やぁ、千恵ちゃん。
涼太お兄ちゃんに変なイタズラをされなかったかい？

ちょっと勇二。
僕をロリコンみたいに言うのはやめてよ。

尾行されなかったか？

もちろん。
その点は抜かりないよ。
勇二こそ大丈夫？

問題ない。瞬殺したよ。
しばらくはマトモに歩けやしないさ。

ね、ねえ、勇二……。
これ本物？

どこでこんなの買ったの？
ビレバンにでも売ってた？

ここは法治国家だぜ。
敵の秘書が持っていてな。
物騒だから取り上げたんだ。

ひぃ……。
政治家って怖いねぇ……。

安全装置はかけたが、下手に触れたら危ないぞ。
千恵の手の届かないところに置いてくれ。

おうっ！
そ、そうだね……。
戸棚の上に置いとくよ。

ところで涼太、お前ガキを風呂に入れたことはあるか？

ないねぇ。
もうちょっと大きい娘だったら、沢山経験あるけど。

しょうがねぇな。
俺が千恵を風呂に入れるから、その間夕食の準備でも頼むよ。

それならまかせてよ。

ほら、あーん。

どうだ？
涼太お兄ちゃんのご飯は美味しいか？

そうか、良かったなぁ。

勇二がこんなに良い『パパ』だとは思ってなかったよ。
天才クソ野郎様はどこにいったのさ？

環境の違いだよ。
慣れの問題さ。

まぁ、確かにね。

事態はかなり深刻だ。
坂上をマイクロカードと交換し、遠方に飛ばす必要がある。

そうなると車が必要だね。

そこが問題だ。

一応、偽装（テンプラ）ナンバーの車は手配したよ。
GPSなんて仕掛けられたら厄介だから、探知機も持ってきた。

上出来だ。
今回はかなりやばいヤマになる。
今までとは危険が段違いだ。
頼むぜ。

まかせてよ相棒。

坂上、振り向くな。

そのままビルの中に入れ。

走れ！

クックックッ……。
地上からは逃げやしないさ。
坂上よ、このまま中目黒まで行くぞ。

冗談じゃねぇ。
この俺様をハメやがって。
全て話してもらうぞ。
お前が盗んだのはこれだろ？

大物政治家である榊原の裏献金データ。
公開されれば政治家としての人生が終わりかねない。とんでもないシロモノだ。
こんなもの持ち出して、命が残ると思っていたのか？

バカなヤツだ。
お前は政治家にとって一番突かれたくない爆弾を持ち出した。
殺されるぞ。
もう東京を離れて逃げるしかない。

それならこのデータをマスコミにリークするか？
どうせ握り潰されて終わりだ。
そしてお前はドラム缶にコンクリート詰めにされて、東京湾の底まで沈む。
そうなれば千恵はどうなる？

千恵は1人取り残されて、孤児院で青春を過ごすんだ。
二度と母親の顔を拝めないままな。
いや、それだけじゃない。
千恵まで消されてもおかしくない。
殺される理由なんかわからず、あの娘も東京湾に沈むのさ。

お前にとって一番大切なものは何だ？
銀座にしがみついて生きることか？
東京で派手な暮らしをすることか？

違うだろ！？

たった1人の愛娘と共に生きることじゃないのか！？

目を覚ませ。
覚悟を決めるんだ。
もう振り返る道はない。
千恵と一緒に、新しい土地で暮らすんだ。
お前が持つ全ての愛情を千恵に注げ。
お前が 『幾千（いくせん）もの恵み』を千恵に注ぐんだ。
そのための名前じゃなかったのか？

