※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


 天野あまのはその時、いつもの学生食堂2階テラスではなく、キャンパスの隅にある喫煙所でタバコを吸っていた。

 ちょうど夜間の実習を終えたところ。
 1日の終わりを告げるタバコを味わっている。

 そこに1人の男がやって来た。

???

……天野か。
こんなところにいたのか。

天野勇二

岡田おかだ教授ですか。
何の用ですか?

岡田教授

おいおい……。
担当教授に向かって
『何の用』はないだろ。


 岡田は教授の中でも最も若い。
 しかも問題児である天野の担当教授。
 天野が問題を起こす度に、他の教授から叱責しっせきされる毎日。
 胃薬が手放せない日々を過ごしている。

岡田教授

なぁ天野……。
このままじゃ、進級できんぞ……。


 天野は岡田の言葉を無視して、タバコを吸っていた。


岡田教授

お前が優秀なのはよく知っている。
だけど、『学園の事件屋』はもう辞めたらどうだ?


 天野は様々なトラブルを解決する『事件屋』まがいのことを趣味としている。

 その事件屋のせいで、必須の実習に顔を出さないことが多いのだ。


天野勇二

……別に俺は留年しても構いませんよ。

岡田教授

お、おいおい……。
何を言ってるんだよ……。


 岡田はオロオロと青ざめた。
 天野にはいち早く卒業して欲しい。
 それが教授たちの切なる願いだ。

岡田教授

お前の親父さんからも、キツく言われてるんだ。
留年せずに卒業してくれ。頼む。

天野勇二

単位が取れなきゃ卒業は遠い夢でしょ?
俺にはどうしようもできませんね。

岡田教授

そ、そこは私が何とかするから!
なっ! 頼む!
ちゃんと顔を出してくれ!


 岡田はかなり下手に出ている。

 教授とは思えない態度だ。


天野勇二

……ちょっと待ってください。電話だ。


 スマホが着信を告げている。

 天野は岡田に断って電話に出た。


前島悠子

どうも、師匠!
おはようございます!


 天野の「弟子」であり、今をときめくトップアイドル 前島悠子まえしまゆうこからの電話だ。

 芸能界の慣習に染まっているためか、前島は常に「おはようございます」と挨拶をしてくる。


天野勇二

前島か。どうした?

前島悠子

実は師匠にお願いしたいことがありまして。
今お時間よろしいですか?

天野勇二

ああ、なんだ。

前島悠子

また師匠に 『SP』ボディガードをお願いしたんです。

天野勇二

……なに?
まただと?
脅迫状でも届いたのか?


 天野は以前、アイドルグループの娘をとある組織から救ったことがあった。(詳しくは『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』にて)

 また誰かが狙われているのか不安になったが、前島はあっさり否定した。

前島悠子

いいえ。違います。
今度 グアムまでロケに行くんです。

天野勇二

グアムだと?

前島悠子

はい。そこに師匠もご同行いただきたいんです。
詳しいお話は直接します。
今晩はお暇ですか?

天野勇二

ああ、ちょうど実習が終わったところだ。

前島悠子

じゃあ、今から正門まで行きます!
30分ほどお時間ください!

天野勇二

ふむ……。
まぁ、いいだろう。


 首を傾げながら電話を切る。
 そんな天野を、岡田は青い顔をして見つめていた。

岡田教授

おい天野……。
今の電話、前島悠子さんからなのか?
グアムってどういうことだ……?


 天野はニヤリと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

残念ながら、この分じゃ留年ですね。
なに、青春が長いにこしたことはない。
これからも宜しく頼みますよ。岡田センセ。

岡田教授

天野が前島悠子さんと親しいという噂は、本当だったんだな……。

天野勇二

まぁ、そうですね。


 岡田は気まずそうにうつむいた。


岡田教授

なんだ、その、こんなことを天野に頼むのは失礼だと思うが……。
その、前島さんの、サインを、1枚だけでも……。


 岡田は耳まで真っ赤にしている。

 天野はそれを見て笑い出した。


天野勇二

あっはっは!
岡田センセ、前島のファンなんですか?
いいですよ。
サインぐらい貰ってきましょう。

岡田教授

そ、そうか!
すまないな!

天野勇二

だけど、その代わり……


 天野はニヤリと悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

俺様の単位……
宜しく頼みますよ。



 30分後。
 天野が正門で たたずんでいると、目の前に黒いバンが停まった。
 車内から中年の女性が降りてくる。

天野勇二

ほう、川口かわぐちか。
久しいな。


 前島のマネージャー、川口の姿だ。

 ピシッとスーツを着込んだ中年のキャリアウーマン。

 川口は深々と頭を下げた。


川口由紀恵

天野様。
その節は本当にお世話になりました。

天野勇二

あの事件、うまく揉み消したようだな。

川口由紀恵

はい。本当に天野様には感謝しております。

天野勇二

それで今日は何の用だ?

川口由紀恵

そのお話は車内にて……。


 川口はバンに天野を招き入れた。


前島悠子

師匠!
おはようございます!

