【グアムロケ1日目】

※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間PM7:45


 寄せては返す穏やかな波。


 見上げれば満天の星空。


 彼方に走る流れ星を見つめ、前島は切なげに呟いた。


前島悠子

……好きです。


 怯えたように唇が震える。


 アイドルとしては許されない、禁断の告白。


 思わず口元を押さえる。


前島悠子

好き……。
好きなんです……。


 迷いを吹っ切るように、前島はもう一度呟いた。


前島悠子

あなたのことが、
ずっと、
ずっと前から……!


 前島が振り向いた。


 迷いのない強い瞳。


 秘めていた恋心を解き放つ。


前島悠子

ずっと、好きでした!


 その時、前島の背後で花火が打ち上がった。


 鈍い轟音ごうおん


 グアムの夜空が明るくなる。


 鮮やかな炎が海岸線を照らす。


 前島は驚いたように花火を見上げ、そして満面の笑みで叫んだ。


前島悠子

大好きです!!!



 花火をバックにして、カメラの前で叫ぶ前島の姿を、天野はのんびりと眺めていた。


天野勇二

なぁ川口よ。
あれは何の撮影なんだ?

川口由紀恵

ゲームの『告白シーン』を撮影しているんです。
プレイヤーがアイドルと擬似恋愛できる、というゲームなんですよ。

天野勇二

ふぅん。
俺様には何も聴こえないが、アイツは告白しているのか。


 天野は納得したように頷いた。

 先ほどから動画のシーンだけ「ちゃんと見て欲しい」と、前島に懇願されているのだ。

 師弟愛でも伝えたいのだろうか、と天野は思っていた。


撮影スタッフ

はい、カット!
前島さん終了です!


 撮影が終わった。

 皆が拍手して前島を称える。

 前島はスタッフに頭を下げると、真っ直ぐ天野の下へ飛んできた。


前島悠子

師匠!
聞いてくれましたか!?
師匠に伝えるつもりでやったんですよ!

天野勇二

花火の音が大きくてな。
何も聴こえなかったよ。


 前島はがっくりと肩を落とした。


前島悠子

えぇーー?
じゃあ、ゲームが発売したら買ってくださいね。

天野勇二

俺様はTVゲームなんてやったことないんだ。
ゲーム機なんか持ってないぜ。

前島悠子

えぇっ!
師匠って、どんな少年時代を過ごしたんですか!?

天野勇二

聞いたところで面白くもないぞ。

前島悠子

じゃあ、ゲーム機を買いましょう!

天野勇二

やなこった。
興味ないね。

前島悠子

弟子の晴れ姿を見たくないんですか!?

天野勇二

それも興味ないな。

前島悠子

うきぃーーー!


 地団駄じだんだを踏む前島を連れ、天野たちは食事に出かけた。

 といっても、夜遅くまで開いている店は少ない。

 ホテル内のレストランですませた。


前島悠子

うーん……。
さすがグアム。
量が多いですね。

柏田麻紀

ゆうこちゃん、
私のあげる。

天野勇二

弟子よ、
俺様のもくれてやろう。

前島悠子

そんなに食べたら太っちゃいますよぉ……。

【グアムロケ1日目】
※アウトリガー・グアムリゾート
・現地時間PM22:00

 夕食の時間が終わった。

 本日のスケジュールはここまで。

 前島と柏田は別々の部屋で就寝することになる。

天野勇二

川口よ、夜はどうする?
入り口の前に立つか?

川口由紀恵

さすがにそこまでして頂かなくとも大丈夫かと。
ご自由にお過ごしください。

天野勇二

そうか。
ならば少し飲ませてもらうよ。
バーに行ってくる。


 その言葉を聞き、前島が尋ねた。


前島悠子

師匠、1人でバーなんて大丈夫ですか?
グアムですよ?
英語話せるんですか?


 天野は少々傷ついたように答えた。


天野勇二

弟子よ、俺様は天才だ。
英語ごとき話せる。

前島悠子

そ、そっか!


 前島は天野の隣に素早く並んだ。


前島悠子

マネージャー!
私も師匠と飲んできます!


 川口は少し迷ったが、天野に頭を下げた。


川口由紀恵

天野様、
宜しくお願いします。

天野勇二

ああ、早めに寝かせるよ。


 天野と前島はホテル内にあるバーへ向かった。

 天野はジンを注文。

 前島にはトロピカルなカクテルを用意してもらった。


 2人はしばし、黙って酒を飲んでいたが、前島がふと尋ねた。


前島悠子

……ねぇ、師匠。

天野勇二

なんだ。

前島悠子

師匠はどうして、恋をしたことがないんですか?


