年配の女性たちの手を引いて、天野は店への階段を下りていく。

　そのエスコート姿は実に洗練されていた。

　優しく握る手。
　小まめな気配り。
　親しみを浮かべた視線。
　英国紳士顔負けのエスコートだ。
　憎らしいほどに決まっている。

　この時点で女性たちは頬を赤らめ、天野が腰に手を回すだけで吐息を漏らしていた。

　店長の仁。
　ホストの翔。
　2人が笑顔で出迎えた。

　天野は一番奥の席までマダムたちを案内する。

　店長も名刺を差し出して挨拶すると、新井と一緒に天野のヘルプについた。

　パジャマ姿のマダムが天野の太腿ふとももに手を伸ばす。
　さわさわと動く手のひら。
　筋肉を愛（め）でるように撫なでている。

　天野はその手を優しく掴むと、マダムの耳元に唇を近づけ、

　と、官能的なボイスを届けた。

　パジャマ姿のマダムは 「きゃあきゃあ」と、生娘（きむすめ）のような歓声をあげて悦（よろこ）んでいる。

　天野は店長の言葉を遮（さえぎ）ると、

　メニュー表をあっさり投げ捨てた。

　色気たっぷりの笑みを浮かべ、緑ジャージのマダムに顔を近づける。

　熱い吐息がかかる距離。
　微かに触れる鼻筋。
　情熱的な瞳の輝きに射抜かれる。
　唇を尖らせれば届いてしまいそうだ。

　マダムは熱にうなされたように頷いた。

　店長は驚いてマダムたちに尋ねた。

　翔が慌てて厨房からドンペリゴールドを持ってきた。
　シュワシュワした黄金色のシャンパンをグラスに注ぐ。
　そして、お決まりのコールを始めた。

　ホストたちが集結し、全力で合いの手を入れる。

　天野はマダムの肩を抱きながら 「いっちゃう！」と叫んだ。

　コールの合間にも、マダムの耳元で甘い言葉を 囁（ささや）くことを忘れない。

　コールと乾杯が終わると、天野は爽やかな笑みを浮かべ言い放った。

　突如、天野はシャツのボタンをいくつか外し始めた。
　鎖骨を官能的にチラつかせる。
　雄のフェロモンが素肌から飛び散る。
　そして、偉そうに自らを指さした。

　店長と響（新井）は慌ててグラスを重ね、高さ1メートルほどのシャンパンタワーを作成した。
　そこに天野が遠慮なくドンペリを注ぎ込む。

　もう色なんて関係ない。
　シュポンシュポンとシャンパンを開け、手当たり次第にぶち込んでいく。
　カラフルな滝が作られ、その場は一気に盛り上がった。


　
　それを遠目で眺めていた涼太は、2人のキャバ嬢に言った。

　涼太はペロリと舌なめずりした。
　背の低いキャバ嬢はガードが緩い。
　押せば押し倒せる。

　背の低いキャバ嬢の肩を抱き寄せる。
　突然の接近に驚くキャバ嬢。
　一気に勝負を仕掛けた。

　翔は慌てて厨房からドンペリのロゼを持ってきた。

　涼太は2人のグラスにロゼを注ぐと、さらに甘い声で囁いた。

　涼太が得意の甘い声で2人に囁いた。

　ゲスでヘタレなキモオタの要素が目立つ男だが、涼太は基本的にナンパとコンパを3度の飯より愛するチャラ男だ。

　しかも、並のホストじゃ敵わないルックスの持ち主。

　口説き文句も、色気のある声質も、さりげないボディタッチも、抵抗感を抱かせない笑顔も、全てが一流のチャラ男。



　キャバ嬢の2人はコクンと頷いた。

　実はこのチャラ男、恐ろしいほど酒が強い。

　女の子たちが半分飲み干したところで、あっさりボトルを空にした。

　涼太は遥を指さした。

　遥はぎょっと怯えて涙目だ。

　遥が涙目で焼酎を飲んでいる頃、天野のテーブルでは、もう5本目のゴールドが開けられていた。

　ノーマルなドンペリを響に押し付けると、天野はマダムたちに囁いた。

　マダムたちは「キャーーー！」と歓声をあげた。