柏田麻紀

天野さん、
おはようございます。


 車内には前島と、グループナンバー2の人気を誇る柏田麻紀かしわだまきの姿もあった。


天野勇二

柏田も一緒なのか。

川口由紀恵

実は今、私が2人のマネージャーを務めさせていただいております。

天野勇二

ほう?
人気アイドル2人を任せられるとは、あの事件のおかげで出世したんじゃないのか?

川口由紀恵

滅相めっそうもございません。
これも全て天野様のおかげです。

天野勇二

当然だな。
それで、用件は何だ?


 天野が尋ねると、前島が手を上げた。


前島悠子

師匠!
今回は私から説明します!

天野勇二

弟子からの説明か。
話してみろ。


 前島は天野に向き直り、こほんと咳をひとつした。


前島悠子

電話でもお話しましたが、師匠にまた『SP』ボディガードをお願いしたいんです。

天野勇二

なぜだ?
俺様はもう『TKプロ』のSPとして、名は知られたはずだ。

前島悠子

だからこそお願いしたいんですよ。
今回はグアムという異国の地でのロケです。
危険がないように、今度こそ私を守って欲しいんです。

天野勇二

俺様にグアムまで付き合え、というのか。
グアムに行くなと、殺害予告でも出されたのか?

前島悠子

いいえ。
何もありません。


 天野はつまらなそうに吐き捨てた。


天野勇二

ならば、俺様が出向く必要はあるまい。
お断りだな。


 前島はぷくぅと頬を膨らませた。


前島悠子

いいじゃないですか。
師匠も来てくださいよぉ。


 それを見て川口が助け舟を出した。


川口由紀恵

天野様、旅費や滞在費はもちろん、報酬も用意しております。
どうか引き受けていただけませんか?

前島悠子

うわぁすごい!
タダでグアム旅行が楽しめます!
こんなオイシイ話ありませんね!


 天野はじろりと前島たちを睨みつけた。


天野勇二

条件が美味しすぎる。
怪しいな。
何を企んでいる?


 柏田がおずおずと口を開いた。


柏田麻紀

天野さん。
ゆうこちゃんは単純に、天野さんと一緒に、グアムで遊びたいんですよ。

前島悠子

あっ!!!
まきりんそれは内緒……!
もがもがっ!


 前島の口が柏田にふさがれた。


柏田麻紀

グアムロケにはオフの時間があるんです。
そこでお師匠様と一緒に過ごしたいだけなんです。
ちょっとしたデートみたいですよね。


 前島は柏田の手を振りほどいた。


前島悠子

もぉー! まきりん!
なんで言っちゃうのぉ……。

天野勇二

ふぅん、なるほどね。


 天野は小さく鼻で笑うと、同情したように川口を見つめた。


天野勇二

アイドル様の 『おねだり』ってやつか。
川口も大変だな。

川口由紀恵

さすが天野様。
ご理解が早くて助かります。
ですが、天野様は本職のSPよりも頼りになる御方。
恩返しにもなるかと思い、前島のワガママを聞き入れました。


 天野は腕組みをして思案した。


天野勇二

グアムか。
いつ行くんだ。

川口由紀恵

来週の火曜でございます。

天野勇二

火曜か……。


 外せない実習がある。

 グアムで数日過ごしてしまえば、進級への道はさらに遠のく。


天野勇二

(まぁいいか。どうせ親父が うるさいだけだ)


 天野は気楽に判断した。


天野勇二

いいだろう。
せっかくの誘いだ。
バカンスさせてもらおうじゃないか。
涼太りょうたも誘うんだろう?


 涼太とは天野の相棒だ。

 SPの経験もある。

 前島は嬉しそうに頷いた。


前島悠子

はい!
涼太さんにはまきりんのSPをお願いしようかと。

天野勇二

アイツなら二つ返事で了承するだろう。
柏田よ、涼太は君をかなり気に入っている。
涼太で問題あるまい?


 柏田は意外にも首を横に振った。


柏田麻紀

いいえ。
私も天野さんに守ってもらいたいです。

前島悠子

えっ?
ま、まきりん?
何言ってるの?


 動揺する前島を無視して、柏田は天野に尋ねた。


柏田麻紀

天野さんは誰も『推しメン』がいないんですよね?

天野勇二

推しメンだと?

柏田麻紀

はい。
グループで特別に好きな女の子です。

天野勇二

いないな。

前島悠子

し、師匠!
そこは私の名前を出すところですよ!


 柏田はなおも前島を無視して、天野を正面から見つめた。


柏田麻紀

だったら、推しメン候補に私なんてどうですか?
私、天野さんが推しメンなんです。


 前島は発狂はっきょうせんばかりの勢いで柏田に詰め寄った。


前島悠子

ちょ、ちょっと!
まきりんどういうこと!?

師匠に気があるの!?
私の師匠だよ!
ゆずるのが友達じゃん!


 柏田は「ふふん」と挑戦的に笑った。


柏田麻紀

でも、恋と友情は別物っていうのが、昔からのお約束だもの。

前島悠子

ま、まきりーーん!


