川口は急いで神崎記念総合病院の最上階へ向かった。

 天野からとんでもない連絡が入ったのだ。

 握手会を抜け、大急ぎで飛んで来た。

川口由紀恵

天野様!
犯人を捕まえたって、本当ですか!?
しかも宮元が共犯者……!

天野勇二

ああ、電話で話した通りだ。その病室に縛って叩き込んである。
見たければ見てもいいぜ。


 廊下の椅子に天野がのんびりと座っている。

 川口は涙目で天野に懇願した。


川口由紀恵

あの、上司とも話したんですが、この件は警察には、連絡しないということに……。

天野勇二

却下だ。
殺人未遂、恐喝、不法侵入、銃刀法違反……。
まだまだ罪状がある。
もう宮元たちは病院で手当を受けた。
隠し通すのは不可能だ。
俺様も隠すつもりはない。
お前を呼んだのは、責任者として立ち会ってもらうためだ。

 

 川口は青ざめて頭を抱えた。

 

川口由紀恵

うちの人間が内通者で、麻紀ちゃんを殺そうと企んでいたなんて……。
この件がリークされれば、アイケープロはお終いです……。

天野勇二

クックック……。
同情するぜ。
もう逃げられないと上司に伝え、対応策を考えた方が無難だな。

川口由紀恵

なぜ……なぜ、宮元が内通者だと、わかっていたんですか?


 その質問を聞くと、天野はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


天野勇二

そもそも、初めからおかしな襲撃だったじゃないか。
敵は俺たちの状況を無視して襲ってきやがった。
計画的犯行だったくせに、随分と間抜けなタイミングだな、と思ったものさ。


 そこに涼太もやって来た。

 天野の言葉を補足するように言った。


佐伯涼太

あれはおかしかったよね。
目の前で無関係の男が取り押さえられて、2人も護衛らしき男がいるんだから。
普通なら襲撃を諦める場面だよね。

天野勇二

そうだ。
なぜ俺たちを無視してあのタイミングで襲ったのか?
俺たちの『小芝居』を知っていたからさ。
あの状況で柏田を殺害し、ある程度の責任を間抜けな大学生に押し付けるつもりだったんだ。

佐伯涼太

酷いもんだよ。
下手すれば僕たちが犯人にされたかもね。

天野勇二

だろうな。
俺たちは 『スケープゴート』でもあったんだろう。
宮元は俺たちを甘くみていた。
2人の波状攻撃で柏田を殺害できる、と想定していたんだ。
確かに刃物に散弾銃。
普通の人間ならば迎撃できない。


 天野は指をパチリと鳴らし、偉そうに自らを指さした。


天野勇二

ところが、俺たちは優秀すぎて撃退してしまった。
相手にとっては困ったことになった。
そこで握手会での殺害予告を出したのさ。
握手会を欠席させ、事務所のアジトあたりで襲撃するつもりだったんだろう。

だが、俺様が護衛の指揮を取り、こんな病院に入院させてしまった。

相手は焦っただろうが、これもチャンスだと思ったはずだ。
いつか護衛と見張りにも『穴』の空く時間がくる。
俺様はそれを用意してやったんだよ。


 川口はたまらず天野に訴えた。


川口由紀恵

それでは麻紀ちゃんが危険です!
殺されてしまいますよ!

天野勇二

そう、柏田が危険だ。
だから俺は早朝、つまりは 『6時から9時の間』に俺と涼太がペアになる時間を作った。
宮元が連れてきた佐久間も敵だろう、と想定していたからな。
早朝に柏田へ電話して、隠し通路の存在と演技する 台本シナリオを渡したのさ。

川口由紀恵

そんな……。
麻紀ちゃんと悠子ちゃんには、事前に伝えていたんですか……?

天野勇二

そういうことだ。
おたくのアイドルたちは演技が巧みだよ。
あんたも朝に再会した時、打ち合わせが終わった後の登場とは思わなかっただろう?


