【握手会当日 AM10:45】


 病室の扉が微かな音をたてて、ゆっくりと開いた。
 
 3人の男たちが足音をたてずに侵入し、静かに扉を閉める。

 入り口には1人の男が残り、2人の男は懐から刃物を取り出した。

 静かにベッドへ近づく。

 ベッドには毛布を被り、長い髪を顔まで垂らした女性が横たわっている。

 男たちは互いに顔を見合わせると、思い切り女性に向けて刃物を突き刺した。



(ざくざく)



 異物を切り裂く音が病室に響く。

 手応えに違和感を覚えた男が毛布を剥ぎ取った。


???

な、なんだ、これは……?


 ベッドに人体模型が横たわっていた。
 長いカツラを被らされている。
 女性に偽装された人体模型だ。

 男たちが困惑しながらそれを見つめていると、入り口に立っていた男が、

「ぐぎゃ」

 と、小さな悲鳴をあげて倒れた。


天野勇二

ネズミ共、
罠にかかったな。



 天野が声をあげた。

 長い白衣をまとい、不敵な笑みを浮かべている。


???

な、なぜだ。

天野勇二

なぜもクソもないさ。
お前らこの天才クソ野郎の作戦に、見事に引っかかったんだよ。


 天野は白衣のポケットに手を入れ、偉そうに侵入者たちを見下している。

 隣には構えている涼太の姿。

 もう素早く動けるよう、体中に力を溜めている。


長髪の男

なぜだ。
柏田、どこだ?


 天野は嬉しそうに笑った。

天野勇二

クックック……。
お前に出会えて幸いだよ。
このテコンドー野郎め。
お前とは決着をつけたいと思っていたんだ。


 涼太もからかうように声をあげる。


佐伯涼太

もう逃げられないよ。
観念したほうがいいんじゃない?


 スーツ姿の男が、懐から特殊警棒を取り出した。


???

ふん、どうせ素人だ。


 それを見ると、天野が驚いて言った。


天野勇二

ほう?
お前、本当に特殊警棒しか持っていなかったのか?
拳銃のひとつでも、隠し持っているんじゃないかと警戒していたんだがな。


 不敵な笑みを浮かべたまま男の名前を呼ぶ。


天野勇二

佐久間よ。


 長髪のテコンドー男と佐久間が、じりじりと間合いを詰めてくる。

 2人の右手には長い刃物。

 佐久間は左手に特殊警棒まで持っている。


佐伯涼太

ねぇ、勇二。
僕の相手は佐久間さんでいいよね。

天野勇二

そうだな。
俺様はテコンドー野郎との決着をつける。

佐伯涼太

僕ちゃんの華麗な足技に期待しちゃってよ。


 あまりに余裕と自信に満ちた2人の声を聞き、佐久間が顔を歪めて叫んだ。


佐久間

お前らみたいな若造の素人が、プロに勝てるとでも思ってるのか?
柏田はどこだ!?
言わなければ2人とも殺すぞ!


 天野は「あっはっは」と両手を叩いて笑うと、気障ったらしい指先を翻した。

 リズムを刻むように振り回し、自らの頭を人差し指でトントンと叩く。


天野勇二

本当に頭の足りない、馬鹿で間抜けな連中だ。
ここは俺様のコネがあるVIP室と言っただろう?
ここには別の場所に移動する『隠し通路』というカラクリがあるのさ。
柏田はそこを通って避難している。
そしてお前らは、俺たちにここで潰される。


 佐久間が驚いて叫んだ。


佐久間

そんな馬鹿な!
柏田は睡眠薬を飲んで眠っているはずだ!

