【グアムロケ1日目】
※羽田空港・日本時間AM5:30


 翌週の火曜日。
 羽田空港の出発ロビーに天野は立っていた。

前島悠子

師匠!
お待たせしました!


 前島がやって来た。

 川口と柏田も一緒だ。

 皆、帽子を深く被りサングラスをかけている。


川口由紀恵

天野様、どうか宜しくお願いします。

天野勇二

ああ、スケジュールはどうなっている?

川口由紀恵

こちらをご確認ください。


 川口は事前にスケジュールをプリントアウトしていた。

 天野にそれを手渡す。


天野勇二

……おい、本当にこれだけの量をこなすのか?


 グラビア撮影が3社分。

 ゲームに用いる映像の撮影。

 インタビューの撮影。

 写真集の撮影。

 宣材写真の撮影。

 来年のカレンダーの撮影まで入っている。


天野勇二

随分と多いな……。
今回のグアムロケは1泊2日なんだろう?

 

 川口は当たり前のように答えた。


川口由紀恵

ええ、2日目のロケが終われば、帰りの飛行機の時間が21時ですので、それまでがオフとなりますね。

天野勇二

全く過酷な商売だな。
同情するよ。

川口由紀恵

本当ですね。
よく頑張ってくれています。


 前島と柏田はスマホを取り出し、何かのメッセージを送っている。

 恐らく「これから海外ロケです!」とでも呟いているのだろう。

 現代のアイドルはSNSやブログを活用しないと生き残れないようだ。

天野勇二

これに青春をつぎ込んでいるのだから、あの2人には頭が下がる。

川口由紀恵

仰るとおりです。
現地では宜しくお願いします。

天野勇二

まぁ、俺なりにやらせてもらうよ。


 天野たちは飛行機のファーストクラスに乗り込んだ。

 羽田を離陸すると、前島も柏田もモバイルPCを開き、何やら文章を書き始めた。

天野勇二

なんだ、2人とも仕事か。

前島悠子

はい!
この原稿を仕上げれば、オフの時間が増えますから!

天野勇二

まったく精が出るな。

【グアムロケ1日目】
※グアム国際空港・現地時間AM8:40


 飛行機は3時間半ほどでグアムに到着した。

 グアム国際空港に立った天野たちを、じめっとした空気が出迎える。
 グアムとは基本的に常夏の国。
 いつ訪れても夏だ。
 しかし、6月から10月までは雨季に入るため、湿度自体は日本とそれほど変わらない。

天野勇二

お前ら、荷物が多いな。


 天野は軽装だが、前島たちは巨大なボストンバッグを引きずっている。


前島悠子

衣装が入ってるんですよ。
結構量が多いんです。

天野勇二

よかろう。俺様が運ぼう。

前島悠子

師匠に運んでいただくのは弟子としてふがいないです!

天野勇二

本日の俺様はSPだ。
いいからよこせ。


 天野は2人の荷物を軽々と運び、タクシーを捕まえてホテルへ向かった。


 ホテルにチェックイン後、すぐさま先に現地入りしていたカメラマンと合流。

 プライベートビーチで撮影に入る。

 水着姿や私服など、様々な衣装での撮影を始めた。


【グアムロケ1日目】
※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間AM10:45






前島悠子

師匠どうですか!
弟子のビキニ姿ですよ!


 前島がピンクのバンドゥビキニを着て、天野の前でくるくると回っている。


天野勇二

ああ、良く似合ってる。

前島悠子

可愛いですか!?

天野勇二

ああ、可愛いと思うぞ。

前島悠子

やったぁ!


 前島はすっかり上機嫌だ。
 意気揚々と撮影に取り組んでいる。

柏田麻紀

天野さん、私の水着も似合ってますか?


 柏田も白のビキニ姿となり、はにかみながら天野に尋ねた。

天野勇二

ああ、良く似合ってる。

柏田麻紀

ゆうこちゃんより可愛いですか?

天野勇二

ああ、可愛いと思うぞ。

柏田麻紀

えへへ。やった!


