雑誌のインタビューはつつがなく終了した。

 少なくとも仕事の間は安全のようだ。

天野勇二

さすがにテレビ局の中までは襲って来ないか。
ここが一番安全だな。

佐伯涼太

そうだねぇ……。
はぁ……。
それにしても、まきりんは可愛いよねぇ。

天野勇二

お前、ずっと顔が緩みっぱなしだぞ。
もっと緊張感を持てよ。

佐伯涼太

だってさぁ、まきりんが目の前にいるんだよ?
こんな近くで、まきりんのおっぱいをガン見できるんだよ?
僕ちゃんは嬉しくてたまんないワケよ。

天野勇二

あんな小娘の何がいいんだか……。
お前らは本当に気持ち悪い生物だな。


 インタビューが終わればラジオ局に移動だ。
 ラジオ番組の収録が待っている。

 移動には細心の注意を払った。
 先頭をマネージャーである宮元。
 左右を天野と涼太。
 背後にはプロのSPである佐久間がマークしている。

 運良く襲撃する人間は現れず、無事にラジオ局まで移動した。



 23時を過ぎた頃、ラジオの収録もつつがなく終了した。

天野勇二

よし、ここからが問題だ。
柏田、君には今から入院してもらう。

柏田麻紀

にゅ、入院ですか?
そこまで体調は悪くありませんけど……。

天野勇二

病院に隠れるのが一番安全だろう、という判断だ。
明日の握手会もそこで待機してもらう。
病室で申し訳ないが、オフだと思って休んでくれ。

柏田麻紀

はい……。
わかりました。


 柏田は真っ直ぐに天野を見つめ、力強く頷いた。
 天野はそれを確かめると、運転席に座る宮元に告げた。

天野勇二

宮元よ、
神崎かんざき記念総合病院に向かってくれ。


 病院の名を聞いて、前島は思わず天野の腕を掴んだ。

前島悠子

師匠、その病院って確か……。

 

 天野の兄が入院している病院だ。

 前島にとっては忘れられない場所だ。

 

天野勇二

そうだ、あの病院だ。
あそこにはコネがあってな。柏田を匿うには最適なんだ。


 その言葉を前島は複雑な心境で受け止めた。
 仲の良い涼太ですら

「兄に会わせたことがない」

 と聞いている。
 その病院に知人を連れて行くことを避けているのだろう。

 それでも天野は、そこに匿うことを選択した。

 つまりそこまで危険な状況なのだ、と理解した。

前島悠子

まきりんは、明日の握手会を休むんですか?

天野勇二

ああ、そうだ。

前島悠子

師匠も護衛で付き添うんですか?
病院にお泊まりですか?

天野勇二

当たり前だろ。

前島悠子

むむっ、それならば……。
川口さん!

 

 前島はマネージャーである川口を呼び、何やら交渉をし始めた。

 駄々っ子のように何かを懇願している。

 川口は何度も首を横に振ったが、前島は頑固に頼み込んでいる。

 

川口由紀恵

悠子ちゃん、これはただの入院じゃないのよ。

前島悠子

でもお願いします!
じゃないと、私も明日の握手会、怖いから行きません!

川口由紀恵

もう!
こ、困ったわね……。


 川口は何度もため息を吐き、しぶしぶといった様子で頷いた。
 前島は嬉しそうに天野の下へ戻った。

前島悠子

えへへ、川口さんから許可をいただきました。
私も一緒にお泊りしていいですか?

 

 その言葉を聞き、柏田が嬉しそうに前島の手を取る。

 

柏田麻紀

えっ! ゆうこちゃんも来てくれるの?
お泊まり会みたいだね!

前島悠子

ねっ!
師匠、お願いします!
私もまきりんを護衛します!

 

 この願いを天野は意外にもあっさり承諾しょうだくした。

 

天野勇二

いいだろう。
別に構わんぞ。

前島悠子

やった!
師匠とまきりんとお泊まり!

 

 嬉しそうに飛び跳ねている。

 天野は一応、釘を刺しておいた。

 

天野勇二

弟子よ、これは遊びではない。
何かあればお前にも戦ってもらうぞ。

 

 ビシっと敬礼して弟子が叫ぶ。

 

前島悠子

はい!
流星のごとく戦います!