天野勇二

あれも全て芝居だよ。
さすが一流のアイドル様。
あれぐらいの演技はお手の物、というワケさ。
あまりの見事な演技力に脱帽したよ。
やはり前島が抜けた後のセンターは、柏田しか考えられないな。


 そう言いながら、床に呻いて倒れている男を蹴り飛ばす。


天野勇二

最初からな、こいつが臭いと睨んでたんだよ。
全てはこの場面に持ってくるためのブラフさ。
ネズミ捕りの罠だ。
お前らはチーズに釣られて引っかかった、脳がスポンジみたいに馬鹿な2匹のネズミさ。
そして、3匹目のネズミは誰だ?


 地面で呻いている男に声をかけた。


天野勇二

お前のことだ。宮元よ。


 宮元は鼻と股間を潰されて呻いていた。
 隠し通路から飛び出した天野が鼻を潰し、涼太が股間を蹴り上げたのだ。
 警告の声をあげる隙もなかった。

長髪の男

貴様ら、殺す。

佐久間

生意気なガキめ。
殺してでも、この部屋を出るぞ。


 長髪のテコンドー男が刃物を投げ捨てた。
 テコンドーの構えを取る。

 この男には刃物なんて必要ない。
 自らの足技が最大の武器。
 その方が確実に仕留める自信がある。

 佐久間も刃物と特殊警棒を振りかぶり、涼太に飛びかかった。

佐伯涼太

はぁ……。
やっぱりプロは怖いなぁ。


 涼太は冷静に懐から『テーザー銃』を取り出した。

 射出式のスタンガンだ。

 迷うことなくトリガーを引き、佐久間に向けて発射した。


佐久間

な、なに!?


 天野たちが武装していない、と油断していた佐久間が怯んだ時には遅かった。
 佐久間の体に針が突き刺さる。
 即座に激しい電流が体中に流れた。

佐久間

ぐあああっ!

佐伯涼太

かーらーの!
イナヅマッ!!!


 涼太は素早く跳躍すると、佐久間の顔面に右のハイキックを叩き込んだ。

 完全にクリーンヒットした。
 それでも佐久間は倒れない。

 涼太は舌打ちしながら強力なスタンガンを取り出し、佐久間に押し付けた。

佐久間

ぎゃああああ!


 悲鳴と白い泡を吐き出し、佐久間は今度こそ床に倒れた。


天野勇二

おいおい、稲妻キックで仕留めるんじゃなかったのか?

佐伯涼太

うん、やっぱり中学生の技だね。
科学の力が最強だよ。


 天野は白衣のポケットに手を入れたまま、テコンドー男と向き直る。


天野勇二

お仲間が1人お亡くなりになったぜ。
お前は見ているだけで満足なのか?

長髪の男

おれが、2人とも、殺す。
構えろ。

天野勇二

とっくに構えてるぜ。
俺様はいつも白衣を着て喧嘩をしているせいか、この方がしっくりくるんだ。
俺にとって白衣はヒーローのマントみたいなものさ。
さぁ、早くやろうぜ。


 天野はケタケタと笑った。


天野勇二

それとも何か?
俺様が怖いのか?
ビビって小便でも漏らすか?
殺したいほど柏田が好きならば、その人体模型でも抱きしめて慰めてもらったらどうだ?

長髪の男

黙れ!!!


 テコンドー男による拳のラッシュが襲いかかった。

 ワンツーから鋭いフック。

 ショートアッパーを振り回す。

 拳だけでも一流のスピードと威力だ。

 

 天野は後退して避けながらポケットから手を出し、両手を素早く閃かせた。



長髪の男

な、なんだと……?


 血飛沫ちしぶきが周囲に飛び散った。

 テコンドー男が切り裂かれた自らの腕を驚いて見つめる。


天野勇二

どうだ?
よく切れるメスだろう?

 

 天野は白衣のポケットから取り出したメスを、悪魔の笑みを浮かべながら突きつけた。

 鮮血がメスから滴り落ちている。

 

天野勇二

これが俺様の得意技さ。
素手で戦ってもらえる、なんて甘いことは考えないことだな。
綺麗に切り刻んでオペしてやるよ。

長髪の男

チィ……。
卑怯者が……!

