天野がその日の実習を終えて帰ろうとした時、スマホに着信が入った。


 番号は表示されていない。


天野勇二

……天野だ。

???

天野サンデスカ?
サクラと申しマス。

天野勇二

サクラ?


 覚えがない名前だ。


 どこで出会った女だろうか。


 天野が記憶を辿たどっていると、サクラが助け舟を出した。


サクラ

昼間、大学でお会いしたものデス。
サリス国の第一王女サクラと申しマス。

天野勇二

ああ、あの時のお姫様か。


 天野は少々驚いた。


 名刺を渡したが、本当に電話をかけてくるとは思わなかったのだ。


サクラ

その節はマコトにありがとうございマシタ。
天野サンには命を救われマシタ。

天野勇二

大したことではないさ。
君が無事で何よりだ。
わざわざ礼を告げるために電話してきたのか?

サクラ

それもありマス。
でも、天野サンにもうひとつお願いありマス。
私に日本のことを教えて頂けマセンカ?


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

この俺に?
何を教わりたいんだ?

サクラ

大学生の天野サンから、直接日本のことをお聞きしたいのデス。

天野勇二

変わったお姫様だ。
よかろう。
どこに行けばいい?


 サクラは都内にある一流ホテルの名前を告げた。


サクラ

そちらの一番高い階におりマス。

天野勇二

そこに行けば案内人でもいるのか?

サクラ

はい。大丈夫デス。

天野勇二

いいだろう。
30分もあれば着く。

サクラ

お待ちしておりマス。


 天野は電話を切ってタクシーを停めた。


天野勇二

(お姫様から直々のお呼び出しとは天才クソ野郎も偉くなったものだ。下世話な話でもたっぷり聞かせてやろう)


 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。



 タクシーに揺られること20分ほど。


 指定のホテルに到着した。


 大きな吹き抜けのロビーを通り、エレベーターで最上階まで上がる。


 エレベーターを降りると、ホールに1人の男が立っていた。


???

…………


 黒い長髪の男。


 ピシッとした黒いスーツ姿。


 年は30歳ほどだろうか。


 天野のことを値踏みするように睨みつけている。


天野勇二

サクラ王女に呼ばれた天野というものだ。


 長髪の男はあまり好意的ではない視線で天野を見つめた。


 あごをくいっと廊下の奥に向ける。


 ついて来い、ということだろう。


 天野は即座に噛みついた。


天野勇二

おいおい……。
貴様、幼稚園で習わなかったのか?
知らない人に会ったら自己紹介をしましょう、とな。
まさかとは思うが、名前が珍妙すぎて名乗るのが恥ずかしいのか?

