※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。



 その日、天野は学生食堂の2階テラス席にいた。

 目の前には依頼人の女性がいる。
 経済学部3年の林菜摘はやしなつみだ。

天野勇二

何度も言うが、君には無理だ。諦めろ。


 何度目かになる説得の言葉。

 林は強情に首を横に振った。


林菜摘

融資してくれるって会社はあるんです。
整形して生まれ変われば、きっと彼も私だけを見てくれるはずです。


 その言葉に呆れ、天野はタバコに火をつけた。

 テラスは禁煙なのだが、天野はそんなルール知ったことじゃない。


天野勇二

年利は何%だ?


 林は黙って指を「4本」立てた。

 天野は吐き捨てるように言った。


天野勇二

ふざけた街金だ。
このご時勢に年利40%?
絶対に手を出すな。

林菜摘

でも私は、どうしても彼と一緒になりたいんです!


 天野は嫌そうに吐き捨てた。


天野勇二

『ホストとの恋愛』が成就するなんて、ケータイ小説の中だけの話だ。
お前なんて 「金とネギを背負ったカモ」としか思われていない。

お前は平々凡々の顔とスタイルの持ち主。
ホストが振り向くような器を持っちゃいない。
カモはカモらしくカモとしての一生に甘んじてろよ。


 天野の辛辣しんらつな言葉を受け、林は泣きながら訴えた。


林菜摘

じゃあ、どうすればいいんですか!?

天野勇二

簡単なことだ。

ホストクラブに行くな。
綺麗さっぱり忘れろ。


お前の友達100人とも100人そう答えたから、俺様のところに来たんだろう?
俺様が違う解答を用意しているとでも思ったか?
しかも整形だと?
そんな金があるんだったら募金でもしやがれ。


 林は声をあげて泣き出した。

 天野は汚物でも見るかのように、林の泣き顔を睨んでいた。


林菜摘

……もう、お金がないんです……。

お店にも『売り掛け』が溜まってるんです。

お金だけも用意しないと、彼がそれを全てかぶることになるんです……。

どうしたらいいのかもうわからなくて……。


 「売り掛け」とは『ツケ』のこと。
 つまりは一種の借金だ。

 ホストクラブとは手持ちがない時でも遊べるよう、代金をツケてくれる仕組みがある。
 その「ツケ」は担当のホストがかぶる形になるので、馴染みの客にならないと許してもらえない。

天野勇二

(まったく……。どうしようもない女だ……)


 天野は心底嫌な気分になった。
 この女は 「借金してでも整形したい」と言っているくせに、既にホストクラブに借金しているのだ。
 完全にホストクラブという『泥沼』にはまっている。

天野勇二

売り掛けは、いくらだ?


 林は黙って指を「1本」立てた。


天野勇二

それじゃわからん。
……いや、「10」か「100」しか考えられないか。
まさかとは思うが、「100」じゃないだろうな?

林菜摘

ち、違います。
ホントに10万円です。

天野勇二

本当に「10」なのか?


 林は小さく頷いた。

 10万円ほどの借金であれば、女子大生でも返済することは可能だろう。

 天野は安堵あんどしつつも、あえて厳しい口調で言った。


天野勇二

馬鹿な女だ。
学生のくせに身分不相応な遊びに手を出しやがって。
これ以上ホストにつぎこみたいなら、水商売でも紹介してもらえ。

……いや、そうか。
それで整形という話が出てくるのか。
客を泡風呂に沈めて整形させ、借金を膨らませて更なる泥沼に突き落とす……。
典型的な 女衒ぜげんのやり口だ。
お前の人生、もう終わったようなもんだよ。


 林は青ざめ、涙目で訴えた。


林菜摘

天野さん、どうにかなりませんか?
もう、私には頼るあてがないんです。
どうか助けてください!

天野勇二

くだらねぇ悩みだ。
お前が身体を売れば、それで済む話だぞ?

林菜摘

さすがにそれは……。
嫌なんです……。

天野勇二

チッ、贅沢な女だ。


 天野は呆れたようにため息を吐くと、携帯灰皿にタバコをねじ込んだ。
 そして静かに立ち上がって言った。

天野勇二

ホストに連絡を取れ。
どうせお前から売り掛けを回収するため必死になっているだろう。
俺様も立ち会ってやる。

林菜摘

え? 本当ですか?
助けてくれるんですか?

