翌日。

 天野と涼太りょうたは表参道にいた。

 天野が行きつけにしている美容院に行くためだ。


佐伯涼太

ねぇ、勇二……。
ホントにやるの?

天野勇二

なんだ、俺とお前はコンビじゃなかったのか?
服も時計も靴も貸してやるんだから文句あるまい。
クリーニング代ぐらいは出せよ。

佐伯涼太

それはいいけどさぁ、僕ちゃんホストなんてやったことないよ。

天野勇二

俺様だってないさ。
全く興味がない職種だ。

佐伯涼太

うわぁ……。
心配だなぁ……。


 涼太は頭を抱えた。

 突然天野から、
「重要な作戦を実行する。今すぐ表参道に来い」
 と呼び出され、何かと思って来てみれば、
「一緒にホストやるぞ」
 との誘いだ。


 なぜ、ホストをやらなければならないのか、理由がさっぱりわからない。
 涼太は激しく困惑していた。

天野勇二

言っておくが借金なんか作るんじゃないぞ。
そこまでは責任取れん。

佐伯涼太

うげぇ、マジで?
初日からキャッシュ持ってる娘を捕まえろ、ってこと?
そいつはいくら何でもハードル高いよ。

天野勇二

そこはお前の腕で何とかしろ。


 2人は美容院に到着した。

 天野は馴染みの美容師に、


天野勇二

一流のホストっぽくしてくれ。


 と注文した。

 美容師も突然のイメチェン宣言に困惑している。


美容師

あ、天野さん、
マジですか……?
何かあったんですか?

天野勇二

ただの気分転換さ。
いつか連れてきたブタ野郎よりもマシに切れよ。
金髪に染めてパーマもあてて盛ってくれ。
あと、あいつもな。


 天野は涼太を指さした。

 拒否権なんか存在しないようだ。

 涼太は自分の髪を見つめ、ため息を吐いた。


美容師

わ、わかりました。
一流のホストに仕上げてみせます。

天野勇二

頼むぞ。




 天野と涼太は長い時間をかけて髪を整えた。


 用意したスーツ、アクセサリー、時計、靴を装着して仕上げる。

 2人は全身鏡の前に立ち、互いの姿を眺めた。





佐伯涼太

こうやって見ると、僕ら結構悪くないね。
一流のホストじゃん。

天野勇二

そうだな。
俺様のスーツのおかげ、ってことも忘れるなよ。


 涼太が着ているスーツは、天野が持っていた一流ブランド品だ。
 小物や時計、靴まで一流品。
 医者のボンボン、という力をフル活用していた。




 2人はそのまま歌舞伎町へ向かった。
 新井が勤めるホストクラブに到着する。
 店はちょうど開店前。
 新井は店の前を掃除していた。

天野勇二

新井……いや響だったか。
待たせたな。


 新井はポカンと2人のホストを見つめた。


新井浩司

あ、あの、どこかのお店の方ですか……?

天野勇二

何を寝ぼけたことを言っている?
天野だ。


 新井は驚いて叫んだ。


新井浩司

あ、天野さんっすか!?
えぇッ! マジすか!?

天野勇二

当たり前だ。
俺様ほどの男前が世界に何人もいると思うな。
こいつは涼太。
俺たちが来ること、ちゃんと店長に話したか?

新井浩司

は、はい。
池袋ブクロでやってた人が移籍先を探してる、ってことで話してあります。
ちゃんとランカーだったって話しときましたんで、下っ端の扱いは受けないと思うっす。

天野勇二

上出来だ。
涼太よ行こう。

佐伯涼太

オッケー。
響くん、今夜はよろしく。

新井浩司

あ、はい……。


 天野は店の中に足を踏み入れた。

 地下にある小さな店だ。

 4組も入れば店は満席になるだろう。


 店内では白スーツの男と、2人の黒スーツの男が開店準備をしていた。

 白いスーツの男が店長だろう。

 天野はえりを正しながら声をかけた。


天野勇二

はじめまして。
池袋でやってた天野です。


 店長は天野と涼太を見て、一瞬呆然とした表情を浮かべた。
 それも無理はない。
 天野も涼太も精悍せいかんな男前だ。
 背丈は180cmオーバー。
 スタイルも良い。
 しかも装飾品は最高級。
 高級具合だけを見ても、店長を遥かに上回っていた。

白スーツのホスト

あ、えっと、こ、こんな小さい店ですみません。
店長の『 じん』と申します。失礼ですが、どちらの店にいらっしゃったんですか?