 宮元の車に前島も追加して、天野たちは神埼記念総合病院へ向かった。

 天野の兄が入院しているのは南棟。
 今回は東棟に柏田を案内する。

 病院の裏口に到着すると、天野は一枚のセキュリティカードを取り出した。

天野勇二

朝までこのカードがない限り、病院に出入りすることはできない。
宮元はここで帰れ。
俺と涼太と佐久間の3人で護衛する。

宮元泰明

私がいなくても大丈夫、ということでしょうか?

天野勇二

ああ、この病院の夜間セキュリティはかなり優秀だ。
犯行予告は握手会の時間帯を指定していた。
お前にはその一番危険な時間帯を担当してもらいたい。
夜は俺たちに任せて休め。

宮元泰明

了解しました。
朝8時には川口が参ります。
その時に私も参上します。

天野勇二

それで頼む。


 宮元に別れを告げ、天野たちは病院の中を進んだ。

 深夜の病院はどこか不気味なものだ。

 前島と柏田は互いに手を取りあいながら、天野の背中を追いかけた。

柏田麻紀

豪華な病院だね、ゆうこちゃん。

前島悠子

うん、凄いところだよね。

 

 東棟のエレベーターもセキュリティカードで起動させた。

 エレベーターに乗り込み、天野はカードを見せながらその場にいる人間に説明する。

 

天野勇二

夜間はこのカードがなければ、エレベーターも階段も使うことができない。
つまりカードを持つ人間以外は、フロアを移動することもできない、ということになる。

 

 最上階に到着すると、ナースステーションで当直の看護師を呼んだ。

 

天野勇二

勇二だ。
例の部屋を頼む。

 

 看護師は天野たちを一番奥の病室まで案内した。

 扉を開けて部屋の中を覗きこむと、前島が感心したようにため息を漏らした。

 

前島悠子

すっごい……。
中も広くて豪華ですね。
絨毯なんてフカフカじゃないですか。
病室とは思えません。
まるで一流ホテルのお部屋みたいです。


 照明も内装も豪華。
 大型の液晶テレビに高級オーディオまで設置されている。
 ここは政治家や特別な人間が使うVIP室なのだ。

 天野は窓を叩きながら言った。

天野勇二

ここは特注の病室なんだ。
窓も強化ガラスになっていて、銃弾でも破ることができない。
柏田はこのベッドを使え。
前島には補助ベッドを出してやろう。

 

 補助ベッドを用意して寝床を用意すると、改めて柏田と前島に告げた。

 

天野勇二

悪いが朝までこの部屋で過ごしてくれ。
誰がノックしても絶対に扉を開けるな。
俺が電話して指示する。
それ以外は全て無視しろ。
飲み物はそこに冷蔵庫があるから好きなものを飲め。
トイレも部屋の中で済ませられる。
シャワーもあるから浴びればいい。

前島悠子

本当にホテルみたいですね。
師匠も部屋にいてくれないと寂しいです。

天野勇二

アホか。
俺たちは部屋の外にいる。
だが絶対に呼ぶな。
わかったな。

前島悠子

はーい。
師匠、おやすみなさい。

 

 部屋の扉が閉まった。

 天野はロックを確認すると、涼太と佐久間に向かい直った。

 

天野勇二

これでこの部屋は破ることができない。
カードキーがなければ扉も開けられず、このフロアから移動することも不可能。
朝までは俺様がカードを預かっていよう。

佐久間

なるほど、天野さんがここを選んだ理由も納得です……。

 

 佐久間は感心して病院を眺めた。

 

佐久間

ここまでセキュリティが完備されているとは……。
これほどの施設はなかなかございません。

 

 病院の出入り口。

 エレベーターや階段。

 部屋の鍵。

 どの扉も強固で何重もの密室だ。

 相手が武装していても、これを破るのは容易ではない。

 

天野勇二

ネズミ1匹だって入る隙間がないさ。
佐久間よ、武器は何を持っている?

佐久間

特殊警棒を所持しております。

天野勇二

いいだろう。
俺たちは素手だからアテにしてるぜ。
3時間交代で、朝までペアでこの入り口を見張ろう。

最初は 佐久間
その次に 佐久間涼太
最後が 涼太だ。
いいな?