 川口は呆然と天野を見つめた。
 前島も柏田も、まるでそんな素振そぶりを見せなかった。
 不自然だった様子なんて、前島が珍しくメイクして起きてきたことぐらい……。

 そこで川口は気づいた。

 前島は朝早い時間に、天野に起こされていたのだ。
 だからこそ、化粧をする時間があった。

天野勇二

そして、柏田には偽の睡眠薬を飲ませる演技をさせ、敵に熟睡していると錯覚させた。
柏田はベッドに人体模型を置き、秘密の隠し通路を通って避難。
そして護衛の 『穴』を用意した。
つまりは宮元と佐久間がペアになる『10時から12時の間』さ。
この『穴』に襲撃犯という名のネズミが登場する。
全てはこの罠にネズミを誘うためのブラフだったんだ。


 天野は偉そうに両手を広げた。

天野勇二

もう宮元には組織の全体像を吐いてもらった。
どうやらこの犯行には、マユコ様の事務所も絡んでいるそうだぞ。

川口由紀恵

ほ、本当ですか!?
高嶋麻友子の事務所は、業界最大手ですよ!

天野勇二

そのようだな。
計画が上手くいけば、宮元はそこに高待遇で移籍する予定だったらしい。
おまけに背後には暴力団まで潜んでいる。
テコンドー野郎も佐久間も、金で雇われたプロさ。


 川口はさらに顔を青くさせた。

 大手芸能事務所が暴力団と結束して、タレントの命を狙った……。

 アイドルグループの存続に関わるほどの大スキャンダルだ。

川口由紀恵

なぜそんなことを!?
麻紀ちゃんが殺されれば、高嶋麻友子だってグループとしての活動が難しくなりますよ!


 川口の声を聴き、天野は嫌そうに顔を歪めた。


天野勇二

さぁね。
詳しい事情は知らねぇよ。
俺様は芸能界の力関係や裏事情に興味はないんだ。

ただ宮元曰く、敵は マユコ様をソロで売り出したかったらしい。

アイドルグループに悲惨な事件を起こし、グループを解散させ、ライバルたちを芸能界から追い出し、マユコ様を『悲劇を背負ったヒロイン』として売り出すつもりだった……。

それが敵の最終的な 目論見もくろみだったんだとよ。


 吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

天野勇二

つまり、柏田は狂ったファンに狙われていたんじゃない。
利権をむさぼる芸能事務所の踏み台として、殺されようとしていた。
こんなクズ共の犯行、見過ごせるはずがないな。


 もう力を失い、川口がその場に青ざめてしゃがみこんだ。


川口由紀恵

……そんな……。
ど、どうしたらいいの……。
こんな大事になるなんて、おしまいだわ……。
ああ……。
どうすればいいの……。


 川口は真っ青な顔つきのまま携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

 恐らく上司と今後の相談をしているのだろう。


 芸能事務所がどうなろうと天野たちは興味がない。

 だが、涼太は少し悲しそうに呟いた。


佐伯涼太

このスキャンダルさ、まきりんたちのイメージダウンにならないかな。

天野勇二

そうなる可能性は高い。
それでも警察に話すしかないさ。

佐伯涼太

まきりんを殺して、グループを解散させて、最終的に芸能界で生き残るのはマユコ様だけ……なんてねぇ。
えげつないこと考えるよ。


 涼太は苦笑しながら悪友の顔を見つめた。


佐伯涼太

そんな悪いことを企む外道は、クソ野郎にお仕置きされた方がいいね。

天野勇二

ああ、悪は 『天才クソ野郎という極悪』に、根絶やしにされるのさ。

佐伯涼太

すんなり警察まで届けるために、わざわざ病院なんて舞台を選ぶんだからねぇ。
ホント大した極悪だよ。
昨日の時点で、ここまで想定済みだったワケ?

天野勇二

当たり前さ。
芸能事務所がもみ消すことは目に見えていたからな。
後は病院から通報させ、国家権力にトドメを刺してもらうだけだ。

佐伯涼太

えげつないねぇ。
それでいてテーザー銃やスタンガンは隠すんだもん。
卑怯の極みだよ。

天野勇二

卑怯の極み、ときたか。
それは俺様に送る最大級の褒め言葉だな。


 天野が偉そうに言葉を吐き出していると、1人の娘がやって来た。

 