天野勇二

池袋の『Rude Genius』って小さな店ですよ。
ご存知でしょうか?


 天野はしれっと適当な店名を口にした。


仁(店長)

いや、すみません。
池袋は詳しくなくて……。

天野勇二

いえ、お気になさらず。


 天野は丁寧に頭を下げた。


天野勇二

本日は突然の体入を認めていただき感謝します。
新宿は初めてなのでご迷惑をかけると思いますが、宜しくお願いします。

仁(店長)

こ、こちらこそ宜しくお願いします。
お2人のような方に来ていただけるなんて光栄です。
あ、おい、みんなこっち来て!


 店長は他の2名を呼び寄せた。
 2人とも大したことのないルックスだ。
 ホストとしてもレベルが低い。
 店長で持っている店なのだろう、と天野は判断した。

仁(店長)

うちのしょうと、はるかです。
あと響ってのがいるんですが……。

天野勇二

いえ、響くんにはもうお会いしました。
翔くんに遥くん、今日は宜しく頼むよ。

翔&遥

は、はい!
よろしくお願いします!


 翔と遥は「自分より格上のホストがきた」と判断したようだ。

 天野は2人と握手しながら、店長と奥の部屋に移動した。


仁(店長)

しかし、お2人ともご立派で……。
ホントにうちの店でいいんですか?


 店長はとても恐縮していた。
 涼太は「そりゃそうだよねぇ」と思いながら、自らの腕時計を眺めた。
 ロレックスに無数のダイヤがギラギラ光っている。
 この時計だけで、相手は「只者じゃない」と萎縮いしゅくしてしまうだろう。

 店長は住所などを尋ね、簡単に店の説明をした後、給料の話をしようとした。

天野勇二

あ、給料は結構。

仁(店長)

……え?
ど、どういうことですか?

天野勇二

今日は歌舞伎町の感覚を知りたいだけですから。
売り上げは全て店に入れていただいて構いません。

仁(店長)

ほ、ほんとですか?

天野勇二

もちろん売り掛けがあれば被ります。
それで構わないな涼太?

佐伯涼太

ええ、店長、宜しくお願いしますね。

仁(店長)

あ、ありがとうございます!


 店長は深く頭を下げた。

 天野はそれを制して言った。


天野勇二

源氏名は店長が決めていらっしゃるんですか?

仁(店長)

そうなんですが、お2人であれば好きに決めていただいて構いません。


 天野は少し思案して言った。


天野勇二

では店の空気に合わせましょう。
自分は りゅうで。
涼太、お前はどうする?

佐伯涼太

僕も店に合わせます。
ひかるでお願いします。


 天野も涼太も強きの名前で攻めた。

 店長は自信満々の2人を見て、嬉しそうに言った。


仁(店長)

いやぁ、お2人が店に残ってくれれば、こんな心強いことはありません!
宜しくお願いします!


 天野たちは店内に戻った。

 もうすぐ開店だ。

 響も店の中で開店準備をしている。


仁(店長)

こちらが上座。
上客の席になります。
入り口へ近づくにつれてランクが下ります。

龍 -RYU-

なるほど。
コールを教えていただけますか?

仁(店長)

はい、了解しました。
おい! みんな!
コールだ! 翔!


 店長が合図を送ると、翔が大声で叫んだ。


こちらのお客様からドンペリいただきましたーー!

従業員、全員集合!

はい!!!
ドンペリィー!!!

ホストたち

シャンシャン!

ドンペリ!!!

ホストたち

シャンシャン!


 他のホストが翔のコールに合いの手を入れていく。

ホスト全員

ドンドン!
(シャンシャン!)