 涼太と佐久間は黙って頷いた。
 ここまでセキュリティが完備された上に、入り口を2人の人間が見張るのだ。
 これだけ徹底された作戦を拒否する理由はない。

天野勇二

仮眠室が廊下の先にある。
涼太よ、少し仮眠をとれ。

佐伯涼太

オッケー。
何かあったら呼んでね。

 

 天野は涼太の背中を見送りながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

天野勇二

さて、長い夜になりそうだ。腕が鳴るな。

 


 天野はここで襲撃されることも覚悟していたが、その気配は感じられなかった。
 3時間交代で部屋を見張り続けたが、朝まで異常は発生しなかった。


 朝の7時半になると、宮元と川口が急いで最上階まで上がって来た。

宮元泰明

天野さん!
おはようございます!
柏田は無事ですか!?

天野勇二

来たか。
今、2人を呼び出そう。

 

 スマートフォンを取り出して前島に電話をかける。

 

天野勇二

天野だ。
起きているようだな。
川口たちが来ている。
扉を開けてくれ。

 

 しばらくすると静かに部屋のロックが外された。

 欠伸をしながら前島が顔を出す。

 

前島悠子

ふわぁぁぁ……。
師匠、おはようございます。

 

 背後から柏田も顔を出した。

 丁寧に頭を下げる。

 

柏田麻紀

皆さん、おはようございます。
昨晩はありがとうございました。
おかげで安心して眠れました。


 2人とも無事だ。
 川口は安堵あんどして前島に声をかけた。

川口由紀恵

悠子ちゃん、早速握手会に行きましょう。

……あら?
珍しいわね。
もうメイクしていたの?

前島悠子

あ、当たり前じゃないですか。
私はアイドルなんですよ。
いつだって人様にお見せできるようにメイクをしていますよ。

川口由紀恵

おかしいわね……。
いつも寝癖すら直さず起きてくるのに……。

 

 川口が首を捻っていると、柏田が悪戯っ子のように微笑んだ。

 

柏田麻紀

ゆうこちゃん、師匠にスッピンは見せられないって、早起きしてメイクしてたんですよ。

前島悠子

も、もう!
まきりん内緒にしてって、言ったのにぃ!

 

 恥ずかしそうに抗議する前島を無視して、天野は宮元に尋ねる。

 

天野勇二

宮元よ、今日は柏田の護衛に入れるな?

宮元泰明

もちろんです。
天野さんと共に護衛するため、一日の予定を空けております。

天野勇二

それでいい。
ちょっとスケジュールを作成しよう。

 

 涼太、佐久間、宮元。

 3人の顔を見つめる。

 天野にとってここからが本番だ。

 

天野勇二

10時までは、涼太がペアで入り口を見張る。
その後は佐久間宮元がペアで、12時まで見張りを頼む。
午後からは3人体制に移行し、順に2時間ごとに交代していこう。

 

 3人とも黙って頷いた。

 天野は柏田にも言い聞かせる。

 

天野勇二

この部屋の扉は終日ロックしてくれ。
誰が電話しても開けるな。
銃でも突きつけられて脅されれば、誰だって拒否するのは難しい。
それを防ぐために、このルールを守ってもらいたい。

 

 そう言ってカードキーを取り出した。

 

天野勇二

扉を開けることができるのは、このカードキーだけだ。
念のため、見張り役の人間に持たせる。
病院のセキュリティは甘くなっている。
敵が襲って来るならば、この昼間の時間帯、そして握手会が開催される時間帯になるだろう。
この病院を知られている可能性は低いと思うが、各自油断するな。
あと柏田、これを飲め。


 天野は懐から青い錠剤を取り出した。

天野勇二

睡眠薬だ。
夕方までゆっくり眠れる。
疲れもとれるだろう。

柏田麻紀

はい、わかりました。

 

 柏田はすぐに薬を飲み込むと、念を押すように尋ねた。

 

柏田麻紀

私は誰が呼んでも、扉を開けてはいけないんですね。

天野勇二

そうだ。
絶対に外へ出るな。
むしろ電話やメールを全て無視しろ。
宮元よ、それでも構わないな?

宮元泰明

大丈夫です。
何事もなければいいんですが……。

天野勇二

事務所に追加の犯行声明は届いているか?

宮元泰明

いえ、何もありません。

天野勇二

そうか……。
涼太よ、見張りに立つぞ。
柏田、ゆっくり休め。

柏田麻紀

はい、皆様どうか、宜しくお願いします。


 柏田は何度も頭を下げた。

柏田麻紀

私のためにご迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思います……。
この恩は一生忘れません。
どうか皆様、ご無事で。


 静かに部屋の扉を閉める。
 そして内側から鍵をかけた。

 それを見届けると前島が元気よく言った。

前島悠子

師匠!
それでは握手会に行ってきますね!