 今回の事件で一番の被害者。

 柏田麻紀の姿だ。


 事件の顛末てんまつを聞かされ、肩を落として落ち込んでいる。


柏田麻紀

天野さん、涼太さん……。
私のせいで、本当にご迷惑をおかけしました……。

天野勇二

気にすることはない。
むしろ、怖い思いをさせてすまなかったな。
君をおとりに使ってしまった。
よくこんなクソ野郎の言葉を信じてくれたものだ。

柏田麻紀

天野さんのことは、ゆうこちゃんから凄い人だと聞いていましたし、ゆうこちゃんが信頼している人ですから……。


 そうは言っても、かなりの恐怖を味わったことは確かだ。

 大きな組織に命を狙われ。
 天野たちは命がけで戦い。
 信頼していたマネージャーは裏切り者だった。

 柏田のショックは大きい。

柏田麻紀

まさか、本当に宮元さんが共犯だったなんて……。
こんな事件が起きて、これからセンターとしてやっていけるか不安です……。
もう、ゆうこちゃんはいなくなるのに……。


 涼太が励ますように言った。


佐伯涼太

まきりんなら大丈夫。
センターとして相応しい女の子だよ。
元気出して。


 天野も優しい声で励ました。


天野勇二

君の演技は見事だった。
敵が騙されたのも、君の演技があったからだ。
それを生かせばこれからも十分にやっていけるさ。


 柏田はふるふると首を横に振り、涙声で呟いた。


柏田麻紀

でも私、本当はわかってるんです……。
ゆうこちゃんほどの才能と人気はありません。
私がもっとしっかりしていれば、皆様に迷惑をかけることもなかったのに……。

天野勇二

それは違うな。
どれだけ人が優れた存在になっても、周囲に敵が必ずいるものさ。


 気障ったらしく、それでいて少し優しげに指先を振り回した。


天野勇二

それに君の戦いはこれから始まるんだ。
前島を超えるために努力を重ねる、その始まりさ。

柏田麻紀

これから……?
ゆうこちゃんを超える……?

天野勇二

ああ、本当に辛いのはこれからさ。
エースだった前島が去り、君がグループを支えなくてはいけない。
俺にはそのことの方が、今回の事件より辛いんじゃないかと思うな。
そうじゃないか?


 楽しげな笑みを浮かべ、柏田に語りかける。


天野勇二

前島はいなくなるんだ。
追い越すこともできない。
これは孤独な道のりだ。
君はいつまでも、絶対的センターだった前島の影と比較され続けるだろう。


 柏田は涙目で小さく頷く。


天野勇二

おまけに君は、前島が抱えていた重圧を引き受ける必要もある。
それに耐えることができるのか……。
君の真価が問われるのは、これからさ。


 そう言うと、天野は自らの左胸を力強く指さした。


天野勇二

それに今回のようにうるさいネズミが出てきたら、この俺様に依頼すればいいだけの話だ。
昼飯さえ奢ってくれるなら、どんな外道ネズミが相手でも俺様が叩き潰してやる。

柏田麻紀

はい……。
天野さん、ありがとうございます……。


 目元の涙を拭い、柏田は無垢な微笑みを浮かべて頷いた。


柏田麻紀

また何かあれば、天野さんたちに依頼しますね。

天野勇二

いつでも頼ればいい。
この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくのさ。


 天野は満足気に頷き、前に進み出そうとするアイドルの背中を押した。

 

 窓の向こうからパトカーのサイレンが近づいてくる。

 

 天野のボディガードとしての1日が終わろうとしていた。

 


 柏田麻紀への襲撃事件は、メディアに大きく取り上げられることはなかった。
 どの紙面にも小さく、


『暴力団組員と芸能事務所の人間が逮捕された』


 というニュースが紹介されただけ。
 柏田の名前はおろか、高嶋麻友子の名前も出ていない。

 天野としては若干不本意な結末だったが、それが2人のアイドルにとって最適な結末である、とも理解していた。

 事を起こしたのは周囲の人間たちだ。
 アイドルには何の落ち度もない。
 やがて風化され、消えてしまう事件となり、人々の記憶に残ることもない。

 それこそが、アイドルたちが望んでいる結末ともいえるからだ。



 事件から幾日かの日が過ぎた。


 その日、涼太は学生食堂の2階テラス席を目指していた。

 久々に天野と昼食を共にしようと考えていたのだが、


佐伯涼太

あれ?
クソ野郎、いないじゃん。


 テラスの主である天野の姿がない。
 昼時にいないとは珍しい。
 涼太は天野に電話してみた。


天野勇二

……おう、涼太か。

佐伯涼太

どうしたの?
今日はお昼食べないの?

天野勇二

今、グアムに来ていてな。

佐伯涼太

グアム!?


 涼太は驚いてスマフォを落としそうになった。


佐伯涼太

な、な、なんでグアムになんかいるのよ!?

天野勇二

頼まれたんだよ。

佐伯涼太

頼まれたぁ?
なにをさ? 誰によ?