ドンドン!
(シャンシャン!)

ドンペリ!
(飲んで!)

ドンペリ!
(ニョンで!)

まだまだ!
(飲めちゃう!)

まだまだ!
(いっちゃう!)

ドンドン!
(ペリペリ!)

ドンドン!
(ペリペリ!)

角膜!
(ペリペリィー!)

お酒を飲むなら!?
(ドンペリ!)

カンパイするなら!?
(ドンペリ!)

色は何色?
(ゴールドゴールドゴールドゴールド!)

まだまだおかわりもっといっちゃう!?


 翔が尋ねると他のホストが「いっちゃう!」と叫ぶ。


はいまだまだ!

いっちゃうペリペリ!

ドンドンシャンシャンシャンドンシュビドゥバパラッパーー……


 翔がコールを続けている。
 天野は内心「前島のコンサートとレベルが変わらないな。どの世界もくだらねぇな」と思っていた。



 一通りコールを練習。
 天野も涼太も店のルールを掴んだ。

仁(店長)

コールはこんな感じです。
音頭は翔にとらせますんで、高い酒が入った時は参加お願いします。

龍 -RYU-

任せてくれ。


 天野は腕時計を眺めた。

 こちらもロレックスにダイヤがギラギラ光っている。

 もう開店30分前だ。


仁(店長)

龍さん、光さん。
申し訳ないんですがキャッチ頼めますか?

龍 -RYU-

もちろんです。
捕まえてきますよ。
光、行こう。

光 -hikaru-

わかったよ、龍。


 店長と翔を残し、残りのホストたちは街に飛び出した。

 

 遥が通りを指さし、天野たちに注意した。


この通りと、一本向こうの通りにある中華料理屋までがうちのエリアです。
ここ以外の場所で声かけると、他店と揉めます。
ケツモチが違うんでかなり厄介ですよ。


 ケツモチとは店のバックにいる極道、もしくは半グレのことだ。
 ホストやキャッチの縄張りを破ると、かなり面倒なことになってしまう。

 天野がため息を吐いた。

龍 -RYU-

随分と狭いな。
これじゃやりにくい。

そうなんです。
まだうち小さいんで、すみません。

龍 -RYU-

君のせいじゃない。
なに、光はキャッチのプロだ。
任せておけばいいさ。


 涼太は内心「無茶言うよ」と思いながら、通りを眺めた。


 天野も涼太も、この日だけしかホストをやる気はない。

 

 現金もしくはカードを持ってない女性は無視だ。


龍 -RYU-

おっと、あれいいな。


 天野は早速女の子に声をかけ始めた。
 涼太もその後に続き、違う娘に声をかける。

なぁ、やっぱ違うな。


 遥が新井に声をかけた。


慣れない街だってのに、キャッチのスピードが圧倒的に速いぞ。
どこであんなのと知り合ったんだ?

新井浩司

いや、まぁ……。
客の知り合いで……。

俺たちも行くぞ。

新井浩司

はい!


 4人は狭い通りに散らばった。

 最初に捕まえたのは涼太だった。

 2人で歩いていたキャバ嬢の娘たちだ。


光 -hikaru-

ねぇいいじゃん。
いいじゃん。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ飲もうよ。

短髪のキャバ嬢

違うとこ行きたいんだけど。

光 -hikaru-

楽しくさせるよ。
まだ小さい店だけど、そんなに高くないしさ。

背の低いキャバ嬢

お兄さん見たことないね。

光 -hikaru-

そうそう、今日が初日なんだ。
ね、記念に行こうよ。

背の低いキャバ嬢

えーどうするぅ?

短髪のキャバ嬢

タクヤに行くって言っちゃったし……。


 涼太は爽やかに、さりげなく装飾品を見せつけながら言った。


光 -hikaru-

予定があるなら1杯だけでいいよ。
損はさせないって約束するからさ。
キミたちみたいな娘と飲みたいんだ。

背の低いキャバ嬢

1杯だけだって。
それなら良くない?