天野勇二

ああ、頑張れよ。
川口よ、ちゃんと前島にもボディガードをつけてやってくれ。

川口由紀恵

はい。
天野様、ご迷惑をおかけしますが、何卒宜しくお願いします。


 前島と川口は握手会へ向かった。
 その背中を見送り、佐久間が尋ねた。

佐久間

天野さん、私は休んだばかりです。
代わりにお立ちしましょうか?

天野勇二

いや、それには及ばない。
握手会は12時から始まる。
この一番危険なメインの時間帯を、プロである佐久間に任せたいと考えている。
10時までは自由にしてくれ。

佐久間

なるほど。
了解しました。


 その言葉を聞き、宮元も尋ねた。

宮元泰明

では私も10時まで休んだ方がよろしいですか?

天野勇二

その方が助かる。
結局のところ、一番頼りになるのはプロと関係者の人間だ。
危険な時間帯になるが頼むぞ。

宮元泰明

了解しました。
お任せください。


 佐久間と宮元は仮眠室へ向かった。

 
 2人の背中を見送りながら涼太が呟く。

佐伯涼太

……ねぇ。
本当に勇二の予想通りになるかな。

天野勇二

なるさ。
天才クソ野郎の作戦に穴はない。
完璧に進行しているだろう?

佐伯涼太

まぁねぇ。
地球は天才クソ野郎を中心に回ってるのかな、なんて思うね。

 

 涼太は大きく背伸びをし、念入りにストレッチをしている。

 

佐伯涼太

襲撃犯に勝てるかなぁ。
僕はそれだけが心配だよ。

天野勇二

お前の華麗な足技に期待してるぜ。

佐伯涼太

僕ちゃんの 『必殺・稲妻キック』が、相手をぶちのめせればいいんだけど。


 涼太は脚を高く上げながら、

佐伯涼太

佐伯家に伝わる26の暗殺技のひとつ!
必殺・稲妻キック!


 と叫び、ポーズを決めている。

天野勇二

中学生みたいなネーミングセンスだな。

佐伯涼太

威力を考えたら、それしかないでしょ。

天野勇二

クックック……。
確かにそうだ。

 

 天野は腕組みしながら不敵な笑みを浮かべ、どこか楽しそうに呟いた。

 

天野勇二

さぁ、ネズミ共め。
今度は逃がさないぜ。
確実に潰してやる。

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16,030

つばこ

いよいよ「スキャンダル編」も佳境に入りました。
 
天才クソ野郎の「作戦」とは何なのか?
天野くんは何を企んでいるのか?
そして、まきりんの殺害予告を送りつけた謎の組織は、天野くんたちの前に現れるのか?
今週のクソ野郎も楽しんでいただけると嬉しいです!
 
【緊急告知】
9月26日(土)14時、場所は東京・虎ノ門comicoオフィスにて、
『第8回comicoサポーターズパーティ ~はじめまして!comicoノベルです~』
が開催されます!
参加するノベル先生は、
 
①『猫腹チャック』さかもとゆかりさん
②『あるか・ホリックアワー』八柳竹伍朗さん
 
そして私、つばこも出没します!
詳しい申し込み方法や条件などは、comicoのイベントお知らせページを見てください!
応募〆切は「9/11(金)23:59」まで!
皆さんのご応募お待ちしてますヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 187件

  • 千花音(ちかね)

    涼太…

    綾瀬さんも、自分の事を乗り越えて笑顔で生きていってくれることを願ってるやろうけど、まさか…
    「まきりんのおっぱい最高フゥーーー!!!!」
    的なこと言ってるとは思ってないよ。。

    まきりんももちろん気づいてるやろうから、涼太と話すの気まずいやろうなー(σ´・v・`*;)

    変態が護衛じゃ守られてんのか、そうじゃないのか…(笑)

    とにかく天野くん、危ないやつは皆撃退してくれー!

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  • akane

    佐久間が怪しいと見た!!

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  • 螢★剣の王国★ゴ太郎先生

    この場合佐久間さんとか関係者が怪しいよね

    通報

  • 太宰雅

    確かに、ネーミングセンスが中学生・・・って、小学生だよ!

    通報

  • 冴牙

    稲妻キックはあれかな???涼太くんの靴に仕掛けがあって人体に触れた瞬間電気が走るとかそんな感じ???

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