※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


 その日、天野は麻布に立っていた。


 目の前には大きな結婚式場。


 著名人や名だたるVIPが式を挙げるような、豪華絢爛ごうかけんらんな式場だ。


天野勇二

イベリコめ、とんでもないところで式を挙げやがる。


 天野は着慣れない礼服に違和感を覚えながら、式場の中に入った。


 受付に立ち寄り記帳。


 祝言袋を置いて控え室へ向かった。


 まだ見知った顔は現れていない。


 天野は「仲人なこうど」として参列するため、事前に打ち合わせをする必要がある。


 そのため早く会場入りしているのだ。


天野勇二

失礼します。


 新郎の控え室をノックして扉を開ける。

 中には 奥田おくだを含めた親族一同が勢ぞろいしていた。

天野勇二

本日はおめでとうございます。
仲人を務めさせていただく 天野勇二あまのゆうじと申します。
宜しくお願いいたします。


 随分と丁寧な挨拶だ。


 クソ野郎にしては珍しい。


奥田和彦

天野くん!
今日はありがとう!

 

 奥田おくだがやって来た。


 白いタキシードに身を包んでいる。


天野勇二

イベリコめ……。
今日は似合わない衣装を着ているじゃないか。
『ブタに真珠』だな。


 奥田は「でへへ」と笑いながら、天野に親族を紹介した。


奥田の父

君が噂の天才クソ野郎か。
和彦かずひこの父だ。
この度は本当にありがとう。

奥田の母

和彦の母です。
天野さん、本当にありがとうございます。
和彦がこんなに早く式を挙げられるなんて夢のようです。

天野勇二

いえ、私は何もしておりません。
お2人に良縁があっただけでしょう。


 天野は両家の親族とも軽く挨拶を交わし、奥田に尋ねた。


天野勇二

奥田よ、前にも聞いたが、俺は結婚証明書にサインして、後は祝辞しゅくじを述べればいいんだな。

奥田和彦

うん。天野くんは年下だし学生だからね。
仲人といってもそれだけしか仕事はないからさ。
気楽に参列してよ。
祝辞も楽しみだなぁ。


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

いいのか?
原稿を確認しなくても。
とんでもないことを喋るかもしれないぜ?

奥田和彦

あはは。
天野くんがまともなスピーチをするワケないって、ボクらの関係者はみんな知ってるよ。
むしろ、 破天荒はてんこうな祝辞を期待してるんじゃない?
ボクも天才クソ野郎のスピーチが聞きたいな。

天野勇二

フッ、よかろう。
天才クソ野郎の祝辞を堪能させてやる。

奥田和彦

えへへ。
お手柔らかに頼むよ。


 奥田の父はそのやり取りを見て言った。


奥田の父

君の優秀な噂は耳にしていたが、和彦の結婚まで面倒を見てもらうとは思わなかった。
是非、これからも公私含めて良い付き合いを頼むよ。


 奥田の父親は総合病院の経営者。

 

 天野の父親も産婦人科などを手広く経営している。


 息子に病院を継がせる以上、天野というVIPは押さえておきたいキーパーソンとなる。


 天野もそれを理解し、丁寧に頭を下げた。


天野勇二

奥田さん、私からも宜しくお願いします。
和彦さんの頭脳、そして奥田さんの病院はこれからの医療界を支えるものと理解しています。
公私含めたお付き合いができるのは光栄です。


 奥田の父は豪快に笑った。


奥田の父

あっはっは!
そんな堅苦しい挨拶なんて君に似合わないぞ。
和彦から様々な武勇伝は聞いている。
先輩にも敬語を使わず、教授をアゴで使う通称『天才クソ野郎』。
いつもの君でいてくれたまえ。


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

それでは祝辞の際にでもお見せしますよ。
噂通りの姿を。

奥田の父

ふっふっふ……。
実に楽しみだ。
君には感謝している。
ありがとう。


 奥田の父親はかなり上機嫌だ。


 それも当然だろう。


 奥田は元々「ブタ野郎」だったのだ。


 天野がいなければ死ぬまでブタ野郎。


 婚期なんて訪れるはずがなかった。


 それがとびきりの美人を捕まえてきた上、まもなく孫まで産まれるのだ。


 病院を継がせる身としては有り難い。


天野勇二

それでは、新婦側に挨拶してきますので、このあたりで。

奥田和彦

あ、待って天野くん。


 奥田が天野を呼び止めた。


天野勇二

なんだ?