天野勇二

前島に頼まれて……
おっと、噂をすれば本人が来たぞ。


 天野の声の向こうから
「師匠、誰と話してるんですか?」
 という前島の声が聞こえる。

佐伯涼太

ちょっとどういうこと!
前島さんとグアムにいるってこと!?
なにそれ!!!
なにその羨ましすぎるおデート!

天野勇二

前島、涼太からだ。
変わるか?

佐伯涼太

ねぇ聞いてる勇二!?

前島悠子

あ、涼太さーん。
前島ですよー。


 スマフォからのんびりした前島の声が響く。


佐伯涼太

前島さん!?
マジで前島さんなの!?
勇二とグアムに行ってるの!?

前島悠子

そうですよ。
涼太さんにお土産買っていきますね。

佐伯涼太

なんで!?
なんで僕は誘ってくれないの!?
僕だってグアム行きたい!
そんなお誘い来てないんですけどッ!


 必死に叫ぶが、電話は再び天野の手に戻った。


天野勇二

そういうワケだ。

佐伯涼太

どういうワケよぉ!?
ちゃんと説明してくれないかな! かな!?

天野勇二

だから、またボディガードを頼まれたんだよ。

佐伯涼太

えぇっ!?
前島さんに?

天野勇二

ああ、そうだ。
正確にいえば、前島と柏田に頼まれたんだ。


 涼太は「柏田」という言葉を聞いて激しく動揺した。


佐伯涼太

ま、ま、ま、ま、
ままままきりん!!!


まきりんも一緒なの!?
グアムにいるの!?
僕はまきりん推しだよ!
なんで僕を誘ってくれなかったのさ!!!

天野勇二

いや、涼太も呼ぶかと訊いたんだが、2人とも俺だけでいいって言うからよ。

佐伯涼太

そんな!?
ウソでしょ!?

天野勇二

あ、おい、前島。

佐伯涼太

ねぇ聞いてる!?


 スマフォの向こうで
「なんですか師匠?」
 という前島の声が聞こえる。

天野勇二

柏田の水着がずれて片乳が出てるぞ。
注意してこい。


 スマフォの向こうで前島が、
「まきりーん! おっぱい出てるよ!」
 と叫んでいる。

佐伯涼太

えええええぇ!?

もしかして水着なの!?
ビーチにいるってこと!?
片乳ってなに!?
なにその羨まけしからんシチュエーション!
まきりんの片乳って!?
おっぱい出てるってどういうことなのさッ!!!


 どうやら天野は涼太の声が聞こえてないようだ。
 のんびりと言った。

天野勇二

いやぁ、涼太よ。
グアムはいいぞ。
心の洗濯とはまさにこのことだな。
お前も良かったら来いよ。

佐伯涼太

そりゃ行きたいっての!
なんだよその余裕!?
あとまきりんの片乳ってどういうことよ!?
マジで おっぱいパンパパァーンしてんの!?
どんなおっぱい!?
どんなビーチクなの!?
乳首とかは何色なの!?
乳首はッ!

天野勇二

じゃあな。
電話代が高いから切るぞ。


 電話はあっさりと切られた。


佐伯涼太

あああぁぁぁぁぁ!!

ちょっと待ってよ勇二!
勇二!!!
勇二ってば!

なんだよもぉぉぉー!
まきりんの片乳ってなんだよぉーーー!
僕ちゃんもグアムに連れてってよぉぉぉーーー!!!


 涼太の悲しげな悲鳴が、いつまでもテラスに響いていた。




(おしまい)



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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
サスペンス&アクションの天才クソ野郎はいかがでしたでしょうか。
私は結構、こんな感じのお話も好きなので、好評であればまた「戦う天野くん」を紹介したいものです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
 
さて、次回の天才クソ野郎は、
『天野くん&前島ちゃん&まきりんの楽しいグアム旅行☆ポロリもあるよ!』
ではありません(´・ω・`)
 
もう夏は終わったんです。
どれだけ叫んでも夏は帰ってこないんです。
次回は天野くんたちにイメチェンしてもらおうかな、と考えています。
 
それでは今週土曜日、
『彼が上手にホストになる方法』
にてお会いしましょう!
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 274件

  • カイリ

    涼太…残念すぎる…www

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  • ナツ

    この話、今見たらしゃれならんな………

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  • rtkyusgt

    電話代は涼太が高くなるだけかなとか思った。国際電話使ったことないから分からないけど(*゚-゚)

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  • ИДЙ

    ドキドキしたぁ!こりゃもぅ、スキャンダル編推しだわ!

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  • さすがに可哀想すぎるw

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