 天野は鼻で笑った。


天野勇二

お前と俺様は環境が違う。
お前は誰かに恋を届ける仕事だが、俺にはその必要がなかった。
ただそれだけの話さ。


 前島はトロピカルなカクテルを口にしながら、天野をじっと見つめた。


前島悠子

じゃあ恋しましょうよ。
私と。

天野勇二

やなこった。

前島悠子

むむっ……。
何でダメなんですか?


 前島は頬をぷくぅと膨らませ、スネたように言った。


前島悠子

師匠はSPなんです。
2人っきりでデートしても大丈夫です。
ヒマだったらおデートしてくれるって言ったじゃないですか。

天野勇二

ああ、言ったな。

前島悠子

じゃあついでに恋もしましょうよ。


 天野はため息を吐いた。


天野勇二

お前は俺様の弟子だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
それに恋なんてどんなものか想像もつかん。

前島悠子

はぁ……。
師匠はいったいどんな青春を過ごしたんですか?
やさぐれ過ぎですよ。
これまで、師匠のお眼鏡にかなう可愛い女子はいなかったんですか?


 天野はジンを舐めながら笑った。


天野勇二

悪いが俺はモテたぞ。
魅力的な娘もいたな。
だが……。


 タバコに火をつける。

 ゆっくりと煙を吐き出す。

 灰をひとつ落とし、天野は言葉を続けた。


天野勇二

やはり兄のことが関係しているのだろう。
あれ以来、人に心をさらけ出すのが怖くなった。


 前島はじっと天野の瞳を見上げた。


前島悠子

教えてくださいよ。
師匠の青春時代のこと。

天野勇二

聞いたところで、何も面白いことはないぜ。

前島悠子

いえ、構いません。
すごく興味あります。
それに、私には聞く権利があるはずです。

天野勇二

……そうか。


 天野はタバコの煙を吐き出しながら語り始めた。


天野勇二

……中学3年の時だ。
兄の様子が突然おかしくなった。
暴れだし、 わめきだし、完全に狂ってしまった。
そのまま入院させられ、今も病院で暮らしている。
お前も行ったあの病院だ。
俺はあの時の兄の顔を、未だに忘れることができない。


 天野は半眼で虚空を見つめた。


天野勇二

人は心を失くす……。
絶対だと信じていたものさえ、形を失い消えてしまった……。
俺はそれをただ見ていることしかできなかった……。

あれ以来、瞳に映るものや、 刹那せつな的な繋がりに興味を持てないのさ。
どうせ目に見えるものなんて、全て消えてなくなるのだと気づいてしまったからな。
それからは 屈折くっせつした感情を暴力に変える日々を過ごしたよ。

前島悠子

ぼ、暴力って……。
師匠って、やっぱり不良だったんですか?

天野勇二

ああ、とんでもない不良だった。
だが暴走族のように群れるのを嫌った俺は、参考書片手にうるさい馬鹿共を叩きのめして回っていた。
いくつものチームを潰し、何人かのチンピラを泣かし、小悪党を警察に送り届け、時には半グレだって相手にしたよ。

前島悠子

ひえぇ……。
それじゃ友達と遊ぶとか、デートするとか、一般的な青春とは無縁だったんですか?

天野勇二

そりゃそうさ。
俺様のような狂犬と時間を過ごしたいヤツなんていないさ。


 そう言うと、天野は小さく唇を歪めた。


天野勇二

……いや、そうでもないか。
1人だけ、そんな俺様にしつこく近づいてきたヤツがいた。
アイツだけが俺から離れようとしなかった。


 前島は「ぽん」と手を叩いた。


前島悠子

もしかして……。
涼太さんですか?

天野勇二

そうだ。


 ジンを舐め、呆れたような笑みを浮かべる。


天野勇二

意外と頑固な男でな。
誰もが、

「天野はもうダメだ。付き合うのをやめろ」

と言っても、アイツはなぜか離れようとしなかった……。
不思議なヤツだ。
俺と付き合ったところで得なんてないのに。


 前島は嬉しそうに微笑んだ。


前島悠子

なんだか私、涼太さんの気持ちがわかります。

天野勇二

なぜだ?

前島悠子

きっと私と同じ気持ちだったんです。


 純真無垢な笑顔を浮かべる。


前島悠子

師匠はとっても変わってます。
本当は優しくて、人を見かけで判断しないで、弱者を守ろうとするヒーロー。
そのくせ性格は野蛮で最低のクソ野郎……。

私は師匠のそんなワケのわからなさが好きなんです。
きっと涼太さんも、そうだったんですよ。

天野勇二

おかしなヤツらだ。
俺はただのクソ野郎だっていうのに。


 タバコを灰皿に押し付ける。

 ジンを飲み干す。

 空のグラスを見つめ、天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

そういえば、お前と初めて会った時、俺は自分が恋に落ちたと錯覚したぜ。

前島悠子

えっ!?