奥田和彦

ちょっと相談があるんだ。
後で来てくれないかな?


 深刻そうな表情を浮かべている。


 天野は嫌な予感がした。


天野勇二

……わかった。
また顔を出そう。

奥田和彦

うん、ごめんね。


 新郎側の控え室を後にし、新婦側の控え室へ向かった。


 扉をノックし中に入る。


 ここでも丁寧に頭を下げた。


天野勇二

本日はおめでとうございます。
仲人を務めさせていただく天野勇二と申します。
宜しくお願いいたします。


 天野の姿を見つけ、長島香澄ながしまかすみが駆け寄ってきた。


長島香澄

天野さん、この度は本当にありがとうございます。

天野勇二

マユにゃん……ではなかったな。
香澄さん、おめでとう。

長島香澄

うふふ。
その名も今となっては懐かしいですね。


 香澄は照れ臭そうに微笑み、親族を紹介した。


香澄の父

か、香澄の父でございます!
この度はありがとうございます……!

香澄の母

香澄の母です。
こんな良い縁談を取り持っていただき、本当にありがとうございます。
また病院までお世話になりまして、何と御礼を言っていいものか……。


 長島家は奥田家に比べると、少々気後れしていた。


 それも無理はない。


 相手は総合病院の御曹司。


 これ以上ない玉の輿だ。


 おまけに香澄のお腹には奥田の子供が宿っている。


 一流の待遇で過ごせるよう、天野がクリニックを紹介しているのだ。


 待遇はVIPそのもの。


 一般人では利用できない環境や設備が揃っている。


 香澄の両親が奥田や天野に気後れするのも当然だった。


天野勇二

私はお2人をご紹介しただけです。
香澄さんたちに良縁があったのでしょう。


 香澄はまだドレスを着ていない。


 衣装合わせに入れば邪魔になる。


 天野は親族に挨拶をすると、早めに控え室を後にした。



天野勇二

(ふむ……。結婚も悪くないものだな)



 天野にとって初めての結婚式の出席。


 これまで結婚に興味はなかったが、両家の幸せな様子を見ていると、結婚も悪くないように感じていた。


天野勇二

おい、イベリコよ。
今なら大丈夫か?


 天野は再び奥田の控え室に入った。


奥田和彦

うん。
ちょっとこっちに来てよ。


 奥田は新郎専用の控え室まで、天野を呼び寄せた。


天野勇二

どうした。
わざわざ2人きりで話す必要があるのか?

奥田和彦

そうなんだ。
これを見てよ。


 奥田は懐から1枚の紙を取り出した。


奥田和彦

これがね、香澄ちゃんの家に送られていたんだ……。


 紙を広げる。


 手紙のようだ。


 文面を読み、天野は目を見開いた。


天野勇二

おい、これは『脅迫状』じゃないか。

奥田和彦

そうなんだよ。
式が決まった時から同じものが2通届いてるんだ。


 脅迫状は次のように書かれていた。




長島香澄


結婚は許さない。

式の当日までに考えなおせ。

命の保証はしない。

もし式を挙げるのであれば、お前の花嫁衣装を吐血で赤く染めてやる。





 奥田は肩を落として呟いた。


奥田和彦

香澄ちゃん、すっかり怯えちゃって。


 天野は納得したように頷いた。


天野勇二

何か対策は講じるのか?