 柏田も上機嫌だ。

 撮影自体は順調に進んだ。


 天野はSPとして周囲を警戒していたが、危険な兆候ちょうこうは感じられなかった。


 カメラマンも手慣れており、スケジュールは流れるように進んでいく。


川口由紀恵

天野様がいると、2人の機嫌が良くて助かります。

天野勇二

なんだ、あの2人はいつも機嫌が悪いのか。


 川口はため息を吐きながら言った。


川口由紀恵

何せセンターと、ナンバー2ですから。
機嫌をとるバランスが難しいんです。

天野勇二

なるほどね。
わかる気がするよ。

川口由紀恵

実を言うと、前島が卒業を発表するまで、2人が一緒になるスケジュールを組むことを避けておりました。


 川口は嬉しそうに天野を見つめた。


川口由紀恵

しかも今回は天野様がいるせいか、2人とも特に上機嫌です。
こんなことなら、いつでもSPをお願いしたいくらいです。


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

俺様の本業は医学生さ。
次に2人を相手するのは、妊娠でもした時かもな。

川口由紀恵

ふふっ……。
それは困りますね。
まだ2人には頑張ってもらわないと。

【グアムロケ1日目】
※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間PM3:00


 グラビアと写真集の撮影が終わった。


 次はゲームの動画撮影だ。


 撮影が開始されると、前島は天野をカメラの側まで呼び寄せた。


前島悠子

師匠!
この辺でしっかり見ててください!

天野勇二

なぜだ?
邪魔にならないか?

前島悠子

大丈夫です!
いいですか?
ちゃんと見ててくださいよ!


 前島が海辺ではしゃいでいる。


 カメラマンの手を握り、波打ち際を楽しそうに走っている。


 何かのセリフを喋っているようだが、天野の位置からは何と言っているか聴こえなかった。


前島悠子

どうですか師匠!
聴こえましたか?

天野勇二

いや、さっぱり。

前島悠子

もう!
カメラチェックします!


 前島の撮影中、柏田は休憩だ。


 柏田は飲み物を持ち、天野に話しかけた。


柏田麻紀

天野さん、
良かったらどうぞ。

天野勇二

すまない。
君は気が利くな。


 2人はしばし、黙って前島の撮影を眺めた。


 やがて柏田が静かに口を開いた。


柏田麻紀

……ゆうこちゃんが卒業を発表した前日、実は2人で話したんですよ。
ゆうこちゃん、これからは私にセンターをお願いしたいって……。


 切なげに天野を見上げる。


柏田麻紀

一緒にやっていこう、まだゆうこちゃんが必要だよって、何度も説得したんですけど、ゆうこちゃんは

『信頼できる人にアドバイスをもらった。1人でやっていける自信がついた』

って、言ったんです。
たぶんそれって天野さんのことですよね。


 天野には心当たりがあった。

天野勇二

たぶん、そうだろうな。

柏田麻紀

私、信頼できる人って誰なの? って訊いたんです。
少なくともゆうこちゃんの卒業に賛成する人は、周りにいませんでしたから。
そうしたらゆうこちゃん、

『自分をアイドルではなく、ただの人間として扱ってくれた人』

って答えたんです。


 柏田は可憐に微笑んだ。


柏田麻紀

それを聞いて、すごく羨ましかったんです……。

この仕事をしていると、友達は少なくなりますし、誰もがアイドルという私しか見てくれません。
そんな肩書きを気にしないで、1人の女性として見てくれた人……。

きっとそれが天野さんだったんです。


 柏田は照れくさそうに言葉を紡いだ。


柏田麻紀

ゆうこちゃんが羨ましい。
私も天野さんの弟子にして欲しいくらいです。


 天野は軽やかに笑った。


天野勇二

天才クソ野郎に弟子を直訴じきそするとは、君も変わってるな。
弟子はそんなにいらん。

柏田麻紀

うふふっ、そうですよね……。
いいなぁ、ゆうこちゃん……。


 天野はじっと柏田の横顔を眺めた。


 なぜか知らないが、本気で弟子になれないことを残念がっているようだ。


 天野は苦笑しながら口を開いた。


天野勇二

……前島に伝えたのは、別に大したことじゃない。
事実、俺様は卒業しろだなんて、あいつに告げちゃいないさ。

柏田麻紀

えっ?
そうなんですか?
てっきり天野さんが後押ししたものかと……。

天野勇二

違う。
俺が告げたのは、もっと根本的なことだ。


 天野は指先をパチリと鳴らした。
 踊るように指先を振り回す。
 柏田の額を指さした。

天野勇二

俺様はあいつに、瞳に映る輝きではなく、自分の中の輝き……つまり『本質』を見つめろ、ということを伝えた。
自らの本質を見つめ、それに名をつけてやった時、どんな道を選んでもやっていける、とな。

柏田麻紀

本質、ですか……。

天野勇二

そうだ。
ただそれだけのことさ。


 柏田はそっと天野を見上げた。


柏田麻紀

……天野さんは、私の本質も見抜けますか?