　響は歓声に応え、一気にドンペリのボトルを3本、立て続けに飲み干した。

　マダムたちの頬に、爆撃機と化した天野が、熱い口づけを落としていく。

　店長がさすがに天野を呼んだ。

　天野はマダムたちに向き直り、残念そうに声をかけた。

　マダムたちは揃って財布からクレジットカードを取り出した。

　その色を見て、店長は青ざめた。
　カードの中でも最高ランク。
　ブラックカードだ。
　なんと、それが合計3枚。
　このカードに上限は存在しない。

　マダムたちは狂乱状態で叫んだ。

　響はさらに飲まされ、天野自身もガンガン飲んだ。

　実はこのクソ野郎、恐ろしいほど酒が強い。

　10本目のドンペリゴールドを開けたところで、店長が泣きついてきた。

　マダムたちから「えぇーーー」と非難めいた声があがる。

　天野は翔に向って叫んだ。

　翔は店長からお金を受け取り、店を飛び出した。

　金の尽きたキャバ嬢をとっとと帰した涼太も、天野の席に加わった。

　新たな男前（イケメン）の登場。
　マダムたちはご満悦だ。

　天野を中心として、ホストたちはこの太客に群がった。
　完全に貸し切り状態だ。
　ここまでの太客を超える客なんて、いくら歌舞伎町でもそうそう存在しない。


　天野が残っているシャンパンを全て飲み干し、イライラしながら叫んだ。

　店長はしぶしぶ脱ぎ始めた。

　店長は天野に煽られ、ウイスキーをガンガン飲み始めた。

　天野は舌打ちして、店長からボトルを奪い取る。

　一瞬でボトルを空にした。

　涼太も参戦し、光の速さでボトルを空にする。
　
　これだけ飲める上に、人にもどんどん飲ませるのだ。　

　店にあるボトルが底を尽きようとしていた。

　新井も、店長も、遥も。
　天野に無理やり酒を飲まされた。

　高らかに叫びつつ、緑ジャージのマダムのお姫様抱っこして持ち上げる。

『ぶちゅう』と熱い口づけを贈る。
　他のマダムからも「私も！」「私にもちょうだい！」と悲鳴があがった。

　ようやく翔が帰って来た。
　両手に大量のドンペリを持っている。
　天野は指を「パチーーン」と鳴らして叫んだ。

　涼太も両手にマダムを抱いて叫ぶ。

　結局、閉店まで天野たちのパーティは続いた。

　閉店になった。

　店内は凄まじい有様だ。
　椅子やテーブルが倒れ、グラスやボトルが散らばり、壁紙の一部は剥がれ落ちている。
　天野と涼太という台風が暴れ回ったからだ。

　店長はブリーフにネクタイのみ、といった間抜けな姿ながらも、電卓を叩いて呆然としていた。

　天野と涼太以外のホストは床とトイレに倒れている。
　全員、酔い潰れているのだ。

　天野と涼太も椅子に座ってる。
　さすがに立ち上がる元気がない。
　もう何度も吐いていた。

　店長が震えながら天野を見つめる。

　天野はフラフラと立ち上がり、いつもの偉そうな口調で言った。

　床に倒れている新井を指さした。

　天野は千鳥足ちどりあしで新井に近づくと、遠慮なく蹴り飛ばした。

　新井はよろよろと起き上がった。

　顔はもう真っ白だ。

　天野は左右にふらつきながらも、大げさに指先を振り回した。

　おぼつかない親指が弱々しく自らの右胸をさす。

　天野はトイレに駆け込むと、倒れている遥を蹴り飛ばして嘔吐（おうと）した。

　涼太がフラフラとゾンビのように立ち上がる。
　ヘラヘラと微笑み、新井にサムズアップした。

　涼太もトイレに飛び込んで吐いた。

　天野と涼太はお互いに肩を抱き、ふらふらとトイレから出てきた。

　店長が慌てて跪（ひざまず）いた。
　土下座して天野たちを引き止める。

　天野と涼太はふらつきながら店を後にした。