短髪のキャバ嬢

んー。
1杯だけならいいけど……。

光 -hikaru-

全然オッケー!
行こう行こう!
こんな可愛い娘と飲めるなんてラッキーだね!


 涼太は天野にウィンクして店に女の子を連れて行った。

 天野は「よくやった」と、親指でグッジョブのサインを送る。

 そこに新井がやってきた。


新井浩司

天野さんの連れ、凄いすね。

龍 -RYU-

そうだろ?
まぁ、あいつの得意分野だよ。
だがしかし……。


 天野はイライラしながら言った。


龍 -RYU-

この通り、ロクな女が来ないな。
こんな通りでよくやっていけるな。

新井浩司

そうなんすよ。
キャッチが難しいんす。


 店のエリアは大通りから外れている。
 まともな人間が通らない。

 ターゲットを求める天野と新井の視界に、年配の女性の3人組が見えた。

龍 -RYU-

お、新井よ。
あれ行け。

新井浩司

あれですか?
見るからに金持ってないっすよ。


 確かに年配の女性たちは、その辺の主婦がコンビニに行くような服装だ。

 天野は言い聞かせるように言った。


龍 -RYU-

だからお前は東京でやっていけないんだ。
あの女たちは金を落とす。
よく見ろ。


 年配の女性たちは、楽しそうに世間話をしながらのんびり歩いている。
 3人とも地味な出で立ちだ。

 1人は地味な緑のジャージ姿。
 隣は紫色のパーマをあて、ド派手なヒョウ柄模様。
 その隣は青い寝間着のようなシャツを着ている。

 どう見ても金を持っているようには見えない。

新井浩司

いや、あれは声かけるだけ時間の無駄ですって。


 天野はため息を吐いた。


龍 -RYU-

しょうがない。
ついて来い。


 天野は新井を引っ張りながら年配の女性たちに声をかけた。


龍 -RYU-

お姉さんたち、
こんばんは!


 天野は女性たちの前に立ちはだかり、両手を広げて歩みを止めた。


龍 -RYU-

レディたち待ってたよ!
あなたたちに出会うのが今日の運命!
今そう決まった!


 年配の女性たちは突然現れた天野に驚き、その姿を頭からつま先まで眺めた。

 天野は3人の間に立ち、馴れ馴れしく肩を抱いた。


龍 -RYU-

俺たちホストなんだけどさ、みんな、今夜は飲みたい気分でしょ?
うちの店においでよ。
レディたちと飲みたいな。


 年配の女性たちは満更でもなさそうに天野を見ている。


緑ジャージのマダム

ねぇ奥様ホストですって。

紫パーマのマダム

あら、どうしようかしら。

パジャマ姿のマダム

男前ねぇ、素敵じゃない?


 年配の女性たちは天野の服装と顔を見て、にやにやと笑っている。


龍 -RYU-

嬉しいなぁ。
そんなこと言われたの初めてだよ。
今日は俺とこいつが、レディたちを最高のパーティにいざなうからさ。
言っておくけど、拒否なんかさせないよ?
だってもう俺は、レディたちのことしか、目に入らないんだからさ。

緑ジャージのマダム

あらぁ、楽しみだわぁ。

紫パーマのマダム

どんなパーティなのかしらぁ。

パジャマ姿のマダム

いいじゃないのぉ。
飲みたかったのよねぇ。

龍 -RYU-

よし、さぁ行こう!


 天野は嬉しそうに年配の女性たちの肩を抱き、唖然あぜんとする新井と共に店へ向かった。


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つばこ

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コメント 350件

  • rtkyusgt

    コミックで見た2人のホスト姿よりこっちのがデキるホストっぽい!!

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  • 越後屋みつえもん

    『Rude Genius』
    なにがなんでもメスで切られそうな気がするんですが?(笑)

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  • phenyl

    光はキャッチのプロ

    知ってた

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  • ゆんこ

    おいおい、大概メスで切られてんじゃねーかww

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  • みと@第3艦橋OLD


    -RYU-
    -HIKARU-

    てのがジワジワくるwww

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