天野勇二

助けるワケじゃない。
俺様はお前みたいな、私欲に おぼれた豚は嫌いなんだ。
だが、学生相手に金をふんだくる連中や、女を食い物にしてのさばるようなクズは、もっと嫌いなんだ。
そのホストに会い、どんな本質を持つ男なのか確かめてやる。


 林は深く頭を下げた。


林菜摘

ありがとうございます!

天野勇二

しかし、俺様の見立て通りだった場合、どうなるのか保証はできない。
覚悟しておけよ。

林菜摘

は、はい……。


 林は泣きながら俯いている。

 天野は苛々して椅子を蹴った。

 何の罪もない椅子がガタンと震える。


天野勇二

早くホストに連絡しろと言っている。
俺様の所属する医学部は暇じゃないんだ。

林菜摘

は、はい!


 林は慌てて電話をかけ出した。

 正直、天野はこの時点で、もうお手上げだと思っていた。





 林が通っているホストクラブは歌舞伎町にある。

 店の近くにある公園で、ホストと待ち合わせることにした。



 待ち合わせは午後3時。

 ホストは20分遅れてやってきた。


ホスト

なっちゃん、お待たせ。

林菜摘

ごめんなさい。
仕事前に呼び出して。

ホスト

いいよ、ちょうど起きたところだったから。
こっちこそ遅れてごめん。


 ホストは爽やかに言った。

 天野はその姿を見て眉をひそめた。


天野勇二

天野勇二だ。
この女の知り合いだ。


 天野は手を差し出し、ホストの目を正面から見つめた。

 このクソ野郎は恐ろしいことに、相手の目を見ることにより、ある程度の心理を読んでしまう。


ホスト

あ、どうも。
ひびきっていいます。
えっと、響ってのは店での源氏名で、本名は新井浩司あらいこうじっていいます。


 新井は人の良さそうな笑みを浮かべ、あっさり本名を名乗った。


天野勇二

……おい、お前……。
本当にホストなのか?


 そう尋ねたのも無理はなかった。
 新井は坊主頭の小柄で華奢な青年。
 ちっとも 垢抜あかぬけていない。
 田舎から出てきたばかりの 純朴じゅんぼくな学生のような男だ。

 新井は照れくさそうに言った。

新井浩司

はい、一応ホストっす。

天野勇二

お前、東京に出てきてどれぐらいだ。

新井浩司

3ヶ月そこらっす。

天野勇二

年はいくつだ。

新井浩司

20歳になりました。


 新井はそこまで言うと、おずおずと天野に尋ねた。


新井浩司

あのぉ……。
もしかしてスカウトの方なんすか?


 新井は天野がキャバクラ、もしくは風俗やAVのスカウトかと思ったのだ。

天野勇二

違う。俺はスカウトでも女衒でもない。
ただの大学生だ。


 新井は安堵したように息を吐いた。

新井浩司

そうですか!
よかった!

天野勇二

なぜ安心する?
こいつの売り掛けが残っているはずだ。
仕事を紹介しないのか?


 新井は「とんでもない」といった表情で首を横に振った。

新井浩司

まだたったの10万っす。
地道に払ってくれれば、それでいいっす。

天野勇二

しかしお前の収入はゼロ。
いや、マイナスだ。

新井浩司

先輩のお世話になってるんで、なんとか大丈夫っす。


 天野はもしやと思い尋ねた。


天野勇二

……お前まさか、
給料を貰ってないのか。

新井浩司

あ、はい……。
そうなんです。


 新井は気まずそうに頷いた。

 林はその姿を見て新井に謝った。


林菜摘

ごめんね。
私のせいで……。

新井浩司

いいって。なっちゃんのせいじゃない。
俺がダメなんだ。
気にしないで。


 天野は新井をじろりと睨みつけた。

 頭の先からつま先まで、値踏みするかのように睨みつけている。

 新井は小声で林に尋ねた。

新井浩司

……ねぇ、なっちゃん。
この人って、
何の知り合いなの?

林菜摘

うちの大学の先輩。
色々なトラブルを解決してくれる人なの。

新井浩司

どうして、
今日ここに来たの?

