黒崎の運転する車は外務省に入り、VIP待遇の宿舎へと向かった。


 外務省のある霞が関は、国内でもトップクラスの要人が集まるエリアだ。


 すぐ側には皇居。


 桜田門には警視庁。


 通りに立っている警備の人間も圧倒的に多い。


 ここならば危険は少ないだろう。


天野勇二

(しかし、いくら何でも所持している武器が少なすぎる……)


 天野は武装の面が心配だった。


 持っている武器は「鉄板を仕込んだ靴」。


 護身用として持ち歩いている「メス」が2本。


 ホテルでは奇跡的に襲撃犯を返り討ちにしたが、マシンガンや拳銃に対抗できる装備ではない。


天野勇二

おい、黒崎よ。


 宿舎に到着すると黒崎を呼んだ。


天野勇二

本当に俺に武装させないつもりか?
さすがにテロリストに対して勝ち目はないぞ。


 黒崎は挑発するように笑った。


黒崎

腕には自信があるんじゃなかったのか?
民間人の武装を許せる訳がないな。


 天野はため息を吐いた。


天野勇二

仕方ない。
いざとなったらお前を盾にして死んでもらい、お前の拳銃をいただくよ。
別に俺様はお前が死んだところで悲しくも何ともないからな。

黒崎

なんだと……?


 黒崎は挑発に乗り、天野をギロリと睨みつけた。


 天野も負けじと、上から見下すように黒崎を睨みつける。


天野勇二

なんだ?
何か文句があるのか?
武装をさせないお前が悪いんじゃないか。


 天野はいつものスタンスを崩さない。


 黒崎は唇を歪め、吐き捨てるように言った。


黒崎

……本当に、口の減らないガキだな。
何を食って育てばそんなひねくれた性格になるんだ?
まずお前から始末してやりたいよ。

天野勇二

ほう?
お前にやれるのか?
俺様にとって、お前などゴミクズ程度にしか感じていないぜ。
試してみるか?
俺様も負け犬の鳴き声が聴きたいと思っていたんだ。


 両者は額をつき合わせた。


 互いの身長はほぼ同じ。


 激しく睨みあう。


黒崎

……このクソガキめ。


 黒崎が鼻を鳴らし、天野から静かに離れる。


黒崎

いい度胸をしてやがる。
お前がどんな名医になっても、お前の病院にだけは行きたくないものだな。


 黒崎はそう言うと宿舎を後にした。


天野勇二

さて……。


 宿舎を見回しSPの数を確認する。


 正門とロビーに1名ずつ。


 部屋の入り口にも2名配置されている。


 自分が担当すべきは室内だろう、と感じ、天野はサクラのもとへ向かった。


サクラ

天野サン、よろしくお願いいたしマス。


 サクラが改めて頭を下げた。


天野勇二

こちらこそ宜しく頼む。
襲撃犯が撃退され、敵は計画を練り直しているはずだ。
今夜は安心できるだろう。

まずは明日のスケジュールを教えてくれないか?

サクラ

ハイ。
こちらになりマス。


 サクラはスケジュール表を取り出した。


 じっと読んでみるが、サクラの母国語で書かれており、さすがによくわからない。


 サクラはそれを察し、説明を始めた。


サクラ

午前中はアサクサにて博物館を見学し、昼は大臣の方々と会食。

午後は神社に寺院やスカイツリーなどを観てまわりマス。

夕方は日本のロイヤルファミリーの皆サンと歓談。

その後ホテルに戻りマス。


 天野はスケジュール表を見て唸った。


 襲撃するタイミングは何ヶ所もある。


 だが、国内外のマスコミが取材のためについて来るだろう。


 反王政派とやらは、マスコミの前で自国の王女を殺害するだろうか。



 天野は思案しながらサクラに尋ねた。


天野勇二

君の国の情勢が知りたい。
反王政派というのはかなり強いのか?

