盛り上がる2次会の会場を出て、天野は喫煙所へ向かった。


 喫煙所はロビーの奥に設置された狭いスペース。


 1人の男が立っている。


 天野は親しげに声をかけた。


天野勇二

おいおい、こんなところで何をしてるんだ?
お前はタバコを吸わないはずだろ。

???

いいじゃないか。
俺にも1本くれよ。

天野勇二

ああ、いいぜ。


 天野は男にタバコを渡し、火をつけてやった。


 自らもタバコに火をつける。

 しばらくお互い無言でタバコを吸っていたが、天野がぽつりと尋ねた。


天野勇二

なぜ、毒を盛らなかった。


 男は笑いながら答えた。


???

はぁ? 毒?
何のことを言ってるんだ?


 天野は静かに男を見つめた。


天野勇二

俺様が『天才クソ野郎』だと知っているだろう?
全てお見通しだよ。


 男は苦笑しながら言った。


???

お前、常に俺と料理をマークしてたじゃないか。
あれじゃ盛りたくても盛れないさ。
おまけに余興の瞬間ですら盾になりやがった。
まったく優秀なSP様だよ。


 天野はそれを聞き、静かに尋ねた。


天野勇二

……なぁ、宮内。
なんでお前、脅迫状なんか出したんだ。

宮内圭吾

…………


 宮内は黙ってタバコの煙を吐き出している。


天野勇二

『混沌のカルテット』の結束は、固いと思っていたんだがな。


 宮内はその名を聞くと、寂しげに目を伏せた。


宮内圭吾

『混沌のカルテット』か。
そうだな……。
そう呼ばれていた時が、一番楽しかったよ。


 宮内は天野に、そして自らに語りかけるように言った。


宮内圭吾

俺はカルテットではアイツらを率いる指揮者リーダーだった。
いつだってアイツらの先頭にいた。
だが、成績でいえば最下位だった。
卒業して研修医になって、改めて自分の実力のなさをなげいたよ。


 苦笑しながら言葉を続ける。


宮内圭吾

コミュニケーション能力には自信があったつもりだったが、口下手なアイツらとつるんでいたからそう思えただけだ。
大学を出ちまえば、俺は能力も才能もない平凡以下の研修医。
己の無力さを痛感したよ。


 宮内は天野に向かって、自嘲ぎみに笑いかけた。


宮内圭吾

そんな時に、一番女と縁がなかった奥田が結婚するって言うんだぜ?

笑えよ天野。
俺は嫉妬したんだ。


俺が何ひとつうまくいってないのに、御曹司で恵まれた環境にあるアイツは上玉の女を捕まえて結婚だ。

情けねぇ。
俺は嫉妬に狂ったぜ。


 宮内は小さく笑い、タバコの火を揉み消した。


天野勇二

……もう1本吸うか?

宮内圭吾

ああ、悪いな。


 2本目のタバコを吸いながら、宮内は天野に語りかけた。


宮内圭吾

なぁ天野。
お前も御曹司だ。
俺みたいな凡人の気持ちなんてわからないだろ?
お前は奥田に匹敵するほどの天才……いや、それ以上のポテンシャルを持っている。
そんな天才に凡人の気持ちなんてわかる訳ないのさ。
凡人の嫉妬なんてよ。


 天野も2本目のタバコに火をつけた。


 ゆっくりと煙を吐き出す。


 紫煙を見つめながら、天野は静かに口を開いた。


天野勇二

……笑えだと?
宮内のことを俺が笑えるワケないさ。
俺だって奥田の才能に嫉妬していた。
それだけじゃない。
俺は『混沌のカルテット』のことだって、羨ましいと感じていたぜ。


 宮内は驚いたように目を見開いた。


 眉をひそめて天野を見つめる。


宮内圭吾

お前が、俺たちを……?
な、なんでだよ?