天野勇二

卑怯だと?
それは天才クソ野郎への褒め言葉だな。


 そう言って、両手に持ったメスをテコンドー男の顔面めがけて投げ放った。

 2本の切れ味鋭いメスがダーツのように飛んで行く。


長髪の男

クソッ!


 テコンドー男が咄嗟とっさにメスを両手でぎ払う。

 その懐に天野が滑り込む。

 再び胸元からメスを取り出して、テコンドー男の腕を切り裂いた。


天野勇二

おっと。
騒がしいクランケだ。


 すぐに距離を取って離れる。

 徹底したヒットアンドアウェイだ。

 まずはテコンドー男の腕を切り刻むつもりだ。


長髪の男

チィッ!


 拳ではラチがあかないと考え、テコンドー男はくるんと体を回転させて、廻し蹴りを天野の腹にぶち込んだ。

 素早く重い自慢の蹴り技だ。
 涼太の足技なんてはるかに凌駕りょうがする本職の蹴り。

 蹴る瞬間の足が、天野の目からは消えたようにすら見えた。

天野勇二

(なんて蹴りだ。人体とはこんなに速く動くのか)


 両腕のガードが寸前で間に合った。

 この一撃だけで腕が麻痺しそうだ。

 もう一度同じ蹴りを受け止めれば、骨にヒビが入るかもしれない。


佐伯涼太

ひええっ!
勇二! 大丈夫!?

天野勇二

こいつの蹴りが厄介だ!
避けろ!
腕が折れそうだ!


 竜巻のような蹴りのラッシュが、天野に襲いかかった。

 上段、下段へのコンビネーション。

 さらに跳躍して高く脚を上げる。

 踵が空気を切り裂き、天野の鎖骨を粉砕するために落ちてくる。


天野勇二

くそっ!


 一切の手加減がなかった。

 以前に相対した時よりも、蹴りの速度が一段階上がっている。


 メスで切る隙なんかない。

 抵抗はおろか防御もできない。

 無様に逃げ回るしかない。


 一撃でも命中すれば天野の動きを静止させ、2発目で致命的な損傷を与え、3発目で死に至らしめることができるだろう。


天野勇二

(本気で蹴り殺しにきてやがる。間合いに近づくこともできない)


 部屋のすみに追い詰められるのが最悪だ。

 天野は部屋中を転げ回りながら、テコンドー男のラッシュから逃げ続ける。

天野勇二

(テーザー銃はひとつしかない。くそっ、近づけなければスタンガンなんて意味がねぇぞ)


 劣勢の天野を見て涼太が参戦した。


佐伯涼太

これでどうよ!


 パイプ椅子を手に取った。

 遠距離から思いきり投げつける。


長髪の男

ウガアァァッ!


 テコンドー男は回し蹴りを叩きこみ、壁まで椅子を叩き飛ばす。
 その一撃で椅子はノックアウト。
 バラバラに吹き飛び、もはや原型を留めていない。


佐伯涼太

ひぃ! 勇二ぃぃ!
何とかしてぇ!


 天野と涼太は無様に部屋中を逃げ回っていたが、テコンドー男としても必死だった。
 柏田の殺害には失敗。
 正体まで突き止められた。
 もう天野たちを殺して部屋を出るしかないのだ。

天野勇二

(コイツは強すぎる。生半可な兵器で勝てる相手じゃない)


 天野はベッドの上を転がった。

 テコンドー男との距離を取る。

 そして胸元のポケットから小瓶を取り出した。

天野勇二

(……だが、腕力で勝っていても、俺様という卑怯を超えられやしない)


 小瓶の蓋を親指で開け放つ。

 同時に人体模型をテコンドー男に投げつけた。


天野勇二

ほらよ!