サクラ

ハイ。かなり強いデス。
実は私の国は、少々不安定な状況にありマス。


 琥珀色の瞳は真っ直ぐに天野を見つめている。


サクラ

国王である父上は高齢。
王位継承の時期が近づいてありマス。
国は民主制を取り入れているとはいえ、父上の持つ影響力は小さくありマセン。
それを無力化したいと考えている方々が、反王政派なのデス。

天野勇二

だが、君が殺されても他に王子や姫がいるだろう?
王位が継承されるのは、どちらにしても変わらないはずだ。


 サクラは小さく頷いた。


サクラ

私には従兄弟が1人ありマス。
まだ9歳。
しかし男の子なのデス。
反王政派は女王として私が君臨するよりも、王子に王政を継がせたいと考えているのデス。

天野勇二

なるほどね。
若い王子に継承させ、王政を傀儡かいらい化させたいのか。
よくありそうな話だ。
出来損ないの映画シネマのようだな。


 天野は腕組みをして思案した。


 タバコを取り出しながら尋ねる。


天野勇二

王女の前で失礼だが、タバコを吸っても構わないか?

サクラ

もちろんデス。

天野勇二

明日の宿はどこだい?


 サクラは都内にある一流ホテルの名を告げた。


天野勇二

ほぼ間違いなく、襲撃はそのホテルになるだろう。
親日派の王女を日本で殺すということは、日本との関係を悪化させることに等しい。
日本にゆかりのある場所は避けるだろう。

それとも反王政派は、日本に喧嘩を売っても構わないと、そこまで考えているのかい?


 サクラは首を横に振った。


サクラ

反王政派は決して日本との関係を悪くしたいとは思っていマセン。
天野サンのお考え通りかと思いマス。

天野勇二

そうか。
ならば、今夜は休もう。


 天野は部屋を見回した。


 天野たちが話しているリビングとは別に、ダブルベッドが置かれた部屋が2つ。


 片方の部屋は2人の侍女が使うだろう。


天野勇二

俺はここで眠ろう。
君はシャワーでも浴びて眠るがいい。

サクラ

すみマセン……。
こんな狭いところで……。

天野勇二

気にすることはない。
さすが外務省のソファだ。
良い夢が見れそうだよ。


 天野はごろんと寝転がり、サクラに笑ってみせた。

 


 その夜は天野の読み通り、襲撃されることはなかった。


 翌朝になると黒崎ともう1人、新しい男がサクラを迎えに来た。


黒崎

サクラ王女、本日は私とSPに加えて、 金城きんじょうという者が護衛につきます。


 金城は黒崎よりも年下の若い男だ。


 長髪の黒崎とは対称的な短髪。


 すらりとした細身。


 だが、かなり鍛え込まれた肉体の持ち主だ。


天野勇二

護衛をつとめる天野だ。
宜しく頼む。

金城

金城です。
所属は同様です。
本日は宜しくお願いいたします。


 互いに手を差し出し握手する。


 ごつりとした大きな手だ。


 捕縛術などに けているのだろう。


 この男と素手でやり合うのは危険だな、と天野は感じた。


 それほどの実力者だ。


サクラ

サクラと申しマス。
この度は宜しくお願いいたしマス。


 サクラは丁寧に頭を下げている。


 天野は背伸びとあくびをしながら、感心したように黒崎に告げた。


天野勇二

さすが外務省のソファだ。
実に寝心地が良かった。

しかし……。
昨日銃撃を受けて負傷したというのに、黒崎が護衛に立つのか?


 黒崎は天野を嫌そうに一瞥した。


黒崎

そのためにサポートとして金城をつけた。
金城はかなりの実力者だ。
お前でも相手にならないさ。


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

学習したじゃないか。
自分だけじゃ護衛できないと判断したんだろう?
しかし負傷したくせに護衛役を変えないとは、オタクのボスもなかなかのドSだな。


 黒崎はそれを無視してサングラスをかけた。


 金城も同じサングラスをかける。


 天野はそれを見て言った。


天野勇二

なんだ、渋いサングラスじゃないか。
俺様の分はないのか。
くれよ。


 黒崎は完全に天野を無視して、ずんずん歩き出した。


天野勇二

おい金城よ。
お前の先輩、随分と愛想がないな。


 金城も天野を無視して黒崎の後を追いかける。


 天野は内心舌打ちした。


天野勇二

(やれやれ……。護衛のフォーメションの打ち合わせも、スケジュールの確認もないのか。ガキ相手にムキになりやがって。本当に頼りになるのかコイツら)