 その反応を無視して、天野は言った。


天野勇二

お前も、小谷野も、そして川島も祝辞で言っていた通り、奥田という天才に嫉妬していたのだろう。

だが、お前たちは『カルテット』だった。
『混沌のカルテット』と周囲から呼ばれるくらいの仲良し4人組だった。

そこには確かにひとつの 『絆』があった。


 壁に寄りかかり、自嘲気味に笑う。


天野勇二

俺には一生かけても手に入れられない、かけがえのない絆だ。
苦しい時は励ましあい助けあうことができて、楽しい時はそれが何倍にもなる。
お前たちのカルテットにはその絆があった。


 宮内は苦笑しながら呟いた。


宮内圭吾

……そうか……。

絆か……。

あはは、そうだな。
絆があったよ。


 天野は煙を吐き出し、宮内の顔を指さした。


天野勇二

川島の祝辞を聞いた時、俺はお前の顔を見ていた。
顔面蒼白となり固まった顔をな。
あの時、お前は川島の器の大きさに感心していたんだろう?


 宮内はため息を吐いた。


宮内圭吾

天才クソ野郎は何でもお見通しかよ。
ああ、そうさ。
川島の野郎、嫉妬の感情を乗り越えて感謝と祝福に変えやがった。
川島に比べて、俺はなんてちっぽけなんだと愕然がくぜんとしてたよ。


 宮内はタバコを投げ捨てた。


 壁を軽く拳で殴る。


 俯き、顔を両手で覆い、震える声を吐き出した。


宮内圭吾

俺はダメな人間だ……。

嫉妬にかられて脅迫文なんて書いた。
そのくせ、毒なんて盛る勇気もなかった……。

何ひとつまともに出来やしない。

何もかもダメな人間だ。

俺には、何もないんだよ。


 天野は軽く笑った。


 そして背後に立つ人物に尋ねた。


天野勇二

……だってよ。
宮内はこう言っている。
小谷野よ。
お前はどう思う?


 宮内は驚いて顔を上げた。


 いつの間にか喫煙所に、フランケンこと小谷野が立っていた。


小谷野小太郎

…………………

宮内圭吾

こ、小谷野、お前……!


 小谷野だけではなかった。


 小谷野の巨体に隠れ、川島と、新郎である奥田の姿もあった。


 『混沌のカルテット』の再会だ。


宮内圭吾

川島に奥田……!

お前ら、いつの間に……。


……今の話、聞いてたのか……。


 俯く宮内に向かって、小谷野が3人を代表するように重い口を開いた。






小谷野小太郎

そんなことない。
宮内、お前がいたから、俺は楽しかった。
お前は俺にとって大切で必要な存在だ。


 川島も頷いた。


川島直人

……ククク……。

その通りさ……。
キミは自分の才能に気づいてないよ……。

……フフフ……。


 奥田が宮内の手を握る。


 涙目になりながら宮内を見つめた。


奥田和彦

宮内、それは違うよ。
嫉妬していたのはボクのほうだよ。
ボクは宮内の明るさやリーダーシップにいつも嫉妬してた。

宮内圭吾

奥田……。
違うんだ……。
俺はずっと……。


 宮内の声を打ち消すように、奥田は震える言葉を重ねた。


奥田和彦

宮内はボクが持っていないものを、全て持っていたじゃないか。
それなのに、キミはいつだってボクの友達だった。
宮内がいなかったら、ボクはどん底の大学生活を送ってたよ。
ボクがブタ野郎ってバカにされるたびに、

そうじゃないって、
お前は天才じゃんって、


明るく励ましてくれたのは、いつも宮内だったじゃないか。


 宮内の顔が歪んだ。


 瞳から涙が溢れる。


宮内圭吾

俺は、そんなんじゃない。

俺はサイテーだよ。
嫉妬にかられてお前を苦しめたんだ……。

俺のこと、恨んでくれていいんだぜ。


 奥田はブンブンと首を横に振った。


奥田和彦

宮内のことを恨むはずなんかないお!!!
ごめんよ。苦しめて。
宮内、君はボクのかけがえのない友だよ。


 川島がそっと近寄り、奥田と宮内の手に自らの手を重ねた。


川島直人

……ククク……。

宮内クン、キミがいなかったら、きっと僕は大学を辞めてたよ……。
キミがいたから、苦しい日々を乗り越えられた……。
僕がどれだけキミに感謝していると思うんだい……?

