披露宴は何事もなく、穏やかに進行していった。


 奥田は香澄の両親のスピーチのあたりからボロボロ泣き出してしまい、終始香澄に涙を拭かれていた。


 最後まで情けないイベリコだった。



 天野はSPと共に香澄に付き添い、お開きの後の挨拶をしている間、隣で危険がないか注意していた。


 天野の警戒態勢が功をそうしたのか、脅迫状の差出人はこの場での犯行を予定していなかったのか、無事に披露宴は幕を閉じた。



香澄の父

天野くん、無事に終わって良かった。


 披露宴後の控室で、奥田の父親が天野に握手を求めた。


奥田の父

これも君のおかげだ。
仲人という大役に加え、SPまで務めてもらいすまなかったね。

天野勇二

いえ、お気になさらず。
それに2次会が残っています。
まだ気は抜けませんよ。


 天野の瞳は鋭い。


 この瞬間も香澄が襲撃されないか警戒しているのだ。


 奥田の父親は、その瞳に宿る野蛮な力強さを頼もしく見つめた。


奥田の父

さすが噂の天才クソ野郎……いや、君は噂以上の男だ。
いつか君と今後の医療界について、じっくり話したいものだよ。

天野勇二

そうですね。
機会があれば是非とも。


 奥田の父親は天野に封筒を手渡した。


奥田の父

仲人の御代と車代だ。
受け取ってくれたまえ。


 天野は驚き封筒を見つめた。


 かなり分厚い。


天野勇二

自分は学生です。
そういった大金を受け取ることはできません。

奥田の父

あっはっは!
君も遠慮することがあるのだね。


 奥田の父親は豪快に笑った。


奥田の父

君には仲人だけでなく、孫の病院まで紹介してもらったんだ。
遠慮なく受け取りたまえ。
君は学生だからあまり良く知らないのかもしれないが、仲人に御代を出すのは当たり前のことだ。


 少々迷ったが、天野は受け取ることにした。


天野勇二

わかりました。
これは頂きましょう。


 奥田の父親は満足そうに頷いた。


奥田の父

これからも和彦を宜しく頼むよ。


 天野は新郎側に挨拶を済ませ、新婦側の控え室に立ち寄った。


長島香澄

天野さん、細かいところまでお気遣いいただき、本当にありがとうございます。


 香澄が丁寧に頭を下げた。


 香澄の両親も同じように頭を下げている。


天野勇二

香澄さん、俺は君たちと一緒に2次会場まで移動する。
SPの数は少々減るが安心してくれ。


 天野は奥田と香澄と同行し、2次会の会場へ向かった。


 移動中の車内で天野は香澄に言った。


天野勇二

お腹が空いていると思うが、テーブル上の食事には手をつけないでくれ。

長島香澄

はい。わかりました。

天野勇二

食事と飲み物は俺が持っていく。
それ以外には触れるな。
あと奥田。

奥田和彦

う、うん。

天野勇二

2次会でもう一度、ケーキ入刀をさせられるだろう。
新郎新婦にそれを食べてくれと頼まれる。

奥田和彦

なるほど……。
どうすればいいかな?

天野勇二

ケーキを台無しにするほど顔面から突っ込め。
いい茶番にもなるだろう。

奥田和彦

うん! わかった!


 香澄が不安そうに尋ねた。


長島香澄

料理に毒物を仕込まれる可能性がある……ということですか?

天野勇二

そうだ。変な臭いがしたら気をつけろ。
劇薬ってのは嗅ぐだけでも致命傷となる。
俺様が君を狙うなら、真っ先に毒を仕込むね。
せっかくの花嫁衣装を汚したくはあるまい?

長島香澄

は、はい……。
気をつけます。


 車が2次会の会場に到着した。


 高層ホテルの最上階だ。


 披露宴に負けず劣らず大きい会場。


 新郎新婦が登場すると、会場に集まっていた参加者は歓声をあげて2人を出迎えた。


香澄の友人

香澄ちゃーん!
すごく綺麗!!!

奥田の同窓生

奥田!
本当におめでとう!!!


 新郎新婦が登場し、2次会の会場は大盛り上がりだ。


 奥田の同級生も揃っている上、香澄の友達も多く参加している。


 天野はSPに無線機インカムで確認した。


天野勇二

天野だ。
来場者のボディチェックは終わってるか?

SPの男

私物は別の場所に移しました。
凶器となるものは発見されておりません。

天野勇二

上出来だ。
警戒を続けろ。


 天野はロビーで来場者用の料理を取り、スタッフから新しい箸を受け取って香澄のもとへ持っていった。


天野勇二

香澄さん、これ以外は手をつけるな。

長島香澄

は、はい。


 奥田が不安そうに尋ねた。


奥田和彦

ねぇ……。
僕は食べてもいいの?

天野勇二

お前もダメだ。
食い意地のはったブタめ。
少しは痩せやがれ。

奥田和彦

わ、わかったよ……。


 天野は念には念を押すため、会場のスタッフに指示を出した。


天野勇二

新郎新婦の席にある料理を片付けろ。
全て捨てろ。
そして、新しい料理を用意しろ。

スタッフ

え、でも……。

天野勇二

俺様は新郎側から雇われたSPだ。
黙って従いやがれ。


 ホテルのスタッフたちは、しぶしぶ天野の指示に従っていた。





 やがて2次会の余興よきょうが始まった。


 新しいケーキが運ばれ、新郎新婦に入刀させる。


奥田和彦

うわ、うわわぁぁっ!


 奥田がつまずいたフリをして、ケーキに頭から突っ込んだ。


奥田の同窓生

あはははは!!!
何やってんだよ奥田!!!


 奥田の顔と衣装はケーキで真っ白だが、会場は大盛り上がりだ。


 その他にも香澄の友人たちによるダンスパフォーマンス、ビンゴ大会、ビデオレターの上演など。


 2次会の時間は楽しく過ぎていった。



 2次会も終盤に差し掛かったころ、天野は参加者の控室をチェックしていた。


天野勇二

……うおっ!?
み、宮内!?
なんて格好してんだよ?


 控室のひとつに、 ダークグリーンの手術衣を身にまとった宮内が立っていた。


宮内圭吾(手術医)

言っただろう?
これから小谷野をバラバラにオペするのさ。


 宮内が親指で隣を指さす。


 そこには怪物フランケンな衣装に身を包み、特殊メイクまで施された小谷野が立っていた。


天野勇二

小谷野か!!!
リアルフランケンだな!
すごく似合ってるぞ!

小谷野小太郎(フランケン)

…………………


 小谷野は顔を赤くして俯いた。


 照れているのだ。


???

……フフフ……。

天野クン、驚くのは僕の姿を見てからだよ……。

……ククク……。


 背後から気味悪い声が聴こえた。


 振り返ると、ナース服を着て女装した川島が立っていた。


天野勇二

うおおおおっ!
川島!
お前、気持ち悪ッ!!!

川島直人(看護師♀)

……ククク……。


 川島は陰気に赤い口紅を塗った唇を歪めた。


 照れているのだ。


宮内圭吾(手術医)

見てろよ天野。
カルテットの隠し技を見せてやるぜ。


 宮内はそう言うと用意してあった移送車ストレッチャーに小谷野を寝かせ、白い布をかぶせた。


 天野はそのストレッチャーを見て感心した。


天野勇二

ほう……。
なるほど、こういう仕組みになっているのか。
はぁ、ここでバラすのか。

宮内圭吾(手術医)

医療器具は本物だからな。
リアル感たっぷりだろ。


 宮内は右手にメスを持ち、左手に何かの薬品が入った小瓶を持っている。


 不敵に笑って見せる。


宮内圭吾(手術医)

ちなみに、ストレッチャーの仕掛けは小谷野の手作りだ。

天野勇二

すごいな小谷野。
お前天才だよ。


 小谷野は頬を赤く染めた。


 照れているのだ。


 フランケンみたいな強面のくせにすぐ照れるのだ。


宮内圭吾(手術医)

よし、じゃあクランケを運ぶぞ!


 宮内と川島がストレッチャーで小谷野を運び、会場へ突入した。


 会場は宮内たちのコスプレ姿に大きく沸いている。


宮内圭吾(手術医)

お集まりの皆さん。
これより新郎の友人を代表して、『混沌のカルテット』からの余興をお届けいたします。


 宮内がマイクで語りかけている。


 会場の中央にストレッチャーを置く。


 天野は素早く新郎新婦席に移動し、奥田と香澄の前に立った。


奥田和彦

天野くん……。
だ、大丈夫かな……?


 奥田は不安気な表情だ。


 天野は軽く笑い、香澄に聞かせるように言った。


天野勇二

面白そうな余興だ。
一番良い席で観せてくれ。


 宮内は会場を見回し、マイクで解説を始めた。


宮内圭吾(手術医)

今回のクランケは小谷野小太郎。
医学部の卒業生。
これはフランケンではありません。
小谷野です。

……まぁ、つまり『フランケン』です。


 宮内が軽く会場を沸かせる。


 小谷野の「あだ名」を知っている医学部の関係者は大ウケしていた。


宮内圭吾(手術医)

今からこのフランケンを執刀医である私、宮内が、オペしたいと思います。
ですが私の専門は内科ですので、メスが乱れてしまう恐れがあります。
近くの方はお気をつけください。


 巧みなマイクパフォーマンスだ。


 会場の注目を全て集めている。


 宮内は右手でマイクを持ち、左手をナース姿の川島に差し出した。


宮内圭吾(手術医)

メス!

川島直人(看護師♀)

はい。


 川島が素早く宮内にメスを渡す。


 これだけで大学の知人たちは爆笑している。


宮内圭吾(手術医)

せいやぁ!


 宮内はメスを持つと、マグロでも真っ二つにするかのように、小谷野を切った。


 川島がストレッチャーの後ろを引っ張ると、小谷野の上半身と下半身が2つに分離した。


 会場から驚きの声があがった。


川島直人(看護師♀)

先生、切りすぎです。


 川島がそう言うと、会場は爆笑に包まれた。


宮内圭吾(手術医)

ご覧ください。
切りすぎました。
内科医にメスを持たせるとこうなります。
皆さん、もし手術をする場合、必ず外科などに行ってください。


 また会場をひとつ沸かせると、川島に指示を出した。


宮内圭吾(手術医)

戻して。

川島直人(看護師♀)

はい。


 川島がストレッチャーを元に戻すと、小谷野の体はひっついた。


宮内圭吾(手術医)

では……。
今からフランケンを起動させます。


 宮内は直流除細動器を取り出した。


 電気ショックを与える機械だ。


 もちろん電源は入っていない。


 小谷野の胸に当てる。


宮内圭吾(手術医)

パワー!


 宮内が叫ぶと小谷野の全身が「ビクン」と跳ねた。


 また会場は爆笑に包まれる。


宮内圭吾(手術医)

よし、フランケン!
動け!


 小谷野ことリアルフランケンがゆっくり起き上がった。


 ストレッチャーから降り立つ。


小谷野小太郎(フランケン)


………うが
……あう………
………うが………



 か細い呻き声をあげながら、新婦である香澄に近づく。


 両手を前に突き出し、まるでゾンビのようだ。


 参加者は悲鳴と歓声をあげながら、フランケンから遠ざかった。


宮内圭吾(手術医)

こら!
フランケン!
どこに行く!


 小谷野は真っ直ぐに香澄のもとへ向かっていく。


 そして香澄の前でひざまずいた。


小谷野小太郎(フランケン)

うが………


 大きな両手を差し出す。


 すると、そこに小さな赤い花束が「ぽん」と現れた。


宮内圭吾(手術医)

皆さん、ご覧ください。
フランケンから新婦に花束の贈呈です。


 香澄は満面の笑みで小さな花束を受け取る。


 会場は温かい拍手に包まれた。


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つばこ

何か起きそうで……何も起きない!!!(*´Д`)
 
常日頃思うのですが、真の「名探偵」というものは、あらゆる事件を発生させず、未然に防いでしまうことが理想ではないかと考えます。事件が発生して人が色々死んでから「天才クソ野郎にかかれば~」とか言い出しても遅いワケです。
今回の天野くんはそのために動いていたようです。
それが実を結ぶのか、それともやっぱり遅くなってしまうのか、それとも……。
 
「結婚編」は次回がラストとなります。イベリコの結婚式がどのように幕を閉じるのか、お楽しみいただければ幸いでございます。
 
明けない夜はない!
天野くんを信じることがすべてだイベリコよ!
イベリコ is happy!!!
イベリコ色の未来に向かって愛を叫べ!!!!
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 193件

  • 和泉

    今まで何度も登場している天才豚野郎こと奥田くん好感度は上がっていいやつってイメージはあるが天才的な描写が一度でもあったかな?( ・∇・)

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  • まこと

    確かに!名探偵は人を死なせ過ぎだwww

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  • たま

    いつ事件が起きるのかヒヤヒヤしながら読み進めて…
    まだ起きなかった笑

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  • きゃろ

    川島なぜ照れた(笑)

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  • アツ

    確かに事件が起きてからでは遅いですね!
    未然に防ぐのが名探偵!
    納得です(笑)

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