 天野は仕方なくサクラに言った。


天野勇二

サクラよ、本日は君の隣に立たせてもらう。
だが、王女の隣に俺のような出で立ちの民間人が立つのは不自然だろう。


 天野は苦笑しながら衣服を指さした。


 天野は着替えなんて用意していない。


 今もずっと白衣を羽織っているのだ。


天野勇二

だから、俺は君の『主治医兼通訳』であることにしてくれ。
意味のわからない日本語が少しでもあれば尋ねろ。

サクラ

わかりマシタ。
頼りにしていマス。

天野勇二

どうせお偉いさんは堅苦しいエピソードしか話さないだろう。
俺様が面白おかしく説明してやるよ。


 サクラは嬉しそうに琥珀色の瞳を輝かせた。


サクラ

ウフフ。
とても楽しみデス。

天野勇二

あと誰かに俺と離れるよう指示されても、必ず隣に置くようにと主張してくれ。
俺は君を守る最後の盾になるのだからな。


 サクラは神妙な顔つきで頷いた。


サクラ

わかりマシタ。
天野サン、危険な任務をお願いしてしまい、本当にごめんナサイ……。


 切なげに肩を落とすサクラの背中を撫で、天野は軽やかに笑った。


天野勇二

案ずることはない。
お姫様の命を守ることなんて、俺にとっては『お茶の子さいさい』さ。


 サクラはきょとんと小首を傾げた。


サクラ

オチャノコサイサイ?
それは何デスカ?


 天野は苦笑しながら答えた。


天野勇二

『A piece of cake』。
簡単な仕事ってことだよ。

この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいく。

俺が隣にいる限り、君は世界の誰よりも安全なのさ。


 指先をパチリと鳴らし、天野は気障ったらしい笑みを浮かべている。


 サクラはその笑顔に不思議な頼もしさを感じていた。



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つばこ

今回のエピソードでは登場人物が多いですが、キーキャラクターになるのは3人だけです。
ちょっとまとめますね。
 
*登場人物紹介*
 
<サクラ>
サリスという小国のお姫様(王女)。王位継承者であり将来は女王陛下になる。褐色の肌と琥珀色の瞳が特徴でとってもカワイイ。
 
<黒崎>
長髪のシブい諜報員。危険な役目を任され、天野くんに嘲笑&罵倒され、撃たれて負傷しても現場に立たされるという、とにかく可哀想な男性です(´;ω;`)ウッ…
 
<金城>
とにかく可哀想な男性の後輩。天野くんを凌駕するほどの実力者。
 
【以下告知&宣伝】
 
ついに表紙が公開されました!
来月12/10(木)発売!
「天才クソ野郎の事件簿」の文庫本!
価格は611円(税抜)!
 
とにかく特典やイベントがスゴイです!!!
 
詳しい内容は特設ページをチェックしてくださーーーい!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 229件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    天野くんとサクラ女王のやりとりはきゅんきゅんが止まらないし、黒崎とのバチバチも最高だ!!!

    時々天野くんが白衣なの忘れるけど、授業中も戦闘中も白衣なんだよねww
    蹴りを入れた時なんかは白衣の裾がいい感じに翻っていい仕事するんだろうな( ˙ ꒳ ˙ )

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  • 綾夏

    天野にかかれば、全ての人が可哀想になるのさ!笑

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  • 太宰雅

    金城・・・怪しくないですか?

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  • マッスル

    なんだか天野ならサクラ王女の母国語だって読めてしまうような気がしていたが流石についこないだはじめて知った国だから無理だったか。天野も人間なんだなぁ←

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  • 遙@ネト充ReLピアシ先生のお

    今回はいつもにまして天野くんかっこいいわぁぁ(///∇///)

    ↓笑ってしまったwwwwww

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