……フフフ……。


 小谷野が3人の手を覆い隠すように、自分の手を置いた。


小谷野小太郎

俺たちはカルテットだ。
誰1人欠けることなんてできない仲間だ。


これは宮内、口下手で誰とも関われなかった俺に、お前が言ってくれた言葉だ。
俺はあの言葉があるから、今がある。


 宮内は嗚咽を漏らしながら3人の仲間を見上げた。


宮内圭吾

お、お前ら……。
お、お、俺はぁ……。


 それぞれの瞳にも涙が浮かんでいた。


宮内圭吾

俺は……。
なんてバカなことを……!
ごめん、奥田……。
みんな、ごめんよ……。

奥田和彦

いいよ。
もういいんだよ、宮内。
ボクこそ、何も気づけなくてごめんよ……。

川島直人

……ククク……。

また飲みに行こうよ……。
宮内クンがいないと、楽しくないんだよね……。


……フフフ……。

小谷野小太郎

……俺も……また…………
………………宮内と………
………………飲みたい……………
…………悩み…と…か……………

………………色々……
…………………
…………………………話そう…………
……………………………………………


 宮内は両手を広げて3人を抱きしめた。


宮内圭吾

みんな……!
ありがとう……。
ごめん……!


 宮内は泣きながら3人に詫びた。


 『混沌のカルテット』は強く抱きしめあい、そのかけがえのない友情と絆を確かめた。










天野勇二

ふん、羨ましい光景だ。


 天野はタバコを吸いながら、優しげに『混沌のカルテット』を見つめていた。






 その日、天野はテラスにいた。


 昼食を食べながら、奥田の結婚式の写真を眺めている。


 美しい香澄の姿がほとんどだが、ケーキを顔面にはりつけた奥田の写真が出てきて、天野は思わず苦笑した。


前島悠子

師匠!
おはようございます!

天野勇二

ほう弟子か。
久しぶりだな。


 前島がうどんを持ってテラスに上がってきた。


 そして驚いてテーブルの上を見つめた。


前島悠子

あれ師匠、定食を食べてるんですか?
しかもこれ、一番お高い定食ですよ。
パンじゃないんですか?

天野勇二

ああ、ちょっと臨時収入があってな。
たまには贅沢がしたくなったんだ。


 前島はお盆をテーブルに載せると、すぐさま天野が見つめている写真に目をやった。


前島悠子

あら、結婚式の写真じゃないですか。
もしかして奥田先輩の結婚式ですか?

天野勇二

そうだ。
お前があっさり欠席したやつだ。

前島悠子

ドラマの収録がなければ参列したのに……。
うわぁ、新婦さんのドレス綺麗ですねぇ。
いいなぁ。
私も結婚したいなぁ。
お医者さんのお嫁さんになりたいなぁ。


 写真を見ながらうっとりしている。


 しかし、中にあった1枚を見て、前島はぎょっとした。


前島悠子

な、何ですか?
この異様な4人組は?


 『混沌のカルテット』の集合写真だ。


 4人が友情を確かめあった後に、天野が記念として撮影したものだ。


 全員が号泣した後のため、かなり醜い顔をしている。


天野勇二

ブサイクなヤツらだろ?
医学部のOBたちだよ。
『混沌のカルテット』と呼ばれていた仲良し4人組さ。

前島悠子

ふむふむ。
タキシードを着ているのが奥田先輩ですね。
確かにブタ野郎ですね。


 そこに涼太が上がってきた。


佐伯涼太

勇二に前島さんじゃん。
相変わらずイチャコラしてるねぇ。
あれ? 何その写真?