貴様のように怪しく、親に授けてもらった名に誇りを持てない男にはついて行けんな。


 天野はニタニタと悪い笑みを満面に浮かべた。


 その笑顔と、嫌みったらしい言動が長髪の男の不快感を刺激する。


 長髪の男は微かに目尻にシワを寄せると、名刺を取り出した。


黒崎

外務省の黒崎くろさきというものだ。
所属はそこに書いてある。


 天野は名刺を眺めると、納得したように頷いた。


天野勇二

国際情報統括官、か。
なるほどお前は 諜報員ケースオフィサーなのか。

俺みたいな大学生を相手にしたくない気持ちはわかる。
だが、幼稚園の習い事はきちんと守れたみたいだな。
褒めてやるよ。


 実に偉そうで嫌みったらしい発言だ。


 黒崎は舌打ちしながらも、表情を変えずに言った。


黒崎

サクラ王女の指名だからお前を連れて行くが、王女の前でそのような発言をした場合、即刻ここから叩き出す。
覚えておけ。


 天野は両手を広げておどけた。


天野勇二

おお、怖い。
やはりスパイの脅しには凄みがあるな。
そんなことより、早くお姫様のところに案内しろよ。


 黒崎は無表情のまま廊下を進み、ひとつの扉をノックした。


 ロックが外され室内にいたSPが黒崎と天野を招き入れる。


 部屋の中央にサクラ王女がいた。


 気品たっぷりの笑顔を浮かべている。


サクラ

天野サン、遠いところまでありがとうございマス。

天野勇二

お姫様からのお誘いなら、どこへでも。


 気障ったらしい言葉を返しながら、天野は部屋の中を見回した。



 かなり豪華なスイートルームだ。


 侍女らしき異国の女性が2人。


 屈強なSPが3人。


 そして黒崎が立っている。



 サクラは部屋の中央に置かれた大きなソファに天野を案内した。


サクラ

よろしければ、私の母国のお茶でも召し上がりくだサイ。

天野勇二

ああ、いただこう。


 サクラは侍女に母国語で何かを告げ、不思議な香りのする紅茶を用意させた。


 天野は「ほう」と呟きながら紅茶を口にした。


天野勇二

実に良い紅茶だ。
君の国の人間はこんな美味しいものを飲めるなんて幸せだろう。

サクラ

ありがとうございマス。
そう言って頂けると光栄デス。


 サクラは机を挟んで天野の前に座った。


天野勇二

それで、俺に何を聞きたいんだい?

サクラ

日本の学生の皆サンの、日々の様子をお聞きしたんデス。


 天野はニヤリと笑うと、親指で黒崎を指さした。


天野勇二

あちらのお偉いさんから注意されたんだ。
君に失礼なことを言うなと。
だから当たり障りのないことを話そう。
そもそも、君はどんな勉強をしたいと思ってるんだい?

サクラ

私の国は小さな島国デス。
国の経済を発展させるための勉強をしたい、と思ってマス。

天野勇二

なるほど。
経済で学ぶべきことなんて君でも想像できるだろう。
わざわざ俺様を呼び出したのは、もっとプライベートなことを知るためじゃないのか?


 天野の言葉を聞き、サクラは琥珀色の瞳を輝かせた。


サクラ

ハイ!
そうなんデス。
日本の若者の皆様は、どのように遊んでいらっしゃるんデスカ?

天野勇二

サークルと呼ばれる集まりなどに入って趣味を楽しみ、夜になれば出会いを求めて飲み会を開き、クラブなどで踊り、カラオケやゲーム、ボーリングなどの遊戯に興じるのが一般的だな。


 サクラの顔がどんどんほころんでいく。


 日本人にとってはごくごく当たり前のこと。


 だが、サクラはそれだけでも夢のような話なのだろう。


サクラ

天野サンのオススメは何デスカ?

天野勇二

生憎と俺は忙しくてな。
それらを楽しむ余裕がない。
だが、『学園の事件屋』というものをやっている。

サクラ

ジケンヤ?
それは何デスカ?

天野勇二

学園には悩みを持つ学生が大勢いる。
そいつらのトラブルを解消することさ。
そのせいで『天才クソ野郎』と呼ばれている。

サクラ

どんなトラブルなのデスカ?

天野勇二

女にしつこく言い寄る男を追い払ったり、モテない男に結婚を仲介してやったり。
時には殺人事件を解決したこともあったな。
他にも武装組織に狙われた芸能人を救ってやったり、政治家を相手に立ち回ったこともあったよ。


 サクラは興味深そうに身を乗り出した。


サクラ

すごいデス。
映画シネマの世界のような話デス。

天野勇二

映画シネマか。
そうかもしれないな。


 天野は数々のエピソードを、脚色したり解説したりしながら語った。


 サクラは嬉しそうに話を聞いている。


 無邪気な少女のようだ。


 18歳の女性にしては幼さが残る。


 恐らく環境のせいだろうと天野は感じた。




 1時間も話し込んでいると、黒崎がサクラに声をかけた。


黒崎

サクラ様、そろそろお時間です。


 サクラは残念そうに天野に向き直った。


サクラ

すみまセン。
せっかく来て頂いたのに。
時間になってしまいマシタ。

天野勇二

気にすることはない。
君は忙しい身だろう。
君に東京の夜を案内できないのは残念だな。

……そうだ、ひとつ訊いてもいいかい?

サクラ

何デスカ?

天野勇二

サクラという名は本名なのか?