 驚いて天野を見上げる。


前島悠子

そ、それって……!
ど、どういうことですか!

天野勇二

お前は初めて俺が出会った、自分と似た資質を持つ人間だ。
それを見て脳が恋と錯覚したのさ。
あれは初めての感覚だったな。


 思わず前島は天野の腕を掴んだ。


前島悠子

そ、そそそそれ!
錯覚じゃないかもしれませんよ!
ううん、きっと恋ですよ!

天野勇二

いや、錯覚だ。
現にお前は、俺様の弟子になった。


 そう呟く天野を見て、前島は残っているカクテルを一気に飲み干した。


 ごくりごくり、と喉が鳴る。


 勢い良くグラスをカウンターに置く。


 そして天野に向かい直った。


前島悠子

師匠……。
私は師匠のことが好きです。


 天野は「うんうん」と頷いた。


天野勇二

うむ。
素晴らしい師弟愛だ。


 前島はぶんぶん首を横に振った。


前島悠子

ち、違います!

天野勇二

何が違うんだ?
嫌いだと言うのか?

前島悠子

それも違います!

天野勇二

はぁ?
じゃあ何が言いたいんだ?


 天野はのんびり尋ねている。


 前島は意を決して口を開いた。


前島悠子

私は師匠として師匠が好きですけど、それだけじゃないんです。
1人の男性としても好きなんです。


 頬が一気に熱くなる。


 熱が脳髄のうずいまで走っていくような感覚が襲う。


 世界がゆわんと傾き始めた。


前島悠子

あの時、グループを卒業しようか悩んでいた時……。
師匠だけが、私を真っ直ぐに見てくれました。
そのままの私自身を見てくれたんです。

優しいからだとか、弟子だからだとか、そうじゃなくて、師匠は師匠だからそうやって見てくれました。

だから師匠の言葉を受け止めて、きっとやっていけるって、自分を信じることができたんです。
だから卒業するって決めたんです。

ええと……何が言いたいかと、いうと……。
つまり私は…… うえっぷ、もっと師匠と……。
一緒に……いたい、んです……。


 脳がぐらんぐらん揺れている。


 瞳に映る世界も揺れている。


 意識を真っ直ぐに保てない。


 自分が何を喋っているのかわからない。



 前島は力を失い机に突っ伏した。


天野勇二

お前、海外のカクテルを甘く見ていたな。
急に飲み干すからだ。


 呆れたように天野がため息を吐く。


前島悠子

ふぁい……。
なんか、めっちゃくらくらしまふぅ……。
ひっく。

天野勇二

ったく、仕方ねぇなぁ。


 天野は勘定を払い、バーを後にすることにした。


 前島を小脇に抱え、そのまま部屋へ向かう。


天野勇二

前島よ、鍵を出せ。

前島悠子

ふぁい。


 よろよろと鍵を手渡す。

 

 天野は部屋に入り、前島をベッドに放り投げた。


前島悠子

ひゃん! 
し、師匠、もっとぉ……。
優しくしてくだ……さ…………ムニャムニャ……。


 前島はベッドに潜り込むと、「すぅーすぅー」と寝息をたてて眠り出した。

天野勇二

まったく……。
手のかかる弟子だ。


 天野は優しげにその寝顔を見つめていた。



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つばこ

翌朝、ベッドで目覚めた前島ちゃんは、バーで天野くんと喋っていたことも、一緒に飲んでいたことさえも、全て覚えておりませんでした、とさ。
 
天野くんはプライドの高い男ですが、どうも前島ちゃんには素の顔を見せる時があるようです。それが師弟関係によるものなのか、グアムという異国の風がそうさせたのか、それとも何か違う理由があるのか……。
ただひとつ言えるのは、天野くんは鈍感クソ野郎だなぁ、という点ですなぁ(´∀`*)ウフフ
 
さてさて、グアムでのバカンスも来週火曜日で終わります。
短かった天野くんのバカンスと、ようやく登場する涼太くんと、グアムでのちょっとした出会いを楽しんでいただければ幸いです(`ω´)グフフ
 
ではでは、いつもオススメやコメント本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 203件

  • rtkyusgt

    優しげに見つめられたい(*´Δ`*)

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  • この状況で手を出さない師匠だからこそ好き。

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  • ゆんこ

    なるほどね

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  • メル子

    まきりんおっぱいパンパパーンのイラスト、いつまでもお待ちしております!

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  • 綾夏

    もう、師弟関係のまま結婚しちゃえばいいんだよ。

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