前島悠子

涼太さん知ってますかね。
混沌のカルテットですよ。


 涼太は嬉しそうに写真を見つめた。


佐伯涼太

うわぁ、懐かしいなぁ。
奥田先輩に宮内先輩、あとは覚えてないなぁ。

天野勇二

アイツら、卒業して別々の道に進んでも、集まればすぐ仲良し4人組に戻っちまう。
友情とは愉快なものだな。


 涼太が写真を見つめながら言った。


佐伯涼太

先輩たちが『混沌のカルテット』だったら、僕らは何だろうね。

天野勇二

おいおい、俺様は天才クソ野郎だ。
孤高の存在だぜ?


 前島がニヤニヤして天野の顔を見上げる。


前島悠子

師匠ってば混沌のカルテットに嫉妬してますね。
大丈夫ですよ。
師匠には涼太さんというコンビに、私という弟子がいます。

佐伯涼太

そうそう。
まさにトリオだよね。
何かカッチョイイ名前が欲しいね。

天野勇二

なに……?


 天野は驚いたように2人を見つめた。


 前島がその視線に気づき、のんびり尋ねた。


前島悠子

どうしたんですか師匠?
変な顔しちゃって。

天野勇二

いや……。
そうか、お前らは……。


 自嘲したように微笑む。


天野勇二

クックックッ……。
そうだな。
俺は1人でもなかったな。
涼太に前島よ。
いつも俺といてくれて、
ありがとうな。


 前島と涼太は礼を言い出した天野を気味悪く見つめた。


前島悠子

……涼太さん。
なんか師匠が変ですよ。

佐伯涼太

うん、『ありがとう』なんて数年ぶりに言われた。
ラリってるのかな。


 天野は眩しげに『混沌のカルテット』の写真を見つめた。


天野勇二

これが友情の絆か。
意外と悪くないものだな。


 前島と涼太はさらに天野を気味悪く見つめた。


前島悠子

うげぇ、聴きました?
発言がポエミーです。
師匠ってばクソおかしなこと言ってますよ。

佐伯涼太

あれはやばいね。
完全に薬をやったね。
いつか手を出すんじゃないかって心配してたんだよ。
通報したほうがいいのかな。


 木漏れ日がさすテラス。


 手の中には4人の男たちの写真。


 いつまでも色褪せることのない絆。


 天野は眩しげに目を細めて、『混沌のカルテット』のはじけるような笑顔を眺めていた。




(おしまい)


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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
天野くん……。良かったねぇ(*´ω`*)
 
 
さてさて、次回の天野くんはつばこが書きたくて堪らなかったエピソードのひとつを紹介します。
「ハードボイルド」&「アクション」です。
恐らくこれまでのエピソードの中で最も現実離れしていますが、
 
「天才クソ野郎ならありえそうだなぁ」
 
と、感じていただけるよう頑張ります!
戦う天野くんのハリウッド映画っぽいアクションと、シブいハードボイルドをお楽しみください!!!
 
それでは来週火曜日、
『彼が上手にお姫様を守る方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 281件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    この話の1話目の

    天野『天才イベリコよ、お前の頭脳はこの脅迫状をどう見ている?』

    奥田「……天野くんと同じだよ。
    違和感がある。
    きっと考えていることも同じさ。」

    ここの違和感って、結局なんだったんだ?

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  • ゆんこ

    天才クソ野郎にも暖かな心が!?

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  • ボルシチ

    その通りさ……。
    キミは自分の才能に気づいてないよ……。

    見返していたらこんな所に伏線…っ!?
    まさか宮内のえげつない才能を見れる日が来るとわなww

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  • 紡季はマジカルゴが好き

    184話から読み返し中。宮内…「俺はずっと…」ってそういう事だったんか(´・ω・`)

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  • 冷凍

    最新話から飛んできた。
    「嫉妬に狂った」ってそっちだったんだね。

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