 サクラは嬉しそうに微笑んだ。


サクラ

ハイ。
母上につけて頂きマシタ。
美しい日本の花の名前だと。
私も映像で観たことがありマス。

天野勇二

そうか。素敵な名だ。
まさしく君の笑顔を表しているようだ。

良い記念になったよ。
ありがとう。

サクラ

また機会があれば、是非ともお会いしマショウ。

天野勇二

ああ、そうだな。


 天野はサクラに別れを告げ、黒崎と共に部屋を出た。



 廊下を歩き、エレベーターホールを目指していると、黒崎が天野に尋ねた。


黒崎

お前、さっき王女にした話は本当か?

天野勇二

ああ、そうだが。


 黒崎は不敵に笑った。


黒崎

殺人事件を2件も解決し、 芸能人アイドルと繋がり、武装組織を壊滅させ、政治家の裏帳簿を持っている男か……。

民間人とは思えないな。


 天野は不敵に笑い返した。


天野勇二

スパイにでもスカウトするのか?

黒崎

悪いが、医者はスパイになれんのだ。


 天野は黒崎と共にエレベーターホールに立ち、エレベーターの到着を待っていた。


 チン、と音がして扉が開く。



 そこに武装した覆面姿の男が3人立っていた。



天野勇二

……なに?



 天野は男たちが持っている銃のひとつがサブマシンガンで、その銃口がこちらに向けられたのを見てぎょっとした。


 それと同時に、天野も黒崎も左右に 跳躍ちょうやくした。




 バババババババッ




 マシンガンが乱射される。


 天野と黒崎がいた空間を蜂の巣にした。


 黒崎は体勢を立て直しながら懐の拳銃を取り出し、最初にエレベーターから出ようとした男に発砲した。



 パン!



 天野も回転して体勢を立て直す。


 そして、黒崎の発砲を受けてよろけた男に飛びかかった。


 拳銃を持っている指に飛びつき、即座にへし折る。


 そのまま拳銃を奪い、サブマシンガンを持った男に向けて発砲した。



 バン!



 男は手に銃弾を受け、思わずサブマシンガンを落とした。


 残りの1人は両手に拳銃を持ち、エレベーターから回転して飛び出すと、天野と黒崎に向けて発砲した。



 パン!


 パン! 



 天野はそれを避けるため、逆にエレベーターの中に飛び込んだ。


 マシンガンを持っていた男の鼻柱に、肘を叩きつける。


 「バキッ」と鼻骨の折れる音。


 呻く男の背後に回りこむ。


 チョークスリーパーで絞め上げながら、銃撃の盾にする。


覆面男A

……チッ


 エレベーターから飛び出した男が舌打ちした。


 天野は撃てない。


 即座に両手の拳銃を黒崎に向けた。


天野勇二

クソッタレが!


 天野は締め落としている男の腰にささっていた拳銃を引き抜き、飛び出した男に向けて発砲した。



 パン!



 天野の腕では命中しなかった。


 しかし、黒崎に撃たせないための牽制けんせいになった。


 そのまま片手で男を締め落としながら、飛び出した男に拳銃を向ける。


 同時に黒崎の発砲を受けて倒れた男の後頭部を蹴って、気絶させた。


 天野は鉄板を仕込んだ靴を常に履いている。


 後頭部へのサッカーボールキックは強力だ。


天野勇二

どうした?
撃たないのか?


 男を盾にしながらエレベーターを出る。


 黒崎は先ほどの銃弾が命中していたようで、左肩から出血している。


 天野は少々迷ったが、外に飛び出した男に向かって、もう一度引き金を引いた。



 パン!



 相手はそのタイミングを読んでいた。


 前方に転がりながら銃弾を避け、エレベーターの中に飛び込み、素早くパネルを操作した。


 扉が静かに閉まっていく。


 仲間を見捨てて逃げるつもりだ。


 天野はすでに絞め落とした男を盾にしたまま、エレベーターの中目掛けて突っ込んだ。


 天野たちがぶつかるのと、エレベーターの扉が閉まるのは、ほぼ同時だった。


天野勇二

くそっ!