林菜摘

浩ちゃんに会って、何かを確かめるって言われたの。

新井浩司

そ、そうなんだ……。


 新井は怯えながら天野を見上げた。
 大学生というよりは、野蛮なチンピラのような男だ。
 怯えるのも無理はない。

天野勇二

おい、新井よ。

新井浩司

は、はい。


 新井は慌てて天野に向かい直った。


天野勇二

お前、実家は何してる?

新井浩司

じ、実家ですか?

天野勇二

そうだ。

新井浩司

愛媛で、みかん作ってますけど。


 天野は「ほう」と呟き、納得したように頷いた。


天野勇二

お前、東京に夢を持って出てきたな。
いや、夢なんて 高尚こうしょうなものじゃない。


 天野は指をパチリと鳴らし、指先を気障キザったらしく振り回した。


天野勇二

ただ単純に、みかん農家を継ぎたくない。
自分の可能性を探してみたい。
もっとデカい存在になりたい。
それが何なのかわからないが、都会に行けば、何かが見つかるかもしれない……。

それで東京に出てきたはいいが、理想はあまりにかけ離れていた。
東京の人間は冷酷。
空気は汚れ、空も狭い。
とても馴染めるような街じゃない。
この街じゃ、自分の可能性なんて見つからない……。

お前はホストを続けながらも、理想と現実のギャップに苦しんでいるんじゃないのか?


 新井が驚いて目を丸くした。


新井浩司

すげぇっす。
なんでわかるんすか。

天野勇二

お前の瞳を見ればわかる。
なぜ農家を継ぎたくない?

新井浩司

継ぎたくないって、ワケじゃないんすけど……。

天野勇二

農家で人生を終えるのは御免、ってとこか。

新井浩司

そんなカンジっす……。


 天野は両腕を組み、しばし思案した。

 そして突然、林に話を振った。


天野勇二

おい林よ。
お前の夢はなんだ?

林菜摘

え、えぇ?
えっと、それなり大きい会社に勤めて、結婚したい、です。
もちろん浩ちゃんと……。

天野勇二

実に素晴らしい。
そんなありふれた現実を直視できているのならば、話は早い。


 天野は新井に言った。


天野勇二

新井よ、この女はお前に振り向いて欲しいがために、年利40%というヤミ金に手を出そうとしている。
整形したいんだとよ。


 新井は慌てて林を見つめた。


新井浩司

なっちゃん!
そんなのダメだ!

林菜摘

でも浩ちゃんに、振り向いて欲しいから!

新井浩司

俺はなっちゃんが一番好きだって、言ってるじゃないか!

林菜摘

でも、もっと綺麗な人がたくさんいるじゃん!
私じゃ勝てないよ!

新井浩司

そんなことないよ!


 天野がたまらず言った。


天野勇二

そんな 痴話喧嘩ちわげんか他所よそでやってくれ。
新井、お前は実家に帰れ。
林は、農家の嫁になれ。
これで万事解決だ。


 その言葉を聴き、2人は黙って俯いた。

 天野は林に尋ねた。


天野勇二

なんだ?
まさかお前、みかん農家を馬鹿にしてるのか?


 林は慌てて首を振った。


林菜摘

そんなこと思ってません!
浩ちゃんと一緒なら、
何だって頑張れます!

天野勇二

林はこう言っている。
新井、お前はどうだ?
結婚までは考えていないのか?


 新井は首を横に振った。


新井浩司

なっちゃんが一緒に来てくれるのはスゲー嬉しいっす。
でも、俺は東京でなんも見つけてないっす……。

それに……。

天野勇二

それに、なんだ?

新井浩司

店に『掛け』があって……。

天野勇二

いくら借金している?


 新井は辛そうに口にした。


新井浩司

100万っす……。
客に飛ばれちゃって、店に損害出したんす……。

天野勇二

なんだと?
100?
あっはっは!!!
なんてダメなホストだ!


 天野は腹を抱えて笑った。

 

天野勇二

お前、とっくに詰んでいるじゃないか。
お前じゃ、1年かかっても借金を返せやしない。
お先は真っ暗だ。

東京に輝きを求めて飛び出したのに、どこまで行っても闇の中。
臓器でも売るか、闇稼業の下っ端になって悪事に手を染めるか……。
そんな未来が待っている。
嫌なら逃げるしかない。
店は実家の住所を知っているのか?


 新井は黙って頷いた。


 天野は更に腹を抱えて笑い出した。


天野勇二

じゃあもう終わりだ!