 天野は大きく首を横に振った。


天野勇二

本質は自分で見つけるものだ。
誰かに定めてもらうものじゃない。

柏田麻紀

そ、そうですか……。


 柏田が小さく肩を落とす。


 天野はその肩に声をかけた。


天野勇二

君は良くできたアイドルだ。
見かけの清純さでいえば前島を超えている。

……だが、君は少しばかり 歪んでいるようだ。
ナンバー2という道を歩き続けたせいだろう。
君の中には、嫉妬と ねたみと羨望せんぼうが渦巻いている。

それを隠し、上手く自分を取り つくろっているようだが、俺にはとても無理をしているように見えるよ。


 柏田は驚いて天野を見上げる。
 図星を突かれたような気がした。

柏田麻紀

なぜ……?
なぜ、そう思うんですか?


 天野は小さく深呼吸すると、柏田の瞳を真正面から見つめ、静かに語り始めた。

天野勇二

俺には優秀な兄がいてな。
物心がついた時から比べられ続けた。
何もかもが優秀な兄で、何ひとつ勝てなかった。
親には「兄を見習え」と、しつこく言われたものさ。
まさに俺様は『永遠のナンバー2』だった。


 苦笑しながらタバコを取り出す。
 火をつけ、紫煙を吐き出しながら言葉を続ける。


天野勇二

……だがある時、その『兄という存在』がいなくなる事件が起きた。
自分がナンバー1の座についた時、俺は自分が歪んでいたことに気づいた。


 柏田は興味深そうに天野の話を聞いている。


天野勇二

兄を心から したいながらも、兄という存在に甘え、兄という存在に嫉妬していた自分を見つけたのさ。

もう兄を超えることはできない。
もう兄の助けになることもできない……。

俺は歪んだぜ。
かなりグレたもんだよ。


 天野は柏田の瞳を眩しげに見つめた。


天野勇二

それに比べたら、君の歪みなんて可愛いものさ。

君はとても良い目をしている。
俺の勝手な推測だが、君の中には信じられないほど みきった『心の泉』があるのだろう。

君はまだ男を知らない。
そのせいもあるのかもしれない。


 柏田は真っ直ぐ天野を見上げている。

 汚れのない良い瞳だ。

 天野はそう感じた。

天野勇二

君はセンターの座を引き継ぎ、周囲から重圧を受け、前島の存在に嫉妬し、少し歪んで無理をしている。

しかし、その奥底には全てを受け入れてしまうほどの、澄んだ『心の泉』がある。
君は様々な負の感情を浄化できる器の持ち主なんだ。
俺様の弟子にするには清らかすぎるね。


 天野はタバコの火を消すと、指先を気障キザったらしく振り回し、柏田の胸元へ向けた。


天野勇二

君が持つ『心の泉』に、歪みも妬みも重圧も羨望も、全てを投げ捨ててしまえ。

君なら全てを浄化できる。
自らの力に変えることができる。

その上でセンターに立った時、君は観客が前島なんか忘れてしまうほどのパフォーマンスを見せるだろう。


 力強い言葉が柏田の胸を打つ。


 まるで予言のような、不思議な魔力を持つ言葉だ。



 柏田はぎゅっと胸元を握った。



 そこに心の泉がある。


 そこに負の感情を投げ捨ててしまえる。


 もしそうすることが出来れば、自分はもっと輝ける。


 自らの鼓動こどうが、そんな予感をささやいている。


柏田麻紀

ホントにそんな綺麗な泉が、私なんかにありますか……?


 潤んだ瞳で天野を見上げる。


柏田麻紀

私、酷いことも考えます。
ゆうこちゃんの卒業だって、チャンスだって思っちゃって……。

これでやっと一番になれる……。
楽してセンターになれて良かった……。
どこかでそんなことを考えちゃって……。

ゆうこちゃんを超えることなんて、一度もできなかったのに……!