奥田和彦

うん、ボディチェックを徹底させて、持ち込める私物は全てチェックするよ。
それ以外にも見張りとして10人ほどSPを雇ったんだ。

天野勇二

結婚式後もSPはつけるか?

奥田和彦

披露宴後の2次会まで、いてもらおうかなって。

天野勇二

ああ、それが賢明だ。

奥田和彦

前に新聞で見たんだけど、天野くんは芸能事務所のSPもやってるんでしょ?

天野勇二

まぁ、バイト程度にな。

奥田和彦

天才クソ野郎と、SPのプロとしての目線で、これをどう見るかな?


 天野は脅迫状を奥田に返した。


 胸元からタバコを取り出し火をつけると、天野はぽつりと呟いた。


天野勇二

……違和感がある。


 奥田はその言葉に飛びついた。


奥田和彦

違和感ってなに?


 天野はその問いを無視し、煙を吐き出しながら尋ねた。


天野勇二

メイド喫茶の関係者は、香澄さんに近づいていないのか?

奥田和彦

『メイドにゃんにゃん』の客には連絡先を教えてないし、これまでストーカー被害にあったこともない。
脅迫状が届いたのは式が決まってからなんだよ。

天野勇二

なるほど……。


 天野は腕組みをして思案した。


 灰色の脳細胞をフル回転させる。


 簡単にプロファイリングしてみた。


天野勇二

文章の組み立てを見る限り、書いたのは 『男』だ。
そして『吐血で赤く染める』という箇所が気になる。
これは殺害予告であり、その手段を示している可能性が高い。

披露宴には香澄の男友達を呼んでいるのか?

奥田和彦

式と披露宴には呼んでないんだ。
でも、2次会には来ることになってるよ。

天野勇二

ならば敵が狙うのは2次会だろう。
念のため会場のスタッフも、ボディチェックをさせるんだ。

奥田和彦

わかった!
すぐに言ってくる!

天野勇二

あ、ちょっと待て。


 天野は奥田を呼び止めた。


天野勇二

天才イベリコよ、お前の頭脳はこの脅迫状をどう見ている?


 奥田は辛そうに口を開いた。


奥田和彦

……天野くんと同じだよ。
違和感がある。
きっと考えていることも同じさ。

天野勇二

そうか……。


 天野は信じ難いといった表情でタバコの火を消した。


天野勇二

狙われるのは香澄本人だ。
もう一度会ってくる。

奥田和彦

うん……。
ありがとう。天野くん。


 天野は控え室を出ながら呟いた。


天野勇二

やれやれ……。
他人の幸せをねたむなんてくだらねぇな。


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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
イベリコの結婚式ということで、もしかしたらハチャメチャコメディなドタバタ結婚式になると予想されたかもしれませんが……。
 
全然違いましたね( ゚д゚)
私も書いてみてビックリですよ。
なんだこの2時間サスペンスみたいなシリアス展開は……。
火サスか( ゚д゚)
火サスなのか( ゚д゚)
あとメグにゃんは出てくるのかどうなんだ( ゚д゚)
 
イベリコ is back!!!!!!
様々な波乱と感動を乗せて、イベリコ色の未来に向かって愛を叫べ!
 
さてさて、いつもオススメやコメントありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 181件

  • ねここ

    火サスと聞いて♪ちゃんちゃんちゃーん、ちゃんちゃんちゃーん、
    のテーマソングが未だに頭に流れる私はサスペンス好きです。

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  • rtkyusgt

    そうそう、幸せを妬むほどかっこ悪い事は無い

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  • 太宰雅

    吐血って、毒を盛るって事か?

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  • マッスル

    もしめぐにゃん来たらもう二度と会わないつもりだったのに天野再会するんじゃない?

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  • 遙@ネト充ReLピアシ先生のお

    イベリコさん!結婚おめでとう!

    落ち着けない結婚式になりそうだね

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