エレベーターが最上階に到着すると、黒崎が驚愕きょうがくの表情を浮かべて出迎えた。


 それも当然だろう。


 堂々と立つ天野の足元には、3人の襲撃者が気絶しているのだ。


天野勇二

なんて顔してやがる。
スパイの名が泣くぜ。


 黒崎は呆然と尋ねた。


黒崎

これは……。
お前が倒したのか?

天野勇二

そうに決まってるだろ。
見てわかることを訊くな。
それより手伝え。
武装解除するぞ。

黒崎

あ、ああ……。


 天野と黒崎はエレベーターから襲撃者たちを引っ張り出し、持っていた武器を取り上げた。


 恐ろしいことに3人とも拳銃はおろか、手榴弾まで持っていた。


 天野は男たちを拘束すると深くため息を吐いた。


天野勇二

ショットガンがあれば終わっていたな。
いや、この俺様がいなければ終わっていた。
お前もサクラ王女もあの世行きだったろう。
さすがは俺様だ。


 黒崎はごくりと喉を鳴らし、天野に尋ねた。


黒崎

おい……。
お前本当に民間人なのか。
なぜ銃が撃てる?


 天野は呆れたように笑った。


天野勇二

おい、頼むから発砲したことぐらいで逮捕するなよ?
銃なんて子供でも撃てるように設計されているじゃないか。
映画シネマで観たのを真似しただけさ。

そんなことより、こいつらを病院に運ばないのか?
治療しないと死ぬかもしれないぞ。


 黒崎は訝しげな表情のまま頷いた。


黒崎

もう連絡した。
間もなく来るはずだ。


 確かに遠くから救急車のサイレンが聴こえる。


 天野はタバコを取り出しながら尋ねた。


天野勇二

こいつらはプロ中のプロ。
俺様が勝てたのは奇跡に等しい。
いったいサクラ王女は誰に命を狙われているんだ?


 黒崎はその問いに答えなかった。


 天野は携帯灰皿に灰を落としながら、なおも尋ねた。


天野勇二

外務省の人間ではなく国際情報統括官のお前がいるということは、襲撃はある程度予想されていたんだろう?
誰がサクラ王女を狙っているんだ?
民間人を巻き込んで命まで助けてもらったくせに、だんまりとは酷いんじゃないか?


 黒崎は口を開かなかった。


天野勇二

……チッ、話のわからん堅物かたぶつめ。


 天野は諦めてサクラの部屋へ向かった。


 ちょうど1人のSPが部屋から出てきたところだった。


SPの男

今の銃撃音についてサクラ王女が不安がっています。
何があったんですか?

天野勇二

来るのが遅えよ。
夜なのに昼寝でもしていたのか?
もっと早く部屋を飛び出して援護しに来い。
懐に隠し持っている拳銃はモデルガンか?

もう襲撃犯は倒した。
邪魔だ。どけ。


 SPを押しのけサクラの部屋に入る。


サクラ

あ、天野サン……?
今の物音はいったい……。


 天野はサクラをソファに座らせ、その隣に座った。


天野勇二

心配することはない。
3人の襲撃犯が現れたが、俺と黒崎で退治した。

サクラ

タイジ……!?
天野サン、お怪我はありまセンカ?


 天野は両手を広げて得意げに笑った。


天野勇二

黒崎は1発銃撃を受けた。
だが命に別状はない。
俺様はこの通り無傷さ。
映画シネマの主人公がやられちゃ、お話にならないだろう?

サクラ

良かった……。
ご無事で何よりデス。


 サクラは安堵あんどして息を吐いた。


 天野の手を心配そうに握り、琥珀色の瞳を潤わせている。


 その仕草に天野は「王女」と呼ばれるだけのカリスマを感じた。


天野勇二

サクラよ、教えて欲しい。
君は誰かに命を狙われているのか?


 サクラは悲しげに目を伏せた。


サクラ

……国内には、反王政派のメンバーがありマス……。
でも、まさか日本で襲ってくるとは……。


 天野はサクラに耳打ちした。


天野勇二

俺と君だけで話がしたい。
奥の部屋まで一緒に来てくれないか。


 サクラは頷いて天野を奥の部屋に案内した。


 侍女とSPがついて来ようとするが、サクラはそれらを拒否した。


サクラ

私だけ…‥とは、どのようなお話デスカ?


 天野はサクラにささやいた。


天野勇二

襲撃犯はまっすぐこのフロアに上がってきた。
恐らく君の部屋を知っていたはずだ。
つまり内部に『スパイ』がいるぞ。


 サクラは驚いて天野の顔を見上げた。


サクラ

しかし、国からは侍女しか連れてきておりマセン。
その中にスパイがいるのデスカ?