 2人の娘が火花を散らしている。

 天野はため息を吐きながら言った。


天野勇二

何か、急に行くのがイヤになってきたな。


 川口が励ますように声をかける。


川口由紀恵

天野様ぐらいですよ。
そんなことをおっしゃられるのは。
世の中には2人に恋している男子ファンが多いんですから。

天野勇二

俺様は恋なんてしたことないんでな。
よくわからんよ。


 天野の言葉を聴き、前島が驚きの声をあげた。


前島悠子

師匠!
恋したことないんですか!?


 天野はあっさり頷いた。


天野勇二

ああ、ないな。


 前島が呆然として天野を見つめる。


天野勇二

なんだ、天然記念物でも見るような目で俺を見るな。

前島悠子

いや、だって、女の子の扱いには けているじゃないですか。

天野勇二

そんなものは処世術しょせいじゅつのひとつさ。

前島悠子

じゃあ、師匠の初恋、私でどうですか!?


 天野はげんなりしながら吐き捨てた。


天野勇二

お前は弟子だろ?
それに恋をしたことない奴なんてザラにいるさ。
もしかしたらこの場にも、そんな奴がいるかもしれないぜ。

前島悠子

えぇ?
ど、どういうことですか?

天野勇二

お前には教えていなかったが、親父が産婦人科をやっている影響のためか、女が 『処女』なのか『非処女』なのか。
俺様は見るだけでわかるのさ。


 その場の空気が一気に緊張する。

 前島はさり気なくシートに隠れた。

前島悠子

し、師匠、マジですか。

天野勇二

マジだ。
お前ら全員当ててやろうか?

前島悠子

いや! いいです!
間に合ってます!
マジで止めてください!


 必死に拒否している。

 冷や汗がダクダクと額を流れている。


天野勇二

遠慮することもないだろ?
ロハで教えてやるぞ。
まずお前は……。


 前島が慌てて叫んだ。


前島悠子

それを言うなら、わ、私も『童貞』かそうじゃないかわかりますよ!
流星クソ女ですから!

天野勇二

ほう、じゃあ俺様はどっちだ。

前島悠子

恋したことないなら童貞に決まってます!

天野勇二

アホか。
俺は童貞じゃない。


 前島が悔しそうに地団駄じだんだを踏む。

 柏田はなぜか嬉しそうに微笑んだ。


柏田麻紀

やっぱり天野さんは素敵ですね。
ゆうこちゃんが師匠としたうのもわかります。

天野勇二

まぁな、俺様は全てお見通しなのさ。

……そんなことより川口よ、根回しの好きなお前のことだ。
どうせグアムのチケットは手配済みなんだろう?


 川口は頷いて封筒を取り出した。


川口由紀恵

さすが天野様、本当に話が早くて助かります。
こちらにチケットと現地のホテル予約券、支度金と報酬も入っております。


 天野は封筒の厚みに驚いた。

 かなり分厚い。

 床に置けば立ちそうだ。


天野勇二

随分と多いな。

川口由紀恵

前回の事件と今回の報酬を考えれば、それでも少ないくらいだと思います。
もっと出すよう上には掛け合ったのですが……。
申し訳ございません。

天野勇二

なるほど。
出来る女だ。
嫌いじゃないね。


 天野は珍しく納得して報酬を受け取った。


天野勇二

ちょうど学費が必要なところだった。
遠慮なく受け取ろう。
それじゃお前ら、たっぷりと俺様が守ってやろうじゃないか。
世界で一番安全なグアムの旅に連れて行ってやる。


 安堵したように息を吐く川口。

 嬉しそうに手を叩く柏田。

 憮然としどこか納得していない前島。


 天野は彼女たちと一緒に、グアムでバカンスすることになった。


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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
今回の「グアム編」も短いエピソードになると思います。
のんびりとした箸休めのような回になりますので、グアムでのんびり過ごす天野くんの姿に、ほっこりしていただければ幸いです(´∀`*)
 
余談ですが、私、グアムに行ったことがあります。
ただし、別れた元恋人との旅行だったので、当時の記憶を辿るとしんみりしてしまいます(´・ω・`)
グアムに行った経験はほぼ活かされないと思いますが、
 
「人生とは、出会いと別れの繰り返し、だもんな。つばこも色々あるよな。きっとグアムなんて沈んでしまえばいいのに、とか思ったんだろうな」
 
と、察していただければ幸いです(´;ω;`)
いつもオススメやコメントありがとうございます(´;ω;`)ウッ…

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コメント 156件

  • あっさー

    今更ようやく時間が出来てきて読み進めてるけど、先週旦那と1歳娘とグアム旅行に行った私にはワクワクする回になりそうだ…!

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  • 千花音(ちかね)

    恋したことないのに経験済み…

    で、思い浮かぶことは、怪しいお店の利y

    (このIDはクソ野郎に消されました)

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  • まこと

    まきりんもなかなかのクソ女だった!

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  • なゆ

    恋をしたことはないが、経験済み……
    うああああぁあ天野くん……プレイボーイ……

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  • すず

    私の推しメンは涼太です(´・ω・`)

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