その日の授業を終えると、天野は千恵を連れて坂上の店へと向かった。

　とてつもなく嫌な予感がしていた。

　そして、その予感は当たった。

　店の入り口を開けると、中は物凄い有様だった。


　椅子は倒され机は傷だらけ。

　全ての引き出しが開けられている。

　ボトルやグラスも全て叩き割られている。


　千恵も驚いて店内を見つめている。

　千恵を抱き、ガラスでいっぱいの店内を歩いて回った。

　天野の靴には底とつま先に鉄板が入っている。

　この程度のガラスであれば問題ない。

　店内には人影がない。

　天野は覚悟を決め、奥の入り口を開け放った。

　坂上の死体が転がっていることまで覚悟していたが、店の奥には誰もいなかった。

　こちらも店内と状況は変わらない。

　全ての扉は開けられ、グラスもボトルも叩き割られている。

　千恵が涙を浮かべている。

　天野は千恵をなだめながら、店を荒らした人間が何を探っていたのか調べた。

　落ちていたボトルを手に取る。

　物盗りの犯行に見えるが、こんなところに金が隠されているはずがない。

　やはり目当てはマイクロカードだろう、と判断した。

　店を出ると、天野は千恵と向かい直った。

　千恵はこくんと頷いた。

　千恵を抱きながら駅に向かう途中で、天野は涼太に電話をかけた。

　電車を乗り継ぎ、西荻窪の駅を目指す。

　涼太は駅前に車を停めて待っていた。

　ぷいっと横を向いてしまう。

　相変わらず涼太には懐こうとしない。

　千恵の誘導で路地を進んで行く。

　やがて千恵は1軒のアパートを指さした。

　天野はアパートから遠ざかり、千恵を一旦涼太に預けた。

　千恵はぶすっとしている。

　涼太は必死に笑顔を作った。

　涼太は前島に「笑顔が腹黒いせいですよ」と散々なじられて、少々傷ついていた。

　天野は荷物から防刃ジャケットを取り出し着込む。

　スタンガンもポケットに入れる。

　強化手袋も装着した。

　天野は再びアパートを目指した。

　見張りの気配は感じない。

　しかし、相手がプロであれば、気配を消すことは容易いだろう。

　それに駐車場には1台、フルスモークの車が停まっている。

　天野は覚悟を決めると、坂上の部屋を目指した。

　部屋のチャイムを押す。

　反応はない。

　ドアノブに手を伸ばす。

　鍵はかかっていない。

　ドアはすんなり開き、天野を静かに招き入れた。

　部屋を見て、天野はため息を吐いた。

　予想通りの光景が広がっている。

　全ての引き出しや扉は乱暴に開かれており、中に入っていた物はかき出されている。

　何かを探った後だ。

　グラスや皿は叩き落とされ、破片が床一面に広がっている。

　土足のまま部屋に踏み込む。

　室内の奥には、千恵のものと思われるぬいぐるみが切り裂かれていた。

　天野は引き出しを漁り、手がかりが残っていないか確かめる。

　銀行の通帳が出てきた。

　振込人の名前を確かめる。

　それをポケットに押し込んだ時、玄関に人の気配を感じた。

　静かに部屋の奥に潜む。

　玄関から男の声が響いた。

　タチの悪そうな男の声だ。

　やはり部屋を張っていたのだ。

　このままではすぐに見つかる。

　天野はゆっくり部屋の奥から現れた。

　玄関に黒服の男が2人。

　夜だというのにサングラスをかけている。

　パンチパーマの小柄な男と、オールバックの長身の男。

　どちらも極道に似た気配を放っている。

　カタギの人間には見えない。

　天野は指先をパチリと鳴らした。

　指先を気障（キザ）ったらしく振り回す。

　人の不快感を煽（あお）るお馴染みのジェスチャーだ。

　殺気づいたパンチパーマを、オールバックの男がいさめた。

　パンチパーマは天野を睨みつけながらも、「……はい。すんません」と声を返した。

　オールバックの方が格上なのだろう。

　天野は肩をすくめて答えた。

　オールバックの男は小さく頷き、ゆっくり部屋に入る。

　男たちの全身に殺気がこもる。

　天野は素早く動いた。

　足元に落ちていたグラスの破片を蹴り上げる。

　男たちを牽制（けんせい）し、天野は跳躍（ちょうやく）した。

　飛び前蹴りでオールバックを扉に叩きつける。

　着地と同時にパンチパーマへの連撃。

　流れるように掌底（しょうてい）と肘を打ち込む。

　そのまま手首を掴んで捻り上げ、ショルダーアームブリーカーでへし折った。

　パンチパーマが悲鳴をあげて倒れる。

　オールバックの男が色めき立つ。

　完全に先手を取られた。

　慌てて右手を胸元に差し入れる。

　天野はオールバックとの間合いを一気に詰め、肘を顎先（あごさき）に突き刺しながら、男の右手を高く持ち上げた。

　手には拳銃が握られている。

　天野は右手の指を即座にへし折り、拳銃を握ったまま一本背負いで投げ捨てた。

　天野は手元に残った拳銃を見る。

　ニューナンブ22口径あたりだろう。

　安全装置を解除し、男たちに銃口を突きつける。

　オールバックの顔が恐怖に染まった。

　拳銃を突きつけながら脅す。

　パンチパーマは左肩を押さえながら天野を見上げ、オールバックは右手を押さえながら天野を睨みつけている。

　パン！


　天野はオールバックの左腿を 容赦ようしゃなく撃った。

　男たちは慌てて伏せた。

　天野は男たちの頭に拳銃を押しつけながら、さらに脅しの言葉を届ける。

　男たちはその言葉を聞き、抵抗するのを諦めた。

　天野は男たちの懐を探った。

　スーツの中には拳銃がもう1挺。

　サバイバルナイフが2本。

　天野はあっさり取り上げた。

　名刺入れを発見した。

　中身を取り出し、天野はニヤリと笑みを浮かべた。

　鼻で笑い、名刺をポケットに押し込む。

　男たちは伏せたまま答えない。

パン！

　今度はパンチパーマの右腿を容赦なく撃ち抜いた。

　オールバックの男が慌てて声をあげた。

　天野はニヤリと笑って質問の内容を変えた。

　男たちの動きはない。

　どうするべきか迷っているようだ。

　パン！

　天野はパンチパーマの左腿を撃った。

　パンチパーマの全身が恐怖と痛みで震えている。

　オールバックの男が怯えて懇願した。

　震える手で携帯電話を取り出す。

　しばらくの間、無音が続いた。

　オールバックの手から携帯電話をもぎ取り、天野は偉そうに名乗った。

　携帯電話の向こうから坂上の声が響く。

　坂上の声が詰まった。

　坂上は振り絞るように声を出した。

　天野はそれだけ聞くと電話を切った。

　オールバックの男はぎろっと天野を睨みつけた。

　オールバックお男は慌てて言った。

　天野は拳銃を突きつけたまま、ニタニタと極悪の笑みを浮かべた。

　オールバックの男は悔しそうに呻いた。

　天野は拳銃を突きつけたまま、ゆっくり坂上の部屋を出て行った。

　玄関を出るとダッシュで駆け抜ける。

　すぐさま涼太に電話をかけた。

　大通りに出るとタクシーを停め、自宅のアパートへ走らせる。

　懐にある2挺の拳銃を撫でながら、天野はため息を吐いた。