天野勇二

もしくは日本の外務省の人間だろう。
だが、親日家の君を殺したいとは願っていないはずだ。
恐らく金か何かで操られた人間だろう。


 琥珀色の瞳に涙が浮かぶ。


サクラ

そ、そんな……。
信じられマセン……。

天野勇二

信じられないのも無理はない。
恐らく来日するタイミングで襲撃するつもりだったのだろう。
日本は安全すぎる。
いつまで滞在する予定だ?

サクラ

明後日まで日本におりマス。
明日は日本の様々な方とお会いする予定デス。


 天野はしばらく無言で思案した。


 灰色の脳細胞をフル回転させている。


天野勇二

……今すぐにでも国に帰ったほうが無難だ。
スケジュールは変更できないのか?


 サクラは黙って首を横に振った。


 王女とはいえ、そこまでの権限を持っていないのだろう。


 天野は頭を抱えた。


天野勇二

まずいな……。
誰が敵なのかわからない。
俺はただの大学生だ。
武装することは許されない。
君の命を守ることさえも許されないだろう……。

誰か信頼できる人間が日本にいないか?


 サクラは泣きそうになりながら首を横に振った。


 肩が小刻みに震えている。


 天野は肩を抱いて落ち着かせるようにつとめた。


天野勇二

SPたちを盾にして歩き、狙撃から身を守れ。
宿泊の際には扉を開けるサインも決めるんだ。
移動中は顔を隠し、可能な限り人目を避けろ。
それしかとりあえず身を守る方法はない。

サクラ

ハイ……。


 サクラが頷くと、扉が遠慮がちにノックされた。


黒崎

黒崎です。
サクラ王女、天野さん。
もう宜しいでしょうか。


 天野はサクラを連れて扉を開けた。


 左肩に包帯を巻いた黒崎が青い顔で立っている。


天野勇二

黒崎よ、お前の怪我は大丈夫なのか。

黒崎

左肩をかすめただけだ。
それよりもサクラ王女、ホテルを変えます。
急で申し訳ないのですが、ご移動の準備をお願いできますか。

サクラ

ハイ……。
わかりマシタ……。


 サクラは鞄に私物を仕舞い始めた。


 黒崎は天野に向き直り、あくまでも偉そうに言い放った。


黒崎

ご苦労だった。
後は我々に任せてくれ。

天野勇二

おいおい黒崎よ。
誰が内通者かわかったのか?


 黒崎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 天野は思わず詰め寄った。


天野勇二

何をしてやがる。
誰が内通者なのか判明しなければ話にならんぞ。
お前の腕で王女を守りきれるのか?
さっきの様子じゃ襲撃犯に撃ち殺されるのがオチだ。


 黒崎はギロリと天野を睨みつけた。


黒崎

そんなこと、お前に指図されなくともわかっている。
外務省の中にサクラ王女を移動させる。


 天野は鼻で笑った。


天野勇二

お前、同僚を信じているのか?
外務省の人間がリークした可能性もあるだろう?
外務省の中で襲撃されたら国際問題になるぞ。
それに……。


 天野は侍女やSPを顎でさした。


天野勇二

内部にスパイがいれば同じことだ。
どうするつもりだ黒崎よ。


 黒崎は天野を半眼で睨みつけた。


黒崎

悪いが民間人に指図を受けるつもりはない。
我々は必ずサクラ王女をお守りする。


 天野は素早く指先をひるがえした。


 お得意の気障ったらしいジェスチャーの登場だ。


 黒崎の不快感をかき混ぜるように振り回す。


天野勇二

口だけは立派だな。
だが俺様にはわかるぞ。

今回、お前以外に信用できる人間はいないんだろう?
大体、なぜお前1人なんだ?
外務省の人間ではなく、国際情報統括官エージェントのお前が1人で派遣されているなんて、外務省内に内通者スパイがいると証明しているようなものさ。
お前のボスは犠牲者をお前1人にしたいか、よほどお前を信用しているかのどちらかだよ。

……いや、恐らく前者だ。
お前は捨駒だよ。
さきほどの腕を見れば 一目瞭然いちもくりょうぜんだな。


 黒崎の表情が歪んだ。


 苛々して天野を睨みつけている。


 天野はその顔さえも鼻で笑った。


天野勇二

なんだその目は?
命の恩人に向ける目じゃないな。
俺様がたまたま、あそこにいたから助かったんだぞ?
俺様がいなければマシンガンで蜂の巣さ。
お前と、お前が守るべきターゲットの命を救ってもらった恩人に、感謝の言葉を告げろよ。

幼稚園で習わなかったのか?
助けてもらったらお礼を言いましょうってな。


 天野はジェスチャーを止めて、残念そうに言葉を紡いだ。


天野勇二

とはいえ、俺は民間人だ。
俺様であればサクラ王女を守ることができるが、お前は外務省に押し付けて責任を逃れたいだけ。
情けない男だな、黒崎よ。


 黒崎は拳を強く握り締めた。


 今にも殴りかかりそうだ。


 天野はその様子を見てニタニタと笑う。


天野勇二

俺様を殴りたいのか?
止めたほうが無難だ。

襲撃犯に撃たれて何もできなかった負け犬のお前。
3人をぶちのめした俺様。
どちらが強いのか明白だぜ?