 柏田の瞳に涙がたまりはじめた。


 天野は優しい声で言った。


天野勇二

それでいい。
そんな感情を抱いたっていいんだ。

大切なのは、どんな偶然も必然も飲み込んで、輝くものに変えること……。

胸を張れ。
君なら大丈夫だ。
自信がないなら俺様が断言してやる。
今だって未来だって、君は高く越えていけるさ。


 柏田は涙をこぼしながら頷いた。

 天野は静かにその頭を撫でてやった。






前島悠子

ああーーー!!!
師匠!!!
まきりん!!!


 前島が慌てて飛んできた。

前島悠子

なんで2人とも良いムードなんですか!?
師匠ってば……


……あれ?
まきりん?
どうしたの……?
泣いてるの……?


 柏田は涙を拭い、前島に笑いかけた。


柏田麻紀

大丈夫。
何でもないの。
天野さんにアドバイスもらってたんだ。


 前島がぷりぷり怒って天野に詰め寄った。


前島悠子

師匠!!!
また酷いことでも言ったんですね!
なんでまきりんを泣かすんですか!?
まきりんを虐めて泣かすなんて、例え師匠でも許しませんからね!

まきりん大丈夫?
クソ野郎の言うこと気にしちゃダメだよ?


 天野は肩をすくめて言った。


天野勇二

弟子よ。
これは俺と柏田の問題だ。
お前は関係ない。

前島悠子

はぁ!?
ど、どういうことですか!?


 遠くから柏田を呼ぶ声が聴こえる。

 前島の撮影が終わったので、次は柏田の撮影だ。

 柏田は深く頭を下げた。


柏田麻紀

天野さん、ありがとうございました。
私、これから頑張れそうな気がしてきました。

天野勇二

そうか。
それなら何よりだ。

柏田麻紀

行ってきます!


 天野は手を上げて柏田を送り出した。


 その姿に前島が噛みつく。


前島悠子

師匠!
まきりんと何を話してたんですか!?

天野勇二

お前と同じだよ。
本質の話をしてたのさ。

前島悠子

あぁー!
ズルい……。


 前島はしょんぼりして俯いた。


前島悠子

あの話は私だけにして欲しかったのに……。

でもそっかぁ……。
まきりんを励ましてくれたんですね……。
師匠、ありがとうございます……。


 前島はがっくりと肩を落としている。


 天野は励ますように言った。


天野勇二

だが弟子よ。
俺様は柏田から弟子の直訴を受けたが断ったぞ。

前島悠子

……ふぇ?
それはどういう意味ですか?

天野勇二

天才クソ野郎の弟子は、
世界でお前だけ……。
ってことだよ。


 前島は純真無垢な笑みを浮かべ飛び跳ねた。


前島悠子

やったぁーー!
師匠!
ありがとうございます!


 無邪気に喜ぶ弟子を、天野は苦笑しながら眺めていた。


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つばこ

グアムのオフショットはいかがでしたでしょうか(*´ω`*)
残念ながらポロリのイラストはありません(過激すぎてNGなので)が、「水着水着腹筋胸筋」とハァハァしていただければ幸いです(*´Д`)ハァハァ
 
天野くんはまきりんに、どこか自分の姿を重ねたのでしょう。
そして彼の言葉から察するに、相当まきりんを評価しているようです。かなり気に入っています。恐らく天野くんが持っていない「何か」を、まきりんは手にしているのでしょう。
天野くんが「クソ野郎」を心の支えにしたように、まきりんにも支えにすべき「何か」がある……ってことかな?
 
それにしても、グアムは楽しそうですね(´・ω・`)
いいですねグアム(´・ω・`)
しかもビキニですよビキニ(´・ω・`)
アイドルのビキニですよビキニ(´・ω・`)
 
なんだよちくしょう爆発しちゃえってんだ(´;ω;`)ウッ…

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コメント 267件

  • 水着水着腹筋腹筋グハァァァ

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  • ИДЙ

    天野君タラシだねぇ~
    それ無自覚?

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  • ビキニ良いよねぇ〜

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  • ゆんこ

    天野君は上手だな。。。

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  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    つばこさんやっぱかわいいw

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