、君には素敵な王子様が現れるよ。


 サクラはまたブンブンと首を横に振った。




サクラ

王子サマには、日本で会えマシタ。

天野サンが……。

私の王子サマデス……。




 天野は困った。


天野勇二

(ロイヤルファミリーへの誘いか……。まいったな……)


 何と応えるべきか天野が悩んでいると、懐のスマートフォンが鳴った。


 見知らぬ番号からの着信だ。


天野勇二

サクラ、ちょっと待ってくれ。


 天野は急いで電話に出た。


天野勇二

……天野だ。

黒崎

天野か。黒崎だ。

天野勇二

黒崎か!
無事だったのか!?


 天野は慌てて周囲を見渡す。


 尾行も襲撃犯の姿もない。


 天野は安堵した。


黒崎

ホテルを破壊し、金城は重症をおった。
だが、何とか生き延びた。
王女は無事だろうな?

天野勇二

ああ、一緒にいるぞ。
尾行もまいてやった。

黒崎

そうか……。
合流したい。
場所を教えてくれるか。





 天野はじっと口唇を噛み締めた。



 慎重に言葉を紡ぐ。





天野勇二

……黒崎、お前の言葉を信じていいのか?

黒崎

フフフ……。


 黒崎は軽く笑った。


黒崎

信じられないのも無理はない。
だが、担当として無事を確かめる必要がある。
場所を言えないのであれば、外務省まで王女を連れて来てくれ。


 天野は静かに頷いた。


天野勇二

いいだろう。
今は都心から離れた場所にいる。
1時間程度は時間が欲しい。

黒崎

わかった。
外務省の駐車場で待っている。
言っておくが捨駒になるぞ。

天野勇二

……なるほど。
そういうことか。

黒崎

そうだ。王女を頼む。


 電話は切られた。


 天野はサクラに明るく言った。


天野勇二

黒崎も金城も無事らしい。
そろそろホテルに帰ろう。




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つばこ

天野くんは黒崎を信じるのか……。
そしてお姫様の求婚にどう応えるのか……。
お姫様編も佳境! お楽しみいただければ幸いです!
 
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コメント 272件

  • ИДЙ

    プリクラで勇二がどんなポーズとったのか気になる…!!!
    想像で笑うwww

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    プリクラのやりとり何度見てもニヤニヤしちゃう…!
    絶対普通のポーズしてないww

    えっと、桜の背後に回って両肩を抱くといいますと、二人羽織的な体勢で たぶんだけど天野くんの顎は軽くサクラの肩に乗ってる感じだよね??
    なにそれやばいじゃん…!!

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  • だいたろう

    天野君、君は...なんて罪な男なんだよ…

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  • ねここ

    やっぱり王女様天野くんに惚れちゃったよー
    これは前島ちゃんには見せられないエピですな。ぐはは。

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  • rtkyusgt

    天野でも苦手なことがあったのか。
    クレーンゲーム23回はすごい(*゚-゚)

    涼太なら1発で取りそうだ。笑

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