 男は拳銃を握り直し、飛びかかってきた天野を撃とうとしている。


 天野は盾にしていた男を床に捨てると、男の両手を高く掲げながら押さえつけ、発砲させるのを防いだ。


天野勇二

ちくしょう!


 このまま指をへし折りたい。


 だが、撃たせないようにするだけで精一杯だ。


 天野は大きく右足を後ろに振りかぶり、男の股間に膝を叩き込んだ。


覆面男A

ぐはっ!!!


 衝撃を受け、エレベーターが大きく揺れた。


 まだ男の手には力が残っている。


 天野はもう一度足を振りかぶり、股間に膝を叩き込んだ。


 さすがに男の左手から力が抜け、拳銃が一挺こぼれ落ちた。


 すかさず天野は小指と薬指を握り、指の骨をへし折った


覆面男A

ぎゃあ!


 男がたまらず悲鳴をあげる。


 前蹴りで天野を吹き飛ばした。


天野勇二

ぐっ!


 天野の身体が扉に叩きつけられ、エレベーターはまた大きく揺れた。


 男は熱い息を吐き、右手の拳銃を、天野の顔面に向けた。




 パン!




 天野は地面に倒れこみ、辛うじて銃弾を避けた。


 男は今度こそ撃ち殺すため、床に倒れた天野に狙いを定める。



 パン!



 銃弾が天井に突き刺さった。


 天野が足を蹴り上げ、銃身を弾き飛ばしたのだ。


 そのまま地を這い水面蹴りを放つ。


 男の両足を ぎ払い、床に倒した。


天野勇二

なめやがって……!


 憤怒ふんぬの表情を浮かべ、天野はゆっくりと立ち上がった。


 相手には股間への膝蹴りを2発与えた。


 銃さえなければ勝負はついていた。


天野勇二

トドメだ!


 男の顔面を蹴りつけて気絶させた。




 チン




 エレベーターが1階に到着した。


 思わず天野は男の拳銃を拾い扉に向けた。


 ゆっくりエレベーターの扉が開く。



女性客

ひいいい!!



 エレベーターに乗りこもうとしていた女性客は、中の惨状を見た上に、天野に銃を突きつけられて悲鳴をあげた。


 天野は小さく息を吐くと、女性客に言った。


天野勇二

このエレベーターは貸しきり中だ。
他のに乗れ。


 天野は最上階へ行くようパネルを操作して扉を閉めた。


 足元には気絶している3人の襲撃犯。


 天野は深くため息を吐き、呟いた。


天野勇二

おいおい……。
俺様は『ダイ・ハード』じゃねぇんだ。
どうなってやがる。




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つばこ

【本日の犠牲者】
・覆面男A…かなり善戦するものの、股間への膝蹴り×2、指ポキ、顔面への蹴りをくらって気絶
・覆面男B…黒崎さんに撃たれ、天野くんの指ポキ、サッカーボールキックをくらって気絶
・覆面男C…サブマシンガンという強力な武器を装備するものの、天野くんに手を撃たれ、鼻骨を折られ、チョークスリーパーで絞め落とされて気絶
・黒崎さん…実は左肩を撃たれており負傷
・女性客…エレベーターに乗ろうとしただけなのに、天野くんに銃口を突きつけられ、ビックリして尻もちをついてしまいケツを負傷
 
以上!
よくもまぁ、天野くんは生き残りましたね( ゚д゚)
常人なら即死ですよ( ゚д゚)
あのクソ野郎ならありえなくもない、と感じていただければ幸いです。
 
ではでは、いつもオススメやコメントありがとうございます+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

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コメント 253件

  • 飛鳥

    エレベーター乗るときは気をつけよう…

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    そっか、拳銃を持ってる奴と闘う場合は小指と薬指をへし折ればいいのか、そうか。

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  • ピカルディの3度

    女性客の方が最大の被害者じゃないか
    銃口突きつけられただけでも失神したり失禁する人がいてもおかしくないよね?
    ある意味尻もちで済んで良かった気がする

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  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    戦ってるところ読み直さないと把握できなかった

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  • ↓弾じゃなくて「銃身」を蹴ったんですよー

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