負け犬は負け犬らしく『キャン』と鳴けよ。


 黒崎の怒りが沸点を越えた。


 思わず天野の胸倉を掴む。


 即座に天野は黒崎の親指を根元から掴んだ。


天野勇二

もう終わりだ。
俺が手首を捻れば、お前の親指は折れる。
どうだ?
試してみるか?


 手首に力を込める。


 黒崎はたまらず手を離した。


黒崎

……お前、本当に何者だ。
どこかのエージェントじゃないのか。

天野勇二

だからただの大学生、と言っただろう?


 天野は挑発的に黒崎を見つめた。


天野勇二

黒崎よ、本当にサクラ王女の守りたいのであれば、俺様を護衛につけろ。
俺様はSPの経験もある。
SPを1人増やすことくらい簡単だろう?


 黒崎は鼻で笑った。


黒崎

ただの大学生をSPとして雇う訳がない。
悪いが、お断りだ。

天野勇二

そうか……。
じゃあ、勝手にしやがれ。


 サクラ王女の身支度が終わった。


 不安気に天野たちのもとへやって来る。


 天野はうやうやしく頭を下げた。


天野勇二

残念ながらお姫様、俺が付き添えるのはここまでのようだ。
君の旅の行方を見届けたかったが、非常に残念だ。


 サクラは何かを迷っていたが、意を決して黒崎に言った。


サクラ

黒崎サン、ひとつお願いありマス。
私の護衛に、天野サンをつけていただけマセンカ?


 黒崎は動揺しながらも答えた。


黒崎

彼は民間人です。
我々が必ずお守りしますので、ご安心ください。


 サクラは直も黒崎に詰め寄った。


サクラ

それであればサリス国の指名として、天野サンに護衛を依頼いたしマス。
それならば大丈夫デスカ?


 黒崎はさすがに言葉に詰まった。


黒崎

……サクラ王女、我々だけではご心配ですか?

サクラ

いえ、日本の皆様には感謝していマス。
しかし私は、個人的に護衛をお願いしたいのデス。


 黒崎は頭をかきながら天野を睨みつけた。


 天野はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。


黒崎

……王女の個人的な依頼であれば、我々は関与できません。
ですが、彼は民間人です。
銃などは所持できません。
かなり危険な護衛となるでしょう。
それでも構いませんか?


 サクラ王女は頷き、天野の前にひざまずいた。


サクラ

天野サン、危険を承知でお願いいたしマス。
どうか、私の命を守っていただけマセンカ?


 天野はサクラの隣にしゃがみこむと、肩を抱き立たせた。


天野勇二

うるわしきお姫様、民間人なんて顎でコキ使えば良いのです。
私で宜しければ、あなたの盾になり、あなたをお守りしましょう。


 何とも気障ったらしい発言だ。


 黒崎は憎々しい目で天野を睨んでいる。


 天野は全く気にせず平然と言った。


天野勇二

では黒崎よ。
早くお姫様を新しいホテルに案内しろ。



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つばこ

いいですねぇ(*´ω`*)
目上の権力者に対する天野くんのクソ生意気な物言い、見ていてスカッとしますねぇ(`ω´)グフフ
天野くんが強きものに歯向かい、野蛮な物言いを振り回し、なんだかんだでやり込めてしまうところが、つばこは大好きです。
 
今回の天野くんは「お姫様を守るヒーロー」として頑張るようですが、クソ野郎さが随所に顔を出していて、立派なシネマの主人公になれるのか甚だ疑問でございます。
黒崎さんとも仲良くしようよ天野くん!
きっと黒崎さんも悪い人じゃない……かも!
 
ではでは、いつもオススメやコメント本当にありがとうございます+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

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コメント 207件

  • ねここ

    誰に対しても俺様の天野くん、かっこよすぎですな。

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  • ゆんこ

    さ以後のセリフしびれるねー

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  • 綾夏

    でもなあ、天野しゃべり方はまじクソ野郎だけど、よくよーく意味を考えると、言ってる内容は割と正論なんだよなぁ そこがいい

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  • 太宰雅

    天野・・・優しいね。
    黒崎への態度は、天才クソ野郎だけど・・・。

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  • イオ

    もう医学が趣味のSPなのではと思ってしまう!

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