逃げれば借金取りが実家に来るぞ。
みかん農家は廃業だな。
お前だけじゃなく、親御さんまで全てを失うぜ。


 新井は辛そうに俯いた。
 悔しげに拳を握りしめている。

 林はその傍らに立ち、泣きそうになりながら新井の横顔を見ていた。

新井浩司

しょうがないっす。
自分が選んだ道っすから……。

天野勇二

その先にあるのは闇だけ。
それでも、
その道を行くのか?

新井浩司

だって、もう、しょうがないじゃないっすか……。
どうしようもないっす……。


 林はすがるように天野を見上げた。


林菜摘

天野さん、
何とかなりませんか?


 天野は不敵な笑みを浮かべ、偉そうに口を開いた。


天野勇二

お前ら、
『俺様が何とかしてやる』
と言ったら、どうする?


 新井は驚いて天野を見上げた。


新井浩司

なんとか、
なるもんなんすか……?

天野勇二

ああ、手はあるぞ。
借金を返し、お前の女が泡風呂に沈むこともない。
そんな最高の未来を、俺様は手にしている。


 新井はその場に土下座した。

 林も新井と共に膝をつく。


新井浩司

お、お願いします!
天野さん!
どうか助けてください!


 林も泣きながら天野にすがった。


林菜摘

お願いします!
浩ちゃんを助けてあげてください!


 天野は満足気に2人の土下座姿を眺めると、偉そうに告げた。

天野勇二

2人とも感謝しろ。
お前らの依頼、この天才クソ野郎が受けた。


 しゃがみこみ、土下座している新井に尋ねる。


天野勇二

新井よ、お前の店のナンバーワンの売り上げ、月いくらだ?

新井浩司

えっと確か……。
150いかないくらいっす。

天野勇二

しけた店だ。
よくやっていけるな。

新井浩司

まだ独立したばかりで小さいんです。

天野勇二

お前以外にホストは何人いる?

新井浩司

うちは3人っす。

天野勇二

3人だと?
店長を入れてか?

新井浩司

はい。

天野勇二

よくそんな小さい店で100万も借金作ったな。
ある意味天才だ。


 天野は新井を立ち上がらせると、ニタニタ笑いながら言った。


天野勇二

明日、ホストの新人が1人、いや2人。
体験で入りたいと伝えろ。

新井浩司

……えぇ?
えっと、ホストの知り合いがいるんすか?

天野勇二

いや、いない。

新井浩司

え? じゃあ……?


 天野は親指で自分を指した。


天野勇二

俺様だ。
この天才クソ野郎がホストをやってやる。

ついでにもう1人、その手のプロを連れてくる。
ただし、便所掃除みたいな新人の仕事はやらねぇぞ。
店長には他店の経験者だと伝え、下っ端のランクだと思わせるな。

新井浩司

うぇぇ? マジすか?
あ、天野さん、ホストやったことあるんすか?

天野勇二

愚問だな。
当たり前だ。


 天野はどこまでも偉そうに言い放った。


天野勇二

ホストなんて、俺様にかかれば全てうまくいくのさ。
そして、お前に東京が持つ『真の暗闇』というものを教えてやろう。



この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

6,049

つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
今回の「ホスト編」は短めのエピソードとなります。
来週の火曜、ホストに扮した天野くんに出会えます。
天野くんはどんなホストになるんでしょう。やっぱりオラ営するのかな? 色営や本営も得意そう。
是非とも読者の皆様に、
「天才クソ野郎のホストクラブに行きたいよぅ」
と、悶絶していただけたら嬉しいです(*´ω`*)
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 264件

  • あずき

    100万?学費なんて、国公立でも4年で200万とかするけどそれに比べたらそんなでもなくない?
    実家に頼るなよとは思うけど、実家はそれぐらい払えるとおもうんだけど。

    通報

  • ゆんこ

    いやーんクソ野郎のホストとか絶対カコイイやん

    通報

  • みと@第3艦橋OLD


    いやほんと、坊主くんそんなしょぼい店で100万も掛け飛ばれるとかある種の才能だね

    通報

  • たらこ

    100万で途方に暮れるのか…?
    読んでる人が学生だから、そうなるのかな?

    通報

  • とと

    なんか天才クソ野郎がたまきくんの声で再生される…のだめの影響かなこんなクズじゃないけど笑

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK