天野が新婦側の控え室を再度訪れると、香澄が純白のウェディングドレスを身にまとっていた。

　ビスチェタイプのドレスだ。

　スカートはふんわりと広がった王道のプリンセスライン。

　トレーンも長く、豪華な刺繍（ししゅう）とスワロフスキーが無数にほどこされている。

　ロイヤルウエディングで使われてもおかしくなさそうだ。

　香澄は照れ臭そうに笑った。

　2人は穏やかに笑った。

　天野は香澄の両親も呼び寄せ、他には聴こえないように囁いた。

　香澄も、香澄の両親も、その言葉を聞くと暗く表情を落とした。

　天野は励ますように言った。

　香澄の両親はほっと息を吐いた。

　多少は安心したようだ。

　香澄は小さく頷いた。

　天野は以前、TKプロのSPとして全国ニュースに取り上げられたことがある。

（詳しくは『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』を参照）

　天野は香澄を励ますと、新婦側の控室を後にした。

　ロビーに向かう。

　警護にあたっていたSPを捕まえて尋ねた。

　SPのリーダーはさっと緊張して天野を見つめた。

　相手は年長者だが、天野は偉そうな態度を崩さない。

　護衛の主導権（イニシアチブ）を握るためだ。

　SPのリーダーは一瞬迷ったが、すぐに頷いた。

　天野は無線機（インカム）のイヤホンをつけながらロビーを見渡した。

　参列者が集まり始めている。

　やがて見知った顔が入ってきた。

　天野の担当教授である岡田がやって来た。

　隣には奥田の担当教授だった畑中（はたなか）も立っている。

　天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。

　岡田と畑中はがっくり肩を落とした。

　畑中は奥田の恩師ということで、天野の後に祝辞を述べる予定になっている。

　いったい天野は何を喋るのか。

　その後にどんな祝辞を述べればいいのか。

　畑中は心配だった。

　天野が周囲を警戒しながらロビーを歩いていると、また見知った顔が現れた。
　
　奥田の同期生である医学部の先輩たちだ。

　天野は特に目立つ「3人組」のところへ向かった。

　1人の男が天野に気づき、親しげな笑みを浮かべた。

　天野は3人の男たちを見つめた。

　奥田が特に親しくしていた連中だ。

　3人の中でもリーダー格である宮内（みやうち）が紹介した。

　天野は苦笑しながら3人を眺めた。

　宮内は 中肉中背の社交的な男。

　川島は 華奢で背の低い陰気な男。

　小谷野は 全身が筋肉の巨大な男で、通称「フランケン」とも呼ばれていたのだが、一番の小心者でシャイな無口。

　3人とも容姿や性格がバラバラだ。

　ここに 「ブタ野郎」の奥田が加わり「 4人組（カルテット）」になるのだから、さらにおかしなことになる。

　あまりに異様な集団だったため、彼らは 『混沌のカルテット』と呼ばれ、キャンパスでも有名だった。

　宮内が笑いながら尋ねてきた。

　「混沌のカルテット」の 指揮者（リーダー）はこの宮内だ。

　宮内がいないと、他の3人はまともに喋ることさえできない。

　宮内が3人を率いている姿を在学中はよく見かけたものだ。

　宮内は爽やかに笑った。

　宮内は内科、川島は外科、小谷野はフランケンな見た目に似合わず小児科に進んでいる。

　それぞれが忙しく、会うような機会もなかったのだろう。

　川島は陰気な男だ。

　人前で喋るような性格ではない。

　川島はニヤリと気味悪い笑みを浮かべ、天野に語りかけた。

　小谷野は筋肉でガチガチの体を「しゅん」と小さくして、コクコクと頷いた。

　小谷野はぶるぶると首を振った。

　天野はため息を吐いた。

　こんなフランケンでシャイな男が子供好きで、小児科の医師になることが夢だったというのだから、世の中変わっている。

　宮内がニヤニヤしながら尋ねた。

　天野も悪い笑みで答える。

　天野と宮内はニタニタ品の良くない笑みを浮かべた。

　ちょうどその時、会場のスタッフが天野を呼びに来た。

　天野は中庭を通って教会へ向かった。

　中庭の天井はドーム状に作られており、陽の光がステンドグラスを通り差し込むようになっている。

　中央には噴水も置かれており、七色の光と交差して小さな虹を作り出している。

　幻想的で華やかな中庭だ。

　様々な美しい仕掛けが、旅立つ新郎新婦を出迎えるのだ。

　教会の最前列に天野は立ち、式の段取りに関する説明を受けた。

　教会にばらばら参列者が集まってきた。

　天野の無線機にSPからの声が届く。

　天野が最前列に立つと、式典が開始された。

　まずは新郎の入場。

　奥田はガチガチに緊張しており、すでに大量の汗をかいている。

　次に新婦の入場。

　美しいドレスと香澄の姿に、参列者から 感嘆（かんたん）の声が漏れる。

　フラッシュと祝福を浴びながら、純白の香澄がゆっくり奥田の下へ向かう。

　奥田の潤んだ瞳を見つめ、天野は小さく笑った。

　聖歌隊により聖歌が歌われ、祈りの言葉を牧師が言うと、お決まりのように誓いの言葉を奥田と香澄に求めた。

　2人が誓いの言葉を言うと、天野に結婚証明書が渡される。

　天野がサインをすると、牧師が祈りの言葉で締め、参列者が一番楽しみにしている誓いの口づけの瞬間になった。

　奥田はヴェールを上げながら囁いた。

　誓いの口づけが交わされた。

　大きな拍手が巻き起こる。

　カメラのフラッシュがたかれる。

　天野も拍手をしながらイベリコの幸せを祝福した。

　新郎新婦の写真がその場で撮影され、2人は手を取り合って中庭に降り立った。

　その時、空から無数の光る純白の羽が降り注いだ。

　誰かが歓声をあげている。

　式場の演出だ。

　2人は羽を浴びながら噴水の前に移動し、また写真撮影が始まった。

　奥田はこの時点でボロボロ泣いてしまい、香澄に涙を拭いてもらっていた。

　天野は苦笑しながら祝福の拍手を送っていた。