 テコンドー男の二段蹴りが、人体模型をバラバラに蹴り殺した。
 それと同時にベッドを踏み台にして、天野が高く跳躍した。

 飛び蹴りか。
 膝蹴りか。
 肘を振り下ろすのか。
 体ごと当ててくるのか。

 テコンドー男は一瞬迷ったが、上段蹴りで迎え撃った。


 もし飛びかかったのが天野本人であれば、パイプ椅子のように壁まで蹴り飛ばされていただろう。
 だが天野は自らの体ではなく、小瓶の中身をテコンドー男の顔にぶちまけた。

長髪の男

グアアアアァァァ!



 顔面から白い泡が ジュワッと立ち上がる。
 肉が焼ける嫌な臭いが広がる。

 火を押し当てられたような熱い痛みが走り、テコンドー男は苦しそうに顔を きむしった。

天野勇二

薄い硫酸だ。
安心しろ。


 天野は小瓶を投げ捨てると、テコンドー男の股間に前蹴りを放った。

 真正面からもう一度高く跳躍。

 テコンドー男の頭を掴み、左の飛び膝蹴りを叩き込んだ。


長髪の男

ぐ、はぁ、な、がぁ……。


 鼻骨を完璧に粉砕した。

 鼻血が勢いよく吹き出している。

 それでも相手は倒れない。


天野勇二

涼太。よこせ。

佐伯涼太

はいよ!


 涼太がスタンガンを投げる。

 それを受け取ると、テコンドー男の首元に押し当てた。



長髪の男

ギャアアアアッ!



 テコンドー男の動きが停止した。

 静かに膝をつく。

 そしてゆっくり前のめりに倒れた。


天野勇二

やはり、
科学の力が最強か。

 

 残念そうに呟くと、また新しいメスを取り出した。

 

天野勇二

さて……。
残るネズミは1匹だ。

 

 天野は極悪の笑みを浮かべた。

 ゆっくりと宮元に近づく。

 右手には2本のメスが握られ、死の輝きを放っている。

 

天野勇二

さぁ、宮元よ。
俺様の大好きな拷問の時間だ。
全て吐いてもらおうか。
お前らの組織の正体を教えてもらおう。
握手会終了まではたっぷり時間があるぜ。

昨日、お前が大学に寄ってくれたおかげで、メスも薬品もスタンガンも全て揃っている。
医学部の俺様が 絶望という名のオペをしてやろう。
死んだ方がマシだと思うほどの地獄に招待してやるよ。


 そこには白衣を着た悪魔がいた。

 楽しそうにメスを振りかぶっている。

 涼太もスタンガンを握り、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。

 

 宮元は泣きながら悲鳴をあげた。


宮元泰明

話します!!!
話しますから、命だけは勘弁してください!


 天野は極悪の笑みを浮かべたまま、満足気にその姿を見下ろしていた。




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つばこ

絵師様、今回も素敵なイラストをありがとうございます。最高です。どっちが悪役なのかわかりませんね(´∀`*)ウフフ
 
またまた念のため補足しますが、スタンガンやメスを天野くんのように振り回してはいけません。
絶対に真似しないでください!
テーザー銃なんて所持しているだけで捕まります。銃刀法違反です。天野くんのスタンガンはやけに強力なので、たぶんそれも見つかれば捕まります。
天野くんは凶器を完璧に隠蔽し、警察に追及されてもシラを切って逃げるつもりです。それは決して褒められた行いではありません。彼は正義のヒーローじゃないんです。ただのクソ野郎なのです(`ω´)グフフ
 
さて、次回が恐らく「スキャンダル編」のラスト!
詳しいタネ明かしの時間が待ってます! お楽しみに!
そしていつもオススメやコメントありがとうございますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 311件

  • ぷよぷよ

    この戦い見ると、「天クソ登場人物強さランキング(素手)」が知りたくなってきた(^ω^)

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  • こるく

    希硫酸やから………………

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  • だいたろう

    硫酸に薄いも濃いも無いよw

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  • rtkyusgt

    硫酸に薄いも何もあるかよww

    てかメス持ちすぎてて笑ったww

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  • てとら

    アルカナから来ました
    ホントに使ってた

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