同級生だった頃、お前とんでもない女だった。
男子だろうが、上級生だろうが、気に入らないヤツには暴力で反撃する厄介な女だった。

だがある時、お前が花壇に水やりしている時の表情を俺は見た。
お前の顔は優しさと母性に満ち溢れていた。
あの時俺は、お前の素顔と本質をかいま見た気がしたよ。

千恵は信じられないくらい良い子だ。
お前の優しさを全て受けて育っているのだろう。

いいか坂上、
もう一度尋ねるぞ。

お前が守りたいものは、メスを入れた自分の顔か？
苦労して生まれ変わったその姿か？
銀座で手に入れた理想の暮らしか？

お前はわかっているはずだ。
失ってはいけない、本当に大切なものを！
それを思い出せ！

着いたぞ、走れ！

荷物は大丈夫だったか？

うん。
自宅の見張りはなかった。
必要なものは揃ってるよ。

坂上よ、どこか地方に身寄りのアテはあるか？

ならば、山梨の田舎にツテがある。
親父の系列の病院だ。
そこの住み込みの寮を手配してある。
まずは一旦そこに身を寄せ、後は自分でどこに向かうか決めればいい。

涼太が君の家から着替えなどを持ってきた。

少し蓄えがあるようだな。
できるだけこれを使って東京から離れるんだ。
後のことは俺に任せておけばいい。
店も自宅も、うまく処理しておくよ。

気にするな。
クラスメイトだったよしみさ。
涼太、悪いが山梨まで送ってくれ。

オッケー。まかせてよ。

くまちゃんはちょっと汚れちゃったんだ。
代わりに勇二お兄ちゃんからのプレゼントだ。
受け取ってくれ。

千恵ちゃん、
これでさよならだ。
元気に暮らすんだよ。

そうだ。
君はママと新しいところで暮らすんだ。

これからはずっとママが側にいてくれる。
寂しい思いをしなくていいんだ。
俺がいなくても大丈夫さ。

ああ、ほんとさ。

いつかきっと、どこかで会えるさ。

そう、また会える。
お母さんより美人になって、会いに来てくれよ。

ああ、約束だ。

坂上、覚悟は決めたか？

良かったねぇ。
このクマさん、どんな名前にしようか？

りょーちゃん？
へぇ、それ僕の名前にそっくりじゃん。

今の俺は『天才クソ野郎』さ。
人は変わる。
変わることができる。
新しい土地で、新しい夢を探して、千恵と共に暮らすんだ。
新しいお前に変わってな。

さぁ、天才クソ野郎、最後の仕事だ。

よう、坂上の知人だ。
待たせたな。

おお、その声は。
さてはお前、昨日俺様が大腿を撃ち抜いてやったオールバックじゃないか？

落ち着けよ。
そんなに興奮すると身体に良くないぞ。

東京駅のロッカー178番。
そこにお前らの欲しがっているものはある。

もう一度言う。
東京駅のロッカー178番。
暗証番号は『4・2・7・4』だ。
『死になよ』ってゴロで覚えると覚えやすいぞ。

そこにお前らの拳銃も、欲しがっているクマも、全て入っている。
だが、これだけは榊原センセに伝えておくといい。

『ジョーカー』は俺様が持っている。

もしこれ以上、坂上に干渉するようならば、もみ消すのが不可能なくらいリークしてやる、とな。

データ？
何のことだ？
何か重要なデータでもあったのか？
俺様はクマのぬいぐるみを預かっただけだ。
言葉使いに気をつけろと幼稚園で習わなかったのか？

もう一度警告する。
ジョーカーは俺様が持っている。
もう坂上に干渉するな。
これが条件だ。

それで良い。
このケータイは捨てる。
以上だ。

やっほー勇二！
坂上さんからの手紙だよ！

……ふん、福岡か。
悪くない土地だ。

千恵ちゃんも幼稚園に入園したって。
ほら、写真もあるんだよ。

もう幼稚園に入園か。
幼稚園は大事だ。
幼稚園で習うことには、この世界の大切なことが隠されている。

師匠！
おはようございます！

弟子か、久しぶりだな。

あの師匠、ちょっと厄介なレポートがあるんですけど……。

良いだろう。書いてやる。

やった！

前島さん、ほら千恵ちゃんの写真だよ。

わぁ、可愛いですねぇ。
このぐらいの子はすぐ大きくなりますね。

なんで僕には、あまり懐いてくれなかったのかなぁ。

子供は本心を見るんです。
きっと涼太さんのチャラさを見抜いたんです。
この男はすぐ他の女に手を出すな、って見抜いたんですよ。

そっかぁ。
それはしょうがないね。
事実だもんね。

良かったですねぇ。
今は平穏に過ごせてるみたいですよ。
千恵ちゃんがたまに『ゆうじお兄ちゃん』に会いたがるって書いてます。
師匠って実は、すごく良いパパになるんじゃないですか？

冗談じゃない。
俺様は結婚も子供も御免だな。

師匠、私は結婚も子供も大歓迎ですよ。
良い妻になりますよ。
しかもトップアイドル。
これってお買い得じゃありません？

ふぅん。
それがどうした？

いや、だから……。
アピールですよ。

何のアピールだ？

うぷぷ。ダメだって。
勇二は何でか前島さんにだけニブいんだから。

うーん。
どうしてですかねぇ。

天才クソ野郎にも弱点があるってことだよ。

おいおい、天才クソ野郎には弱点も不可能もないぜ。
俺様にかかれば全てうまくいくのさ。

ほら聞いた？
あんなこと言ってるよ。

もう！
師匠は私に関するレポートを書いてください！

はぁ？
だから書いてやるって言っただろう？

そうじゃないですよ！